龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

あなたは、いけないことをしております

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「周知のことを敢えて言いますとルーゲン師は素晴らしいお人ですよ。どこかの誰かさんと違って綺麗で爽やかで優しくて婦人たちから人気があって」

 どこかのだれかさんとはいったいどなた様だろうか、とジーナは努めて気にしないように相槌を打ちながらハイネのその長広舌を遮らぬように聞いているが、ますます比較は激しくなる一方であった。

 ここは例の兵舎の裏の森、あの例の岩のうえ。こうやって二人で会うのが恒例となってしまいジーナはそれに奇妙さを覚える今日この頃。

「誰かと違って話していてもちっとも辛くは無いし時間も長く感じられないし終わった後に不快なものは何も残らない。ああいう御方と付き合えたらどれほど気持ちがいいかと常々思いますね」

 ハイネからルーゲンのことを聞こうとしたらこの有様だよとジーナは不思議な気分の中にいた。あの日からずっとおかしいなとジーナの心は乱れたままである。ルーゲンによる講義から心に落ち着きが無くなりどこかイライラしっぱなしであった。

 そのうえ出会って話を聞くことにしたハイネの態度は酷いものでジーナの心を踏みにじりに来ていた。あなたは最悪であり彼は最高と言い方を変えながらのその一点張り。

 私が一体なにをしたというのか? いっぱいやっているがなんだか納得ができん。

 それともハイネはいつもと変わらないが心が弱って神経質になっているからこうも辛いのか? はたまた本気で私を恨んでいるために攻撃しているのか? あるいはその両方か? 言葉は耳に入って来るが内容が頭には入ってこない。まだ褒めて貶しているのだろうか、どのみちうんざりなジーナは手をハイネの口の前に差し出した。

「あのハイネさん……ルーゲン師をその褒めちぎってこっちに投げつけるのはそろそろやめにしてもらいたいのだけど」

 言葉は急にぶつりと千切られ言葉の糸が宙に浮いて消えハイネはジーナの方を見る。だがそれは睨んでいるのではなくどちらかというと微笑んでいるかのように。

「お気に召しませんでしたか?」

「それはもう……ルーゲン師についてはちょっと」

「ジーナさんから教えて貰いたいと言われたのですがちょっとは、もしかしてルーゲン師と諍いでもありましたか?」

「……そんなことはない。これはただの私の思い込みとかで」

「あなたはそういうことに捕らわれない人ですよ」

 右に座っているハイネはその両手で以ってジーナの手を強く握りしめてきた。熱い。この人いつもながら体温が高いな。

「そう思うからにはそこそこの根拠がおありですよね……もしかしてヘイム様とのこととかで」

 自分の体温も上がっているとジーナは感じる。それをハイネはその掌で感じとっているのだろうが、この人はこれをどう解釈するのかな? とジーナはハイネを見つめながら思った。

「しいて言うなら最近ルーゲン師がたまに怖くなるんだ。ヘイム様とのことになるとちょっといつもと調子が違ってしまって」

 あんなにルーゲン師のことを褒め称えていたハイネのことだから、馬鹿言わないでくださいよ! と言語道断一刀両断とばかりに全否定するかと思いきや、無言のまま包み込んでいる両掌にもっと力を込め目に涙を潤ませながら見つめてきたためにジーナは心配になった。

 この人は身体のどこかが痛いのかな。

「あなたは、いけないことをしております」

 なにを今さらとジーナはハイネの言葉に動じない。行為以前に自分の存在はこの世界的にいいものであるはずがない、と思いつつもハイネがそういう意味で言っているのではないことは分かった。

「あのルーゲン師をそのような感情に走らせるだなんて……罪深いです」

 そう言うとハイネの両目から涙が零れ落ちていくのを見てジーナは慌てる。お前は悪人だと言われているようで。

「あのハイネさん、涙を、その拭いて」

「いまジーナさんは心が痛んでいるのですか?」

「それはもう。なんだか知りませんが、人が眼の前で泣かれるのはそれはちょっと」

 めんどくさい、とジーナは思った。強く、思った。

「その心の痛みこそが罪への当然の報いなのです。あなたが罪への自覚をするまで、涙は流れ続け拭ってはなりません」

 また一筋涙が頬を伝い落ちて行くのを見た。涙が何だというのか私には関係ないええい手を離せ! と言うことはできずにジーナは白旗を振った。

「罪の自覚というものをするから泣くのはやめてほしいし拭いて貰いたい。どうか」

 すると瞼を閉じながらハイネは掌を離しながら言った。

「かしこまりました。ではどうぞお拭きください」

「私が? 何で?」

「あなたが私を泣かせたのですし、それと私は泣き続けても別になんともありませんから、あなたが拭くべきでしょう」

 そうなのかなぁ? と、またの謎論理に首を捻るが逆らってもしょうがないのでジーナはハイネの両頬と目尻を拭いた。

 その間のハイネは人形のように微動だにせずに眠っているように見え、終わった瞬間に瞼を開くとどこか満足気であった。

「あなたの罪とはですね、悪事の加担というものでしょう」

 いきなり何を? 悪行の片棒を担ぐ? とジーナは混乱するがハイネは落ち着ききっていたために本当にそれっぽく聞こえた。

「ヘイム様の遊びに、からかいに最大限に協力してルーゲン師を苦しめている、これです」

 素早くハイネは天に向かって祈りの姿勢をとり声をあげる

「お許しください。この人は気づいていなかっただけなのです。無知は罪ではございません」

 芝居がかっているもののジーナはそこを見抜くほどの心の余裕は無くいっぱいいっぱいであった。私は、罪人なのか!? 実際にそうだが。

「ただし知ったからにはここからは罪ですからね……ジーナさん!」

 叱責の声によってジーナの姿勢は真っ直ぐになりハイネを見下す。だがどうしてかハイネを見上げるようになり、また手の上に手が重ねられる。

 知っているその熱ハイネの温度が伝わって来た。

「あなたに罪をこれ以上重ねて貰いたくありません。だからこれから私はあなたの罪を、教えます。教えてしまいます。あなたの心に罪の形を刻みます。知らなければ情状酌量の余地で罪が軽減されるでしょうが、知ったからにはもう駄目になります」

 ハイネは口を閉じるとジーナの手の震えに気がついた。何かを恐れている。自分の知らない何かをいまこの人は背負ってしまっている。

 私が、知らないために無知であるために、泣いて震えて……ジーナは逆に手を握り返し震えを止めさせようとするとハイネは驚きの表情を向ける。

「なんだか知らないが、そこまで私のことを考えてくれてありがとう。どうか話してくれ。罪があるのならそれは私のものであり、ハイネさんが傷つくのは見たくない」

 ハイネの震えが止ったとジーナは分かりその瞳の色も鮮やかな朱色へと変化し輝きを放っておりジーナは吸い込まれるように顔が近づいて行く。

 呆けたようになっていたもののハイネは何かを感じたのか顔を左側に流していきジーナの首に捕まるようにして抱き合う形となった。

 ごく自然な態勢となったために二人はそのことの異様さをしばらくの間、自覚できずにいた。

「見たくないって、私を傷つける張本人がそんなことを言うのはあんまりですね」

 ジーナの右耳に注ぐようハイネが囁く。

「あんまりとはあんまりだな。じゃあこれは私への復讐としてどうぞお話しください。罪を背負わせ巻き添えを食わらせたのですから正当なものなはずで」

 首を締め付ける力が強くなりジーナは思う、どれだけ重い罪なのだろうかと?

「なら話しますが一人で背負うとかそんな勝手なことは言わないと約束してください」

「私の罪だろう?」

「だからそういうことはやめてと約束して欲しいのです」

 ハイネの掴まる力がまた加わり体と体が一つになるぐらいに近づく。するとさっきまでしていたハイネの香りは消え、その体温まで感じることが無いようでもあった。

 他者である垣根を乗り越え自分のものは相手のものであり、相手のものは自分のものとまで身体が重なり合い、まだ一つにならずに残るものは……

「私が嘘をついて、はい分かりましたと言っても、罪は消えません。消えるわけがない。それなら共有していると認めてください。二人で分かち合わねばならないのです」

「だからといってハイネさんにも苦しみを背負わせるのは」

「手遅れです。私はもう、苦しいのですよ。ずっと。それにこれはヘイム様とルーゲン師のために背負う罪であり、ジーナさんのためとかそういうのではありませんので、めんどうな勘違いを起こして私を煩わせないでください。言ってください、はい分かりましたハイネさん、と」

 ジーナは苦笑いの声を出すとハイネもちょっと笑い声を出した。

「分かった分かったはい分かりましたハイネさん、と。まぁ仰せの通りもう手遅れでどうしようもないのなら、このままハイネさんも道ずれにして苦しんでもらおう。そして私はその分、楽をします」

「最低ですね」

「元凶だから仕方がないです。けどあなたがいて良かった。おかげで自分の不味いところが分かるかもしれないし」

 ハイネはなにも喋らないために間ができ妙な時が二人の前を走り去っていきジーナはその沈黙の時を静かに待ち続けた。再び動き出すまでを。

「……ジーナさんはちょっと馬鹿ですから罪は軽くなりますかね」

 第一声がそれかと耳を疑うとハイネは追撃とばかりにまた耳に息を吹きかけた。ジーナは驚き変な声を出しながら重なっていま手と身体が離れ互いに真っ直ぐ背を伸ばし向かい合った。

 もっと違う方法があるだろうに。

「まず大前提としてこれは可能性の話であり確実なものではございません。よってそういう可能性もあるかもしれないと、それぐらいの認識でお願いします」

「わっ分かった。それでヘイム様の遊びに協力している罪とはなんだ? 遊んでいるようには見えないけれど」

 熱で若干上気しているハイネは一度ジーナの眼を見るがすぐに伏せてしまう、それから語りだした。

「不敬なのは承知ですけれど結論から述べます。ヘイム様はあなたと仲良くしていることをルーゲン師に見せつけてその反応を楽しんでいらっしゃるのです。つまりは」

 あなたの間にあったあれこれは全部芝居であり遊びであり、ルーゲン師に向けたもの……先読みできたジーナはその言葉を聞くや思考よりも前に大声が出た。

「いや、ありえない。それは間違いだ」

「さすがのあなたも察しましたか。傷つけ哀しませてごめんなさい」

 またハイネはジーナの手を握り締め涙目で見つめてきた。
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