龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第二章 なぜ私ではないのか

こんな呑気な刑罰が未だかつてあっただろうか

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 砦内の様子は申し分ないな、とルーゲンはその引き締まった雰囲気の前線基地を見学しながらまずはそう思った。

 これなら龍身様をお連れしても何も問題ないであろうとも。

「ソグ砦からこのシアフィル砦までの周辺の村は全て我々の味方であり、また周辺の残存兵も捜索の末にまず存在しないと連日報告されている」

「つまり秩序が整っているということですね、さすがです将軍」

 なんのとヒゲを抓りながらバルツは満足気に微笑んだ。ルーゲンは先んじてここに到着しここシアフィル砦を案内されていた。

「あなたのことですから何の問題も無いと思っておりましたが、本当に何もありませんでしたね。困りますよ僕に真っ白な報告書を書けとでもいうのですか? 逆に疑われますよ。つまらない懸念やちょっとしたミスの一つでも残しておいてくださいって」

 冗談を言うとバルツは今度は大笑いをし訓練所を案内した。その様を見てルーゲンはつくづくと思った。実に彼らは精強であると。

 一年以上前は無知であるために彼らをまつろわぬものたち、草原のテロリスト集団であるとしか認識していなかったのに、今はこうして全幅の信頼を寄せ龍の行進の要となるとを誰が予想できただろう?

 当の本人である自分ですらそれは一か八かの賭けであり、死を覚悟していた。だが勝ったのは自分でありその一事だけでも永遠の功績であり、それは自分という存在が何であるのかを認識するものだった。そう僕は龍を導くものであり……

「物思いに耽られてどうなさりましたか?」

 バルツの問いにルーゲンは目が覚めた。

「申し訳ありません。昔を思い出しましてね。あの時の僕らがこのような姿となってここに戻ってきたことに我ながら驚いて」

「俺もですよ。この砦が運命の分水嶺でしたな。あなたが俺に連合を持ち掛けこの砦で結ばれた……思えば遠くに来たものだ」

「僕は今でもあの日のことを思い出して龍の導きとあなたの決心への感謝を捧げておりますよ」

「よしてくれ。俺なんかと龍と同列にするだなんて不敬極まりないことだ。俺の方こそ感謝を捧げないといけないし、毎晩行っていることだ」

 そう言い二人は整然とした軍の訓練様子を眺め同じ思いを抱いていた。ここまで来たのは龍のお導きのお力であり、俺は僕は自らの為すべきことを全力で行いこの心を龍へ捧げ続ける、と。

 視察はほぼ終わり二人は将軍の部屋に入り茶を用意させた。あとは勝手知ったる仲であるために雑談をし夜を待つだけであると。

 ルーゲンは何気なく窓から外を眺めると何故か目がおかしな方へと向き、妙な塔が目に入った。かなり強烈に突き刺すように入る。なにかがある。

「あの将軍? 窓の左側に塔みたいなものがございますね。あそこは見学に参っていませんがなんでしょうか?」

 後ろから鈍い反応からのくぐもった声が聞こえてきた。これは報告有りな件か? 

「あれは処罰者を閉じ込めておく塔でな、一般捕虜や罪人は地下牢なのだが、そちらはちと事情有りなものを閉じ込めておくもので」

「誰か入っていますよね?」

 こんなのは分からないしただのブラフであるがバルツの態度からルーゲンが揺さぶると、すぐに落ちた。

「ハァ……お見通しとは恐れ入る。そうです一人が入っておりますよ。兵隊の一人がな。あなたのご存じの」

「たぶんジーナ君ですよね。完全にあてずっぽうですが当りでしょ?」

 バルツは答えに驚かずにコップに酒を注ぎ一気に呑んだ。呑む前も飲んだ後も苦々しい顔に変わりは無かった。

「簡単すぎでしたかな。そうですあの馬鹿が入っております。いや、いいです理由は言わなくてもその通りで。今回も龍身様の関係でな」

 そういうとまた一杯呑み干して首を回した。相当にこの件ではストレスが溜まっているようであるとルーゲンは見て余計な口を挟まずに待っていた。

「あいつは表彰式には出たくない、とのことです。だから俺はあいつを罰として塔に放り込んだ……すまん嘘だ。あいつが自主的に入っていった」

「今回は思い切りましたね。しかしいったいどうしたというのでしょうね」

 バルツはまた一杯傾けてため息をついた。

「自分にはその資格はない、の一点張りですよ。あの隊は今回も一番乗りではないが第二隊に全く恥じない活躍を見せた。その代表としてお前が表彰されるのは当然のことだと、当たり前のことを言うとあいつはならブリアンやノイスを代表にと言いやがって。隊としてはそれで良いのだがお前の個人受賞もあるんだというと、そっちは絶対にお受けしませんといつもながら支離滅裂意味不明なことを言うから、俺は念のために従軍ソグ僧に頼んで頭の調子を確認してもらったが、異常は無しとのことだ。大いに異常なことを言っているというのにな」

「前回の彼と同じですね。それで塔へ監禁に?」

「監禁はしていない! 鍵だって開いているんだ! 俺はこういった出たければ出席しろと」

 何とも奇妙な罰であるとルーゲンは思ったが、すぐに考え直した。さすがは彼をよく知る将軍だと。

「罰を与えたらその罰を受けて欠席が許可され、監禁したら出てこないことで欠席と彼は必ずそっちを選ぶということで敢えて何もしないのですね」

「そうだとも。何もしないという罰を奴には与えているのだ。特にあれは仕事や訓練が好きだからな。それを取り上げるのが一番に辛かろうに。それとてこれで一週間近く経つが、まだめげん。毎日差し入れやら話し相手が来るのがいけないのだが、これを禁止させたら罰になって奴は満足する。出来る限り自分は何にも貢献していないしごくつぶし状態を自覚させて罪悪感を抱かせなければなるまい」

 こんな呑気な刑罰が未だかつてあっただろうか、とルーゲンは心中で首を捻るがバルツは大真面目である。

 この人はこういうことで冗談はやらない、本気なのである、本気でこれでジーナが参ると信じているのだ。

 二人とも狂人系であるからもしかしたら……

「なにも俺は難しいことを言っているんじゃない。龍身様の前に出ろと、それだけしか言っていない。なのにあいつはめんどくさい事ばかりしてからに。それでですねルーゲン師。どうかあの馬鹿垂れを説得して下さらないか」

 何杯めかの酒をあおりバルツは頼んだ。

「僕で良ければ喜んでお受けいたしますが、今のところ僕の見立てではこれは反抗期というものですよ」

 反抗期! と興味津々に目を突然輝かせながらバルツがルーゲンを見つめてきた。恐怖でもある。

「将軍にお聞きいたしますが、彼の心に龍身様への敬虔は芽生えていると感じられますか?」

「感じるとも!」

 一線を超えているもの特有の恍惚とした声と表情でバルツは答えた。酒によって頭もキマッているなぁとルーゲンは観察する。

「あの完璧な無信仰者が龍の護軍の一員として戦い続けるにつれて龍の恩寵に触れて信仰心が芽生える……これは今までに例はございませんが、理の当然と言うものでしょう」

「理である!」

 今は何を言っても信じてくれるから助かるなとルーゲンは優しい気持ちになった。

「つまり幼年期から少年期に親の愛を感じ感謝している状態であったものがここで反抗期が入ります。自分を慈しむ親の愛に対してどうしてか無意味に抗ってしまう心理、将軍も心当たりがございましょう」

「ふむ。親の心子知らずというやつだな。俺だって経験があるし逆の立場からの経験もあるが、ジーナはその状態にあるのか?」

「その通りでございましょう。龍の御心に触れ自覚するにつれてどうして自分は龍への敬虔心を抱いてしまうのか! と今まで否定してきた分が自分に帰って来て彼は自家中毒を起こしているのです。本当に無信仰者であるのならですね何のわだかまりもなく表彰式に出ますよ。賞品がもらえるのですから。ですけど、ここまで頑なな拒絶は逆に信仰心が芽生えていると考えても良いんではないでしょうか?」

「そうか。あいつは馬鹿みたいに真面目で正直者だからな。自分にはその資格はない、というのはあんなに無信仰を強調したのに今更信仰に芽生えたということになったらどこか恥ずかしいのかもしれんな。よって恩恵は受けんと……実にあいつらしいわ」

 やはり狂人同士のロジックへの共感理解力は違うなとルーゲンは変な感心をした。

「本当に信仰に目覚めていないのならそこは龍身様もお気づきでしょうけれど、そのことについてどのようなお言葉をいただきました?」

「龍身様からの報告ではたいへんに良い子だとお褒め下さった。ありがたいお言葉だ。あんなどうしようもない奴に気を遣っていただいて。確かにこのことから考えるに、信仰心はあるにはあるが隠すという段階なのであろう。そこを上手いところ良い方に導けば」

「彼は出席するということですね。しかしそれはかなりの困難が予想されますが」

 ルーゲンは立ち上がり首を回した。

「とりあえず僕にお任せください。もう日はありませんができる限りのことは致しましょう」

「どうか、頼む」

 深々と頭を下げるバルツを背にしルーゲンは部屋を出て階段を降りていく最中にちょっと罪悪感を抱いていた。

 出来る限りのことをする、か。その出来る限りというのは限りなく少ない癖にあのバルツ将軍の頭を下げさせて、ろくでもないやつ、と。

 塔はおかしな位置にあるのか意図的に入り組んだ道順に従って歩いて行くと行き止まりやら何やら迷路じみていた。まるで誰かの複雑怪奇な思考回路のよう。

 これは、と途上に立ち考えていると前方より見知った顔のものが現れこちらに向かって来た。あれはたしかジーナ隊の隊員の旗手でアルという南ソグ少数民族の一人で……
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