82 / 313
第一章 なぜ私であるのか
なんですかその言い方は?
しおりを挟む
訓練と演習は減るどころか回数と密度が増え続け、兵隊たちの気分は以前の希望的観測を忘れ誰もが現実的なものを抱き出した。
近いうちに戦争が起こる、と。あのソグ山で、あの雪が降りしきるこの世界のひとつ境界で、しかしどうしてこの季節に?
いっぽうこんな状況下であるがジーナの龍の館の任務は継続していた。
「戦が始まる前こそこの儀式は肝心であるぞ。この素人どころか不信仰者め」
減らすのではなく完全に無くしたらどうですかという、もとから期待していない質問兼要望に対してヘイムは即座に却下を下し、減るどころか回数を増やされる羽目に陥った。
そのせいで訓練の合間合間に龍の館へ行くという二重労働を架せられジーナの疲労は増すが、それに輪をかけて疲労の色が濃いのが眼の前で目を開けながら眠っているシオンであった。
そのあまりにも異様な寝姿に声を掛けようとしたジーナをヘイムが止めて曰く。これはシオンの昔からの一つの癖であり、横になって眠ると起き上がれないから、こうして座ったままの姿勢で短い時間を利用して眠っているのだ、と。
説明を聞いているうちにシオンは起きたのか茶を一口すすりまた座りながら寝はじめた。あれは無意識下で行う、私は起きていますよ行動だから声を掛けるでない、と。
「決まりませんね」
いつものように座寝をしていたシオンが突然口を開いたためにジーナはもとよりヘイムも驚き目を向ける。少し見慣れた異様な姿であるが、これは異常なのだろう。
普段は端正な表情であるのにこの時は虚ろで焦点の合わぬ目で第三者に語るような口調で以てシオンは語る。
「行動をいつから始めるのかはあの最後の最後の会議ですら決まりません。マイラ様は言います。これを逃してはこの先はもっと大きな犠牲が生じると、だけどもバルツ将軍も叫びます、そのようなバクチをするぐらいなら確実なる方法が可能となるまで待つ、と。議論は平行線を延々を歩み、結局どちらにも流れは引き寄せられなかったけれども、私は思います、マイラ様の方が有利であり、バルツ将軍も心のどこかでそれを認めているのだと」
抑揚なく書状を読み上げるようにシオンは口を動かしたかと思いきやすぐさま椅子の背もたれに寄り掛かり、同じ姿勢のまま眠りだした。
バツが悪そうにヘイムは茶を飲みジーナもそれに倣って一口呑むとヘイムが問いかけてきた。
「聞かぬのか? どうしてバルツが決心を鈍るのかを」
「聞きません。それを私ごときが聞いてどうするのでしょうか? どうして御決心なさらないのでしょうか? などバルツ様の身を思えば到底聞けません」
「ほぉ随分と優しいのだな」
鼻で笑いながらヘイムが揺さぶってきた。
「私は心優しい男でありますよ」
「心の優しい男は自称などせん。そう思いたいがために自分に言い聞かせている半端な悪人か、もしくは自己を客観視できない狂人か愚者のどちらかだが、今は問わぬ。とりあえずシオンの眠りを妨げてはならないとは心優しくないそなたにだって分かるであろう。外に出るぞ」
そっとヘイムは右手を差し伸べジーナは左手でそれを受け取る。何度も繰り返した動きでありいつものことであるのに、ジーナはどこか違和感がありそれを消そうと強めに握り返すと、ヘイムの表情が変化し慌てて緩めようとすると今度はその手が強く握ってきた。
まるでさっきので良いと言っているような手の動きのために、ジーナは力を入れるとヘイムは微笑み、言葉ではそのことに触れなかった。
灰色の空のもと、二人はいつになく無言のままで歩いていた。何度も歩き回ったこの庭園。歩けば歩くほどに時が過ぎ冬へと進んでいく。
元々ジーナは自ら話すということはあまりなく専らヘイムの言葉の聞き役であったが、そのヘイムが今日は無口であり何も語らずに庭園をただ回り続けるだけであった。
一周目二周目と同じ歩調で同じ時間でもって回るその脚、そして強めに握り返されたままの手。だが三周目に入ろうとする前に変化があった。ヘイムの足が少し遅くなり、それから小声が聞こえてきた。
「ジーナは」
しかしその言葉は風が吹きその音によって遠くに飛ばされたように、消え去って行った。
風がやむのを待つため二人は足を止め向き合う。いつの間にかそこはいつもの岩の近くでありヘイムは咳払いをしすると、無風となりそこで再び言葉を投げる。
「そなたは戦闘開始を望むのだろうな」
言葉と共にヘイムの手が強く握られていくのがジーナには分かった。
「ここから離れ一刻も早く戦場に行きたいと思っているであろう」
握りは強まっていくものだが、ここでもまたジーナは痛みを感じなかった。
それよりもヘイムの言葉の響きと視線に心が刺激され痛みは彼方に、吹き飛ばされていくように。
「龍を討つために」
ヘイムの言葉に視線に手によってジーナの心は大きな音を立てて一変し黒い熱が心にみなぎった。
「そうです。私は一刻も早く龍のいる場所に行きたいですね。しかしそれはあなただって同じことだ。あなたも中央へ行きたいのでしょう」
ジーナは黒い感情と共に身体の奥から力が湧き出しだし手に力が入りヘイムの小さく華奢な手を握り潰す勢いで握りしめているにも関わらず、ヘイムの表情は痛みどころか何も感じてはいないもののであった。
それがジーナの激情を加速させ力が入るというのに、それ以上は抵抗がかかり進めず、だから言葉を続ける必要がある、と心のどこかからか声がする。まるで戦いの最中のように。
「あなたは中央へ行き、それは」
口が動き出しさらに力も加わる。だがヘイムは能面のまま言葉を聞く。それは憎しみを誘うようなものとみえた。だから忌まわしい言葉をジーナは口にできた。
「龍と、なるために」
とどめだ、というぐらいに手にはかつてないほどの力がこめられたはずであったのに、抵抗どころかヘイムのその手からはありえないほどの力が溢れ出したかのように逆に握り返され、ジーナは驚異の顔をとなるとヘイムは薄笑いを浮かべながら久方ぶりの声を、苦しげのない声で出した。
「そうだ。全てはその為の儀式であり旅であるからな」
力の反射のごとくに逆転しだした握り合いはヘイムの手がジーナの手を圧倒しだした。
「これを機によく覚えておくがいい、この手の感覚をな。そなたはいま妾の身体と命を握り触れているのも同然だ。大きさは? その湿度は? 感触は? 指は何本ある? どう握られるのが最適で好まれるのか、そなたは知ってるよな」
もちろんよく知っている。ヘイムのことは何一つ知らないし知りたくはないにしてもこれは知っている。今の凄まじい力も知ることができ、一層理解は深まったが。
心が何ひとつ交わせずに一つになることは無くても、これだけは幾度も交わり分からないもののなかでなんとか分かるものの一つ。
「そなたもよくよく知っているであろが、これは後に失われ、消え去る。分かるか? それはな龍と一つになるのだからな」
なんだその言い方は、とジーナは誇らしげに顎をあげるヘイムにまた激情を抱く。この女はよくよく私を揺さぶってくる。けれどヘイムは焚き付けのための言葉を並べ、燃やす。
「分かっているだろうが、これは今は妾のものだが、将来は龍のものとなるからな。そうなったら二度とこのようなことはできぬな。特にそなたのようなものにはな」
「なんですかその言い方は?」
感情が漏れ出しジーナは心の声をそのままヘイムにぶつけると間をおいてヘイムは皮肉そうに微笑みながら一歩近より懐に入る。
何故近づく? 遠くに行く癖にとそれだけでもジーナの心は荒々しいものが渦巻いているなか、ヘイムは見上げながら問う。
「気に入らぬのか?」
「あなたは龍となるのはもとより決まっていることでありませんか」
感情の激流に呑み込まれ出しているなかで顔を水面からだし努めてそう言うことに成功するも、ヘイムはそれに石を投げつけてくる。
「違う違う。妾が聞いておるのはそのような客観的なことではない。そなたの感想を心を聞いておるのだ、気に入らぬのか?」
石は見事に額に当たり血が流れているのがジーナには分かった。川岸ではヘイムが石を握りながらこちらを見る、だからどうした。
「私の感想が何だというのですか? そんなものがいったい何の意味が」
「聞こえておらぬのか? 聞いたのは、妾が龍となることに対するそなたの感想を言えということだ。きちんと言え。なぁ気に入らぬのか?」
もう答えを知っているというのに、なにを聞きたいのだとジーナは鈍光を放つヘイムの濁った瞳を睨みながら思った。
「分かり切ったことを聞いて、どうしたいのですか?」
「分かり切っていることすら口にしないものがそのような言葉を口にするでない」
何が分かっているというのか? あなたはいったい何が分かり切っているというのか? 無言のまま睨み付けて来るジーナの視線に怯まずに見つめ返していたが、途中でヘイムは鼻で笑って視線を外した。それがジーナの勘に障った。
「もうよい。ではあなた様は偉大なる龍となっていただきたい、とそう言え。そうしたら解放してやる」
解放? その意味不明な言葉にジーナは戸惑った。何からの解放だと? 今は何についての束縛に伏せられているのだと?
手は確かにヘイムによって掴まれ拘束されている状態にあり、尋問めいた言葉もまたこちらの思考を掴んでいるといえる視線も、そう、さっきからずっと自分はヘイムのこと以外をなにも見ていない気がした。
風景や景色などいまはどこにもなかった。あるのはただ、ヘイムの表情のみであり、外すことはできず、もしも外れたらそれは解放なのだろうか?
手を離し声を無視して顔を遠ざける、今すぐにでも自らを解放できる、できるというのに、手は力一杯にヘイムの手を握り、耳は呼吸すら聞きとるほどに澄まさせ、眼は表情のその変化に完全に呼応し反応している。
それがなにを意味するのかジーナは分からないまま自らを拘束し、思う。どうしてヘイムはそんな私を解放できるとでもいうのか?
「いや、そんな御大層に言わずともいいか」
意識と眼の前の流れにズレが生じだしているとジーナには感じられた。ヘイムの動きは非常にゆったりとしているのにジーナの心は高速で回転する。
ヘイムは次の言葉を発するまでに三度瞬きをした、多すぎるその動きは何を告げているのだろうか? 口が開くその前にヘイムの表情に死を決するもののような緊張感に満ちたものとなるもすぐさま嘲笑的なものへと変え、言った。
「龍身様と呼べ」
「嫌です」
近いうちに戦争が起こる、と。あのソグ山で、あの雪が降りしきるこの世界のひとつ境界で、しかしどうしてこの季節に?
いっぽうこんな状況下であるがジーナの龍の館の任務は継続していた。
「戦が始まる前こそこの儀式は肝心であるぞ。この素人どころか不信仰者め」
減らすのではなく完全に無くしたらどうですかという、もとから期待していない質問兼要望に対してヘイムは即座に却下を下し、減るどころか回数を増やされる羽目に陥った。
そのせいで訓練の合間合間に龍の館へ行くという二重労働を架せられジーナの疲労は増すが、それに輪をかけて疲労の色が濃いのが眼の前で目を開けながら眠っているシオンであった。
そのあまりにも異様な寝姿に声を掛けようとしたジーナをヘイムが止めて曰く。これはシオンの昔からの一つの癖であり、横になって眠ると起き上がれないから、こうして座ったままの姿勢で短い時間を利用して眠っているのだ、と。
説明を聞いているうちにシオンは起きたのか茶を一口すすりまた座りながら寝はじめた。あれは無意識下で行う、私は起きていますよ行動だから声を掛けるでない、と。
「決まりませんね」
いつものように座寝をしていたシオンが突然口を開いたためにジーナはもとよりヘイムも驚き目を向ける。少し見慣れた異様な姿であるが、これは異常なのだろう。
普段は端正な表情であるのにこの時は虚ろで焦点の合わぬ目で第三者に語るような口調で以てシオンは語る。
「行動をいつから始めるのかはあの最後の最後の会議ですら決まりません。マイラ様は言います。これを逃してはこの先はもっと大きな犠牲が生じると、だけどもバルツ将軍も叫びます、そのようなバクチをするぐらいなら確実なる方法が可能となるまで待つ、と。議論は平行線を延々を歩み、結局どちらにも流れは引き寄せられなかったけれども、私は思います、マイラ様の方が有利であり、バルツ将軍も心のどこかでそれを認めているのだと」
抑揚なく書状を読み上げるようにシオンは口を動かしたかと思いきやすぐさま椅子の背もたれに寄り掛かり、同じ姿勢のまま眠りだした。
バツが悪そうにヘイムは茶を飲みジーナもそれに倣って一口呑むとヘイムが問いかけてきた。
「聞かぬのか? どうしてバルツが決心を鈍るのかを」
「聞きません。それを私ごときが聞いてどうするのでしょうか? どうして御決心なさらないのでしょうか? などバルツ様の身を思えば到底聞けません」
「ほぉ随分と優しいのだな」
鼻で笑いながらヘイムが揺さぶってきた。
「私は心優しい男でありますよ」
「心の優しい男は自称などせん。そう思いたいがために自分に言い聞かせている半端な悪人か、もしくは自己を客観視できない狂人か愚者のどちらかだが、今は問わぬ。とりあえずシオンの眠りを妨げてはならないとは心優しくないそなたにだって分かるであろう。外に出るぞ」
そっとヘイムは右手を差し伸べジーナは左手でそれを受け取る。何度も繰り返した動きでありいつものことであるのに、ジーナはどこか違和感がありそれを消そうと強めに握り返すと、ヘイムの表情が変化し慌てて緩めようとすると今度はその手が強く握ってきた。
まるでさっきので良いと言っているような手の動きのために、ジーナは力を入れるとヘイムは微笑み、言葉ではそのことに触れなかった。
灰色の空のもと、二人はいつになく無言のままで歩いていた。何度も歩き回ったこの庭園。歩けば歩くほどに時が過ぎ冬へと進んでいく。
元々ジーナは自ら話すということはあまりなく専らヘイムの言葉の聞き役であったが、そのヘイムが今日は無口であり何も語らずに庭園をただ回り続けるだけであった。
一周目二周目と同じ歩調で同じ時間でもって回るその脚、そして強めに握り返されたままの手。だが三周目に入ろうとする前に変化があった。ヘイムの足が少し遅くなり、それから小声が聞こえてきた。
「ジーナは」
しかしその言葉は風が吹きその音によって遠くに飛ばされたように、消え去って行った。
風がやむのを待つため二人は足を止め向き合う。いつの間にかそこはいつもの岩の近くでありヘイムは咳払いをしすると、無風となりそこで再び言葉を投げる。
「そなたは戦闘開始を望むのだろうな」
言葉と共にヘイムの手が強く握られていくのがジーナには分かった。
「ここから離れ一刻も早く戦場に行きたいと思っているであろう」
握りは強まっていくものだが、ここでもまたジーナは痛みを感じなかった。
それよりもヘイムの言葉の響きと視線に心が刺激され痛みは彼方に、吹き飛ばされていくように。
「龍を討つために」
ヘイムの言葉に視線に手によってジーナの心は大きな音を立てて一変し黒い熱が心にみなぎった。
「そうです。私は一刻も早く龍のいる場所に行きたいですね。しかしそれはあなただって同じことだ。あなたも中央へ行きたいのでしょう」
ジーナは黒い感情と共に身体の奥から力が湧き出しだし手に力が入りヘイムの小さく華奢な手を握り潰す勢いで握りしめているにも関わらず、ヘイムの表情は痛みどころか何も感じてはいないもののであった。
それがジーナの激情を加速させ力が入るというのに、それ以上は抵抗がかかり進めず、だから言葉を続ける必要がある、と心のどこかからか声がする。まるで戦いの最中のように。
「あなたは中央へ行き、それは」
口が動き出しさらに力も加わる。だがヘイムは能面のまま言葉を聞く。それは憎しみを誘うようなものとみえた。だから忌まわしい言葉をジーナは口にできた。
「龍と、なるために」
とどめだ、というぐらいに手にはかつてないほどの力がこめられたはずであったのに、抵抗どころかヘイムのその手からはありえないほどの力が溢れ出したかのように逆に握り返され、ジーナは驚異の顔をとなるとヘイムは薄笑いを浮かべながら久方ぶりの声を、苦しげのない声で出した。
「そうだ。全てはその為の儀式であり旅であるからな」
力の反射のごとくに逆転しだした握り合いはヘイムの手がジーナの手を圧倒しだした。
「これを機によく覚えておくがいい、この手の感覚をな。そなたはいま妾の身体と命を握り触れているのも同然だ。大きさは? その湿度は? 感触は? 指は何本ある? どう握られるのが最適で好まれるのか、そなたは知ってるよな」
もちろんよく知っている。ヘイムのことは何一つ知らないし知りたくはないにしてもこれは知っている。今の凄まじい力も知ることができ、一層理解は深まったが。
心が何ひとつ交わせずに一つになることは無くても、これだけは幾度も交わり分からないもののなかでなんとか分かるものの一つ。
「そなたもよくよく知っているであろが、これは後に失われ、消え去る。分かるか? それはな龍と一つになるのだからな」
なんだその言い方は、とジーナは誇らしげに顎をあげるヘイムにまた激情を抱く。この女はよくよく私を揺さぶってくる。けれどヘイムは焚き付けのための言葉を並べ、燃やす。
「分かっているだろうが、これは今は妾のものだが、将来は龍のものとなるからな。そうなったら二度とこのようなことはできぬな。特にそなたのようなものにはな」
「なんですかその言い方は?」
感情が漏れ出しジーナは心の声をそのままヘイムにぶつけると間をおいてヘイムは皮肉そうに微笑みながら一歩近より懐に入る。
何故近づく? 遠くに行く癖にとそれだけでもジーナの心は荒々しいものが渦巻いているなか、ヘイムは見上げながら問う。
「気に入らぬのか?」
「あなたは龍となるのはもとより決まっていることでありませんか」
感情の激流に呑み込まれ出しているなかで顔を水面からだし努めてそう言うことに成功するも、ヘイムはそれに石を投げつけてくる。
「違う違う。妾が聞いておるのはそのような客観的なことではない。そなたの感想を心を聞いておるのだ、気に入らぬのか?」
石は見事に額に当たり血が流れているのがジーナには分かった。川岸ではヘイムが石を握りながらこちらを見る、だからどうした。
「私の感想が何だというのですか? そんなものがいったい何の意味が」
「聞こえておらぬのか? 聞いたのは、妾が龍となることに対するそなたの感想を言えということだ。きちんと言え。なぁ気に入らぬのか?」
もう答えを知っているというのに、なにを聞きたいのだとジーナは鈍光を放つヘイムの濁った瞳を睨みながら思った。
「分かり切ったことを聞いて、どうしたいのですか?」
「分かり切っていることすら口にしないものがそのような言葉を口にするでない」
何が分かっているというのか? あなたはいったい何が分かり切っているというのか? 無言のまま睨み付けて来るジーナの視線に怯まずに見つめ返していたが、途中でヘイムは鼻で笑って視線を外した。それがジーナの勘に障った。
「もうよい。ではあなた様は偉大なる龍となっていただきたい、とそう言え。そうしたら解放してやる」
解放? その意味不明な言葉にジーナは戸惑った。何からの解放だと? 今は何についての束縛に伏せられているのだと?
手は確かにヘイムによって掴まれ拘束されている状態にあり、尋問めいた言葉もまたこちらの思考を掴んでいるといえる視線も、そう、さっきからずっと自分はヘイムのこと以外をなにも見ていない気がした。
風景や景色などいまはどこにもなかった。あるのはただ、ヘイムの表情のみであり、外すことはできず、もしも外れたらそれは解放なのだろうか?
手を離し声を無視して顔を遠ざける、今すぐにでも自らを解放できる、できるというのに、手は力一杯にヘイムの手を握り、耳は呼吸すら聞きとるほどに澄まさせ、眼は表情のその変化に完全に呼応し反応している。
それがなにを意味するのかジーナは分からないまま自らを拘束し、思う。どうしてヘイムはそんな私を解放できるとでもいうのか?
「いや、そんな御大層に言わずともいいか」
意識と眼の前の流れにズレが生じだしているとジーナには感じられた。ヘイムの動きは非常にゆったりとしているのにジーナの心は高速で回転する。
ヘイムは次の言葉を発するまでに三度瞬きをした、多すぎるその動きは何を告げているのだろうか? 口が開くその前にヘイムの表情に死を決するもののような緊張感に満ちたものとなるもすぐさま嘲笑的なものへと変え、言った。
「龍身様と呼べ」
「嫌です」
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる