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第一章 なぜ私であるのか
どれがいいのか分からぬ優柔不断というやつか?
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龍の間への扉を開けると、そこにはいつも通りの光景が広がり挨拶からルーティンワーク的な儀式の作業が始まる。
ヘイムはいつものようにこちらを見ずにシオンを通じて指示を出し、仕事である儀式の準備が進められていく。
ものの場所や配置はだいたい把握できているために前回よりも早く効率よい動きができ、それを見込んでいたのかヘイムの指示は大きく細かいものとなり、シオンも何度か聞きかえしながらこちらにそれを伝え手伝い時間を十分にかけて完成させた。
「この模様は今期はこれが初ですが、早すぎませんか?」
「今でも良いとのことだ。占いでそう出たからそれでよい」
などと二人はジーナの理解の及ばぬ話し合いを始め、しばらく経つと少々修正をし、いつの間にか時間が経ちシオンは退場の時間となったが、ここで一つ変化があったのかジーナに告げられた。
「次の仕事まで時間が少しありますので私がヘイム様を庭にご案内しましょう。それと……」
そういうことか、とジーナは思う。お役御免であるかと。あのようなことがあったからにはもう……良かったと思うと同時に胸に不快感が滲むのをジーナは感じ……そんなことがあるわけがない! とジーナは一度胸を強く叩くと痛みが空洞に広がるように響いて行った。そういうことだ。
「あっそうですか。それは頼もしい。では、これはお任せしますよ」
とシオンはジーナの腕に籠と敷布を持たせた。そこそこに重くジーナはそれとシオンに交互に見ていると不思議な顔をされた。
「なんですかその顔は? 胸を叩いたのは、この私にお任せください、という意味ですよね? はい? いや、もうお昼過ぎですからあなたもこのまま一緒に軽食をとるがどうです、と。いま聞いていましたよね? ですからこのように籠を用意したのですけど」
聞いていないがどこで意識が飛んだのだ? そんな重要な言葉を聞き漏らすほどなにを考えていたのか? 案内の役を外された、から外の音が聞こえなくなって……とジーナには訳が分からなかった。
「良かったですよ。道具持ちがいないと出来ませんでしたからね。では行きましょう」
時間短縮のためかやたらとスピーディーでありシオンはヘイムの手を取り二人は速足で廊下へと向かって行った。
なっそんなに早く歩けるの? ジーナは戸惑いながら追いかけていく。籠には食器まで入っており慎重に歩かなければならない分ジーナはむしろ遅れて歩くこととなり、時には二人の方が待つことさえあったもののそれでもまだジーナは気が楽であった。
あちらの方が何倍も気を使うし疲労感があると、ただ辛いだけだと心の中で言い聞かせながらついて行く。
階段から門へそれから庭へと進み二人のあとをジーナはついて行った。それにしても早いな。やがて例の岩場につき、その前にある芝地に到着するとジーナはそこに敷布を広げ籠を置いた。
お姫様をエスコートする騎士そのものなシオンはヘイムを敷布の左上に案内し自分はその正面に座った。最後にジーナだが、どこに座るかシオンが見守る中迷うことなくヘイムの右側に座ると笑い声が起こった。
「いまちょっとどっちかなと思ったらそっちなんですね。そこは明らかに隅っこで窮屈で暗いのに面白い。わざわざあえてそんなのを選んじゃって変ですね」
「こら。妾で実験をするとはなんたることだ。真ん中に案内せずにここまで引っ張ったのはその為か」
「いえいえだって部屋だと席が固定されているから試せないじゃないですか。でもこれなら完全に実験できたうえに結果が出て面白かったですね」
それでどうしてそこに座るのですか? とシオンから来るはずの言葉にジーナは心中で身構え回答を考えていたが、しかしシオンは籠の中身を取り出し食事の準備をはじめ、そのままずっとその疑問の対する質問はしてこなかった。
どうして聞かない?
この人も何かがどこかズレているのかもしれないとジーナはその栗色の短髪を眺めながら考える。まぁヘイム様とハイネさんの二人と仲が良いのだから少々イカれているのかもしれないか。
ジーナもまた食事の準備をしていると、大きめの焼き菓子を取り出したのを見たシオンが命令を出す。
「いいものを引いてくれましたね。ではそれにジャムを塗って私たちに配ってください」
茶を入れながら言ってきたがジーナは焦る。これは他人に任せることなのか? 各々には好みというものがあり、それを知らないものに任せるのか? 変だ。
瓶はソグの果実三種類だが三つとも知らない色と匂い。どれか一つだけ選ぶのは最善か? たぶんそうではなさそうだ。なら二つ、いや三つ……どれだ?
それならこういったときはうちの故郷では……冷静な頭で考えているはずなジーナだが、行動がパニック状態でありええいままよと三種類とも塗りたくり、できあがり。
それを二人に差し出すと、無言で受けとったため、では正解だとジーナは思い満足げに頷くと黙っていたその二人がついに笑い出した。
「おっと申し訳ありません。いえ嫌いじゃないですよこれは、いいですね。食べれば一緒、多けりゃいいだろう精神。こういう男らしさはあまりお目にかかれません新鮮です」
シオンが言うとヘイムも続いた。
「どうするのかと黙って見ておったが完全にやられたな。まさかそんなことをするとは、おっ垂れて垂れる、これは婦人用の塗り方ではないのぉ」
その垂れているのを舌を出して受けとめているのは御婦人仕草ではなさそうだがジーナは目を逸らし自分のパンを見た。
赤黒緑色の奇妙なこの色彩。冷静になってみるとさすがにどこか、おかしい。
「おかしいな」
「おかしいのはそなたの感性だろうが。どこの誰が味の違う三種類のジャム塗りたくったパンを差し出すのだ。ひとつのを選んで塗ればいいのに三つも塗りたくるとは、そなたはどれがいいのか分からぬ優柔不断というやつか?」
「あの、西の地では三色塗ったパンがありまして、それが一番高価でして」
「なるほど西ではこれが貴人向けのやり方なのですね。それならヘイム様、文句はここいらにして食べねばなりますまいですよ。これぞ異文化交流というものです、では」
シオンは勢いよく食べるとしかめっ面になり顔を伏せた。ヘイムは仏頂面で食べ怖々とジーナは食べるとその味に驚いた。
「酸っぱくって甘くって爽やか……味のごっちゃさに感動しますね」
「一言でいうと不味いな」
続いてジーナも一口齧ると順番は違えど爽やかで甘くて酸っぱいというみょうちきりんなものであり感想がすぐに漏れた。
「不味いですね……」
「分かっとる。だが残すことはいかん、全部食べるぞ」
茶を飲みつつ口内の奇妙な三属性の噛み合わない味を流しながら三人はそれを食べ続けた。
「ちなみにですね私は赤い甘いのが好きでヘイム様は橙色の酸っぱいのが好みですよ」
「ではその二つで良くて何故この緑のを持ってこられました?」
「それはたまにつけて食べるといいのです。ハーブつまりは薬草ですよ。こんなにたくさん食べるものではありません」
「こんなに塗るのははじめて見たな。これもなんだ西のやり方か?」
「……そんなものですねはい。とりあえずたっぷりと塗るのが問題のないやり方でして」
「そうかまぁよい。今回はそのやり方を受け入れるが次回は単独でつけて出すようにな」
混じり合ったそれは茶色というか濃い大地の色であり、食べ続けるジーナは最後の欠片の段階になって味の印象が変わった。
「……これはこれで旨いのではないかと思えてきましたね」
「正気ですか?」
「前向きな舌でいいのぉ」
二人から即座に否定されるがジーナは悪くはないと思い呑み込み食べ終わった。
横では二人がジーナが知らない親戚の話を延々としており、ただ座りながら二人にまた茶を注ぎ待っていた。この時が終わることを。そのうちに話は終わりシオンは立ち上がる。
「では私はそろそろ行きますのでジーナは片付けとヘイム様をお願い致します。ここから散策の時間です」
またそういうことをする? と思うより前にシオンはあっという間に行ってしまい、心の準備もつかぬ間にジーナは二人きりになったことによる緊張が高まる。
鳥の鳴き声に木洩れ日とこの静けさと美しさの中に何かが潜んでいる。一切の想像がつかない暴力への意思が。左側で動きがあることにジーナはすぐに気づくも視線を向けなかった。そうそれは予想通りに動き始める。
それは近づいてくる。分かっている、今日は分かりやすい。それも勘違いであろうが。
「傷の回復は良好ですよ」
先制の言葉を発するとその動きは止まりジーナは顔を向けると、そこには挑むような右眼があり固く結ばれた口元のヘイムがいた。
「お薬の件は感謝いたします。もっともキルシュという指名には困りましたがね」
緊張が和らいだのかヘイムの顔から険しさが幾分か消えるのを感じた。
「あやつで十分だろうにこの程度の怪我などは……痛みは、ないのか」
その言葉がどうしてかジーナの心になにかが来た。このなにかとはなにか? 知らないままジーナはとにかくそれは拒否すべきものであると血がそう伝え、左手がヘイムの右肩を掴んだ。
「痛み? あなたはこの傷に対して気にすることも気に病むこともそういった一切は必要はありません」
力が入って引き寄せたのか向うから来たのかそれとも両方なのかは不明なまま、二人は額がつくほどの顔の距離まで近づいた。
「私もあなたの傷について気にすることも気に病むことすら、全くしないのですから」
ヘイムの瞳は紺からよりも深い色となり黒に闇の色に染まり落ちていきジーナを見つめる。
ジーナはそのまま闇に呑み込まれるように瞳から出る声を聴くようにして、見入った。
「……龍身は傷ではないぞ」
「私にとっては傷であり痛みであり苦しみです」
「ふざけるな。そなたの意見や考えなど何の関係もない」
「あなたが思うのは構いませんが、どのみち私はそれを見たくはないのです。だからこうして私は龍身ではなく」
ジーナは左手をヘイムの肩からその後頭部に回して引くと額が当り合った。
「あなただけを見ていたいし、こうしてあなたに触れるところまでで留めたい」
ヘイムの右手は震えながらジーナの左頬に到達し、そのまま手当の布をはがされると頬に痛みが走り、傷痕に冬の風があたる。
「お前をもっと傷つけて苦しめてやりたい」
その口からは嗅ぎなれた血臭がするとジーナは息を吸い思った。
そうだ、それでいい。私達の関係とはすなわちそれ以外ではありえるはずがないのだから。
頬の傷口にヘイムは指を添えると爪に痕が完璧に嵌るもそれには痛みは走らなかった。ジーナは平然と睨むヘイムの黒ずんだ瞳を凝視している。
これほどまでに、とジーナは思う。自分は気が昂ぶり神経が麻痺しているのかと。痛みすら感じないのかと。この人の前だと感情のなにかが、停止する。
「いま、こうしてあなたといる時が、一番苦しいのです。その感覚はその指先にあるはずの痛みなどを超えています」
「そうか、だがそなたはそれでもここにいるのだな。護衛を、護軍にいるのだな」
「任務ですし、私は龍を目指しているからです。私は龍から離れることができない」
「そなたがではない。妾こそが龍から離れることができないのだ」
私たちは何を言い合っているのだとジーナは話ながら思う。私もこの女も、いったいなにを?
「あなたは私から離れることができる、ただそれをしないだけです。すればいい」
「くどいぞ。妾と共にいるのが何よりも苦しいのだから、そうしているだけだ」
「自分が苦しくても、ですか」
頬の傷口にあてられていた指がめり込みそれから決壊する音を立てた。いま血が流れているのだろう。
「そうだ、そなたの苦しさを妾の感情より優先させてやる。おっ血が流れたな痛いか? しかし血でそのおぞましい痕が隠れれば見た目が少しは良くなるのではないのか?」
ヘイムは指先で血を痕に広げる。血の熱と臭い、ヘイムの口臭、辺りに血に包まれた。
「あなたの口から血の臭いがしますね」
弄ぶ指先がピタリと止まり瞳の色がまた変わる。一段と濃く死の一歩手前の黒となった。
「その異臭は龍の血なのですか?」
「龍の神聖なる血の香りだ、黙れ」
「黙りません。あなたがこの痕を否定して言うのなら私は同じ言葉を返すだけです」
「黙れと命じたぞ!」
ヘイムの声を言葉をジーナは乗り越える。
「駄目です。あなたのそれは、おぞましいものだ。あなたのものではない、血に支配され」
ジーナは目の前の黒い瞳が突然消えたと思うと同時に視界が銀色にて塞がれ、それから唇になにかが押し付けられるのを感じ言葉どころか呼吸すら止まる。
口に当てられたのはヘイムのなにかであり、その押し付けられているのが唇であることがジーナがやっと分かると意識が通じたのかヘイムは離れた。
「黙れと言うのが分からぬのか」
ヘイムはいつものようにこちらを見ずにシオンを通じて指示を出し、仕事である儀式の準備が進められていく。
ものの場所や配置はだいたい把握できているために前回よりも早く効率よい動きができ、それを見込んでいたのかヘイムの指示は大きく細かいものとなり、シオンも何度か聞きかえしながらこちらにそれを伝え手伝い時間を十分にかけて完成させた。
「この模様は今期はこれが初ですが、早すぎませんか?」
「今でも良いとのことだ。占いでそう出たからそれでよい」
などと二人はジーナの理解の及ばぬ話し合いを始め、しばらく経つと少々修正をし、いつの間にか時間が経ちシオンは退場の時間となったが、ここで一つ変化があったのかジーナに告げられた。
「次の仕事まで時間が少しありますので私がヘイム様を庭にご案内しましょう。それと……」
そういうことか、とジーナは思う。お役御免であるかと。あのようなことがあったからにはもう……良かったと思うと同時に胸に不快感が滲むのをジーナは感じ……そんなことがあるわけがない! とジーナは一度胸を強く叩くと痛みが空洞に広がるように響いて行った。そういうことだ。
「あっそうですか。それは頼もしい。では、これはお任せしますよ」
とシオンはジーナの腕に籠と敷布を持たせた。そこそこに重くジーナはそれとシオンに交互に見ていると不思議な顔をされた。
「なんですかその顔は? 胸を叩いたのは、この私にお任せください、という意味ですよね? はい? いや、もうお昼過ぎですからあなたもこのまま一緒に軽食をとるがどうです、と。いま聞いていましたよね? ですからこのように籠を用意したのですけど」
聞いていないがどこで意識が飛んだのだ? そんな重要な言葉を聞き漏らすほどなにを考えていたのか? 案内の役を外された、から外の音が聞こえなくなって……とジーナには訳が分からなかった。
「良かったですよ。道具持ちがいないと出来ませんでしたからね。では行きましょう」
時間短縮のためかやたらとスピーディーでありシオンはヘイムの手を取り二人は速足で廊下へと向かって行った。
なっそんなに早く歩けるの? ジーナは戸惑いながら追いかけていく。籠には食器まで入っており慎重に歩かなければならない分ジーナはむしろ遅れて歩くこととなり、時には二人の方が待つことさえあったもののそれでもまだジーナは気が楽であった。
あちらの方が何倍も気を使うし疲労感があると、ただ辛いだけだと心の中で言い聞かせながらついて行く。
階段から門へそれから庭へと進み二人のあとをジーナはついて行った。それにしても早いな。やがて例の岩場につき、その前にある芝地に到着するとジーナはそこに敷布を広げ籠を置いた。
お姫様をエスコートする騎士そのものなシオンはヘイムを敷布の左上に案内し自分はその正面に座った。最後にジーナだが、どこに座るかシオンが見守る中迷うことなくヘイムの右側に座ると笑い声が起こった。
「いまちょっとどっちかなと思ったらそっちなんですね。そこは明らかに隅っこで窮屈で暗いのに面白い。わざわざあえてそんなのを選んじゃって変ですね」
「こら。妾で実験をするとはなんたることだ。真ん中に案内せずにここまで引っ張ったのはその為か」
「いえいえだって部屋だと席が固定されているから試せないじゃないですか。でもこれなら完全に実験できたうえに結果が出て面白かったですね」
それでどうしてそこに座るのですか? とシオンから来るはずの言葉にジーナは心中で身構え回答を考えていたが、しかしシオンは籠の中身を取り出し食事の準備をはじめ、そのままずっとその疑問の対する質問はしてこなかった。
どうして聞かない?
この人も何かがどこかズレているのかもしれないとジーナはその栗色の短髪を眺めながら考える。まぁヘイム様とハイネさんの二人と仲が良いのだから少々イカれているのかもしれないか。
ジーナもまた食事の準備をしていると、大きめの焼き菓子を取り出したのを見たシオンが命令を出す。
「いいものを引いてくれましたね。ではそれにジャムを塗って私たちに配ってください」
茶を入れながら言ってきたがジーナは焦る。これは他人に任せることなのか? 各々には好みというものがあり、それを知らないものに任せるのか? 変だ。
瓶はソグの果実三種類だが三つとも知らない色と匂い。どれか一つだけ選ぶのは最善か? たぶんそうではなさそうだ。なら二つ、いや三つ……どれだ?
それならこういったときはうちの故郷では……冷静な頭で考えているはずなジーナだが、行動がパニック状態でありええいままよと三種類とも塗りたくり、できあがり。
それを二人に差し出すと、無言で受けとったため、では正解だとジーナは思い満足げに頷くと黙っていたその二人がついに笑い出した。
「おっと申し訳ありません。いえ嫌いじゃないですよこれは、いいですね。食べれば一緒、多けりゃいいだろう精神。こういう男らしさはあまりお目にかかれません新鮮です」
シオンが言うとヘイムも続いた。
「どうするのかと黙って見ておったが完全にやられたな。まさかそんなことをするとは、おっ垂れて垂れる、これは婦人用の塗り方ではないのぉ」
その垂れているのを舌を出して受けとめているのは御婦人仕草ではなさそうだがジーナは目を逸らし自分のパンを見た。
赤黒緑色の奇妙なこの色彩。冷静になってみるとさすがにどこか、おかしい。
「おかしいな」
「おかしいのはそなたの感性だろうが。どこの誰が味の違う三種類のジャム塗りたくったパンを差し出すのだ。ひとつのを選んで塗ればいいのに三つも塗りたくるとは、そなたはどれがいいのか分からぬ優柔不断というやつか?」
「あの、西の地では三色塗ったパンがありまして、それが一番高価でして」
「なるほど西ではこれが貴人向けのやり方なのですね。それならヘイム様、文句はここいらにして食べねばなりますまいですよ。これぞ異文化交流というものです、では」
シオンは勢いよく食べるとしかめっ面になり顔を伏せた。ヘイムは仏頂面で食べ怖々とジーナは食べるとその味に驚いた。
「酸っぱくって甘くって爽やか……味のごっちゃさに感動しますね」
「一言でいうと不味いな」
続いてジーナも一口齧ると順番は違えど爽やかで甘くて酸っぱいというみょうちきりんなものであり感想がすぐに漏れた。
「不味いですね……」
「分かっとる。だが残すことはいかん、全部食べるぞ」
茶を飲みつつ口内の奇妙な三属性の噛み合わない味を流しながら三人はそれを食べ続けた。
「ちなみにですね私は赤い甘いのが好きでヘイム様は橙色の酸っぱいのが好みですよ」
「ではその二つで良くて何故この緑のを持ってこられました?」
「それはたまにつけて食べるといいのです。ハーブつまりは薬草ですよ。こんなにたくさん食べるものではありません」
「こんなに塗るのははじめて見たな。これもなんだ西のやり方か?」
「……そんなものですねはい。とりあえずたっぷりと塗るのが問題のないやり方でして」
「そうかまぁよい。今回はそのやり方を受け入れるが次回は単独でつけて出すようにな」
混じり合ったそれは茶色というか濃い大地の色であり、食べ続けるジーナは最後の欠片の段階になって味の印象が変わった。
「……これはこれで旨いのではないかと思えてきましたね」
「正気ですか?」
「前向きな舌でいいのぉ」
二人から即座に否定されるがジーナは悪くはないと思い呑み込み食べ終わった。
横では二人がジーナが知らない親戚の話を延々としており、ただ座りながら二人にまた茶を注ぎ待っていた。この時が終わることを。そのうちに話は終わりシオンは立ち上がる。
「では私はそろそろ行きますのでジーナは片付けとヘイム様をお願い致します。ここから散策の時間です」
またそういうことをする? と思うより前にシオンはあっという間に行ってしまい、心の準備もつかぬ間にジーナは二人きりになったことによる緊張が高まる。
鳥の鳴き声に木洩れ日とこの静けさと美しさの中に何かが潜んでいる。一切の想像がつかない暴力への意思が。左側で動きがあることにジーナはすぐに気づくも視線を向けなかった。そうそれは予想通りに動き始める。
それは近づいてくる。分かっている、今日は分かりやすい。それも勘違いであろうが。
「傷の回復は良好ですよ」
先制の言葉を発するとその動きは止まりジーナは顔を向けると、そこには挑むような右眼があり固く結ばれた口元のヘイムがいた。
「お薬の件は感謝いたします。もっともキルシュという指名には困りましたがね」
緊張が和らいだのかヘイムの顔から険しさが幾分か消えるのを感じた。
「あやつで十分だろうにこの程度の怪我などは……痛みは、ないのか」
その言葉がどうしてかジーナの心になにかが来た。このなにかとはなにか? 知らないままジーナはとにかくそれは拒否すべきものであると血がそう伝え、左手がヘイムの右肩を掴んだ。
「痛み? あなたはこの傷に対して気にすることも気に病むこともそういった一切は必要はありません」
力が入って引き寄せたのか向うから来たのかそれとも両方なのかは不明なまま、二人は額がつくほどの顔の距離まで近づいた。
「私もあなたの傷について気にすることも気に病むことすら、全くしないのですから」
ヘイムの瞳は紺からよりも深い色となり黒に闇の色に染まり落ちていきジーナを見つめる。
ジーナはそのまま闇に呑み込まれるように瞳から出る声を聴くようにして、見入った。
「……龍身は傷ではないぞ」
「私にとっては傷であり痛みであり苦しみです」
「ふざけるな。そなたの意見や考えなど何の関係もない」
「あなたが思うのは構いませんが、どのみち私はそれを見たくはないのです。だからこうして私は龍身ではなく」
ジーナは左手をヘイムの肩からその後頭部に回して引くと額が当り合った。
「あなただけを見ていたいし、こうしてあなたに触れるところまでで留めたい」
ヘイムの右手は震えながらジーナの左頬に到達し、そのまま手当の布をはがされると頬に痛みが走り、傷痕に冬の風があたる。
「お前をもっと傷つけて苦しめてやりたい」
その口からは嗅ぎなれた血臭がするとジーナは息を吸い思った。
そうだ、それでいい。私達の関係とはすなわちそれ以外ではありえるはずがないのだから。
頬の傷口にヘイムは指を添えると爪に痕が完璧に嵌るもそれには痛みは走らなかった。ジーナは平然と睨むヘイムの黒ずんだ瞳を凝視している。
これほどまでに、とジーナは思う。自分は気が昂ぶり神経が麻痺しているのかと。痛みすら感じないのかと。この人の前だと感情のなにかが、停止する。
「いま、こうしてあなたといる時が、一番苦しいのです。その感覚はその指先にあるはずの痛みなどを超えています」
「そうか、だがそなたはそれでもここにいるのだな。護衛を、護軍にいるのだな」
「任務ですし、私は龍を目指しているからです。私は龍から離れることができない」
「そなたがではない。妾こそが龍から離れることができないのだ」
私たちは何を言い合っているのだとジーナは話ながら思う。私もこの女も、いったいなにを?
「あなたは私から離れることができる、ただそれをしないだけです。すればいい」
「くどいぞ。妾と共にいるのが何よりも苦しいのだから、そうしているだけだ」
「自分が苦しくても、ですか」
頬の傷口にあてられていた指がめり込みそれから決壊する音を立てた。いま血が流れているのだろう。
「そうだ、そなたの苦しさを妾の感情より優先させてやる。おっ血が流れたな痛いか? しかし血でそのおぞましい痕が隠れれば見た目が少しは良くなるのではないのか?」
ヘイムは指先で血を痕に広げる。血の熱と臭い、ヘイムの口臭、辺りに血に包まれた。
「あなたの口から血の臭いがしますね」
弄ぶ指先がピタリと止まり瞳の色がまた変わる。一段と濃く死の一歩手前の黒となった。
「その異臭は龍の血なのですか?」
「龍の神聖なる血の香りだ、黙れ」
「黙りません。あなたがこの痕を否定して言うのなら私は同じ言葉を返すだけです」
「黙れと命じたぞ!」
ヘイムの声を言葉をジーナは乗り越える。
「駄目です。あなたのそれは、おぞましいものだ。あなたのものではない、血に支配され」
ジーナは目の前の黒い瞳が突然消えたと思うと同時に視界が銀色にて塞がれ、それから唇になにかが押し付けられるのを感じ言葉どころか呼吸すら止まる。
口に当てられたのはヘイムのなにかであり、その押し付けられているのが唇であることがジーナがやっと分かると意識が通じたのかヘイムは離れた。
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「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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