龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第二章 なぜ私ではないのか

私はここにいてどこにも行きはしませんが

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 不意打ちの一言によってシオンの大きく膨らんでいた勘と分析による風船は弾けとんだ。なんだそういうことか、それは納得だと。

 それをなんで知っているのですか? とはシオンは尋ねなかった。尋ねるわけが無かった。そこから何かを拾うだなんていまのシオンには不可能である。

「字は読めるが書けはせん。せいぜい簡単な兵隊用の文字を使えるぐらいなようだ。西の文字は書けるようだがそんなのは読みにくいからな。だからそんなものが書いた報告書など妾は、な」

 決着はついたなと感じさせる雰囲気になりヘイムは微笑みながら安堵の息を漏らした。これで良いと。シオンもそれならと特に異論はなかったものの、さっき停止した頭の回転が軋みをあげながらも動きだそうとしている。

 微かな分析と勘がほんの少しずつ動くと、摩擦によって小さな火花が上がりそれが思考回路を駆け抜ける閃きとなり、その巡る光が運命を動かす力となる。

「それならジーナに中央の字で書いて貰ったら如何でしょう?」」

 驚きのあまり中腰となって立ったヘイムを見てシオンは自分の思い付きの威力に我ながら感心した。なんというアイディアだと。

「待て!」

 険しい形相でヘイムが訴えだすが、シオンは自分の発想力に自惚れている状態なためにヘイムの様子を目に入らない。

「私はここにいてどこにも行きはしませんが」

「身体のことなど聞いてはおらん。心の方だ。その突っ走っている思考の方! 書いて貰うと言ったがどうやって知らぬのに書くというのだ」

「字ならそんなのはハイネから教わればいいじゃないですか」

 シオンは事もなげに至極簡単に答えたが、事は重大であり中腰のヘイムは思わず腰を伸ばして立ち上がった。その動きを目にしてもシオンは自分の発言のなにかについて無自覚であった。

「彼は将来軍の要職につく可能性が高いですからね。いまのうちに中央の字を学ばせるのも彼のためでもありますし、我々にとってはプラスになりますって。頭だってほら悪くもないしと言いたいところですが、悪いですし」

「悪いというのならしなくても良いのでは」

「そんなことありませんよ。悪いからこそ勉強しないといけないのです。ちょうどハイネが傍にいるのですから手ほどきを受けるべきでしょう、そうそれが良いです」

 シオンは一人で盛り上がり早速そうするようにハイネに手紙を書き始めようとするとヘイムの呟く声が聞こえた。

「……喜ぶだろうな」

「それはそうでしょうね」

「……ジーナは喜ぶだろうな」

「ええ、だからそうでしょうね。勉強ができるのですから」

 分かり切ったことを繰り返す意図をシオンが分からぬままでいるとヘイムが声を大きくした。

「前線を志願して赴いたハイネにそんなことを押し付けるのはちと荷が重いのではないか? 妾らと違って忙しいであろうに」

 文章が半端な個所でピタリと止まり筆をとるシオンは停止した。その言葉のありがたさによって。

 ヘイムがハイネのことを労わり気を遣うなんて……これでハイネの苦労は報われたと。そそっかしい思いは遠くへ先走り結論に到達した。そう、この試みは成功したと。

「ご配慮に感謝します。けれどもあの子なら忙しい合間を縫って喜んで教えるでしょう。それが将来の我々のためでもあり、ヘイム様のためにもなりますし」

「妾のためになるのか?」

「それはもちろん」

「ふっ……あれも喜ぶだろうな」

「ええ、ジーナもハイネも共に喜ぶでしょう」

 変な間が生まれた、とシオンは感じられた。その間は奇妙で異様な空気であり暗さもあった。

 それは穴に落ちているような感覚であり二度と戻れないような……シオンはヘイムが遠くに行ってしまうように見えていく。

「シオンがそうしたのならそうせい。報告書でも小説でも好きなように書かせて送らせろ。なんであろうと妾は目を通すぞ。妾は書類に目を通して署名に判子を押すのが役目であるのだからな」

「ジーナからのにもそうなさるおつもりでしょうか?」

 段々とヘイムの声が遠くになっていくためにシオンは少し声をあげたがその声さえも自分の耳には遠くに聞こえる。

「するわけないであろうに。読んで、いや目を走らせておしまいだ。それ以上のなにも無い」

 消え去っていくように小さくなっていくヘイムの言葉の語尾を聞きながらシオンの口になにかがとりつき、いつもなら決して有らぬことを口走った。

「返事は出すべきでしょう」

「いいのか?」

 声が耳元で爆発し思わずシオンは耳を塞いだ。だが爆発? そんなはずはない、ヘイムは少し大きな声を出しただけだというのに。

 なんだったのかさっきの突発性難聴は? あの落下していく感覚は? 疲れからだなとすぐにシオンは結論を出し一人満足した、そのヘイムの返事をおかしさにも気づかずに。

 返事など必要ないというはずだというのに、いいのか? と許可を求めるとは。

「いいのかって、要望とか文句を伝えなくてどうするのですか? 彼のことですよ、手紙の作法なんか知っているわけもございませんし、おかしなことを書くに違いありません」

 シオンの眼にはありありと映る未来のその姿が。「あなたへ」が「おまえに」となって文句を言いながらも楽しそうなヘイムの顔が……というか、今の段階でもう苦笑いをしているヘイムの顔が眼の前にあった。

「まったく世話が焼ける。まぁそうだな。あんたへ。今日は空が綺麗でした。なんて一文だけの手紙を貰って文句の一つも書かないとしたら妾はストレスで身体がおかしくなるであろう。返事は書いてやる」

「まぁハイネが内容を確かめるでしょうからそこまで酷いのは来ないでしょうけど、せっかくなのですから詳細に書かせるべきですね。もっともそうなりますと勉強時間が増えることになりますけどね」

 ハイネの負担が増えてジーナも苦しむが、それをするだけの価値はあるとシオンは信じながら二人を想像するも、ヘイムは不機嫌そうに目を吊り上げながらどこか不平そうな声をあげた。

「あやつが中央の字をちゃんと知っておったらハイネに負担をかけることもなかったであろうに」

「逆にヘイム様が西の字も知っていましたらやりとりが容易だったでしょうね」

 ハイネへの手紙の続きを書き出したシオンがごく何気なく言ったその言葉にヘイムは瞠目し停止する。

「お互いに西の字でやりとりしましたらハイネが読めないでしょうけど」

 シオンには見えないがヘイムは夜明けの陽のように笑った。

「その考えは面白いな。あれが中央の字を勉強するのなら妾は西の字を学ぶのも必要だろうに」

 意外な言葉にシオンが顔を上げるとヘイムの眼は光っていた。

「本気ですか? わざわざヘイム様の方がそんな気を遣わなくてもよいのでは? ジーナは中央の字を学ぶ必要はありますが」

 説得は無理だろうなと思いつつもシオンは訴えるも手を振りながらヘイムは書きものを始めた。

「中央はこれまでどうしたことか西を意識せずにそのままにしてきた。古来より意図的に関わりを避けてきたが、シアフィル解放戦線と我々が手を組んでいることから西に連なる平原と自然と関係を持つこととなる以上、それは更なる西の砂漠の果てのことも考えねばなるまい。そうであるから中央の西への無知は良い事にはならぬだろう。よって妾が直々にまずは西の言語を学ぶことにするわけだ。どうだシオン?これでもまだ反対をするか?」

 見え透いた大義名分にしか見えずともシオンはそんな不純な目をしていないために素直にその言葉を受け止め感激をした。

「ジーナみたいに中央の言葉を知っているのは極少数でしょうしね。ヘイム様がやる気ならば私は止めません。むしろ応援致しますが、しかしどうして西とはこんなに関わりをもたなかったのでしょうね」

「それは始祖からの方針だとのことだ。それでも研究しているもの好きもおってな。例えばソグ教団の一部……ルーゲンが詳しいだろう」

 書きながらヘイムは喋りつづけ、そして小声で言った。

「隠し事をするぐらいにな」
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