龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

ルーゲン師は、どう思われますか?

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 ソグ山の麓では幕が張られ本営が置かれており、その中心にはもう一幕が張られている。

 龍身の儀式の場である。

 火が起こされ龍身がその前に座り、祈祷する。指揮官バルツによる龍の護軍が山を登ったあとはずっとこの儀式が続いている。

 炎による儀式はこれで二度目であり、一度目はソグ山における龍戦の際に。そして二度目はこの度の砦の攻略のために。

「龍戦ではないのにあの最も尊い儀礼を用いるのはいかがでしょうか」

 ソグ教団の上層部からの反対意見もあったが龍身は拒否をした。これ自体珍しい事であり、そもそも龍身は事前にアドバイスを受けてから正式に発表するというのに、このことに関してはアドバイザーともいうべきルーゲンには黙っていた。

 協議を続けた結果、そこまでの意気込みならばと上層部の僧たちは折れ、定期的な休憩の遵守が可能ならばという条件のもと儀式が行われることとなった。

「そこまで妾のことが信用できぬのかのぉ」

「ヘイム様は龍戦の後にしばらく伏せったではありませんか。それを心配していらっしゃるのですよ」

「そんなことは耳にタコができるぐらいくどくどと言われたわ」

 シオンと女官に汗を拭わせながら龍身は応えた。

「お水をどうぞ」

 とハイネが持ってくるとヘイムはコップを取り飲み干した。

「ハイネよ。雪はどういう状態だと聞く?こちらの様子に気兼ねなく正直に言うようにな」

 休憩の度に龍身は雪の状態を聞くのをハイネは緊張しながらその言葉を待っていた。

「報告によりますと、前線は小雪の状態が続いているとのことです。進軍速度はかつてなく良好でこのままいけば予定よりも早く攻撃地点に到着し夜明けとともに攻撃が開始されるかと」

 諳んじている間にハイネはヘイムの顔を見つめる。そこには以前とは違う感情が混ざっているとハイネには感じられた。

 以前はもっとこのような場では、シオン様との会話以外では、以前のヘイムではなく龍身であることを強く意識できていたのに、今はヘイムでもあるようにも見えて……

「ご苦労。では明日からが本番ということだな、引き続き連絡網を頼んだぞ」

 聞き終わるとヘイムは立ち上がり着替えを手伝うため今まで待機していた女官がその衣装を脱がしだした。すると幕が開かれ別の女官がシオンに耳打ちをすると、若干顔をしかめる。

「シオン様、いかがなされましたか?」

「まぁちょっと。ちょうどいいですからハイネも来てください」

 理由も聞かずにハイネがシオンのあとを追い幕の外に出るとそこにルーゲンが立っていた。
その顔は美しくも暗いとハイネはまずは思った。

「現在龍身様は衣装を変えている最中ですので御用件はこちらでお伺いいたします」

 シオンが事務的に言うとルーゲンは首を振った。

「いえ中に入るのが目的でも龍身様にお会いするのが目的でもありません。今の状況をお聞きしたかっただけです。今のお話では御休憩はしっかりととられているわけですね」

「そこはもうご安心ください。私が付きっきりでおりますので決して無理はさせません。前回のように教団の熱に呑み込まれてのあの失態は繰り返させませんので」

 一歩前に出ながらシオンが告げるとルーゲンは同じく前に出て告げる。

「どうかくれぐれも龍身様の過労にはお気を付けください。尊き行いですが前回ほどの我々の存亡をかけた決戦ではございません。ここ最近の龍身様はあまりにも激務を重ね過ぎだと僕は感じております。そのおかげで、雪が」

 ルーゲンは振り返りソグ山を見上げ、二人も釣られてその白く神聖な頂を見る。

「これほどまでに少なくなったと僕は思っております」

「えっ!? ルーゲン様はこの異常気象を龍身様の行いによるものだと見ておられるのですか?」

 ハイネは驚きの顔をするとルーゲンは微笑みながら振り返った。

「僕はそう認識しております。上層部の高僧たちはこのことを今はまだ認めてはおりませんが、後にこう認識してくれるでしょう。龍身様の力によってこのような奇跡がもたらされていると。ですからシオン嬢にお聞きしたいのです。時機は一致いたしますか? 特殊な儀式とこのソグ山の降雪の少なさの因果関係については?」

 それまで無言でルーゲンの言葉を聞き続けていたシオンは俯き考え出した。

「儀式の形式をバザー後から種類を変えた後に降雪が少なくなってきたとの報告が来たと記憶はしていますが、この二つが結びついているとは」

「思わないのも無理はありません。龍身様にそこまで天に直接的な変化を与える力があるとは想像はできないでしょう。特にこのソグ山の冬への雪は永久不変のものであると誰もが信じて疑いはしません。けれども僕は龍身様のお力だと信じております」

 語るルーゲンの表情が徐々に恍惚なものとなっていくのをハイネは見るにつけて何かに似ていると思った。

 そうさっきのヘイム……いや龍身様の表情もまたこれと同じものであったと。

 滅多に見せぬ内なる邪悪が外に漏れ出した時のもののように。

「しかしそうしますと龍身様のお力はあまりにも大きすぎませんか? いえ前回の龍戦の際も雪の到来を一時的に早めるはことはできました。あの奇跡は疑うべくもありませんが、それでもあれは一日とか二日のものです。今回の場合はひと月以上に渡って逆の力、そう雪を止めていることになります。自然の摂理に逆らっているというものです。それでは前回のように寝込むどころの事態では済まなそうな気がします。ですがあのように今日もむしろ気力を充実とさせ儀式に及んでおりますが」

 首を捻りながら言うシオンの疑問に対してルーゲンは厳かに小さく頷き、それから自らの顔の中心から右寄りを指でなぞった。

「僕の見るところ龍身様は龍化が進んでおられますね」

 ハイネとシオンは瞬間的に目を見合わせた。そうなのか? と確認し合う為であるがその驚きの目から互いに知らないと確認し合うだけであった。

「あまりにも身近にいるお二人が気付かれないのも当然です。そもそも現在進行形で記憶を失わせるのも龍の力ですからね。僕のように詳細に記録を取り続けていないと分かるはずもありません。そうです、龍身様はあの前回の戦いとは違い龍化が進んだことによって、その内側にある力が増大していることは間違いないでしょう。それはバザー前後で大きく変わり、いまこのような奇跡をなしえているわけなのです」

 ハイネはヘイムの顔を今一度思い出してみた。はっきりと思い出せるあの龍の色が混じったあの神聖なる肌を。

 だけれどもいくら記憶を探ってみても以前からもああだったのではないかということしか頭に浮かばず、考えるのはやめた。

 これは龍の力によるものであり我々にとっては不可抗力的なものであって、逆らえるはずがないのだ、と。

 このままあの御方は龍となる。我々の記憶から消えて龍へ……だが、とハイネは嫌な予感がしながらも一つのことを考えずにはいられなかった。

 不信仰者であるのならこのことに気付く可能性が、しかしそんなものはただ一人だけしかおらずに、しかもその一人は、とハイネは考えるのを必死でやめようとするが、止められるわけもなく、一瞬で結論にまで到達し下腹部に壮絶な不快感が湧き起り蹲った。

 彼はジーナは、ヘイム様の変化を認識してしまったとしたら……!

「ハイネ! どうしました?」

 シオンが叫ぶとルーゲンも近寄り二人はハイネの手をとり立ち上がらせた。

「すみません。けれど大丈夫です、ちょっと立ちくらみがしまして」

「寒さと疲労でしょう。疲れているところを長話に付き合わせてしまい申し訳なかったです。では僕はここで」

 立ち去る? とその気配を察したハイネはシオンの手よりルーゲンの手を取った。

「あの、申し訳ありませんシオン様。私は大丈夫です。このまま戻って少し休みます。それとルーゲン師にお聞きしたいことがありますので、歩きがてら二人で少しお話をさせてもらえませんか?」

 ハイネの申し出にシオンは呆気にとられるもののルーゲンにそのまま任せ二人を見送った。そうだった、姉様はルーゲン師とできる限り会話はしたくはないのだと。理由は不明だが、ハイネにはそれがなんでかはだいたい分かってはいた。

 それは結構に単純で、ヘイム様とのこと、つまりはヘイム様の婿になる可能性のあるものに対する拒否感であると。

 下腹部が疼き不愉快さは増していくが、これを精神的なものであり癒すにはやはり同じく精神的な安心感をとハイネは思い、歩きながらルーゲンに尋ねた。

「ルーゲン師は、どう思われますか?」

 主語も抜きで何を言っているんだとハイネは言ったすぐあとに自らの発言を後悔したが、見下ろしてきたルーゲンの顔はその言葉の意味が通じているように見えた。

 大きさの違う雌雄眼が絶妙な開き方で以ってハイネを見る。以前よりも魅力が効かなくなったなとハイネは感じながらも、いつもの喜びの中で言葉をそのまま繋げた。

「私が思いますに。あの御方はあの人のことをですね……」
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