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第二章 なぜ私ではないのか
ジーナとブリアンの喧嘩
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行く先々、通る道々、龍の護軍はその全てにおいて民衆の歓迎の声を浴びながら進んでいた。
「まるで凱旋状態だけどいったいどうしたんだ?」
「民には分かるものですよ。どちらが天下を統べるに相応しい勢力であるのかどうかを」
先頭を並んで歩くジーナの第二隊と同行しているルーゲンが感に満ちた声で答えた。
中央とは豊かな地帯とは聞いていたというのに人々は疲れた顔にくたびれた衣装をまとうものが殆どであり、何事も古式で田舎なソグ地方のほうがよほど裕福に見えるとこの地を初めて訪れたジーナが伝えるとルーゲンが満足げに頷いた。
「龍の膝元に住まうものは満たされる、とは古からの言葉ですがそのままです。龍身様がソグに避難なさりましたからソグが満たされ中央はこのように餓えてしまったのです。これによりてこれを見れば明らかなように、どちらが不義であり偽りの龍であるのか一目瞭然でしょう」
そう語ったルーゲンはジーナと目を合わせ、同意を求めるようにまずしばらく見つめ合い告げる。
「中央にいる龍こそが秩序を乱す元凶であり、これを取り除く。これが我々の最大使命というものです。このことは西方という異郷の地から来た君でも理解できるはずでしょう」
理解できる、とジーナは答えると鷹揚にルーゲンは頷きまた歩き出す。理解はしているとジーナは思うものの、そこには「だが」とほんの小さな異物が挟まっていることを感じていた。
この生まれたばかりの欠片ほどの異なる意識が徐々に大きくなっていく。成長をしていく。
「思うんだけどさ隊長。どうしてあのソグの僧侶がよ、第二隊に同行してんだ?」
野営に入る夕暮れ時の準備をしている最中にブリアンが周りに人がいないことを確かめてから小さな声で聞いてきた。
「上からの指示であるし道案内役としてあの人には」
「俺が聞いてんのはそういうことじゃなくてよぉ」
周りをまた見渡しさらに警戒しながら苛々とした様子で再度聞いてきた。
「それなら他の僧侶でも間に合うはずだし、もっと適役なのがいると思うぜ。それなのにあんな高僧が前に前にでしゃばって隊長の横にいるとか、おかしいだろ。俺はそう思うが、隊長はそう思わないのか?」
自分が先頭に立ちその横にルーゲン師がいることに違和感やおかしさは……
「いや私はそうとは感じないが」
「まっそういうと思っていたがな」
長く鼻息を吐きながら目を逸らし沈みゆく陽を見ながらブリアンは吐き捨てた。
「隊長はいたく御信頼なようだがよ俺は一切信じてはいないぜ」
「ブリアン、止せ」
「しゃしゃり出て来てよ。あいつは前に出て手柄を奪おうとしてるんじゃないのか?」
「そんなことは有り得ない」
「ならなんで最前線に出て来る。その少し後ろでもいいだろ、一歩引けよ。そこでなければならない理由ってなんだ? そこはあんたが立っていい場所じゃないんだ」
「ブリアン!それ以上言うな」
ジーナは胸倉をつかみ引き寄せるも、ブリアンは頑なに顔を逸らし夕日を眺めている、懸命に眺めている。
「あの人はな……あいつと同じ臭いがする」
誰が誰なんだとジーナは混乱するもブリアンは独り言のように補足を入れる。
「ほらあいつってのは俺が罪人となった原因だよ。聞いたことあるだろ? あの街で人を操っていた極悪人だ」
どのような力があったのか不明であるがブリアンの罪である殺人はその街の有力者殺しによるものであった。
ブリアンの言い分によればその男は街中のものを操り自分の王国を作り、知り合いのキルシュの家族をも毒牙にかけていたために、夜間に襲撃しその男を討ったのであったのだが、その力に対して証拠不十分であったためにブリアンは牢に繋がれ、代わりにキルシュという存在と結ばれた。
「洗脳というやつだっけな。そのルーゲン師はいったい誰をそうしようとしているんだ?」
反射的にこちらを見ようとするもブリアンは目を細めたまま逸らし続ける。
「語るに落ちるとはこのことか。あんただよ隊長、あんたが最も影響を受け、意のままに操られそうになっている」
「馬鹿を言うな。そんなことは有り得ない。この私が誰かから指示を受けて行動なんて」
「あの街のみんなもそう言っていた。我々は自分の意志で従っているんだと俺に言ってきたな」
「いい加減にしろ。お前が何を言おうがルーゲン師が望むのなら先頭に立って歩いて戴く。その後ろを歩け……もしかしてお前は前線に立てないからルーゲン師を中傷するんじゃないのか?」
いつになくジーナは自分の頭が熱くなっているのを感じ、激した口調でそう告げると、空気すらも沸騰したように熱くなった。
正面を向いたブリアンの顔と身体が炎に見え、その炎の中から手が伸びるも手前で止まる。
胸倉を掴もうとするも空を掴んでいるだけ。震えながら、それでも堪えながらその炎は人の顔となり、歪ませながら訴える。
「あんたには見損なったぜ。まさかその程度の男だとはな」
「私もお前がそんなことを言う男だとは思わなかったな」
睨み合い、それからブリアンが背を向け速足で遠ざかっていく。それを見ながらジーナの頭は覚めだし同時に背筋も冷える。もしこのままブリアンが除隊をしてしまったらどうするのかと心配になりだした。
隊の動きから編成までブリアンはもう一つの柱としているという前提で計画してきたのに、このまま去ってしまったら……そうは頭の中では思うもののジーナは動き出すことができずにそのまま背中を見送っていく。
せめて軍に留まってくれることを願いながら。
「言い方は悪いし説得にもなっていませんけど、彼は隊長のことを思って言ってくれたのですよ」
焚火に木の枝を投げ入れたノイスが深刻さなど微塵にも感じさせないようにそう言った。
そういえばこいつは案外に楽天的で深刻そうになっているところをあまり見たことが無いな、と。
重婚するのだから相当に神経が図太いかもしくは無神経かと。二人の女の間を横断して平気な恐ろしい男だとジーナはそう思っていた。
「彼が辞めるとか心配されているでしょうが大丈夫です。苛々して酒を呑んでもう横になっていますが辞める様子はありません。キルシュがいる限り辞めるはずも脱走することもないでしょう。ただしばらくはジーナ隊長を無視するでしょうが、まぁそのうち元には戻りますよ。しかしジーナ隊長がそんな売り言葉に買い言葉に乗るなんて珍しいですね。相当頭に来たようで」
いま冷静になってみるとあんな憶測の憶測で言った言葉なんて適当にあしらっておけばそれで良かったはずなのに、そうできなかったのが不思議でしょうがないとジーナは思った。
一つ後ろに下げられた隊員が嫉妬混じりに怒った……それだけであるのに、そんなのは分かっているのに、あの言葉に頭に来て。
「そういう日だったんでしょ。虫の居所が悪い日。蒸し返すようであれですが、僕はブリアンが的外れなことを言っているようには思えないんですよね。まぁ半分から三分の一ぐらいは彼の言い分は同感しますよ。僕は彼のことが嫌いですが、そこは認めます」
ブリアンとは馬が合わずろくに口を利かないアルが同意したことにジーナはもとよりノイスも固まった。
まるでそれが世界の真実を語るものを前にした時のような面持ちで。
「あの人は、なにかを企んでいますよ」
焚火の火に魅せられているように見つめているため、アルは二人の様子の変化に気づかないことが更に予言者じみていた。
「僕らの第二隊は特殊な隊であり民族や出身地という縛りが解かれた志願兵だけの隊ですから、その中に高僧が志願して加わっても問題はありません。今まで様々な隊員がいましたがブリアンは一度もそのような拒絶をしたことがないですよね? 自分も同じですしなによりも志願兵の欲望や願望なんて数種類しかないです。 命を賭して最前線で戦うのですから褒賞としての金銭に減刑や出世、とまずこれであり見返りが必要です」
アルの話は二人にとって分かり切っていることであるのに初めて聞くように聞き漏らさずに無言で傾聴していた。
火が小さくなりまた一本薪がくべられ火は元の大きさに戻る。
「思うにブリアンがあの人を不快にというよりも不気味に思ったのは、まずそこじゃないですかね。志願する必要が見えないというのに最前線に自ら来るその姿勢に。僕はここに同意します。そしてその次がかつて殺害した街の有力者との相似からの不安感。これは彼独自の人物感でしょうが、ここも同意しましょう」
「どうしてお前までそう言うんだ? それはおかしいだろあのルーゲン師だぞ」
堪え切れず沈黙を破ったジーナであるがアルは炎から目を逸らさない、儀式じみた雰囲気のまま返してきた。
「あのルーゲン師だからですよ。僕自身はあの御方を良くは知りませんしたいして話したこともありません。そこはブリアンも同じでありますからある意味で見えるのかもしれません。客観的な視線として。隊長はあまりにも仲が良すぎる上にあの御方に好意を抱き過ぎています。隣にいては見えるものも見えなくなってしまうでしょう」
なら、とジーナは動揺や反発が消えていないというのに声は震えずに平素の声がでたことに自身が驚いた。
いま自分はどういう感情で聞いているのか?この心を現す言葉をジーナは見つけることができない。
「なら、何が見えているんだ。教えてくれアル」
「言語化ができない感覚です」
アルがまた薪を焚火の中に入れる。すると炎は一回り大きく煌めいた。
「例えるのならば炎です。炎には実態はなく影すらありませんが燃えているのが見える。炎とは現象、これです。薪といったなにかを灰へと向かい燃やし尽くさんとすることのみが、炎の意思というか宿命というか自身の存在理由であり、つまりはあの人がこの前線に来てからずっとそうであると僕は見ています。あの人には人には告げられない大きな願望があるはずです」
火の中で薪が爆ぜ、声のような音が鳴った。復讐心ですよ……ルーゲン師の声が耳の奥から心の果てから甦る。
あれは酒によって心が緩んだことにより漏れ出した炎だというのか?
「……心当たりがあるのでは隊長?」
同じく黙っていたままのノイスが肩に手を乗せ聞いてきた。ある、と隣に感じさせるほどの無言の反応だったのか?
それともあの声と言葉が聞こえたということか?
「多少はな。だがそれでもあの御方は我々の味方だ。そこに疑いはない。アルもブリアンもルーゲン師の動機が分からないことによる不安がそういう心配に繋がっているのだろう」
「ルーゲン師の願望が何であろうが僕としてはまた隊としては何だって構いはしません。人に言えない何かであるのかもしれませんしね。ですがもしその願望に巻き込まれるとしたら、いいや巻き込まれるのならば、それについて警戒する必要はあるでしょう。ブリアンの不安もそうです、ねぇジーナ隊長」
ここで初めてアルはジーナを見上げる。風が吹いてもいないのに炎が揺れアルの頬を掠めるも、熱がりもせず無反応でありジーナは自分の幻覚かと思い顔を拭うと、掌にいっぱいに汗がついた。
「あなたはその中心なはずですよ」
アルがそう言うとジーナの視線は炎の中に向けられ、思った。炎の中心は果たして最も熱いのか、それとも熱くないのか?
どちらにせよ中にいるのならば、分かるはずもないのだがと思い、また炎を見る。
いるとしたら、自分はいまは炎のどこにいるのかと。
「まるで凱旋状態だけどいったいどうしたんだ?」
「民には分かるものですよ。どちらが天下を統べるに相応しい勢力であるのかどうかを」
先頭を並んで歩くジーナの第二隊と同行しているルーゲンが感に満ちた声で答えた。
中央とは豊かな地帯とは聞いていたというのに人々は疲れた顔にくたびれた衣装をまとうものが殆どであり、何事も古式で田舎なソグ地方のほうがよほど裕福に見えるとこの地を初めて訪れたジーナが伝えるとルーゲンが満足げに頷いた。
「龍の膝元に住まうものは満たされる、とは古からの言葉ですがそのままです。龍身様がソグに避難なさりましたからソグが満たされ中央はこのように餓えてしまったのです。これによりてこれを見れば明らかなように、どちらが不義であり偽りの龍であるのか一目瞭然でしょう」
そう語ったルーゲンはジーナと目を合わせ、同意を求めるようにまずしばらく見つめ合い告げる。
「中央にいる龍こそが秩序を乱す元凶であり、これを取り除く。これが我々の最大使命というものです。このことは西方という異郷の地から来た君でも理解できるはずでしょう」
理解できる、とジーナは答えると鷹揚にルーゲンは頷きまた歩き出す。理解はしているとジーナは思うものの、そこには「だが」とほんの小さな異物が挟まっていることを感じていた。
この生まれたばかりの欠片ほどの異なる意識が徐々に大きくなっていく。成長をしていく。
「思うんだけどさ隊長。どうしてあのソグの僧侶がよ、第二隊に同行してんだ?」
野営に入る夕暮れ時の準備をしている最中にブリアンが周りに人がいないことを確かめてから小さな声で聞いてきた。
「上からの指示であるし道案内役としてあの人には」
「俺が聞いてんのはそういうことじゃなくてよぉ」
周りをまた見渡しさらに警戒しながら苛々とした様子で再度聞いてきた。
「それなら他の僧侶でも間に合うはずだし、もっと適役なのがいると思うぜ。それなのにあんな高僧が前に前にでしゃばって隊長の横にいるとか、おかしいだろ。俺はそう思うが、隊長はそう思わないのか?」
自分が先頭に立ちその横にルーゲン師がいることに違和感やおかしさは……
「いや私はそうとは感じないが」
「まっそういうと思っていたがな」
長く鼻息を吐きながら目を逸らし沈みゆく陽を見ながらブリアンは吐き捨てた。
「隊長はいたく御信頼なようだがよ俺は一切信じてはいないぜ」
「ブリアン、止せ」
「しゃしゃり出て来てよ。あいつは前に出て手柄を奪おうとしてるんじゃないのか?」
「そんなことは有り得ない」
「ならなんで最前線に出て来る。その少し後ろでもいいだろ、一歩引けよ。そこでなければならない理由ってなんだ? そこはあんたが立っていい場所じゃないんだ」
「ブリアン!それ以上言うな」
ジーナは胸倉をつかみ引き寄せるも、ブリアンは頑なに顔を逸らし夕日を眺めている、懸命に眺めている。
「あの人はな……あいつと同じ臭いがする」
誰が誰なんだとジーナは混乱するもブリアンは独り言のように補足を入れる。
「ほらあいつってのは俺が罪人となった原因だよ。聞いたことあるだろ? あの街で人を操っていた極悪人だ」
どのような力があったのか不明であるがブリアンの罪である殺人はその街の有力者殺しによるものであった。
ブリアンの言い分によればその男は街中のものを操り自分の王国を作り、知り合いのキルシュの家族をも毒牙にかけていたために、夜間に襲撃しその男を討ったのであったのだが、その力に対して証拠不十分であったためにブリアンは牢に繋がれ、代わりにキルシュという存在と結ばれた。
「洗脳というやつだっけな。そのルーゲン師はいったい誰をそうしようとしているんだ?」
反射的にこちらを見ようとするもブリアンは目を細めたまま逸らし続ける。
「語るに落ちるとはこのことか。あんただよ隊長、あんたが最も影響を受け、意のままに操られそうになっている」
「馬鹿を言うな。そんなことは有り得ない。この私が誰かから指示を受けて行動なんて」
「あの街のみんなもそう言っていた。我々は自分の意志で従っているんだと俺に言ってきたな」
「いい加減にしろ。お前が何を言おうがルーゲン師が望むのなら先頭に立って歩いて戴く。その後ろを歩け……もしかしてお前は前線に立てないからルーゲン師を中傷するんじゃないのか?」
いつになくジーナは自分の頭が熱くなっているのを感じ、激した口調でそう告げると、空気すらも沸騰したように熱くなった。
正面を向いたブリアンの顔と身体が炎に見え、その炎の中から手が伸びるも手前で止まる。
胸倉を掴もうとするも空を掴んでいるだけ。震えながら、それでも堪えながらその炎は人の顔となり、歪ませながら訴える。
「あんたには見損なったぜ。まさかその程度の男だとはな」
「私もお前がそんなことを言う男だとは思わなかったな」
睨み合い、それからブリアンが背を向け速足で遠ざかっていく。それを見ながらジーナの頭は覚めだし同時に背筋も冷える。もしこのままブリアンが除隊をしてしまったらどうするのかと心配になりだした。
隊の動きから編成までブリアンはもう一つの柱としているという前提で計画してきたのに、このまま去ってしまったら……そうは頭の中では思うもののジーナは動き出すことができずにそのまま背中を見送っていく。
せめて軍に留まってくれることを願いながら。
「言い方は悪いし説得にもなっていませんけど、彼は隊長のことを思って言ってくれたのですよ」
焚火に木の枝を投げ入れたノイスが深刻さなど微塵にも感じさせないようにそう言った。
そういえばこいつは案外に楽天的で深刻そうになっているところをあまり見たことが無いな、と。
重婚するのだから相当に神経が図太いかもしくは無神経かと。二人の女の間を横断して平気な恐ろしい男だとジーナはそう思っていた。
「彼が辞めるとか心配されているでしょうが大丈夫です。苛々して酒を呑んでもう横になっていますが辞める様子はありません。キルシュがいる限り辞めるはずも脱走することもないでしょう。ただしばらくはジーナ隊長を無視するでしょうが、まぁそのうち元には戻りますよ。しかしジーナ隊長がそんな売り言葉に買い言葉に乗るなんて珍しいですね。相当頭に来たようで」
いま冷静になってみるとあんな憶測の憶測で言った言葉なんて適当にあしらっておけばそれで良かったはずなのに、そうできなかったのが不思議でしょうがないとジーナは思った。
一つ後ろに下げられた隊員が嫉妬混じりに怒った……それだけであるのに、そんなのは分かっているのに、あの言葉に頭に来て。
「そういう日だったんでしょ。虫の居所が悪い日。蒸し返すようであれですが、僕はブリアンが的外れなことを言っているようには思えないんですよね。まぁ半分から三分の一ぐらいは彼の言い分は同感しますよ。僕は彼のことが嫌いですが、そこは認めます」
ブリアンとは馬が合わずろくに口を利かないアルが同意したことにジーナはもとよりノイスも固まった。
まるでそれが世界の真実を語るものを前にした時のような面持ちで。
「あの人は、なにかを企んでいますよ」
焚火の火に魅せられているように見つめているため、アルは二人の様子の変化に気づかないことが更に予言者じみていた。
「僕らの第二隊は特殊な隊であり民族や出身地という縛りが解かれた志願兵だけの隊ですから、その中に高僧が志願して加わっても問題はありません。今まで様々な隊員がいましたがブリアンは一度もそのような拒絶をしたことがないですよね? 自分も同じですしなによりも志願兵の欲望や願望なんて数種類しかないです。 命を賭して最前線で戦うのですから褒賞としての金銭に減刑や出世、とまずこれであり見返りが必要です」
アルの話は二人にとって分かり切っていることであるのに初めて聞くように聞き漏らさずに無言で傾聴していた。
火が小さくなりまた一本薪がくべられ火は元の大きさに戻る。
「思うにブリアンがあの人を不快にというよりも不気味に思ったのは、まずそこじゃないですかね。志願する必要が見えないというのに最前線に自ら来るその姿勢に。僕はここに同意します。そしてその次がかつて殺害した街の有力者との相似からの不安感。これは彼独自の人物感でしょうが、ここも同意しましょう」
「どうしてお前までそう言うんだ? それはおかしいだろあのルーゲン師だぞ」
堪え切れず沈黙を破ったジーナであるがアルは炎から目を逸らさない、儀式じみた雰囲気のまま返してきた。
「あのルーゲン師だからですよ。僕自身はあの御方を良くは知りませんしたいして話したこともありません。そこはブリアンも同じでありますからある意味で見えるのかもしれません。客観的な視線として。隊長はあまりにも仲が良すぎる上にあの御方に好意を抱き過ぎています。隣にいては見えるものも見えなくなってしまうでしょう」
なら、とジーナは動揺や反発が消えていないというのに声は震えずに平素の声がでたことに自身が驚いた。
いま自分はどういう感情で聞いているのか?この心を現す言葉をジーナは見つけることができない。
「なら、何が見えているんだ。教えてくれアル」
「言語化ができない感覚です」
アルがまた薪を焚火の中に入れる。すると炎は一回り大きく煌めいた。
「例えるのならば炎です。炎には実態はなく影すらありませんが燃えているのが見える。炎とは現象、これです。薪といったなにかを灰へと向かい燃やし尽くさんとすることのみが、炎の意思というか宿命というか自身の存在理由であり、つまりはあの人がこの前線に来てからずっとそうであると僕は見ています。あの人には人には告げられない大きな願望があるはずです」
火の中で薪が爆ぜ、声のような音が鳴った。復讐心ですよ……ルーゲン師の声が耳の奥から心の果てから甦る。
あれは酒によって心が緩んだことにより漏れ出した炎だというのか?
「……心当たりがあるのでは隊長?」
同じく黙っていたままのノイスが肩に手を乗せ聞いてきた。ある、と隣に感じさせるほどの無言の反応だったのか?
それともあの声と言葉が聞こえたということか?
「多少はな。だがそれでもあの御方は我々の味方だ。そこに疑いはない。アルもブリアンもルーゲン師の動機が分からないことによる不安がそういう心配に繋がっているのだろう」
「ルーゲン師の願望が何であろうが僕としてはまた隊としては何だって構いはしません。人に言えない何かであるのかもしれませんしね。ですがもしその願望に巻き込まれるとしたら、いいや巻き込まれるのならば、それについて警戒する必要はあるでしょう。ブリアンの不安もそうです、ねぇジーナ隊長」
ここで初めてアルはジーナを見上げる。風が吹いてもいないのに炎が揺れアルの頬を掠めるも、熱がりもせず無反応でありジーナは自分の幻覚かと思い顔を拭うと、掌にいっぱいに汗がついた。
「あなたはその中心なはずですよ」
アルがそう言うとジーナの視線は炎の中に向けられ、思った。炎の中心は果たして最も熱いのか、それとも熱くないのか?
どちらにせよ中にいるのならば、分かるはずもないのだがと思い、また炎を見る。
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