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第一章 なぜ私であるのか

どうでもいいんですよ家があろうがなかろうが

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 すると突然目がかなり慣れたのかそれとも闇が薄まったのか辺りを見渡せるほどになっており、ブリアンはまず自分の足元にある敷布を見て、それから部屋全体を見渡した。

 こんな男が住むような不愛想な部屋であるにも関わらず置かれているものは女物ばかりであった。机の上に置かれた菓子籠に茶道具、光差す窓辺におかれた小箱が二つとこれはいったい誰の部屋なんだ?

 いやそんなことはどうだっていい、とブリアンは足をよろめかせながら部屋を出て隣の部屋のドアを開けようとするが開かず叩いた。

「ジーナ隊長! 開けろ!」

 勿論返事はなくブリアンはもう一度叫びながら扉を蹴り破り開け中へと入る、闇は幾分か薄まっていた。だからブリアンはベットの脇で倒れているジーナを見つけることができた。

 声を掛けながら近寄るも反応が無く身体を揺すると手に生温かい液体が触れた。よく知っているその温度。

 ジーナの体から滲み出て来るそれは暗さから黒いものにしか見えないが、ブリアンにはそれが暗黒に染まった赤い血であることが分かった。

 手で探るとジーナの胸にはナイフらしきものがあり刺さっており、ブリアンは湧き出す恐怖心とこの闇を斬り裂くために叫び声をあげジーナの身体を担ぎ上げ闇のなかを駆けだした。

 徐々に闇が晴れていくのが分かるがブリアンはそれについて考えることなどできない。進む廊下の薄暗さは歩くごとに消えていくことがブリアンにとって逆に忌々しさしかなく罵声を飛ばす。

「やめろ動くな変化をするな、お前らとこの人は関係ないんだ」

 訴えとは相反するように進めば進むほどに闇は晴れゆき、背中のジーナの熱が下がっていくほどに闇は、もっともっと晴れていき、闇が光だし輝いていく。

「やめろっていってんだ」

「ブリアンどうしたんだ!」

 闇の彼方からアルの声が聞こえて来てこちらに駆けつけて来る足音も聞こえる。

 音が聞こえた!? そのうえ自分の足はあっという間にあちら側に辿り着く。あんなに歩いた廊下はどこに消えた?

「隊長になにが!? 後ろを支えますから早く行きましょう、早く!」

 急かされブリアンは一気に外に出て変わらぬその薄暗い空のもとで思った。

 そうだ、今日はこんな天気だった。空一面に薄黒い雲が覆い尽くしている。それなら、あの部屋で見た光とはいったい何だったのか? あんなに強い光であったのにどこからあれは降り注いできたのだ?

「隊長はどこをやられたのですか!」

 アルの声に我に返ったブリアンは慌てて叢の上にジーナを置きながら言った。

「見ればわかるだろ! 胸に短刀が刺さっているんだ。抜くかどうかを」

「何処に刺さっているんですか!」

「胸にだって言ってんだろ!」

「何が刺さってんですか!」

 この野郎! と思わず殴ろうかとしたところブリアンは止る。仰向けになっているジーナの身体には短刀など刺さってはいなかった。それどころか血すら流れておらず、ブリアンは掌を確認するが手も汚れてなどいなかった。いいやそれどころか……ブリアンは見てしまう。

「黙ってないで答えろ! 何処に刺さっているんだと僕は聞いているんだ!」

 激昂しながら立ち上がったアルは呆然として真っ青になっているブリアンの顔を見てこちらも言葉を止めた。

 見開かれたその眼はこちらを見てはいない、その後ろを見ている。背後にはあの黒い家がある、もしかして追跡者が! とアルも即座に振り返るとそこにはなにも無かった。

 追跡者どころか黒い家が無くなり見慣れたススキ野原が続いていた。四方八方と眺めまわしてもそのようなものは見当たらず、無。そんなものはどこにもない。

 アルは無意識に歯を痛いぐらい食いしばり悲鳴を押し止め、それから呆けたブリアンの頬を引っ叩き、目覚めさせた。

「どうでもいいんですよ家があろうがなかろうが、ナイフだってそうです! いまは隊長の救護が先です。もう一度担いでください、早く!」

 言われるがままに無心で以てブリアンはジーナを担ぎアルが支える形で枯草の世界を駆けだした。渇き枯れ死に行くこの世界。

 行き掛けに踏んだ草をもう一度踏み進めながらブリアンは背中のジーナの冷たさが広がっていくのに恐怖を覚え更に足を速めていく。

 草の匂いがし風が流れ足音があり、なによりも多少暗くとも光があるというのにブリアンはあの黒い家よりも今の方に恐ろしさを覚え、咆えそうになる。

 あの闇を斬り裂こうとした叫びのように、今度のは魂を呼び寄せるためのように。中間点までもう少しのところで眼の前の繁みが足音がし、二人が立ち止まると人が出てきた。

 それは龍の側近であるハイネでありこちらを見て立ち竦んでいる。その後ろから男が数人現れ声を掛けながら近づいてくるが、ブリアンとアルはそれよりもハイネを見て同じことを思う。

 まずこの人に隊長は死んではいないと伝えなくては、と。
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