龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

聞こえなかったですか?薬指にですよ

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 風が吹き止っていた雲が流れだし通り過ぎたことによって陽射しが再び場に戻り辺り一面に光を降り注いだ。

 女はその光の中にいた。足が止まったのは光の眩しさかそれとも男の声か、あるいはその両方か。

 女の停止は長くそれは浄化に必要な時間であるかのように男は無言でそれを見つめるしかなく、待っていた。

 そのうちに女はゆっくりと静かに振り返り椅子へと座る。その表情は不愛想なままであったが、陽によってか火照っていた。

「……っでなにか言ったようだが、なんだ? よう聞こえなかったからもう一度言え」

「あっはい。ちょっとしたものをお渡ししたいと思いましたがもし時間が無いのなら」

「つまらぬことを言うな。そんなことは気にせずに、すぐにはいどうぞ言ってと渡せば済むであろうに」

 そうですかと男は左懐に手を入れ箱を取り出した。女は実に興味なさげにその動きに目を送っているように男には見えた。

 まぁそれもそうかと男は箱を机の上に置き女の方へ差し出した。まだ女の態度に変化はない。

「これはなんだ?」

「先ほど入りました宝石店で購入したものです」
「ああそうか。それでこれはなんだ? 誰のだ?」

「それはあなたのですよ」

「あなたとは誰だ、のぉジン?」

 その問い掛けがまるで儀式における呪文のようだと感じつつも男には意味がすぐに分かり中腰となり箱を更に女の右手の前に押し、答える。

「これはナギのために買ったものです。どうか開けて欲しい」

 正解であったように女から呪いが解けたようにその無愛想な表情が崩れだし苦笑いめいた笑い声と共にその箱をとった。

「フフッ散々苦労しそうだがナギは果報者であるな、さて」

 箱を開くまでの間に女は思考は回転させ女はさらに思い考える。しかし切り出し難かったのは中身のことでもしや本当に赤光ではないのでは?

 妾が思ったよりも金が無く、それで主と値段のことで交渉をしていたとか? その割には良い買い物をしたとか抱擁したりとか終わりの雰囲気は良かったが、あれはなんだろう?

 あれは持ち金を打ち明け可能な限りのものを買ったという心意気の評価であったとしたら、どうだ?。 そうだな、この男はどう考えても貧しい男だ。まぁ富なんかは妾からしたらどうでもいい二の次であるが、この箱の中には見たこともないものが入っているかもしれん。

 うぅむそうだ。この男にとって高い宝石は値段としては妾の宝石箱に入れぬものかもしれぬ。その可能性は極めて大だ。ああこの事に気がついてよかった。結論としてはこうなる。赤光は買えなかったために買える値段の石を探して来てもらい、それでも足りずに値下げの交渉をし、主はその商才や妻であるナギへの思いから感激した、それならば全ての説明がつく。

 もしくは紹介状の書き主との縁の力によるか。男のこの緊張感のなさも大したものを用意できなかった自責からと見れば、説明がつく。フフッと女は笑い箱を手にした。ジンよ、そなたは良き気遣いの出来るナギという女を妻に出来てよかったな、と。

 大丈夫だぞ。どのようなものがここの入っていようがこの女はそのがっかりを顔には決して出さぬからな。今回ばかりはこの頭に入っている豊富な宝石の知識と鍛えた目が仇となるが、なんとかしてみせるから安心せよ。

 無知に徹する。そうすれば河原の石にだって感激する間抜けな小娘と同様に、いや今の妾なら畑で採れた土だらけの石でも嬉しいという表情を作れる。

 ナギはこの中の石を宝石箱の良いところに置く。確実にな。まったくお前には過ぎた女だぞナギというのは。

 いよいよ開け始めるも男は女の顔がとてつもなく期待している顔であるように見えるので少し怖くなってきた、あれで本当に大丈夫だったのかと。女が蓋を開き陽射しに反射する白い光を見た時、作っていた笑顔が消え目を三度瞬かせてから、箱を閉じた。

 いかん、願望が強すぎて幻を見たのかもしれないと女は思った。卑しいにもほどがあるだろうに。見間違えたということで再度笑顔を作り箱を開くと、そこにはやはり白光が燦々と輝きを放っておりまたもや箱を閉じ、机の上に置き手で額を抑えながら俯いた。

 男はある意味で予想外過ぎる動きに動揺し声を掛けようとすると、女が先に聞いてきた。

「これは、なんだ?」

「先ほど入りました宝石店で購入したもので」

「そういうことではない。これはなんだと聞いているわけだ……」

 何が言いたいのかさっぱり分からず男は考える。もしやこちらのとんでもない勘違いであれは買ってはならないタイプの石であったのでは?

 あの時回避したというのに性懲りもなく私が買ったとしたら。そうだとしたらあの努力と金はいったい何の意味が?

「そっそれは買ってはならない宝石だったのでしょうか?」

「そうではない、買えるはずもない宝石なのだ。のぉ……なにか悪い事でもしたのか?」

 女の顔は今まで見たこともない不安に満ちたものであり男も心配になってきた。これはそれほどに高価なものであるのか? と。

「実のところシオン様から去年分の資金を預かってそれを全額使いまして」

 その言葉によって頭を抱えていた女の顔が上がり光が少し戻る。そうか、それならなんとか……いやまだだ。

「それでもまだ足りぬと妾は思う。悪いことをしたとは思えぬから、無理なことをしたのではないか?」

 無理かどうかはそういえばわからない。元値はいくらかだと主は教えてくれなかった。よって分割払いの金額がとんでもないことになるかもしれない。あれがもしも悪人だったら、アルと共謀した悪者だったら、ナギの言うことは正しい。

 私はそうとは思えないが、そういうことは良くある話だ。そこまで心配するのなら……心苦しさを覚えるのなら。男は懐から手紙を取り出し女の前に出した。主からアルへの二通。帰り際に貰ったもの。

「分割払いによる取り決めだが、これは私が読んではならないというものだけど、妻には読ませてはならないといった約束はしていない。もしも私に、いいや私達に不可能であるようなことが書いてあったら教えてくれ」

 女は白い顔をしながらそれを受け取り開き見る。

「心配をさせて済まない」

 軽く首を振った女が書に目を走らせると途中で止まり小声で文章を口ずさんだ。

「女人関係を……たいへんなことにしそうな人……支えてあげて」

 なんだその文章? と男は思うも黙った。女の読む目はすぐに下まで行き、それから見終わり、すぐさま手紙をもとのように折りたたみ封筒に入れ男に返すと、残っていた酒を一口ではなく長い時間をかけて飲み干し、笑いだした。

「そなたは心配のし過ぎであったな」

 そうじゃないだろ、と言おうとすると女は手で制した。

「あれはそなたの部下であるアル宛ので妾も読んではならないものであったぞ。細々した一族の話は飛ばし読みしてそして、な」

 何故可能であるのかという分割払いの内容や妻である自分への称賛から悪い女に付き纏われているなんて酷いことを書くなという甥への叱責。そういった内容を一瞥するも男には一切語らずに箱に再び手を伸ばし持ち上げる。

「ありがとうなジン。このようなものを買って貰って妾はナギはとても嬉しいと感じていると思われるぞ」

 軽い微笑みでありいつもの女の笑みであり男も息をついた。するとさっきの会話のことや手紙の内容に金のことなど後方のどこか遠くへ流れて消えて行った。

 もはやそんなことはどうでもよく、いまはこの女のことだけを思っていたいとさえ思い始めている。女は箱を開け目を細めながら石に見入り男は女の拡大するその瞳を見ていた。

 言葉を発せず頬尻をあげそれから箱を閉じようとするのを男は止めさせる。

「確認のために指に通してみようか」

 女の瞳は宝石を見ていた際よりもさらに大きく開いていくのを男は、見た。

「指輪は箱の中にあるものではなく指についているべきであるし。箱をこちらに渡してください、私も協力しますから」

 女は反射的に首を振ったが男はそれを見ずに箱に手を伸ばす。そういうことではないはずだ、と思いながら女は箱が開き指輪が抓まれるところを見ている、

 これはナギの話であり、そういうことでは、ないはずだと。

 違うのだ、と女は無言のまま右手を男に取られ持ち上げられる。予感がなかったわけでは無い。

「では手を広げて、いや全部じゃなくて小指と中指を開いてください」

 こうなる可能性はあった。そんなことは分かっていた……だが、と女は改めて首を振り、その言葉が幻聴かどうか確認のため、分からないという視線を送るといつもと違い男はそれを理解した。

「聞こえなかったですか? 薬指にですよ。指輪は薬指に通しますから、手をどうかそのように開いてください」

 やはり幻ではなくこれは現実であり、開いたら確実にそれが来て通される。しかも自らの意志によってであると認識すると女は思う、だがいいのか? それは許されるのか? それは許されるものなのか? そう思えば思うほど指は開かれず固く閉ざされていく。

 お前は、どういうつもりなのか? と女は男を見る。そこには不審そうな表情を浮かべた男の顔があり、女は頭に来た。何故お前は少しも苦しそうでないのだ? 少しは、苦しめ。

「問うが西において右薬指の指輪の意味はなんだ?」

 尋ねると男は身体を強張らせたのが手から感じ取れ女は気持ちが良くなった。

「義務と約束だけれど、こっちは違うのか?」

「なるほどそういうことか。では何だと思う?
この指を意味するのは、なんだ?」

 女の眼差しに男は息を呑み考える、この状況において拒むに足る理由は、その指の意味は? あるとすればそれは

「結婚関係とかか?」
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