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第一章 なぜ私であるのか
不審な建物を発見した
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一行は枯れすすきの野原を延々と歩き続けた。初冬の色、滅びの世界が眼前に広がっている。偵察活動、侵入者を発見せよ。
しかし辺り一面には人影どころか人がいた気配すら見当たらず時間が経つにつれ遠足じみた雰囲気となっていく。
緊張感も続かずにポツポツと雑談が増えジーナが注意をするも途絶えても、しばらくするとまた始まりまた注意しての繰り返しのためにジーナは歌を歌うことにした。
それならばと隊員たちは歌い出し偵察なのか行軍訓練なのか分からないような雰囲気のなか、分け入っても分け入っても変わらぬ枯れすすきの世界を彼らは進んでいく。
軍歌であるシアフィルを讃える歌が終わると次はソグの歌となり、歌えるものがいる一方で歌詞があやふやなものが混じり歌の調子が狂いがちなためにアルが先頭となって歌詞を確認しながら歌いだした。
だが龍の部分となるとジーナはこれ以上我慢ができずに口をつぐみ、思い返す。
そうだ私はそういう存在なのだ、と。
そんな存在であるためか今日はやけに胸が苦しいな。胸騒ぎがする、誰かが咎め立てている……
歌も苦しみのもとだと判断したジーナは歌うのをやめさせ小休止の合図をとった。
ジーナも隊員もこの時は思った、これはもう完全にピクニックであり、村に戻ったら酒盛りや踊りなどして遊ぼうと。
「あまりにも緊張感がなさ過ぎてきついぜ。これだとかえって敵が出てくれた方が助かるってやつだ」
ブリアンの軽口に場が笑い声で湧いたが、ジーナだけは笑わずにすすき野原の彼方に目をやっていた。
「隊長さんはそうは思わないのか? 凄く暇だってさ」
「暇であるのは敵が発見できないからだ。出てくると思ったら暇だなんて思わんよ」
「おぉそうだともそうだとも、でもよぉ出てくるとは到底思えないよな。そもそも話の前提がおかしいんだぜ? あり得ない侵入者かもしくはあのソグ山の戦いを生き抜いてこちらまでやってきて今まで過ごしているだなんて、ハハッ笑えるよな隊長さん」
振り返るジーナはブリアンの透き通った笑みを見る。
「だって全員追いかけて討ち取りまくったもんな。俺もそうだが主にあんたがさ」
「そうだな。だけどその話は止せ。もう終わった話だ」
「立派な武勲でしょうが。それで龍の護衛になれたんだからよ。あの最終的な追撃戦で残敵を完全に討ちまたは追い払ったからソグ山戦からこっちに敵が残っていないんだ。負傷と降伏による捕虜、それ以外は戦死逃走凍死。完勝だよ完勝」
機嫌よく透明な笑みを浮かべていたブリアンが突然濁り歪んだ笑みへと一変する。
「それが村人の臆病心が生んだ幻覚から敵がいるだなんていうその訴え! 俺は話を聞いた時からムカつきが止まらないんだけどよぉ、俺でさえそうなのに隊長さんはなんで普通なんだよ? 俺にはわかんねぇ」
怒りを共有せよというブリアンの言葉に対してジーナは表情を変えずに答えた。
「ブリアン並びにみんなの健闘を否定するつもりは全くないが、私はあの時ただ前に行こうとしていただけだ。その途中に立塞がる敵を倒し続けた、それだけだ。それを否定されても、何も思わない」
わかんねぇなといったように髪を掻きながらブリアンは聞いた。
「大将首でも狙っていたのか? それなら兵隊相手の戦いなんざ興味が無いだろうけどよ。でもあの状況で敵将を討つなんて絶対に不可能だったろうがな。いくらジーナ隊長だとしてもよ」
ブツブツとブリアンが言葉を続けようとすると途切れ、彼は見た。ジーナの眼の光を。その薄い金色の瞳を。身体が痺れたように動かない。
「まぁそんなものだな私も少し休もうかな」
二の句が継げず頷くブリアンは息を呑み、その金色の光が消えていくのを見ながら思い出した。思い出さざるを得なかった。あのソグ山の戦いにおけるジーナの瞳の色を。それは今と同じ色をしていたと。
どうして今、その光を? 今の会話で、何だ? 俺は何かを言ったというのか?
ジーナ隊は初日の偵察はそのまま終了し二日目の偵察も初日と変わらず何も発見せずに終わり、三日目四日目そして五日目の最終日もなにもなく昼を迎えた。
「収穫はゼロですけれど、これで帰らざるを得ませんね」
アルが報告書を書きながらそうまとめるとジーナも頷いていた。
なにも無かった、これで良いという意味であろうがブリアンはそれを見て不審さを覚えた。隊長は何か引っ掛かっていると。ゲレンデも隊はそのまま予定通りに帰る動きとなり中継点に戻ることとなるが、その途中での休憩時間中にジーナは動き出した。
「アル。すまないがちょっと出かけて来る。しばらくここで待っていてくれ」
「出かけるってどこにですか? 休憩が終わったらもう例の中継点まで一直線なのですよ。何か発見したのなら隊で」
「いや、そういうことではないんだ。ちょっとした野暮用でね。休憩時間が終わるまでには帰って来る」
アルはそのジーナのその異様な雰囲気に寒気が走った。その表情はいつもと違い声すらもどこかおかしかった。まるで隊長でない何かがいるようで。
「僕は反対です。そんな勝手なことは隊長自身が禁じているはずですよ。それなのに自分がするだなんて、あなたらしくもない」
「まぁそう言うなよアル君よぉ」
立ち聞きをしていたブリアンが二人の間に入った。ジーナは嫌な顔をしたがブリアンは笑顔を作り、言った。
「隊長にも色々とあるんだろうよ。ここは俺がついて行くということで二人一組の偵察隊となる。そうすれば違反ではないだろ?」
ジーナは驚いた顔で止めようとするがブリアンは手で制した。
「そうは言いますがねブリアン。それは違反ではありませんが二人一組だって僕はちょっと」
「だったら三人で行こうぜ。お前も来れば文句はあるまい。それ以上駄目とか言うなよ、でないと隊長は一人で行っちまうからな」
アルは二人を見回しブリアンの顔の険しさとジーナの深刻そうな顔を見て息を吐き報告書に新たな文章をつづった。
「久しぶりに違う表現のことが書けるのは嬉しいのが複雑ですね。ではノイスにここは任せて三人で行きましょう。えーとジーナ隊長としてはなにを見に行くつもりでしょうか? 報告書に書いておかないといけないので」
「……不審な建物を発見したと、書いておいてくれ」
休憩時間を過ぎたらこちらに人を寄越すようにとブリアンは他の隊員たちに告げ三人はすすきの中を歩いていく。
ジーナが先頭であるがその口からは何も語られない。行先も目的も、二人に対する言葉もなにもなく、枯草を踏み進んでいく。
アルとブリアンはかつてないその様子に視線で会話をする。何もかもがおかしいと。休憩時間中に隊から離れ、一人で行きたがる異常さに挙句の果てには不審な建物がある?
頭が変になったのかと口にこそ出さないが二人はそう思わざるを得なかった。背の高いブリアンが腰を伸ばし背伸びして四方を見渡してもどこまでも風に靡く枯れたすすき野原が広がっている。
ブリアンは思う。隊長はこの景色のことを承知しているはずなのに、まだ進んでいる。アルを見ると緊張した面持ちで歩数を口の中で数え太陽の位置を確認し続けていた。
距離と時間を図り、半分になったら強制的に帰るための準備をはじめから行っている。
ブリアンはジーナの背中をずっと見ている。
これが逢引であったら、笑って勘弁しようと。いきなり可愛らしい美少女がジーナ! 叫んで飛び込んできたむしろその方がどれほどよいか、と歩けば歩くほどにその念が強まっていた。
この人はいったいどこに俺達を連れて行くんだ? それともこれは違うのか? 俺達はいったいどこまでこの人について行くんだ?
あのソグ山での戦いもその前の戦いもずっとそうだった。この人は最前線をいつも志願し誰よりも前に出て戦い、先頭を走る。
だがそれは武勲のためとは思えずもっと違うものに向かって走っているようにしか見えない。そう、あの眼は、とブリアンは金色の瞳を思い出し身震いする。
なんらかの狂気や信仰の証なのではないか? 龍へのとは違う、その何かの為の。するとこれもその為の行動であり、だから一人で行きたがった?
すると俺達はどうする? 俺達はそれに付き合う義理は、あるのだろうか?
「隊長そろそろ時間です。引き返す準備をお願いいたします」
有無を言わさぬ口調で以ってアルが告げるとジーナの足が止まる。
ゆっくりと二人の方へ振り返ろうとするその少しの間、隊長であってくれとアルとブリアンは心の底から祈りそしてそれは叶えられた。
「もうそんなに経ったのか。分かった、もうそろそろ戻ろうとしようか」
意外な言葉に二人は安堵の息を吐き、共に思った。なにも無かったことを指摘しない、どこに行こうとしたことなども聞かない、早く帰ろう、これだけだと。この人がこの人であるうちに。
「だけどすまないがもう少しだけ歩かせてもらえないか、あそこまで」
ジーナが指差した方向には、なにかがあった。いや、なにかが生まれたような気が二人にはした。
さっきまでは無かったものが、そこにありそれは黒いものであり、建物であり、家であり、小屋であった。ソグにはないその小屋の形。
「この世のものじゃない」
震えるアルが呟くようにそう言い、一歩足が退き代わりにブリアンが前に出た。
「おいあれはなんだ?」
ブリアンは我ながら間抜けなことを言っているなと自覚しながらももう一度繰り返した、あれはなんだと?
「隊長は知っているのか? おい言ってくれよ!」
恐怖から大声を出すがジーナはその黒い家を見つめるだけで反応はしなかった。数秒の沈黙ののちに二人の方を見ずにジーナは告げる。
「私一人で行く。ここで待っていてくれ」
「駄目です隊長、僕も行きます」
アルは袖を強く握り引いた。どちらかというとそれは、行くなという動きでしかなかった。
「すぐに済むことだ。着いてくる必要はない」
その声は穏やかであるのにアルにはどこか遠くから聞こえた声であった。なんだか隊長はここにはいない、と。
「ついて行く必要も行く必要もないぜ、隊を呼んでくる。全員でこの建物を捜索するんだ、いいな隊長!」
遅れながらも勢い込んで主張するブリアンに全く動じることなくジーナは言下に拒絶する。
「駄目だ。これから私は中に入り二人は外からの様子を伺いまた近づいてくるものへの警戒を頼む」
違うそうじゃない、とブリアンの反発心が首を振るがジーナは応じない。あんたはそんなおかしなことを指示する男じゃない。
「外はブリアンに任せて僕も行きます」
なおもアルは袖を引く手を離さない。命令に反してのそのアルの姿をブリアンは今まで見たことが無かった。
「離せアル」
ジーナがその手を取ろうとした時、ブリアンが遮り代わりにアルの手を離した。
「俺が代わりになるなら隊長だって安心だろ?なんたってアルはいまので勇気の大半を使い切っちまったからな」
ブリアンはジーナと対峙しながらあの予感があった。あれが来るという胸騒ぎ。
無表情であるのに瞳の色だけが微かに変わっていく。緑から黄緑へ、この先黄金へと変わるのだろうか?
するとこの先にこそ敵が、危機が待ち受けているのか? ブリアンは途中で視線を外し前に出た。これ以上見ては駄目であり、もはや問答は無用だろうとばかりに、跳ぶ。
「勝手な行動はやめろ」
ブリアンは聞き入れずに走り、門に手をかけ開く。
「俺だけ入るか一緒に入るかのどちらかだ。アル! 中に入る俺達を外からサポートするんだぜ。こっちは何かあったら声を掛けるし可能な限りすぐに出てくるようにする、これに文句はあるか隊長。いつもあんたが俺達に指示していることだぜ」
そう言うとジーナは何も反論せずに門に手をかけ中に足を入れてから口を開いた。
「それで許可をするが、ここから先は私の指示に従うように、いいな」
しかし辺り一面には人影どころか人がいた気配すら見当たらず時間が経つにつれ遠足じみた雰囲気となっていく。
緊張感も続かずにポツポツと雑談が増えジーナが注意をするも途絶えても、しばらくするとまた始まりまた注意しての繰り返しのためにジーナは歌を歌うことにした。
それならばと隊員たちは歌い出し偵察なのか行軍訓練なのか分からないような雰囲気のなか、分け入っても分け入っても変わらぬ枯れすすきの世界を彼らは進んでいく。
軍歌であるシアフィルを讃える歌が終わると次はソグの歌となり、歌えるものがいる一方で歌詞があやふやなものが混じり歌の調子が狂いがちなためにアルが先頭となって歌詞を確認しながら歌いだした。
だが龍の部分となるとジーナはこれ以上我慢ができずに口をつぐみ、思い返す。
そうだ私はそういう存在なのだ、と。
そんな存在であるためか今日はやけに胸が苦しいな。胸騒ぎがする、誰かが咎め立てている……
歌も苦しみのもとだと判断したジーナは歌うのをやめさせ小休止の合図をとった。
ジーナも隊員もこの時は思った、これはもう完全にピクニックであり、村に戻ったら酒盛りや踊りなどして遊ぼうと。
「あまりにも緊張感がなさ過ぎてきついぜ。これだとかえって敵が出てくれた方が助かるってやつだ」
ブリアンの軽口に場が笑い声で湧いたが、ジーナだけは笑わずにすすき野原の彼方に目をやっていた。
「隊長さんはそうは思わないのか? 凄く暇だってさ」
「暇であるのは敵が発見できないからだ。出てくると思ったら暇だなんて思わんよ」
「おぉそうだともそうだとも、でもよぉ出てくるとは到底思えないよな。そもそも話の前提がおかしいんだぜ? あり得ない侵入者かもしくはあのソグ山の戦いを生き抜いてこちらまでやってきて今まで過ごしているだなんて、ハハッ笑えるよな隊長さん」
振り返るジーナはブリアンの透き通った笑みを見る。
「だって全員追いかけて討ち取りまくったもんな。俺もそうだが主にあんたがさ」
「そうだな。だけどその話は止せ。もう終わった話だ」
「立派な武勲でしょうが。それで龍の護衛になれたんだからよ。あの最終的な追撃戦で残敵を完全に討ちまたは追い払ったからソグ山戦からこっちに敵が残っていないんだ。負傷と降伏による捕虜、それ以外は戦死逃走凍死。完勝だよ完勝」
機嫌よく透明な笑みを浮かべていたブリアンが突然濁り歪んだ笑みへと一変する。
「それが村人の臆病心が生んだ幻覚から敵がいるだなんていうその訴え! 俺は話を聞いた時からムカつきが止まらないんだけどよぉ、俺でさえそうなのに隊長さんはなんで普通なんだよ? 俺にはわかんねぇ」
怒りを共有せよというブリアンの言葉に対してジーナは表情を変えずに答えた。
「ブリアン並びにみんなの健闘を否定するつもりは全くないが、私はあの時ただ前に行こうとしていただけだ。その途中に立塞がる敵を倒し続けた、それだけだ。それを否定されても、何も思わない」
わかんねぇなといったように髪を掻きながらブリアンは聞いた。
「大将首でも狙っていたのか? それなら兵隊相手の戦いなんざ興味が無いだろうけどよ。でもあの状況で敵将を討つなんて絶対に不可能だったろうがな。いくらジーナ隊長だとしてもよ」
ブツブツとブリアンが言葉を続けようとすると途切れ、彼は見た。ジーナの眼の光を。その薄い金色の瞳を。身体が痺れたように動かない。
「まぁそんなものだな私も少し休もうかな」
二の句が継げず頷くブリアンは息を呑み、その金色の光が消えていくのを見ながら思い出した。思い出さざるを得なかった。あのソグ山の戦いにおけるジーナの瞳の色を。それは今と同じ色をしていたと。
どうして今、その光を? 今の会話で、何だ? 俺は何かを言ったというのか?
ジーナ隊は初日の偵察はそのまま終了し二日目の偵察も初日と変わらず何も発見せずに終わり、三日目四日目そして五日目の最終日もなにもなく昼を迎えた。
「収穫はゼロですけれど、これで帰らざるを得ませんね」
アルが報告書を書きながらそうまとめるとジーナも頷いていた。
なにも無かった、これで良いという意味であろうがブリアンはそれを見て不審さを覚えた。隊長は何か引っ掛かっていると。ゲレンデも隊はそのまま予定通りに帰る動きとなり中継点に戻ることとなるが、その途中での休憩時間中にジーナは動き出した。
「アル。すまないがちょっと出かけて来る。しばらくここで待っていてくれ」
「出かけるってどこにですか? 休憩が終わったらもう例の中継点まで一直線なのですよ。何か発見したのなら隊で」
「いや、そういうことではないんだ。ちょっとした野暮用でね。休憩時間が終わるまでには帰って来る」
アルはそのジーナのその異様な雰囲気に寒気が走った。その表情はいつもと違い声すらもどこかおかしかった。まるで隊長でない何かがいるようで。
「僕は反対です。そんな勝手なことは隊長自身が禁じているはずですよ。それなのに自分がするだなんて、あなたらしくもない」
「まぁそう言うなよアル君よぉ」
立ち聞きをしていたブリアンが二人の間に入った。ジーナは嫌な顔をしたがブリアンは笑顔を作り、言った。
「隊長にも色々とあるんだろうよ。ここは俺がついて行くということで二人一組の偵察隊となる。そうすれば違反ではないだろ?」
ジーナは驚いた顔で止めようとするがブリアンは手で制した。
「そうは言いますがねブリアン。それは違反ではありませんが二人一組だって僕はちょっと」
「だったら三人で行こうぜ。お前も来れば文句はあるまい。それ以上駄目とか言うなよ、でないと隊長は一人で行っちまうからな」
アルは二人を見回しブリアンの顔の険しさとジーナの深刻そうな顔を見て息を吐き報告書に新たな文章をつづった。
「久しぶりに違う表現のことが書けるのは嬉しいのが複雑ですね。ではノイスにここは任せて三人で行きましょう。えーとジーナ隊長としてはなにを見に行くつもりでしょうか? 報告書に書いておかないといけないので」
「……不審な建物を発見したと、書いておいてくれ」
休憩時間を過ぎたらこちらに人を寄越すようにとブリアンは他の隊員たちに告げ三人はすすきの中を歩いていく。
ジーナが先頭であるがその口からは何も語られない。行先も目的も、二人に対する言葉もなにもなく、枯草を踏み進んでいく。
アルとブリアンはかつてないその様子に視線で会話をする。何もかもがおかしいと。休憩時間中に隊から離れ、一人で行きたがる異常さに挙句の果てには不審な建物がある?
頭が変になったのかと口にこそ出さないが二人はそう思わざるを得なかった。背の高いブリアンが腰を伸ばし背伸びして四方を見渡してもどこまでも風に靡く枯れたすすき野原が広がっている。
ブリアンは思う。隊長はこの景色のことを承知しているはずなのに、まだ進んでいる。アルを見ると緊張した面持ちで歩数を口の中で数え太陽の位置を確認し続けていた。
距離と時間を図り、半分になったら強制的に帰るための準備をはじめから行っている。
ブリアンはジーナの背中をずっと見ている。
これが逢引であったら、笑って勘弁しようと。いきなり可愛らしい美少女がジーナ! 叫んで飛び込んできたむしろその方がどれほどよいか、と歩けば歩くほどにその念が強まっていた。
この人はいったいどこに俺達を連れて行くんだ? それともこれは違うのか? 俺達はいったいどこまでこの人について行くんだ?
あのソグ山での戦いもその前の戦いもずっとそうだった。この人は最前線をいつも志願し誰よりも前に出て戦い、先頭を走る。
だがそれは武勲のためとは思えずもっと違うものに向かって走っているようにしか見えない。そう、あの眼は、とブリアンは金色の瞳を思い出し身震いする。
なんらかの狂気や信仰の証なのではないか? 龍へのとは違う、その何かの為の。するとこれもその為の行動であり、だから一人で行きたがった?
すると俺達はどうする? 俺達はそれに付き合う義理は、あるのだろうか?
「隊長そろそろ時間です。引き返す準備をお願いいたします」
有無を言わさぬ口調で以ってアルが告げるとジーナの足が止まる。
ゆっくりと二人の方へ振り返ろうとするその少しの間、隊長であってくれとアルとブリアンは心の底から祈りそしてそれは叶えられた。
「もうそんなに経ったのか。分かった、もうそろそろ戻ろうとしようか」
意外な言葉に二人は安堵の息を吐き、共に思った。なにも無かったことを指摘しない、どこに行こうとしたことなども聞かない、早く帰ろう、これだけだと。この人がこの人であるうちに。
「だけどすまないがもう少しだけ歩かせてもらえないか、あそこまで」
ジーナが指差した方向には、なにかがあった。いや、なにかが生まれたような気が二人にはした。
さっきまでは無かったものが、そこにありそれは黒いものであり、建物であり、家であり、小屋であった。ソグにはないその小屋の形。
「この世のものじゃない」
震えるアルが呟くようにそう言い、一歩足が退き代わりにブリアンが前に出た。
「おいあれはなんだ?」
ブリアンは我ながら間抜けなことを言っているなと自覚しながらももう一度繰り返した、あれはなんだと?
「隊長は知っているのか? おい言ってくれよ!」
恐怖から大声を出すがジーナはその黒い家を見つめるだけで反応はしなかった。数秒の沈黙ののちに二人の方を見ずにジーナは告げる。
「私一人で行く。ここで待っていてくれ」
「駄目です隊長、僕も行きます」
アルは袖を強く握り引いた。どちらかというとそれは、行くなという動きでしかなかった。
「すぐに済むことだ。着いてくる必要はない」
その声は穏やかであるのにアルにはどこか遠くから聞こえた声であった。なんだか隊長はここにはいない、と。
「ついて行く必要も行く必要もないぜ、隊を呼んでくる。全員でこの建物を捜索するんだ、いいな隊長!」
遅れながらも勢い込んで主張するブリアンに全く動じることなくジーナは言下に拒絶する。
「駄目だ。これから私は中に入り二人は外からの様子を伺いまた近づいてくるものへの警戒を頼む」
違うそうじゃない、とブリアンの反発心が首を振るがジーナは応じない。あんたはそんなおかしなことを指示する男じゃない。
「外はブリアンに任せて僕も行きます」
なおもアルは袖を引く手を離さない。命令に反してのそのアルの姿をブリアンは今まで見たことが無かった。
「離せアル」
ジーナがその手を取ろうとした時、ブリアンが遮り代わりにアルの手を離した。
「俺が代わりになるなら隊長だって安心だろ?なんたってアルはいまので勇気の大半を使い切っちまったからな」
ブリアンはジーナと対峙しながらあの予感があった。あれが来るという胸騒ぎ。
無表情であるのに瞳の色だけが微かに変わっていく。緑から黄緑へ、この先黄金へと変わるのだろうか?
するとこの先にこそ敵が、危機が待ち受けているのか? ブリアンは途中で視線を外し前に出た。これ以上見ては駄目であり、もはや問答は無用だろうとばかりに、跳ぶ。
「勝手な行動はやめろ」
ブリアンは聞き入れずに走り、門に手をかけ開く。
「俺だけ入るか一緒に入るかのどちらかだ。アル! 中に入る俺達を外からサポートするんだぜ。こっちは何かあったら声を掛けるし可能な限りすぐに出てくるようにする、これに文句はあるか隊長。いつもあんたが俺達に指示していることだぜ」
そう言うとジーナは何も反論せずに門に手をかけ中に足を入れてから口を開いた。
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