龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

どうして嘘をつくのですか?

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「散歩といいますと、私見ちゃったんですよ」

 二つのことにジーナはビックリする。一つ目は外に出て森の園路に引っ張っていくと、ここまで口を利かなかったハイネが口を開いたこと。それだけではなく声もさっきまでとはまるで違い明るく楽しげな声であったこと。

 そして二つ目の見ちゃったとは、いったい何を見たんだ? なにを? とジーナは聞き返せず無言で歩き続ける。ハイネもまた無言になり歩いている……何故無言になる? 疑問を抱くもジーナはそれすら聞けず、考える。

 もしかして見ちゃったのはあの日のあれであり、この人は自分を糾弾しに来たのでは? だから無言でこちらの出方を伺っているのでは?
この無言は私はあなたの罪を知っていますよ、とハイネがそう言っているような気がした。

 それは思い込みだともジーナは自身の空想に
反論しだす。お前の話ではないかもしれないしお前は普通に聞き返せばいいだけの話だ。

 それを勝手に変な話に繋げてあの行為にやましさでもあったというのか? そう、やましさ。あるわけがない、とジーナはあの日のことを思い出す。嫌々行ったあの散歩のことを。あれが、罪なはずがない。

 そうだとしたらこの自分の無言はいったいになんなんだろう? またそこに帰ってきた。

 この人が何もかもを知っているのだとしたら、さっき悪口を言われたことに対する復讐であり私とヘイム様が一緒に歩いていたことをばらして破滅させる腹積もりで……

 だからやめろそこまで深く考えるな。見たのは違うものの可能性があるしお前の話題でないかもしれない。そもそもこんな真面目そうで邪な考えなど抱いてなさそうな清らかな雰囲気の人がそんなことを……するかもしれないな。これまで会話した感じから、うん。

 ジーナの思考は混沌の渦に嵌ったものの、意を決しあのことは罪ではない! と心中思いながらハイネの方に顔を向けると、目が合った。
いつからこっちを向いていたんだ? とジーナは思いながらもその朱色に光る瞳に向かって問う。

「見ちゃったって、なにを?」

 聞くやいなやハイネは緊張が解けたからのように笑い出した。

「なにを言いだすのかと思いきや、いまさらそこですか? おっそいですよその反応。ああ面白い。でも良かったです。私の話に興味を持っていただけて。私と話すのがちょっとなのかと心配していましたから」

「その、そうだ、まずそこから整理しよう。あのちょっとというのはハイネさんといると考えることが多くなって、中々苦しくなってしまって」

「やだ自意識過剰じゃないですか。見た目から全然そんな感じじゃないのに。いつもそうなのですか?」

「まさか。ハイネさんとかヘイ…………いや、特定の人といる時に普段は考えもしないことで頭を患うことがあって。これはハイネさんがという問題じゃなくてこちらの問題だからどうか気にしないでもらいたい」

「ふーん。でも要するにそれって私といると疲れると言っているわけですよね? つまり私に原因があると言いたいわけですよね」

「……そうかもしれない」

 呟くとハイネが苦笑いする。

「そうじゃないよとか違う、とか言わないんですね」

「何が原因か分からないからとりあえずハイネさん自身がその原因の候補者ということで。あなたといると余計なことばかり考えて仕方がない」

「人のせいにしちゃって。そんな言いにくいことがはっきりと言えるのに、私といると辛いとかっていったいどういうことやら。そんなに私といるのが嫌というのなら帰りますよ……もう二度と口は利きませんから」
「それは嫌だ」

 ジーナは自分の今の言葉に声に驚き足を止めるとハイネは目を見開いたまま足を止めた。二人はそのまま無意識に見つめ合っていたが、ハイネが先に顔を逸らして不機嫌そうに早口で言った。

「そんなことするわけないじゃないですか。ああもういいです。私がちょっとかなんていう言い訳の話はそれで、いいです。もう蒸し返さないでくださいよ。同僚間で感情的に揉めたら仕事に支障が出て面倒なことになるのですから、やめましょう。そういうの嫌いなので」

 と言い切り歩き出したのでジーナも慌てて歩き出すとハイネは素早く口を開き話し出す。

「話を戻しまして、見ちゃったんですよ。と私は言ったわけでしたが、さて、私はいったいなにを見たでしょうか?」

 これは鎌を掛けているのか単純なクイズか?ジーナはまた思考に苦しむ。

 すぐに返せ、すぐ返事しろ、そう、自分のこと以外で! っとジーナは自らに命令し答えた。

「ふーむルーゲン師を庭で目撃したという類のことかな」

「すごいジーナさん! よく分かりましたねどうしてそう思いました?」

「いやハイネさんはこの前ルーゲン師のことについて話してくれたし、私に対して言うのならそれだと思うのがまず順当なところじゃないかな」

 今日の自分はいつもと違って賢いなと思いながら答えるとハイネは明るい表情をした。正解のようだ、良かった。

「そうなんですよ。ここが人気のない森の小道で良かった。話が漏れて他人に噂が広がったら良くありませんのでここだけの話にしましょうね。そう、私、見ちゃったのです。これについての目撃者は間違いなくあのタイミングで一人だけ廊下を歩きふと庭を見た私だけなのでしょう。なんとですね龍身様ことヘイム様がですね、歩いていたのです」 

 ルーゲンとルーゲンとルーゲンとジーナは念じながらハイネの言葉の続きを待つ。

 来ない。ハイネは溜めている。その顔を見ると呼吸も止めている。もしかしてあなたとです、とでも言いたいのか? それともそれを言わせたいのか? 気づけば自分も呼吸を忘れてその唇を見る。固く閉じたままの唇。開かないなら指で広げる必要があるのかなと思っていると動き出した。時でも、止まっていたのであろうか。

「予想通りルーゲン師とですよ。私達の努力が報われました頑張った甲斐がありましたね」

 安堵の息を心中で吐きつつジーナは深々と頷いた。遠目で見たから私だと分からなかったのだろう。

 それでいいしそれが望ましい。よってこれは彼女のために隠しておかなければなるまい、とジーナは改めて決意する。

「本当に良かった。大成功といって良いな。どんな様子だった」

「はい。ルーゲン師がヘイム様の右手を恭しく手にとりゆっくりと歩いておりました。私はその時小走りでしたし急いでいたので足を止めて凝視するわけにもいかずに見て見ぬふりをしながら通り過ぎましたが、決して忘れられない場面でしたね。今も目に焼き付いています。あれこそが将来のお二人の御姿であって、私は記念すべきそのワンシーンをはじめて見たものかもしれませんね」

 そうかそうかとジーナはハイネの興奮した口調に相づちをうつも、心の隅でなにか嫌なものを感じた。

 はじめて感じるようななにか知らないものがそこにあるような気がした。

「さぞかし美しい光景だったことだろうな」

 自分の声のおかしさを聞きながらジーナは言った。

「忘れらないものとなりますよ。ルーゲン師も儀式用の正装でのお越しでしたしね。とても素敵で」

「それはいいものだ」

 心の何かを抑えつけながらジーナは言葉を出していた。落ち着け。その意味不明な感情を抑えろ。いま自分が何であるのかを踏まえて言葉を出せ、と。

「そんなにいいものだったら私も是非とも見たかったな」
「ふふふふっ」

 我ながら自然に上手く言えたなと思うとハイネも気持ちよさそうに笑い声を立てたのでジーナは安心した。

 これで終わりだ。おしまい。そうやって勘違いしてください。ちょっとの失言も目撃者というのもこれで解決、とジーナは苦労したがこれで良かったと気を楽にしていると、ハイネがちょっとだけこちらに寄ってきたのが分かり見ると目がまた合い、光った。

「ねぇジーナさんはその時に、どこにいたのですか?」

 衝撃が身体を貫き通り抜けるとジーナは停止しハイネの赤い瞳が色濃くさながら燃え上がっていく変化をただ見続けた。負けるな、とジーナは思い崩れずに踏み止まる。

「帰ったんだ」
「ヘイム様を置いて帰るなんて、あなたがするはずないじゃないですか」

 ハイネの髪がその黒が風になびき揺らめき、ハイネの瞳と唇がその朱が開き光り微笑み歪み喰らう。

「どうして嘘をつくのですか?」
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