龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

とりあえず感謝の言葉を言ったわけですよね

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「午後に医師が参りますので、それまではこの部屋で安静になさっていてください」

 ベットの傍らに座って手芸を続けているハイネが動こうとするジーナに対して今日四度目の注意を発した。

「いいじゃないですか。ずっと指先一つ動かさなかったんですから。午前中ぐらいそこから動かないぐらい大したこと無いですよ」

 文句を言うと必ずこう返されジーナはまた横になるしかなかった。せめてこのハイネさえいなければ、とその度に思うものの、今朝一番でやってきたキルシュの話を聞いた後ではそんなことは考えることすら罪であり、罰が加重されるものであった。

 発見後の適切な指示と搬送に看護と誰よりも動き働き、最後の最後まで諦めずに不眠不休でここ龍の館まで付き添ったのがハイネであったと。

 昨晩容体が回復したと聞いた瞬間に疲れがたたって倒れるように眠り、現在は熟睡中であるとも付け加えての報告に自然とジーナは頭が下げつつ聞いていた。

「今朝の看護はあたしがやるよ。あとでハイネが来るけどとにかく優しくね優しく。隊長はちょっと言葉とか色々足りなくて人間関係を拗れさせるから、労わりの言葉と優しい態度をとるのが良いよ」

 キルシュに続いて隊員たちがやってくるとジーナは頭を下げるとブリアンが文句を並べていくも無事でよかったとまとめ、その後の隊の動きの報告に加えバルツ様の手紙を読み上げると、ひとまず自分は謎の失神を起こし生死の境をさまよったことになったと知った。

「ブリアンから聞きましたけどあれはひとまず今は置いときましょう。また失神されては困りますからね」

 とアルはからかい気味にだがありがたいことを言ってくれた。この失態のお詫びは後日にとまとまったために雑談が終わり、隊員達は帰っていき入れ違いでハイネが入ってきたときジーナは声を掛けることができなかった。

 能面仏頂面真顔と、あまり人様に見せては失礼にあたる顔であるにも関わらず存分に見せてきたためにジーナは耐えきれず、ブリアンの横についているキルシュを呼ぼうと声が出る寸前に扉は閉まり室内は二人きりとなった。

 挨拶も無くハイネがベットの傍らに座るとこんなに無駄に広い部屋がとてつもなく狭く感じられジーナは息苦しさを覚える。

 恐る恐るハイネを見ると針と布を取り出しなにか縫物をしようとしだしたためにまさかこれは長時間いるつもりか! と慄くジーナは逃げ出そうと足を反対側の床に下ろそうとすると、下を向いているはずのハイネが声を発する。

「動かないでください。絶対安静ですよ」

 ということでジーナはハイネがやってきてから動けずに話せずにいた。その後は誰も尋ねてこないというのも当然で朝一番に来るであろう人々は既に来てしまい来るとしたら次は午後だろうが、その待つ時間が長すぎる上に圧迫感が苦しいため眠るに眠れず、起きているしかなくそれは窓から見える太陽の光を浴びながら空の青さの移り行く様を眺めていき、また横目でハイネの縫物の出来上っていく様子を見る他になかった。

 このままあっという間に午後となり診療となり今日が終わればいいのにと願うのに太陽の位置は少しも変わりはせず、時間が移り行く様を呆けたように見つめながらジーナは何もすることがないがために、考えたくもなかったことをようやく初日のことから思い出すとハイネとの不仲から始まったと考えるに至った。

 もしもあのまま死んでしまったらこの関係はあの状態のままで……そう想像するとジーナの胸にどこからか痛みが湧き広がった。

 しかしそれは自分がそう思うだけであり、向うは一方的に怒って無視する意味不明な行動を取るもキルシュの話では誰よりも私のために動いてくれて……キルシュのかすれ声が耳の奥でうるさく響いた。労わり優しく、せよと。では今とさっきからの自分の態度はどうなのだろうか。

 そうではないなとジーナは声すらかけていないことにはじめて気が付いた。あちらが不機嫌であるように見えるのなら、こちらは怒りと拒否というものでもっと酷いのではと。

 このハイネの態度もどうしていいのか分からない困惑だとしたら……そのハイネの動きと姿もまた座った時から少しも変わらず熱心に縫い物にのめり込んでいるように見えるも、その実は場の空気に耐え切れずにそうでもしないと辛いのだとしたら、しかしこれが一人合点の勘違いだとしたらと思いつつも、

 ジーナはそれ以上考えることはやめた。結局のところ自分は自分のやることをやるだけなのだ、と。

「ハイネさん」

 呼びかけるもハイネは顔も声もあげずにいたが、耳が二度動きよく見ると手も止まっている。

「キルシュから聞いたけど世話になった。おかげで助かったよ」

 どのような反応であっても構わないとジーナはその覚悟のもとで告げると室内全体が沈黙で包まれ広がり、それによってジーナは部屋全体の広さを知った気がした。

「どうも、です」

 ハイネは俯いたままそう言い、また黙ったもののその声を聴いたあとはジーナにはあたりの音が良く聞こえ出していた。

 窓から外の音が室内のほんの小さな物音から自分の息にそれからハイネの呼吸音や衣擦れの音、時間が流れていく感覚も。

「でも私は何もしていません」

 言葉の間はどのくらいあったのかとジーナは意識が飛んだように分からなくなっていた。ハイネは依然変わらず微動だにせずに口を動かしていている。頑ななまでに。

「キルシュの話だとあなたは真っ先に動き出して」

「誰も動かなかったからだけです。だから私が動いた、それだけです。感謝なんて不要ですって」

 早口で押さえて来るのにジーナは不快感が湧かずに逆にもっと言葉が溢れてきた。

「私が倒れている間はずっと傍にいて看護してくれたと聞いたが、ありがとう」

 言葉にハイネは反応せずに小声でキルシュへの文句を言ってから縫物を再開しようとするも、手が途中から動く気配が無かった。

 指先は止まったままでありジーナは時が止まったのではないかと思うも、ハイネの呼吸音は聞こえ自分の息も聞こえる。時は止まらずただ思考が加速しているのか?

「色々と、ありましたからきっとあなたは忘れたのでしょうね」

 ゆっくりと踏みしめるように言いハイネは指をやっと大きく動かした。

「もしくは私とのことなどすぐに忘れるでしょうし」

「色々となくても私は忘れやすいけどハイネさんとのことはあまり忘れていないと思うが」

「そうでしょうか? 私はあの偵察前の態度を忘れていませんよ。あんなことをした相手と普通に会話するとか信じられません。これはつまりはあなたは相手のことを私のことをどうでもいいと思っているからこそ、そういうことができるのですよね」

 それは、とジーナは責められた自分のあの時の態度を思い出すが……うん?

「そんな風に責めたてるのはこの場合はハイネさんではなく私なのでは?」

「違いますよ、わたしです」

「そうなのかな」

「そうですよ」

 そう言われてみたもののジーナは全然納得ができなかった。あのよそよそしく急変した態度に冷たい眼差し、と現在進行形で心が暗くなるがどうしてそうなるのだろうか?

 自分はこの人をどう見ているのか、とジーナはハイネを見る。もどかしく震えながら指を動かしているが、その姿を、自分の心と照らし合わせて。

「やはり違うよ」

「まだそう言うのですか?いい加減にしてくださいって」

「違う。私はこの間からのハイネさんの態度を忘れてなんかいないし、どうでもいいとなんか思っていない。凄く気にしているたし困惑している。今もそうだしさっきハイネさんがこの部屋に入ってきたときも、どうしていいか分からずにずっと無言になってしまったし」

 ハイネはずっと俯き髪が前垂れのようになっているために表情が分からないが、無言であることと手の動きだけは見ることがいくらでもできた。

 今回もまた時間が通り過ぎていくのをジーナはハイネを見ることだけに費やしていたが、変わらぬその姿を見ている次第に胸に痛みが湧いてくるのを感じた。

 傷によるものではないことは内部からのものであるためにそれとは違うとすぐには分かった。何故ハイネを見ているだけなのにこんな痛みが生まれるのか? ふと疑問に思った。この痛みは自分だけのものであるのかと。

「ふーん、つまりそれってさっきのあれは私に困ったからとりあえず感謝の言葉を言ったわけですよね。その反応は正しいですよ。嫌いになって警戒心が働いたわけですからね」

 またどのくらい時間をかけたか分からないがハイネが時の間隔を失わせながら、答えた。
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