龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

男女関係は常に古くて新しい

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「分からず屋さんですね。ご存じのように明日ここに来る候補者としての男性はルーゲン師のみです。つまりはルーゲン師と散策する可能性をヘイム様は考えていると私は想像します。あっ論理の飛躍だと耳を反応させましたね。鼻にちょっとかすりましたよ。いまジーナさんはきっとこう思っている。女官やシオン様や私と一緒に歩くのでは? と。チッチッチッ違うですよこれは。何も知らない新参者は教育のし甲斐がありますね。いいですか?明日は月に一度行われる大きめの儀式のご予定で、午前中は儀式の準備で午後は挙行となっております。シオン様がいらっしゃるのは午前中のみで、そうジーナさんもそうですね、ここで午前の段階で離れます。そして空き時間は儀式前のお昼の間だけですが、ここにルーゲン師が儀式の最終打ち合わせのため参られる、ここです。私と女官たちは儀式の準備やらでお昼も通して準備に追われます。よってヘイム様を御相手するのはただ一人、そうルーゲン師しかいないということですよ。そんなことはヘイム様は誰よりも分かっておられるのであのつぶやきはそういうことです。ルーゲン師と庭でも歩くか、と」

 それから耳元に忍び笑いが入ってきた。
 その心の底から楽しげで浮かれている気持ちをジーナは理解できない。

 だからなんだというのだろう? それによってなにが起こるのか?

「散歩ぐらいでそこまで期待するものなのか?」

「しますとも。ヘイム様はお身体の関係で杖をついて歩きますため外出の際は人の手が必要です。もしもその相手が結婚候補者の一人でしたら……ほら距離を近くして手をお繋ぎしたりして触れ合いまして」

声が若干大きくなり吐息に熱が籠り出してくるのをジーナは感じるも、話の内容に理解が追い付かなかった。

「それは介助のためのものに過ぎないのでは?」

「なんです、さっきは頑迷固陋だったくせに突然開明的になっちゃって。見た目通りに西の男らしく女は手を繋いだ男と結ばれるからそんなのは駄目だとか言ってくださいよ」

「私のところ多少はそういった傾向があるかもしれない。旧く狭い世界だからな。まぁそもそも決まった相手としか出会わないし結婚しないし付き合わないから、その相手としか手とかは繋がないけれど、進歩的な東の方もそこは同じとでもいうのか?」

ハイネの苦笑いが耳に触れた。

「逆にやられましたね。はい、そんなことありません。けど男と女の関係は古臭い感性も新しい感性もどっちも心に感動を呼び起こす点では正解なんです。男女関係は常に古くて新しい、これです。義務や儀礼的ななにかでない限りは嫌な相手に進んで手を取らせたり触れさせたりなんかしないものですよ」

「そういうものなのか?」

「おっいいですねその男らしい感性。普通はですよ直感的に嫌だなと思った男の人には近寄りたくないです。野生の獣じみたな感性ですが、これが女の正直なところですよ。危険には触れない近寄らない、これです」

 左頬に冷たい掌の感触が甦りそれは違う、とジーナは思う。触れてきたあの右手からは憎悪というひとつの感情のみがあった。

そして呼応する自らの感情に対してあの人はきっとそれに勘付き気付き……

「それは違うとは思う」

「そう思うのはあなたが男だからです。男の方は出来るだけ多くの女の人と関係を結びたいと望んでいるでしょうしね」

「違うというのはヘイム様についてのことだ。あの御方はそんな感性はないと思う。嫌悪する対象でも近寄り触って来る」

 意表をつく返事にハイネは言葉を一瞬失い、咳払いをする。

「ヘイム様をあげられると困りますね。もちろん女の方ですが同時に龍となるものであられます。まぁ人智の及ぶ領域を超越していると言うべきもので我々普通の人とは違って……うん? どうしてここでヘイム様のお名前が出てくるのです?この流れだと、もしかしてジーナさん。昨日の初日であなたは嫌われてしまったという自覚がおありとか?」

 なにか興奮をしているのか声量に乱れが生じ返事を急かす息遣いが伝わって来る。

「いろいろと若干」

「その言い方ではたぶん壮大にやらかしてますね。なるほど不興を買ってしまったのですか。けどまぁ珍しい。ヘイム様が出会って早々の他人をあからさまに嫌うだなんて……でも、まぁ、ジーナさんですからね、無自覚でなにか失礼なことを仕出かしたというのは大いにあるとは分かります。更衣室に入ろうとする人ですし」

 無自覚というよりもあの時のあれは無意識か意識的か不明なぐらいに混乱した感情の渦の中であったものであり、失礼という次元を超えていたなと思うもジーナは悪いとは感じなかった。

 それよりも。

「あのハイネさん。更衣室云々という話は再度お願いしますが」

「ご安心を勿論ばらしません。けどいま私がベラベラ喋ってことは絶対に内緒にしてくださいね。ヘイム様と言っていただけでも私の場合は問題なのに結婚についての噂話をしているとかバレてしまったら恐ろしいです。でも理解してください。こうやって自分の不利なことも話して関係をお互い様にするというこれが私の公平性と慈悲心によるものなのでどうかお忘れなく」

 どういう理屈なのかとジーナは唸り声を出すとハイネは軽く笑って耳元から離れた。

「じゃあ作業再開しましょうか。あと最後に、これは私の勝手な想像に過ぎませんがジーナさんはヘイム様のお身体について何か反応をされたのではありませんか?お見えするのは初めてですよね? 例えば同情とか哀れみとか……」

 それどころの話ではなくもっと強い感情をはっきりと叩きつけてきたうえに、あちらも同様に返してきたあの昨日の出来事を思い出しながらジーナはハイネの方を振り向く。

 するとそこには険しい表情のハイネがそこにいた。
 龍の女官……龍の側近がそこにいる。

「西の方ですからよく理解せずにあなたは善意からそれを発したのかもしれませんが、それはいけないことです。同情など無用で心中で賛美し態度で敬意を現すべきです。龍と人間との関係はこれ以外にありません。今はまだ龍となる前段階ですけれど基本はこれのみであり他は有り得ない。これがこの世界における掟であり服従と支配、それが秩序となります。あなたが憐れんだであろうあの欠落や損傷も何らかの意味がある龍からの啓示の他ありません。龍啓です。いいですね?」

 見つめて来る夕陽の瞳に対しジーナは目を逸らさずに頷くとハイネは微笑みその手を取り起き上がらせようとした。

「その意気です。大丈夫ですってあなたならそのうちきっと慣れますよ。じゃあ次はあそこを」

 先を歩いて行くハイネについて行く中でジーナは思う。慣れることは無いだろうし、あれを啓示だと思うことは無いだろうと、と。
 
 私は決してそうは思わない。思うはずがない。あれはおそらくは……

 湿った右耳に当たる風が冷たく冬がまた一歩近づいてくるのがジーナには分かった。
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