74 / 313
第一章 なぜ私であるのか
好きですよ
しおりを挟む
ジーナが告げるとその言葉によって解き放たれたように二人はその行為すらなかったかのごとくすぐに離れハイネは乱れた髪を手で整いながら呆れ顔を晒した。
「そこまで強情を張るのなら、もういいです。結構頑張りましたが今回は私の負けでいいですよ」
胸の痛みが突然消滅したジーナは半ば呆けたようにハイネを見ていた。その変わりようを。
「あなたの言うように指輪を貰います。欲しくなかったのに貰う羽目に陥って、困りましたけど仕方がないですよね」
ベットの傍らに座りながら微笑むハイネをジーナはなにか違うものを見るようにして眺めていた。しかしそこにいるのはいつもの姿であり、いつもの色に戻った瞳であるハイネであり、だから思った。すると変わったのは自分の方なのでは、と。
脇に置かれていたあの日の上着の胸ポケットに手を入れ例の小箱を取り出そうとすると、指に違和感が当たり、それから嫌な予感が走った。
そう、あの短刀で胸を刺した際になにか引っ掛かりがあったなと今更ながら思い出し小箱を取り出すと、やはりそうであった。
小箱には短刀による刺突跡があり、二人は同時に目を見合わせハイネが目線で開封を促すとジーナが開くと、閉じ込められて力を貯めていた宝石が光を放つも歪んでいた。
茜色の玉の側面にははっきりとわかる一筋の刀傷があり、それは他の何よりにもましてあの時の……
「証拠といえますよねこれ。ブリアンさんが証言していた短刀による傷はこれですし、あなたは記憶にないと言っていましたが、いま小声であの時のかと呟いていたのを私は聞きましたよ」
「声に出ていたのか!?」
叫ぶとハイネの顔が笑い崩れた。
「フフッごめんなさい。あなたが簡単に策に嵌って語るに落ちちゃったから笑ってしまいました。証拠物品であったり疑惑の品でありましょうが、そんなことはどうでもいいですね。これは私のものですし、そうですよね?」
そうだとは思うもののジーナはこれを与えることに躊躇していると、この心もまた見抜かれたようにハイネが踏み込んで来た。
「この傷ものの宝石を惨めなものだと思ってあげることを拒んだりします?」
「惨めであるというよりかは傷ついた宝石は不幸を呼ぶと私の地方では言われていてな」
「それはなかなか良い言葉ですね。不幸を呼びますか、不幸になってしまいますか……」
ハイネは小箱に収まったままの指輪を見つめながら独り言を続け、やがて小箱を受け取りジーナに言った。
「傷有で不幸の呪い付だなんて私にお似合いだと思いません?」
「思わないけれど、ハイネさんはそれは望んでいるとでも?」
「望んでいるわけありません。けれどですね、けれども」
言葉を切りハイネはうつむき視線を降ろし宝石に目を向ける。
「望むにしろ望まぬにしろ、私はそうなってしまうという予感はあります。どのみち傷があろうと無かろうとこれは私のものです、ですから」
ハイネは指輪に指に付けようとするとジーナの手によって阻まれ、驚き顔をあげると目が合った。
「一人でつけるのはいけない。私がつけます」
「それにどんな意味があるとでも。まさか同情とでも? 私を可哀想だと思って?」
「まさか。看護のお礼とそれに私が不幸の呪いとか余計なことを言ったのですから、責任をとってせめて二つに分割したほうがいいと。傷ついた宝石はそうするべきだという教えがありまして」
「へぇ……お礼がそれなんですか。責任と。良いですよその心も含めて受け取ります」
やけに素直だなと思いながらジーナは小箱を受け取り返し指輪を指でつまみ、前を見ると視線を大きく左に逸らし両手を前に組んで下に置いたまま、落ち着いているようでなにかそわそわと揺れているハイネがそこにいた。
「それでハイネさん。これは薬指用のであって」
「どちらですか?」
どちらの? とジーナはハイネが組んでいる両手を見るにそこは左を前にしていた。違うそうじゃない。
この場合は右に決まっている、左は意味が違う。だから右だ、右というだけなのにジーナは思う。ここで左といったらどうなるのだろうか?
彼女は拒否をしないと仮定したら、私の意思がここで通るとしたら、私が望むとするのなら……謎の迷いの時間はどのくらいだったのか、気づくとハイネの顔が前にありこちらを見ていた。
穏やかな表情で優しげで満足気な微笑み、なんだそれは、とジーナは突発的に生まれた迷いを捨てた。
「すまない、ちょっと考え事があって」
「フフッはい、分かっていますから大丈夫ですよ」
なにを分かっているのやら分からないままジーナは指輪をもちあげ伝える。
「右手を、いいか」
「はい」
あまり知らない手が近づいてくるのを見てこれがもしも左手ならばという連想が新たに生まれてくる前にその手を取り、薬指に触れる。
「傷付きの宝石の指輪をわざわざ嵌めるだなんて、馬鹿な女だと思っていますよね?」
「馬鹿だとは思ってないよ。ただ変な人だとは思っている」
「そうですね変な女ですよ。看護したら、どうしても指輪をあげなきゃ僕は困っちゃう! と無駄な抵抗を続ける変な男に屈してこうやって手を委ねるとか、普通の男女の関係でありませんよね」
「あまり深く考えさせないでくれ。深く考えたらハイネさんに指輪を渡すことがおかしなことになってしまうから」
「なら、こうは思い考えません? 胸に突き刺した短刀は小箱と宝石が犠牲になったことで刃先が命まで届くのを防いだと。そう思うとしたら、これは私がつけるに相応しい、と」
「たしかに指輪の宝石はそうかもしれないけど、ハイネさんは私の……」
犠牲になることはない、と言おうとするもハイネが首を微かに振りながら見つめて来ると口が閉じた。
その先の言葉は言わないでということなのだろうか? それはいったい何故であり、どうしてそのような関係を拒否する言葉を封じるのか。
「私はこれからあなたの指輪をつけるのです。逃げないで」
逃げる、その言葉に対してジーナは反発よりも納得が先に来てそのまま腑に落ちる。掴んでいる手は逆に掴まれ、動いていないのに動き引き寄せられている感覚の中でジーナはその流れに身を沈める。
「私はあなたの薬指にこの指輪を通す」
「はい」
小さな頷きと返事を聞くとジーナは指輪を通し始めるも、歪みからか抵抗がかかっているように感じられ平静な表情のハイネに問おうとすると、先んじて止められる。
「大丈夫です、そのまま奥まで」
そしてそのまま通し終えるとハイネは呼吸を止めていたのか長く息を吐き出し、自分の右手を凝視する。
角度を変え輝きを変え光を当て暗さに置きあらゆる方法にて確認しているがその楽しんでいる姿を見てジーナは安堵の息を吐いた。
これで終わったのだと。指輪一つ渡すだけでこんなに大変だとは西だと考えられないことであり東の文化の複雑さ……人の心の厄介さに疲れを覚えた。
ところでいまは何時だと時間を意識すると、声が聞こえた。
「ジーナ」
名を呼ばれるも、不思議な響きでありそれは染み込むように胸に入って来て誰の声かということはあとから来た。
しかしその声は知らない声であるのに、誰のかは分かった。目をあげると右側に変わらずハイネがいるというのに、違う女のようにジーナには見えた。
それは瞳の色であり、夕焼けを思わせる茜色であるのに透き通った朝の空のようにも見えジーナはその色を何色であるのかを言葉に出来なかった。
それよりも言葉にするよりも先に感情が湧き出す、美しいと。魅入られるように見つめれば見つめるほどに、誰であるという認識は失いつつあり無へと移り変わり、残るのはその美しさだけであり、それが言った。
「好きですよ」
挨拶であるように感情のこもらぬこ静かな声であり、それがジーナの心に入り水面に落ちた一滴によって広がる波紋が徐々に大きくなり、やがては大波へと変わっていくのを溢れださぬように堪えていた。
これは何の言葉だろう? とジーナは言葉が理解できずもその何かに耐え、待った。
続く言葉があるはずだと。ジーナはハイネの瞳と閉ざされた口を見つめ、待つ。
再び時が止まったかのように凍った時が二人の間を取り巻いた。それでも時が動いていると分かるのはハイネの瞬きと呼吸による揺れ。
ジーナもまた同じように口を閉ざし呼吸で揺れているだけであった。瞬きを見せながら、だがその回数はあちらよりも多いだろうと。
これに気づいてからジーナは自分はずっとハイネの顔を見つめていると分かり、ふと思った。いまこれを見ているのは私だけであり、これはハイネ自身すら見ることができない私だけのものではないかと。
そう考えるとジーナの心は温かいなにかで満たされているようにも感じられた。自分だけがこの美しさを知りいつまでも見ることができるのだと。
いつまでも? どのくらい時が経ったのかジーナには分からず、次第に思い始める。もしも言葉の続きが来ないとしたら。あの言葉で完成でありその瞳はその心であり、そうだとしたら自分のその心は?
はっきりと美しいと感じ喜びを覚えているこの心がもしも、あの心が、言葉にしても感じてもならないものであるとしたら、瞬きする度に感じるその心が、時がこのままずっと動かずにここにいられればいいなと願う心が、永遠を叶えているとしたら……否定しなければならない。そうしなければ時が進まないというのならば……
「ハイネさ」
「この指輪が好きですよ。凄く気に入りました。ありがとうジーナさん」
言葉が被せられ、あっさりと時が動き出しハイネは指輪を見せながら微笑んだ。
それは止まっていた時間などこの世界のどこにも無かったと伝えるように。全てはあなたの幻想だったと伝えるかのように。
「あなたが言う私よりも綺麗な宝石。どうです似合いますよね」
そこには勝ち誇った顔があり指を見せつけるようにひらひらジーナの眼のまえで舞いさせ輝きを振りまき飛ばした。
「似合うよ。それと綺麗だね」
「宝石がですね、分かっていますよ」
「そうだ、宝石だ」
即座に無駄に勢い込んで返事をするとハイネは鼻で笑いジーナの肩に後頭部を傾け寄りかかり、右手を顔の前に出す。
ハイネの髪の匂いがいつもより強く違っているとジーナはその急な変化に疑問を覚える。
「ほら私の手に収まった方が良かったですよね」
「あんなにいらないと言っていたのに」
「実際につけて見ないとわかりませんもの。私が欲しい欲しいと言ってせがむのも品がありませんし」
ハイネの手の動きをジーナは蝶のようだと思い、しばらく眺めていると不安が湧き起りその蝶を捕えた。
「よく見てみると傷痕が気になるな。本当にこれで良かったのか?」
問いに対しハイネは得意そうに自信を込めているような表情でジーナに言った。
「たとえ傷痕があったとしても私は気にしませんよ」
右手を掴んでいるそのジーナの手にハイネは左手を添えつつみ込み目を合わせ言葉を繰り返す。
「私は気にしませんし、これがいいのです」
語られるハイネの言葉を聞きながらジーナはもう元の色に戻っているその瞳をしばらく眺めていた。
「そこまで強情を張るのなら、もういいです。結構頑張りましたが今回は私の負けでいいですよ」
胸の痛みが突然消滅したジーナは半ば呆けたようにハイネを見ていた。その変わりようを。
「あなたの言うように指輪を貰います。欲しくなかったのに貰う羽目に陥って、困りましたけど仕方がないですよね」
ベットの傍らに座りながら微笑むハイネをジーナはなにか違うものを見るようにして眺めていた。しかしそこにいるのはいつもの姿であり、いつもの色に戻った瞳であるハイネであり、だから思った。すると変わったのは自分の方なのでは、と。
脇に置かれていたあの日の上着の胸ポケットに手を入れ例の小箱を取り出そうとすると、指に違和感が当たり、それから嫌な予感が走った。
そう、あの短刀で胸を刺した際になにか引っ掛かりがあったなと今更ながら思い出し小箱を取り出すと、やはりそうであった。
小箱には短刀による刺突跡があり、二人は同時に目を見合わせハイネが目線で開封を促すとジーナが開くと、閉じ込められて力を貯めていた宝石が光を放つも歪んでいた。
茜色の玉の側面にははっきりとわかる一筋の刀傷があり、それは他の何よりにもましてあの時の……
「証拠といえますよねこれ。ブリアンさんが証言していた短刀による傷はこれですし、あなたは記憶にないと言っていましたが、いま小声であの時のかと呟いていたのを私は聞きましたよ」
「声に出ていたのか!?」
叫ぶとハイネの顔が笑い崩れた。
「フフッごめんなさい。あなたが簡単に策に嵌って語るに落ちちゃったから笑ってしまいました。証拠物品であったり疑惑の品でありましょうが、そんなことはどうでもいいですね。これは私のものですし、そうですよね?」
そうだとは思うもののジーナはこれを与えることに躊躇していると、この心もまた見抜かれたようにハイネが踏み込んで来た。
「この傷ものの宝石を惨めなものだと思ってあげることを拒んだりします?」
「惨めであるというよりかは傷ついた宝石は不幸を呼ぶと私の地方では言われていてな」
「それはなかなか良い言葉ですね。不幸を呼びますか、不幸になってしまいますか……」
ハイネは小箱に収まったままの指輪を見つめながら独り言を続け、やがて小箱を受け取りジーナに言った。
「傷有で不幸の呪い付だなんて私にお似合いだと思いません?」
「思わないけれど、ハイネさんはそれは望んでいるとでも?」
「望んでいるわけありません。けれどですね、けれども」
言葉を切りハイネはうつむき視線を降ろし宝石に目を向ける。
「望むにしろ望まぬにしろ、私はそうなってしまうという予感はあります。どのみち傷があろうと無かろうとこれは私のものです、ですから」
ハイネは指輪に指に付けようとするとジーナの手によって阻まれ、驚き顔をあげると目が合った。
「一人でつけるのはいけない。私がつけます」
「それにどんな意味があるとでも。まさか同情とでも? 私を可哀想だと思って?」
「まさか。看護のお礼とそれに私が不幸の呪いとか余計なことを言ったのですから、責任をとってせめて二つに分割したほうがいいと。傷ついた宝石はそうするべきだという教えがありまして」
「へぇ……お礼がそれなんですか。責任と。良いですよその心も含めて受け取ります」
やけに素直だなと思いながらジーナは小箱を受け取り返し指輪を指でつまみ、前を見ると視線を大きく左に逸らし両手を前に組んで下に置いたまま、落ち着いているようでなにかそわそわと揺れているハイネがそこにいた。
「それでハイネさん。これは薬指用のであって」
「どちらですか?」
どちらの? とジーナはハイネが組んでいる両手を見るにそこは左を前にしていた。違うそうじゃない。
この場合は右に決まっている、左は意味が違う。だから右だ、右というだけなのにジーナは思う。ここで左といったらどうなるのだろうか?
彼女は拒否をしないと仮定したら、私の意思がここで通るとしたら、私が望むとするのなら……謎の迷いの時間はどのくらいだったのか、気づくとハイネの顔が前にありこちらを見ていた。
穏やかな表情で優しげで満足気な微笑み、なんだそれは、とジーナは突発的に生まれた迷いを捨てた。
「すまない、ちょっと考え事があって」
「フフッはい、分かっていますから大丈夫ですよ」
なにを分かっているのやら分からないままジーナは指輪をもちあげ伝える。
「右手を、いいか」
「はい」
あまり知らない手が近づいてくるのを見てこれがもしも左手ならばという連想が新たに生まれてくる前にその手を取り、薬指に触れる。
「傷付きの宝石の指輪をわざわざ嵌めるだなんて、馬鹿な女だと思っていますよね?」
「馬鹿だとは思ってないよ。ただ変な人だとは思っている」
「そうですね変な女ですよ。看護したら、どうしても指輪をあげなきゃ僕は困っちゃう! と無駄な抵抗を続ける変な男に屈してこうやって手を委ねるとか、普通の男女の関係でありませんよね」
「あまり深く考えさせないでくれ。深く考えたらハイネさんに指輪を渡すことがおかしなことになってしまうから」
「なら、こうは思い考えません? 胸に突き刺した短刀は小箱と宝石が犠牲になったことで刃先が命まで届くのを防いだと。そう思うとしたら、これは私がつけるに相応しい、と」
「たしかに指輪の宝石はそうかもしれないけど、ハイネさんは私の……」
犠牲になることはない、と言おうとするもハイネが首を微かに振りながら見つめて来ると口が閉じた。
その先の言葉は言わないでということなのだろうか? それはいったい何故であり、どうしてそのような関係を拒否する言葉を封じるのか。
「私はこれからあなたの指輪をつけるのです。逃げないで」
逃げる、その言葉に対してジーナは反発よりも納得が先に来てそのまま腑に落ちる。掴んでいる手は逆に掴まれ、動いていないのに動き引き寄せられている感覚の中でジーナはその流れに身を沈める。
「私はあなたの薬指にこの指輪を通す」
「はい」
小さな頷きと返事を聞くとジーナは指輪を通し始めるも、歪みからか抵抗がかかっているように感じられ平静な表情のハイネに問おうとすると、先んじて止められる。
「大丈夫です、そのまま奥まで」
そしてそのまま通し終えるとハイネは呼吸を止めていたのか長く息を吐き出し、自分の右手を凝視する。
角度を変え輝きを変え光を当て暗さに置きあらゆる方法にて確認しているがその楽しんでいる姿を見てジーナは安堵の息を吐いた。
これで終わったのだと。指輪一つ渡すだけでこんなに大変だとは西だと考えられないことであり東の文化の複雑さ……人の心の厄介さに疲れを覚えた。
ところでいまは何時だと時間を意識すると、声が聞こえた。
「ジーナ」
名を呼ばれるも、不思議な響きでありそれは染み込むように胸に入って来て誰の声かということはあとから来た。
しかしその声は知らない声であるのに、誰のかは分かった。目をあげると右側に変わらずハイネがいるというのに、違う女のようにジーナには見えた。
それは瞳の色であり、夕焼けを思わせる茜色であるのに透き通った朝の空のようにも見えジーナはその色を何色であるのかを言葉に出来なかった。
それよりも言葉にするよりも先に感情が湧き出す、美しいと。魅入られるように見つめれば見つめるほどに、誰であるという認識は失いつつあり無へと移り変わり、残るのはその美しさだけであり、それが言った。
「好きですよ」
挨拶であるように感情のこもらぬこ静かな声であり、それがジーナの心に入り水面に落ちた一滴によって広がる波紋が徐々に大きくなり、やがては大波へと変わっていくのを溢れださぬように堪えていた。
これは何の言葉だろう? とジーナは言葉が理解できずもその何かに耐え、待った。
続く言葉があるはずだと。ジーナはハイネの瞳と閉ざされた口を見つめ、待つ。
再び時が止まったかのように凍った時が二人の間を取り巻いた。それでも時が動いていると分かるのはハイネの瞬きと呼吸による揺れ。
ジーナもまた同じように口を閉ざし呼吸で揺れているだけであった。瞬きを見せながら、だがその回数はあちらよりも多いだろうと。
これに気づいてからジーナは自分はずっとハイネの顔を見つめていると分かり、ふと思った。いまこれを見ているのは私だけであり、これはハイネ自身すら見ることができない私だけのものではないかと。
そう考えるとジーナの心は温かいなにかで満たされているようにも感じられた。自分だけがこの美しさを知りいつまでも見ることができるのだと。
いつまでも? どのくらい時が経ったのかジーナには分からず、次第に思い始める。もしも言葉の続きが来ないとしたら。あの言葉で完成でありその瞳はその心であり、そうだとしたら自分のその心は?
はっきりと美しいと感じ喜びを覚えているこの心がもしも、あの心が、言葉にしても感じてもならないものであるとしたら、瞬きする度に感じるその心が、時がこのままずっと動かずにここにいられればいいなと願う心が、永遠を叶えているとしたら……否定しなければならない。そうしなければ時が進まないというのならば……
「ハイネさ」
「この指輪が好きですよ。凄く気に入りました。ありがとうジーナさん」
言葉が被せられ、あっさりと時が動き出しハイネは指輪を見せながら微笑んだ。
それは止まっていた時間などこの世界のどこにも無かったと伝えるように。全てはあなたの幻想だったと伝えるかのように。
「あなたが言う私よりも綺麗な宝石。どうです似合いますよね」
そこには勝ち誇った顔があり指を見せつけるようにひらひらジーナの眼のまえで舞いさせ輝きを振りまき飛ばした。
「似合うよ。それと綺麗だね」
「宝石がですね、分かっていますよ」
「そうだ、宝石だ」
即座に無駄に勢い込んで返事をするとハイネは鼻で笑いジーナの肩に後頭部を傾け寄りかかり、右手を顔の前に出す。
ハイネの髪の匂いがいつもより強く違っているとジーナはその急な変化に疑問を覚える。
「ほら私の手に収まった方が良かったですよね」
「あんなにいらないと言っていたのに」
「実際につけて見ないとわかりませんもの。私が欲しい欲しいと言ってせがむのも品がありませんし」
ハイネの手の動きをジーナは蝶のようだと思い、しばらく眺めていると不安が湧き起りその蝶を捕えた。
「よく見てみると傷痕が気になるな。本当にこれで良かったのか?」
問いに対しハイネは得意そうに自信を込めているような表情でジーナに言った。
「たとえ傷痕があったとしても私は気にしませんよ」
右手を掴んでいるそのジーナの手にハイネは左手を添えつつみ込み目を合わせ言葉を繰り返す。
「私は気にしませんし、これがいいのです」
語られるハイネの言葉を聞きながらジーナはもう元の色に戻っているその瞳をしばらく眺めていた。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる