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第二章 なぜ私ではないのか
面白くない!
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「西のムネ将軍と東のオシリー将軍からの返事が届きましたが、ムネ将軍の方は互角に戦いオシリー将軍の方は劣勢だということです」
マイラの報告にバルツは唸りヘイムは平然として聞いていた。ここはソグ砦の会議室であり、指導層のものが勢揃いし、閣議を開いている。
「我々の軍もシアフィル砦からこれより北上し中央を目指すことになりますが、この東西の勢力とどう合流するのかを、これより話し合いたいと思われます。私と致しましては……」
マイラが前もって用意してきた案を説明し終わるとあちこちから声が上がる。
「ムネ将軍に加勢しそのあと東に向かうと言うが、その間にオシリー殿が降伏をしたらどうする? 逆だ逆にしろ」
「同時に東西に兵を向けるのはどうだろう?」
「ただでさえ我々の軍は大きくないのに割ってどうする。戦力の分散には賛成できん」
「そんなことよりも東西は無視して北上するのはどうだ? 敵が出払っているのならやりやすいだろうし」
雁首を並べ反論に継ぐ反論を言い合い議論でなくやがて口論へと変わっていき閉会。これを連日で繰り返していた。
「明日には結論が出るのであるがのぉ」
ヘイムが議事録を読みかえしながら憔悴しきってソファーで横になっているシオンに聞いた。
「どれも別に間違えているわけではないのが困りものだな」
「いいえ東西勢力を無視して北上中央突撃案は却下しないといけませんよ。それを主張しているのがソグ僧上層部ですからたちが悪いですね。あれは自分たちの寿命が尽きる前に戦争を終わらせたいだけですよ。そんなことして東西に向けられた中央軍が挟み撃ちの形で襲い掛かってきたら最悪ですよ。そう言ったら龍の御加護があるの一点張りで、ああもう!」
憤然と起き上がり枕を床に三度叩きつけ少し清々としたらそれからまた横になった。
「マイラ様の案で行くしかないと思うのですけどね」
「そこは同意する。妾はそうは言えぬがな」
身を反転させシオンはヘイムを見る。あのような閣議で口を一切開かずに議論を延々と聞き続ける役目。
しかも動かず無反応でいなければならない。地味や苦行であるとシオンは疲労感に包まれながら思った。去年以前なら、とシオンは思い出す。私達はこんなことをしているものではなかったと。
あれさえなければ……ヘイムと一緒にソグで王女として過ごしていた日々を思い出すと、この世界はなんだろうか? 私は龍の騎士となり、この娘は龍身となる……珍しいな、とシオンは今の思考に首をひねる。
いつもならこんなことを考えるどころか疑問にすら思わないというのに。疲れからかそれとも。
「シアフィル砦に行くのが楽しみですね」
シオンは突然そう言ったのでヘイムは驚いて議事録から顔を上げた。
「随分と呑気なことを言うのだな。ああそうか現実逃避、いいぞ付き合ってやる」
現実逃避? とシオンは苦笑いした。こちらの現実の方がよっぽど幻想的であると。
「だがな、妾はあそこに関しては良い思い出はないぞ」
「そんなのは一緒にいた私だってそうですよ」
「あん?」
頭がおかしくなったのか? とヘイムは話の通じなさに口を開いたままでいるとシオンが笑った。
「良い思い出なんてどうでもいいんです。あの苦難を乗り越えた私達があそこを訪れてどう思うかが、楽しみなんですよ」
「ほぉ、そうかそうか。でもここだって」
「ここはもういいですよ今が辛いです。もううんざり。あそこには出兵式の特別儀式ですから、うるさ型は来ませんし、それにハイネとジーナがいますからね」
シオンはそう言いながら立ち上がりヘイムのもとへ近寄ろうとすると、なにかヘイムに違和感を抱いた。その表情が、どこか怯えて……
「そうだな、うん、そうだ」
気のせいか、とシオンは隣に座った。
「ハイネはともかくそんなにジーナのことがお気に入りなのか?」
「それは私があなたに向かって言う言葉ですよね? 最近元気がないのは彼がいないからでしょ?」
シオンは軽くそう言いながら手を伸ばしお茶に手を伸ばす。やけに静かな隣に気が付かないまま。
「あなたって昔からそう。お気に入りの玩具からはじまって男友達に下僕やら部下や犬が手元にあって欲しい時にいないとすぐにそんな顔をする。拗ねていじける雰囲気を出す。その癖にイジメて楽しむなんてことをするからいけないんですよ。少しは尊重しなきゃ」
小さな苦笑いが隣から聞こえてシオンが横を向くとヘイムが、いた。いや現れたといっていいかもしれない。
「またその説教か。あのな、妾はな、楽しくやっているつもりなんだが」
「あなただけが楽しいんですってば、もう。そういう駄目な癖は龍身になってから治まったかと安心したと思ったら、あれが来て悪癖再開ですね」
「普段のストレスのはけ口にもなるからな」
「まったくこの子ったら。けど、まぁあれですしね。今の言葉を手紙に書いたらきっと面白そうでハハッ」
ヘイムは安堵の息を吐き手元にあった手紙をに目をやるのをシオンは目の端で見る。
あれ? また開いて読んでいたの? そんなに興味深い話なんて書いていたっけ彼? とシオンは朝に検閲した手紙のうっすい内容を少し頭を使って思い出した。
先週と変わらない天気でみんな元気でこんな植物がありましたかたの、ハーブの香水をハイネに首と髪につけられてみんなからからかわれたなんたらかんたら云々……ああそうだこれだ、とシオンは一人合点する。最後のだけはいつものものと比べたら格別に面白いといえるけど、それも一度見たら良いものだし。
「そんなに面白い事でも書いてありましたか?」
まるで知らない振りをしながら聞くもシオンの心は動揺する。いまの私の声って演技がかってかなりわざとらしくないかな、と。ハイネならもっとうまくやれるのだけどなとも。
「うん? ああそれほどでもないが、そこそこにな。読むか」
内容を覚えているのだから読む必要はないけど、そこを気づかれると微かな良心が痛むのでシオンは取るも、どうしてこんなにバツの悪い思いをしないといけないのか? 別に頑張って盗み読むような内容でもないしと今更に悪事の後悔と被害者面した言い訳で頭をなかをいっぱいにしながらシオンが手紙を読もうとすると、すぐに気付く。
手紙の両端がやたらと皺が寄っているがこんなんだっけなと内容よりもそっちが気になった。
「やけに、皺寄っていませんかこれ?」
「そうか? もとからそうだぞ。妾は知らんぞ」
「いや、この前と違うような」
「なにを言っておる?」
違うなんて言うなシオン! お前は見ていない設定なんだぞ! と自分に対しで脳内で平手打ちをし叫びながら誤魔化すために変な声で笑った。
「アヘヘッ! あっ分かりましたこれ。きっと霧です霧のせい。ほらこの時期のシアフィル草原ってたまに霧が立ち込めますよね?その影響で手紙もきっと皺が寄って」
「うむ、そうであろうな。でも皺などどうでもいいことだ。自分のものでない限りな。中身だ中身、ほれ読んでみろ」
良かったと胸を撫で下ろしながらシオンは手紙の文章を読むのではなく目で流し、すぐに終わった。異常なし、と。
「彼らしい手紙ですね。努力と不器用さがこれでもかというぐらい文字から滲ませて、あれが皺の原因ではないのでしょうかね」
「ハッこやつ下らぬことを言うでない。こんな具合にやつは手紙を出してくるが、そのおかげで成長というものが分かるものだが、シオンは分かったか?」
何を言っているのかよく分からないけれどあの部分だなとシオンは考えた。自分達は昔から笑いのツボが似ているのだから、最後のあそこに違いない。
「ええ、なかなか笑えましたね。ハイネに香水をつけられているジーナだなんて」
微笑みながら応えるたが、眼の前のヘイムの表情が予想とまるで違っていた。笑わずに固まっていた、なんで? 逆にこっちの反応に気付いたのかヘイムも困った妙な笑い声を出した。
「あっああ、そこだったな、ああ」
「何ですヘイム? 変な反応をしちゃって。分かりますよね? ほらこの文章から思い浮かぶハイネの笑っている顔とジーナの苦渋の表情とかが面白いですよね?」
「面白くない!」
宙でガラスが砕けた音がしたし二人は驚きの顔で見合わせた。時も息も止まり包み込んでくる死の感覚を破るようにヘイムは手を叩いた。
「いやーそのな、そのな、ああそうだ。おいおいなにが面白いと言うのだ、え? 想像してみろシオン。あんな男の身体から女みたいな匂いがしたらどうだ? そなたは嗅ぎたいとでも言うのか?」
強張りの反動からかシオンは壮大に噴き出し、むせた。
「ごめんなさい。そういうことだったのですね。それは私も嫌ですよ。確かに論功賞で彼は出てきてそんないい匂いを出していたら笑い出しそう」
笑うシオンにヘイムが肩を寄せ手紙を指差す。
「そうであろうそうであろう。でな妾が言いたかったのはだ、感想だ。ほらここの楽しかったですとか好きでしたとかだ。分かるか?」
なんでこんなに嬉しそうなのかとシオンは思った。
「まぁ確かにいままではなかったものですね」
「うぅん?」
この痴れ者! とシオンはもう一人の自分に頭を引っ叩かせながら大声をあげた。
「いえいえ今までの彼らしくないものですね。彼はあまり自分のこういう感情を表に出したり言葉にする男で無かったですし、意外なことを書くのだと気づきました。でもヘイム。その視点って先生みたいですよ」
シオンがそう言うとヘイムは苦笑いか照れ笑いか判別のつかない表情となり首を振った。
「そうだなこれは感化というか教化か。あれは馬鹿で礼儀知らずな無信仰者であるからな」
「そこも同意します。私達にとっての彼はここにいたままのあのちょっと抜けている頑迷固陋な西の男以外のなにものでもありませんしね。ですけれども彼はここを出れば龍の護軍最強の戦士の一人です。今回の戦いも功績があり表彰式でも筆頭でもありませんが前席に座るものです」
ヘイムは無表情で黙って聞いているがその内側から歓喜が伝わって来るのを感じ続けた。
自分が手紙を盗み読みしている可能性など考えさせてはならない。
「このまま順調に功績を積み続ければ将来には近衛兵の筆頭になるかもしれませんね」
「まさか。それは、ないであろう」
「不安要素は勿論ありますがバルツ将軍とルーゲン師もそのつもりで龍の護衛に任命したのでしょうし」
「妾は不適格であったと思うぞ。あの二人はちと目が悪いからな」
「ですが、あなたのお気に入りでしょう?」
鼻で笑いながらヘイムは立ち上がった。
「そこは否定せん。そろそろ夕方の会議であろう。用意するか。それとなシオン」
シオンは一瞬緊張するもヘイムが笑っていたためにすぐに解けた。
「シアフィル砦が、楽しみだな、とてもな」
「ええ楽しみですね」
やり過ごせたと安心するとシオンの耳の奥であのガラスが割れる音が微かに再生された。あれは前にどこかで聞いたことがある音では……ともう一度音を鳴らすとシオンは思い出した。
そういえばヘイムが子供の頃に好きな男の子がいたな、と。中央の親戚でどうしてかヘイムのことだけを嫌っていた。
その度に私が叩いて黙らせていたけど、それをあの子はあまり歓迎していなかった。ヘイムは昔からちょっと変わっていたからか、こちらから好きになるタイプでなくあっちから好かれるタイプで、逆だと下手くそでどうしようもなくて私と逆で……
どうしてっけあの男の子は? そうだ、そのあとに病死したんだ。それを聞いて喜ぶ私にあの子はものを投げて窓ガラスを割って叫んだっけ? でもなんて言ったのかは、覚えていないなと。ああ駄目だ……思い出せなくなってきている。ヘイムといる時でさえもう記憶が薄れて失なわれていく……
マイラの報告にバルツは唸りヘイムは平然として聞いていた。ここはソグ砦の会議室であり、指導層のものが勢揃いし、閣議を開いている。
「我々の軍もシアフィル砦からこれより北上し中央を目指すことになりますが、この東西の勢力とどう合流するのかを、これより話し合いたいと思われます。私と致しましては……」
マイラが前もって用意してきた案を説明し終わるとあちこちから声が上がる。
「ムネ将軍に加勢しそのあと東に向かうと言うが、その間にオシリー殿が降伏をしたらどうする? 逆だ逆にしろ」
「同時に東西に兵を向けるのはどうだろう?」
「ただでさえ我々の軍は大きくないのに割ってどうする。戦力の分散には賛成できん」
「そんなことよりも東西は無視して北上するのはどうだ? 敵が出払っているのならやりやすいだろうし」
雁首を並べ反論に継ぐ反論を言い合い議論でなくやがて口論へと変わっていき閉会。これを連日で繰り返していた。
「明日には結論が出るのであるがのぉ」
ヘイムが議事録を読みかえしながら憔悴しきってソファーで横になっているシオンに聞いた。
「どれも別に間違えているわけではないのが困りものだな」
「いいえ東西勢力を無視して北上中央突撃案は却下しないといけませんよ。それを主張しているのがソグ僧上層部ですからたちが悪いですね。あれは自分たちの寿命が尽きる前に戦争を終わらせたいだけですよ。そんなことして東西に向けられた中央軍が挟み撃ちの形で襲い掛かってきたら最悪ですよ。そう言ったら龍の御加護があるの一点張りで、ああもう!」
憤然と起き上がり枕を床に三度叩きつけ少し清々としたらそれからまた横になった。
「マイラ様の案で行くしかないと思うのですけどね」
「そこは同意する。妾はそうは言えぬがな」
身を反転させシオンはヘイムを見る。あのような閣議で口を一切開かずに議論を延々と聞き続ける役目。
しかも動かず無反応でいなければならない。地味や苦行であるとシオンは疲労感に包まれながら思った。去年以前なら、とシオンは思い出す。私達はこんなことをしているものではなかったと。
あれさえなければ……ヘイムと一緒にソグで王女として過ごしていた日々を思い出すと、この世界はなんだろうか? 私は龍の騎士となり、この娘は龍身となる……珍しいな、とシオンは今の思考に首をひねる。
いつもならこんなことを考えるどころか疑問にすら思わないというのに。疲れからかそれとも。
「シアフィル砦に行くのが楽しみですね」
シオンは突然そう言ったのでヘイムは驚いて議事録から顔を上げた。
「随分と呑気なことを言うのだな。ああそうか現実逃避、いいぞ付き合ってやる」
現実逃避? とシオンは苦笑いした。こちらの現実の方がよっぽど幻想的であると。
「だがな、妾はあそこに関しては良い思い出はないぞ」
「そんなのは一緒にいた私だってそうですよ」
「あん?」
頭がおかしくなったのか? とヘイムは話の通じなさに口を開いたままでいるとシオンが笑った。
「良い思い出なんてどうでもいいんです。あの苦難を乗り越えた私達があそこを訪れてどう思うかが、楽しみなんですよ」
「ほぉ、そうかそうか。でもここだって」
「ここはもういいですよ今が辛いです。もううんざり。あそこには出兵式の特別儀式ですから、うるさ型は来ませんし、それにハイネとジーナがいますからね」
シオンはそう言いながら立ち上がりヘイムのもとへ近寄ろうとすると、なにかヘイムに違和感を抱いた。その表情が、どこか怯えて……
「そうだな、うん、そうだ」
気のせいか、とシオンは隣に座った。
「ハイネはともかくそんなにジーナのことがお気に入りなのか?」
「それは私があなたに向かって言う言葉ですよね? 最近元気がないのは彼がいないからでしょ?」
シオンは軽くそう言いながら手を伸ばしお茶に手を伸ばす。やけに静かな隣に気が付かないまま。
「あなたって昔からそう。お気に入りの玩具からはじまって男友達に下僕やら部下や犬が手元にあって欲しい時にいないとすぐにそんな顔をする。拗ねていじける雰囲気を出す。その癖にイジメて楽しむなんてことをするからいけないんですよ。少しは尊重しなきゃ」
小さな苦笑いが隣から聞こえてシオンが横を向くとヘイムが、いた。いや現れたといっていいかもしれない。
「またその説教か。あのな、妾はな、楽しくやっているつもりなんだが」
「あなただけが楽しいんですってば、もう。そういう駄目な癖は龍身になってから治まったかと安心したと思ったら、あれが来て悪癖再開ですね」
「普段のストレスのはけ口にもなるからな」
「まったくこの子ったら。けど、まぁあれですしね。今の言葉を手紙に書いたらきっと面白そうでハハッ」
ヘイムは安堵の息を吐き手元にあった手紙をに目をやるのをシオンは目の端で見る。
あれ? また開いて読んでいたの? そんなに興味深い話なんて書いていたっけ彼? とシオンは朝に検閲した手紙のうっすい内容を少し頭を使って思い出した。
先週と変わらない天気でみんな元気でこんな植物がありましたかたの、ハーブの香水をハイネに首と髪につけられてみんなからからかわれたなんたらかんたら云々……ああそうだこれだ、とシオンは一人合点する。最後のだけはいつものものと比べたら格別に面白いといえるけど、それも一度見たら良いものだし。
「そんなに面白い事でも書いてありましたか?」
まるで知らない振りをしながら聞くもシオンの心は動揺する。いまの私の声って演技がかってかなりわざとらしくないかな、と。ハイネならもっとうまくやれるのだけどなとも。
「うん? ああそれほどでもないが、そこそこにな。読むか」
内容を覚えているのだから読む必要はないけど、そこを気づかれると微かな良心が痛むのでシオンは取るも、どうしてこんなにバツの悪い思いをしないといけないのか? 別に頑張って盗み読むような内容でもないしと今更に悪事の後悔と被害者面した言い訳で頭をなかをいっぱいにしながらシオンが手紙を読もうとすると、すぐに気付く。
手紙の両端がやたらと皺が寄っているがこんなんだっけなと内容よりもそっちが気になった。
「やけに、皺寄っていませんかこれ?」
「そうか? もとからそうだぞ。妾は知らんぞ」
「いや、この前と違うような」
「なにを言っておる?」
違うなんて言うなシオン! お前は見ていない設定なんだぞ! と自分に対しで脳内で平手打ちをし叫びながら誤魔化すために変な声で笑った。
「アヘヘッ! あっ分かりましたこれ。きっと霧です霧のせい。ほらこの時期のシアフィル草原ってたまに霧が立ち込めますよね?その影響で手紙もきっと皺が寄って」
「うむ、そうであろうな。でも皺などどうでもいいことだ。自分のものでない限りな。中身だ中身、ほれ読んでみろ」
良かったと胸を撫で下ろしながらシオンは手紙の文章を読むのではなく目で流し、すぐに終わった。異常なし、と。
「彼らしい手紙ですね。努力と不器用さがこれでもかというぐらい文字から滲ませて、あれが皺の原因ではないのでしょうかね」
「ハッこやつ下らぬことを言うでない。こんな具合にやつは手紙を出してくるが、そのおかげで成長というものが分かるものだが、シオンは分かったか?」
何を言っているのかよく分からないけれどあの部分だなとシオンは考えた。自分達は昔から笑いのツボが似ているのだから、最後のあそこに違いない。
「ええ、なかなか笑えましたね。ハイネに香水をつけられているジーナだなんて」
微笑みながら応えるたが、眼の前のヘイムの表情が予想とまるで違っていた。笑わずに固まっていた、なんで? 逆にこっちの反応に気付いたのかヘイムも困った妙な笑い声を出した。
「あっああ、そこだったな、ああ」
「何ですヘイム? 変な反応をしちゃって。分かりますよね? ほらこの文章から思い浮かぶハイネの笑っている顔とジーナの苦渋の表情とかが面白いですよね?」
「面白くない!」
宙でガラスが砕けた音がしたし二人は驚きの顔で見合わせた。時も息も止まり包み込んでくる死の感覚を破るようにヘイムは手を叩いた。
「いやーそのな、そのな、ああそうだ。おいおいなにが面白いと言うのだ、え? 想像してみろシオン。あんな男の身体から女みたいな匂いがしたらどうだ? そなたは嗅ぎたいとでも言うのか?」
強張りの反動からかシオンは壮大に噴き出し、むせた。
「ごめんなさい。そういうことだったのですね。それは私も嫌ですよ。確かに論功賞で彼は出てきてそんないい匂いを出していたら笑い出しそう」
笑うシオンにヘイムが肩を寄せ手紙を指差す。
「そうであろうそうであろう。でな妾が言いたかったのはだ、感想だ。ほらここの楽しかったですとか好きでしたとかだ。分かるか?」
なんでこんなに嬉しそうなのかとシオンは思った。
「まぁ確かにいままではなかったものですね」
「うぅん?」
この痴れ者! とシオンはもう一人の自分に頭を引っ叩かせながら大声をあげた。
「いえいえ今までの彼らしくないものですね。彼はあまり自分のこういう感情を表に出したり言葉にする男で無かったですし、意外なことを書くのだと気づきました。でもヘイム。その視点って先生みたいですよ」
シオンがそう言うとヘイムは苦笑いか照れ笑いか判別のつかない表情となり首を振った。
「そうだなこれは感化というか教化か。あれは馬鹿で礼儀知らずな無信仰者であるからな」
「そこも同意します。私達にとっての彼はここにいたままのあのちょっと抜けている頑迷固陋な西の男以外のなにものでもありませんしね。ですけれども彼はここを出れば龍の護軍最強の戦士の一人です。今回の戦いも功績があり表彰式でも筆頭でもありませんが前席に座るものです」
ヘイムは無表情で黙って聞いているがその内側から歓喜が伝わって来るのを感じ続けた。
自分が手紙を盗み読みしている可能性など考えさせてはならない。
「このまま順調に功績を積み続ければ将来には近衛兵の筆頭になるかもしれませんね」
「まさか。それは、ないであろう」
「不安要素は勿論ありますがバルツ将軍とルーゲン師もそのつもりで龍の護衛に任命したのでしょうし」
「妾は不適格であったと思うぞ。あの二人はちと目が悪いからな」
「ですが、あなたのお気に入りでしょう?」
鼻で笑いながらヘイムは立ち上がった。
「そこは否定せん。そろそろ夕方の会議であろう。用意するか。それとなシオン」
シオンは一瞬緊張するもヘイムが笑っていたためにすぐに解けた。
「シアフィル砦が、楽しみだな、とてもな」
「ええ楽しみですね」
やり過ごせたと安心するとシオンの耳の奥であのガラスが割れる音が微かに再生された。あれは前にどこかで聞いたことがある音では……ともう一度音を鳴らすとシオンは思い出した。
そういえばヘイムが子供の頃に好きな男の子がいたな、と。中央の親戚でどうしてかヘイムのことだけを嫌っていた。
その度に私が叩いて黙らせていたけど、それをあの子はあまり歓迎していなかった。ヘイムは昔からちょっと変わっていたからか、こちらから好きになるタイプでなくあっちから好かれるタイプで、逆だと下手くそでどうしようもなくて私と逆で……
どうしてっけあの男の子は? そうだ、そのあとに病死したんだ。それを聞いて喜ぶ私にあの子はものを投げて窓ガラスを割って叫んだっけ? でもなんて言ったのかは、覚えていないなと。ああ駄目だ……思い出せなくなってきている。ヘイムといる時でさえもう記憶が薄れて失なわれていく……
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