龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

ここは私の場所だ

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 人が住んでいる様子ではとてもないなとブリアンは朽ちかけた入口の扉をそっと引きながらまず思った。

 中からは人の気配は感じられず、また最近も出入りした感じはしない。薄暗い玄関から続く通路は無音に包まれ過剰なまでの静けさがそこにあった。闇が音を殺している。音もまた命のひとつなのか?

 ブリアンは振り返るとジーナが隣に立っている。中に興味がないのか覗こうともしない。崩壊寸前の扉の前に立っているだけ。緊張感はまるで伝わってこずあまりにも自分とは対照的。

 いつも以上に無口であり存在感を失いそうになるほどの静寂なジーナ。それはいま覗いたこの建物と同じようだとブリアンは何故か連想しているとジーナが動き出し扉を大きく開いた。

 ブリアンは呆気にとられ恐怖心から抗議しようとすると手で制せられ小さな声でたしなめられた。

「中の空気を乱すな。入るのなら大きな音を立てたり叫んだり荒々しい行動や負の感情を撒き散らすのは厳禁だ。ブリアン、これを守ると言え」

 ジーナの瞳は黄緑と黄金の中間の色に輝きブリアンを捕える。どこか濁り純粋な輝きになれないその光。強制的な力が加わったかのように反射的に頷くなかでブリアンは思う、この注意とはなんだろうか? まるで中に人が病人がいることを前提としているようで……

 押し退けられるようにして先にジーナが入りブリアンが続く。目が慣れさせるために闇を見つめると次第に見えてきたものの、闇は以前として濃いまま。廊下の先がまだ見えないが、この雰囲気であるのにどうしてか埃っぽくもなく、また汚れているようでないのが逆におかしく感じられた。

 人の気配が絶無であるのにこんなに綺麗なままでいられるはずもないのに。誰かがいる、いなければならない。それにしてもこの懐かしさはなんだろうか? ここは自分とは無縁の場所であるというのに。

「ジーナ隊長。さっぱり気配は感じないがこの中に誰かいるんだろ」

「分からない」

 その答えが嘘や誤魔化しの声でないことがブリアンにとって驚きであり苦痛であった。不可解さがないぶん嘘であるほうがどれだけ助かったか。

「確信はないが、予感がある。いまはそれだけしか言えない」

 分からないのにどうしてそんなに容易く無防備に歩いて行くのだろうか。予感しかないのに何故危険を顧みないのか、自分はなんでついて行くのか。

 すべては不明のまま奥の闇へと引き寄せられ吸い込まれるように歩いて行くとあれがきた。

 敵陣地に潜入した時や敵と対峙する前に抱く恐怖心が背中のすぐ後ろに纏わりついてくる。
 あれは戦う瞬間に胡散霧消する偽りのもの、心のもの、存在しないものだとブリアンには分かっている。

 それなのにこの家にいる時に同じのをかかるとは。足に力が入らない、というより地に足がつかないこの浮遊感はなんだろう? 足音すら聞こえないこの廊下の床を確かめるためブリアンは一度蹴ってみる。

 音がした気がするもそれは自分の耳にしか聞こえていなのでは? 想像による音でしかないとするのならここは現実か夢か、夢であるのならそうであるのなら、このジーナ隊長は違うのでは?別人であり……それ以外であるのなら。金色の眼をした、俺の知らない存在だとするのなら……

「あんたは、ジーナ隊長なのか?」

 ブリアンは不安の極限状態のなかで前を歩く男に尋ねると、男は前を見たまま立ち止まり、ゆっくりと振り返り始めた。

 普通に振り返る動きであったがブリアンにとっては自らの運命がかかっているとの認識における、その永遠とも思えるほんの一刻のことであった。

 振り返ったのは知っているジーナの顔であり、その顔は見えにくいものの予想していたもの以外のなにものでものなく、その闇に浮かんでいるようにさえ見える瞳もブリアンにとってギリギリのジーナとして踏み止まっているものだと認識できた。そうであるからこそ困惑と不安は消えない。

「ブリアン、いったいどうしたんだ?」 

 あんたこそどうしたんだ? とブリアンは狂気に駆られて腰にさげている剣に手を触れないようになんとか自制し、訴える。

「ここに来てから、いや、あんたのあとをつけ始めてから戸惑いが止まらないんだ。これは、ここはなんなんだ? あんたは落ち着いているが俺は意味不明なんだよ。足も竦むし不安でいっぱいになる。あんたはもしかしてここをよく知っているんじゃないのか? だからそんなに落ち着いていられるってわけで」

 眼の前の存在が怪物となり自分に襲いかかってくるかもと予想したのかブリアンは自然に足を一歩引いた。

 その言葉と間合いの取り方はそれぐらいの警戒心と不信感を抱いているとの証であるも、男は激昂どころか一切の感情を示さずにブリアンを見る。まだ完全な金色ではないその黄緑色の光りで以って。

「詳しくは話せないが安心しろブリアン。ここは私の場所だ。私のみが関係する場所だ。もしも危険があるとしてもお前には危害は加えられない」

 なにを言っているのかブリアンには分からなかったが、ここはそういう場所であると宣言をされ恐慌状態は一時的に緩和したのは間違いなかった。

 アルの言葉通りこの世のものではなく違う世界のものであるのなら、この不安感もこの不明感も納得ができる。そう考えなければ闇に取り込まれてしまう気がする。

 無音無風無臭そして無明の空間がジーナが関係する場所であるというのなら、ブリアンはまた理解できるとも思った。

 最近は……そう龍の護衛となってからはあまり感じなくなったが、それ以前のこの人の虚無的な雰囲気、故郷を失った追放者のような決して語りたくない過去を持ったもの特有の暗さ……もっともジーナの隊とはそういう連中の吹き溜まりでもあるが。

 ここに懐かしさを感じたとしたらそれであり、だからあんなに頑なにここに人を近づけさせず一人で入りたがっていたとしたら、ではどうしてそんなところに入らなくてはならなくなったのか?

 廊下は案外に長いのか慎重に歩いているためかそれとも先が見えないためか分からぬまま進んでいく。ジーナはゆっくりとは歩くが途中の扉に足を止めず、目もくれない様子をブリアンにはこの人は目的地がどこかを知っていると分かった。入るべき扉を、知っている。

 そうしているうちにどん詰まりの奥の壁に突き当たりジーナは足を止めた。現れた左右の扉をブリアンは見た。

 この人はそのどちらに手をかけるのかを見守るが、動かない。思考しているのかうつむき、微動だにしない。ブリアンは声を掛けようとした時に、気づいた。

 これはあれだなとブリアンは見当がつく。こちらが右と言ったら私は左に行くと単独行動をするための停止だな、と。

 しかしそれは決して罠ではなくただ単に自分が邪魔だということに対しての動きであるために、それならそれで受け入れたらいいはずなのであるが、しかしブリアンは動いた。

「一緒に左の部屋から入りましょうや、一緒に、いいよな」

 答えを聞く前にブリアンはドアノブに手をかけジーナを、見る。暗くて表情はよくは見えないが、その瞳の色だけははっきりと見えた。

 それは薄黄緑とはもはや言えず、完全なる金色であった。ブリアンがよく知るその色、戦場の光、合い対峙し戦ったものたちが死ぬ直前に見る輝き、血塗られた金色、命を喰らい敵を討つものの滅びの光。

「分かった一緒に入ろう。まずは左からだ」

 意外なことにジーナは拒否をせず了承し、ブリアンはドアを押し中を伺った。そこには闇ばかりが、更に深い暗闇が広がり足元すら見えてはいない。ブリアンが足を入れることを躊躇していると後ろに立ったジーナが聞いてきた。

「なにも見えないのか?」

 するとあんたには見えるということか? その金色の眼ならと思いながら答えた。

「闇しか見えないな。そっちは何か見えるのか?」

「……奥にベットが一つあるだけだが、お前が入りたいのなら付き合うが」

 ブリアンは冗談じゃないとばかりに首を振り扉を閉めジーナを見ると暗くて見えないというのに嬉しそうな顔をしたように感じられた。

 次は右の扉をジーナが開きながらブリアンに言った。

「こっちの部屋には光があるかもしれないな」

 光!? と言葉にする前にブリアンは扉の隙間から内部を伺うと同時に扉を開けそこに向かって飛び出していった。

 窓が微かに開かれているのか光が入り込んでいる。ブリアンは無我夢中でその光線に顔を当て浸った。

 これなのだと瞼を閉じても瞼の裏に入り込み防ぎきれない溢れるような光の量。これこそがここではない外の世界であるのだと。

 こんなにほんの少しのものであってもどれだけ求めどれほどありがたく、どうしても思い知らされる己の飢え。

 自分はここまで渇望していたのだとブリアンは気付きいつまでもその中にいたかったが、そうではない、そうしてはならない、じぶんはいま、と瞼を開けようかとすると声がかかった。

「ブリアン、私はそのあたりには行けないから光の周辺の捜索を頼んだ」

 申し出にありがたいとブリアンはもう少しだけ光の温かみに浸りながら考え出した。光があるかもしれないと言ったが、あれは元からこの部屋には光があると知っていた? だからはじめに暗黒の部屋を見せて引き返らせ、その次にここに来て闇に怯える俺がこうすると予測済みで……それに何だあの言葉は?

 私はそのあたりには行けない、私はその光のところには行けない……それならあんたはどこに行くんだ?

「ジーナ隊長? おい隊長! 返事をしてくれ!」

 大声を出すも声は闇の底へと吸い込まれ周囲には完全なる無音に満ち言葉の真意を捉えたブリアンは急いで瞼を開くも、一際強い光によって目眩を覚え床に倒れ転がった。

 床には大き目の毛布が敷いてあったのか身体に痛みが無かったが、眼は光にやられ呻きながら頭を動かす。

 あの人は、この部屋を出てどこかに行った。どこだ? どの部屋だ? いいや考えるな、もう分かっているはずだ、お前はそこを知っているとブリアンは抑えていた手を離し前を見る。

 隣のあの闇の部屋だと。
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