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第二章 なぜ私ではないのか
中心の極点へ
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龍の御軍は中央からの散発的な抵抗を跳ね返しながら北上を続ける。
春は深まり、木々の緑は濃く、陽射しは強く、命が湧き立つその季節。
「オシリー軍が行動を開始したようです。かなり急いでるとのことで」
軍師の焦った声に対してバルツはのんびりと返す。
「あれは一番乗りでも狙っているのか? それとも中央陥落を自分の一人の手柄にしたいとか?」
ザワッと幕僚の間で困惑の声が広がったがルーゲンが前に出るとそのざわめきはすぐに収まった。
「ポーズなはずです。一番乗りの名誉は得ようとしますが、それ以上は単独では動かないでしょう。彼の方も大戦力というわけではありませんし、それにオシリー将軍は元龍の将軍でもございました」
そうだな、とバルツが頷くと周りのものの誰もそのことについてそれ以上深く尋ねようとしなかった。
元龍の将軍であるとしたら、それはいったいなんだというのか? ルーゲンはゆっくりとした口調で続けた。
「ムネ将軍も進軍を開始するとのことです。かの御仁のことですから遅れて到着なさるかと思われますので、希望到着予定日をかなり前に致しました。攻撃をするのなら戦力を集中させてからの一斉攻撃でなければなりません」
そうだな、とまたバルツが頷くと周りのものたちもそれに倣った。みな口を開かずにいた、というよりも開かないようにしていた。
言葉をルーゲンに任せているかのように、または押し付けているように。
「いずれにせよ東西どのような形で合流したところで我々こと南軍が主体かつ中心となって本貫を攻め上るしかありません。基本計画は東西の軍の挟撃から南の正面突破、それ以後はひたすらに突破、突破、そしての先にある……」
不自然なところでルーゲンが口をつぐむと、場からは何の音も鳴らなかった、あるいは鳴らさなかった。
申し合せたような沈黙。この無音を確かめるためなのかルーゲンはまだ何も口を開かない。
開かないことに異論が出ては来ない。地面から足元から黙認が場に滲み出て来ている。
張りつめた静寂による無音の音を聞き、その場の全てを支配する喜びに浸りながら言った。
「世界の中心へ到達いたします」
沈黙を生んだもの自身が言葉で以ってそれを殺し、そしてまた場の新たな空気を作りだす。
「さらにそしてその龍の玉座に居座るそれを退かせます。そこは龍身様が座られる場所でありますから」
退かせる、とルーゲンは柔らかく表現したことに一同の緊張は多少緩まった。
それ以外の表現が来ることをみな同様に覚悟をしていた。思うも言葉にすることだけは避けている。避けなければならない言葉はただ一つ、その現実が迫りつつある中であっても、それは口が裂けても言うことはできない。
「問題は龍の間に入ることだ。城の最上階……世界の最中心部……その極点」
バルツの発言に無言のどよめきが起こる。不安が空間に現れ音の代わりに歪みを軋りを、場に重圧感を与える。
「一隊を入れる必要が、ある」
バルツの声は大きくも小さくもないが、重圧感が増していくこの歪んだ空間において耳に入るのは大きく鳴り小さく消え、また大きく響く不規則なものであった。
そのうえにバルツが言わないその先の言葉も頭の中で思い浮かべる。不吉極まる世界の終わりを感じさせるその言葉が。
「最大の問題は、もしもそれが退かなかった場合です」
やめろ、と言葉にならない感情の軋轢によって空間が曲がろうとしている。その場合であったら方法は一つしかない、それしかない。
だがその言葉を口にすることは、いいや違う。聞いた段階でそれは既に罪であり、その心は永遠の罪人としなってこの先も、呪われてしまう。
「その件に関しては指示がある」
ルーゲンが続ける前にバルツはそう言い一通の封筒を取り上げた。特別な白、救いの色だとバルツとルーゲン以外はそう感じた。
「察していると思うがこのお手紙は龍身様直々のものであり封筒に直接こう書かれている、この件は最高機密事項として極々少数の関係者とのみ相談せよ。決して公にするな。とのことだ。だから俺とルーゲン師で話を進める。よって軍師諸君はこの件を一切忘れ中央後略の計画と準備に全神経を集中させろ。以上、本会議はこれにて解散だ」
宣言すると瞬く間に空間の歪みから軋みは消え一同は苦渋に満ちた空間からの解放によって晴れ晴れとした表情に戻り恭しく頭を下げ、歩くでもなく走るのでもない早歩きみたいな歩調で以って天幕から退場しだした。
途中で呼び止められないように振り向きもせずに。バルツは目配せによって歩哨に天幕の出入り口を閉めさせた。誰一人として聞かれぬように。
「まっ好き好んでこれを聞こうという輩がいるはずがないが、ご指示はご指示だ。最高機密として扱う他ないからな」
手紙をルーゲンに渡しながらバルツは呟いた。
「いまぐらいあなたがここにいてくれたことを、心の底からありがたいと思ったことは無いな。といってもあなたはその台詞は何度目でしょうかねと思っているだろうが」
「六度目ですね。けれど毎回更新されていると思っておりますので僕は嬉しく光栄とは感じてはおりますよ」
小さく笑いながらバルツは手紙を読むルーゲンを待っていた。何も言わず聞かず待っていた。語るのは、ルーゲンに任せるように。
「『降伏勧告は最初の一度だけでなく継続して行い戦闘中であってもその都度区切りのいい時に行うように。それでも一隊を龍の間に突入させた場合もあくまでも生捕を目指し最後の手段は最後の最後まで止むを無い場合を除き禁ずる。』なるほどこう来ましたね、いや、これ以外はないか」
しかし何故? とはバルツは声に出すどころか考えることすらしなかった。
龍に手を掛けてはならない、など思考の範囲外でありそんな発想すら浮かぶはずもない。
そうはいえ『最後の手段』の段に及んでは顔をしかめ心が締め付けられた。
いつも心の片隅にあり、いつかはそこを、考えなければならない時が来るのだ、と自分に言い聞かせてきたが、その可能性について検討するべき今日に及んでは、足が竦み口が開くことに難儀した。
あなたがいてくれて良かった。もう一度ルーゲンに対してバルツは思った。軍師たちの様子からも彼らはこの任に到底堪えられそうもない。
ただ一人だけこの恐ろしくおぞましい最後の試練の相談ができる。しかもそれは龍を信仰する教団の高僧であり、これは救いだと。
「バルツ将軍、あなたの御苦しみは僕には分かります。いくらあれが偽龍だと幾度となく自らに言い聞かせ論理構築させても、そんなものは所詮は脆弱な基盤の上に建てた小さな小屋みたいなものです。ほんの少しの揺れで脆くも破綻してしまう。そういうものであるのは仕方がないのです。勿論我々の龍こそが本物であることには何の疑いも抱く必要はありません。龍身様は正真正銘の龍となるものです。しかしあちらの偽龍はこの間までの本物の龍でありました。現に龍となっております。同時に二頭の龍が両立したという事態。こんな異常事態に対して頭ではうまく整理できず理解や解釈に悩むのは当然です。悩むに値すべきことでしょう。龍身様もまた深く悩まれている。このお手紙からくる苦渋に満ちた御指示など胸に迫るものがございます。いま龍身様はお考えでしょう、果たして中央の龍が降伏したとしたらその身をどうすればいいのだろう、と」
世界に二頭の龍がいる、これはどうすればいいのだ? バルツの頭がまた締め付けられる。
いや、今の世界状況がそうでありそれを是正することが我々の戦いであるのだ、とバルツは冷静にいつもの論理で問題を整理するが、その是正というものは、いったいなんだ? と今更というよりかは目を逸らし延々と先伸ばししてきたことが、ここに現れたということに過ぎなかった。
是正とは……つまりはその……あの龍を
「バルツ将軍は皇太子のことはご存じでしょうか」
ルーゲンの問いに反応すると急に頭痛が消えてなくなった。そうだ、この問題を考えると必ず頭が痛くなる、だから出来る限り考えたくは無いのだ。
「中央の龍のことだな。お会いしたことはなかったがマイラ卿やシオン殿から何度かお話を聞かせて貰った。随分とまぁ激しい男であったようだな」
「生まれついての王といったところでしょうね。友達兼世話役のマイラ卿は中々苦労なさったと聞きますが元気のある御方だったようで、僕も二度近くでお見えになられたことがありましたが、一目見て分かりました。その誇り高さがです。自らの血の絶対性に微塵たりとも疑いのないオーラを漂わせておりました。次のことは他の方々にも聞けば絶対に同意してくれるでしょうが、あのような御方が今まで意識の外の存在であった、皇位継承権末席であるこちらの龍身様に降伏しその庇護下で生き残ろうとするなど、僕は有り得ないと確信しております」
そうか、と表情に出さないように努めているもののその安堵感は隠しきれぬほどバルツの体内から発せられた。
しかしそれも束の間、そちらの線が消えたということはつまりは……
「確実に起こり得ることを想定してこの件は当たるべきです。情や信仰に基づいた希望的願望によって計画を立ててはなりません。バルツ将軍、お辛いでしょう。あなたのような篤信家がこの任に当たられることを」
いつのまにかバルツの隣に座っていたルーゲンはその手を握った。バルツはその力強さと熱さに驚いた。
この涼しい顔の男のどこにこんな力と炎を秘めているのかと。しかもこのような状況下でそれを放つとは。どのような精神構造をしているのだとバルツは尊敬と恐怖を同時に抱いた。
「ですが、僕がいます。共にこの最大難所を乗り越えましょう。我々にはできるのです。共に龍をこれ以上に無く、信仰しているのですから」
目頭が自然と熱くなりバルツは自分は泣くのだなと分かると頬に熱いものが走り、思う、この人がいてくれて良かったと、その八度目を。
「まず突入する一隊を選びましょう。ここを決定しないことには何も始まりません。この最後の最前線に投入する隊とは」
そこが胸底の心のある場所なのかバルツの身体に鋭い痛みが走る。この最も罪深い行いを任せる隊とはいったどれに。
「どの隊であろうと、僕は付き添いで同行いたします。反論は不可能です。龍身様の御指示を完璧に遂行するには僕がいなければなりません」
「あなたにはその覚悟が……」
呆けた声が出た後にルーゲンは平素と変わらぬ声を出した。
「あるからこそ、僕はここに留まったのです。その導きはこの僕が、僕でなければならない。それが自らに架せられた使命と受け止めて、それこそが自らがこの世に生まれた理由だとして」
語るルーゲンの神々しささえ感じる表情に差す微かな陰影にバルツはジーナを連想した。
一体どこにこの二人が重なる部分があるのかと思いながらもまず頭の中にそれが浮かび固定され、だから口からその心が漏れ出た。
「……ジーナ」
「そうです龍の間に突入するのはジーナ君が率いる第二隊、これしかありません」
春は深まり、木々の緑は濃く、陽射しは強く、命が湧き立つその季節。
「オシリー軍が行動を開始したようです。かなり急いでるとのことで」
軍師の焦った声に対してバルツはのんびりと返す。
「あれは一番乗りでも狙っているのか? それとも中央陥落を自分の一人の手柄にしたいとか?」
ザワッと幕僚の間で困惑の声が広がったがルーゲンが前に出るとそのざわめきはすぐに収まった。
「ポーズなはずです。一番乗りの名誉は得ようとしますが、それ以上は単独では動かないでしょう。彼の方も大戦力というわけではありませんし、それにオシリー将軍は元龍の将軍でもございました」
そうだな、とバルツが頷くと周りのものの誰もそのことについてそれ以上深く尋ねようとしなかった。
元龍の将軍であるとしたら、それはいったいなんだというのか? ルーゲンはゆっくりとした口調で続けた。
「ムネ将軍も進軍を開始するとのことです。かの御仁のことですから遅れて到着なさるかと思われますので、希望到着予定日をかなり前に致しました。攻撃をするのなら戦力を集中させてからの一斉攻撃でなければなりません」
そうだな、とまたバルツが頷くと周りのものたちもそれに倣った。みな口を開かずにいた、というよりも開かないようにしていた。
言葉をルーゲンに任せているかのように、または押し付けているように。
「いずれにせよ東西どのような形で合流したところで我々こと南軍が主体かつ中心となって本貫を攻め上るしかありません。基本計画は東西の軍の挟撃から南の正面突破、それ以後はひたすらに突破、突破、そしての先にある……」
不自然なところでルーゲンが口をつぐむと、場からは何の音も鳴らなかった、あるいは鳴らさなかった。
申し合せたような沈黙。この無音を確かめるためなのかルーゲンはまだ何も口を開かない。
開かないことに異論が出ては来ない。地面から足元から黙認が場に滲み出て来ている。
張りつめた静寂による無音の音を聞き、その場の全てを支配する喜びに浸りながら言った。
「世界の中心へ到達いたします」
沈黙を生んだもの自身が言葉で以ってそれを殺し、そしてまた場の新たな空気を作りだす。
「さらにそしてその龍の玉座に居座るそれを退かせます。そこは龍身様が座られる場所でありますから」
退かせる、とルーゲンは柔らかく表現したことに一同の緊張は多少緩まった。
それ以外の表現が来ることをみな同様に覚悟をしていた。思うも言葉にすることだけは避けている。避けなければならない言葉はただ一つ、その現実が迫りつつある中であっても、それは口が裂けても言うことはできない。
「問題は龍の間に入ることだ。城の最上階……世界の最中心部……その極点」
バルツの発言に無言のどよめきが起こる。不安が空間に現れ音の代わりに歪みを軋りを、場に重圧感を与える。
「一隊を入れる必要が、ある」
バルツの声は大きくも小さくもないが、重圧感が増していくこの歪んだ空間において耳に入るのは大きく鳴り小さく消え、また大きく響く不規則なものであった。
そのうえにバルツが言わないその先の言葉も頭の中で思い浮かべる。不吉極まる世界の終わりを感じさせるその言葉が。
「最大の問題は、もしもそれが退かなかった場合です」
やめろ、と言葉にならない感情の軋轢によって空間が曲がろうとしている。その場合であったら方法は一つしかない、それしかない。
だがその言葉を口にすることは、いいや違う。聞いた段階でそれは既に罪であり、その心は永遠の罪人としなってこの先も、呪われてしまう。
「その件に関しては指示がある」
ルーゲンが続ける前にバルツはそう言い一通の封筒を取り上げた。特別な白、救いの色だとバルツとルーゲン以外はそう感じた。
「察していると思うがこのお手紙は龍身様直々のものであり封筒に直接こう書かれている、この件は最高機密事項として極々少数の関係者とのみ相談せよ。決して公にするな。とのことだ。だから俺とルーゲン師で話を進める。よって軍師諸君はこの件を一切忘れ中央後略の計画と準備に全神経を集中させろ。以上、本会議はこれにて解散だ」
宣言すると瞬く間に空間の歪みから軋みは消え一同は苦渋に満ちた空間からの解放によって晴れ晴れとした表情に戻り恭しく頭を下げ、歩くでもなく走るのでもない早歩きみたいな歩調で以って天幕から退場しだした。
途中で呼び止められないように振り向きもせずに。バルツは目配せによって歩哨に天幕の出入り口を閉めさせた。誰一人として聞かれぬように。
「まっ好き好んでこれを聞こうという輩がいるはずがないが、ご指示はご指示だ。最高機密として扱う他ないからな」
手紙をルーゲンに渡しながらバルツは呟いた。
「いまぐらいあなたがここにいてくれたことを、心の底からありがたいと思ったことは無いな。といってもあなたはその台詞は何度目でしょうかねと思っているだろうが」
「六度目ですね。けれど毎回更新されていると思っておりますので僕は嬉しく光栄とは感じてはおりますよ」
小さく笑いながらバルツは手紙を読むルーゲンを待っていた。何も言わず聞かず待っていた。語るのは、ルーゲンに任せるように。
「『降伏勧告は最初の一度だけでなく継続して行い戦闘中であってもその都度区切りのいい時に行うように。それでも一隊を龍の間に突入させた場合もあくまでも生捕を目指し最後の手段は最後の最後まで止むを無い場合を除き禁ずる。』なるほどこう来ましたね、いや、これ以外はないか」
しかし何故? とはバルツは声に出すどころか考えることすらしなかった。
龍に手を掛けてはならない、など思考の範囲外でありそんな発想すら浮かぶはずもない。
そうはいえ『最後の手段』の段に及んでは顔をしかめ心が締め付けられた。
いつも心の片隅にあり、いつかはそこを、考えなければならない時が来るのだ、と自分に言い聞かせてきたが、その可能性について検討するべき今日に及んでは、足が竦み口が開くことに難儀した。
あなたがいてくれて良かった。もう一度ルーゲンに対してバルツは思った。軍師たちの様子からも彼らはこの任に到底堪えられそうもない。
ただ一人だけこの恐ろしくおぞましい最後の試練の相談ができる。しかもそれは龍を信仰する教団の高僧であり、これは救いだと。
「バルツ将軍、あなたの御苦しみは僕には分かります。いくらあれが偽龍だと幾度となく自らに言い聞かせ論理構築させても、そんなものは所詮は脆弱な基盤の上に建てた小さな小屋みたいなものです。ほんの少しの揺れで脆くも破綻してしまう。そういうものであるのは仕方がないのです。勿論我々の龍こそが本物であることには何の疑いも抱く必要はありません。龍身様は正真正銘の龍となるものです。しかしあちらの偽龍はこの間までの本物の龍でありました。現に龍となっております。同時に二頭の龍が両立したという事態。こんな異常事態に対して頭ではうまく整理できず理解や解釈に悩むのは当然です。悩むに値すべきことでしょう。龍身様もまた深く悩まれている。このお手紙からくる苦渋に満ちた御指示など胸に迫るものがございます。いま龍身様はお考えでしょう、果たして中央の龍が降伏したとしたらその身をどうすればいいのだろう、と」
世界に二頭の龍がいる、これはどうすればいいのだ? バルツの頭がまた締め付けられる。
いや、今の世界状況がそうでありそれを是正することが我々の戦いであるのだ、とバルツは冷静にいつもの論理で問題を整理するが、その是正というものは、いったいなんだ? と今更というよりかは目を逸らし延々と先伸ばししてきたことが、ここに現れたということに過ぎなかった。
是正とは……つまりはその……あの龍を
「バルツ将軍は皇太子のことはご存じでしょうか」
ルーゲンの問いに反応すると急に頭痛が消えてなくなった。そうだ、この問題を考えると必ず頭が痛くなる、だから出来る限り考えたくは無いのだ。
「中央の龍のことだな。お会いしたことはなかったがマイラ卿やシオン殿から何度かお話を聞かせて貰った。随分とまぁ激しい男であったようだな」
「生まれついての王といったところでしょうね。友達兼世話役のマイラ卿は中々苦労なさったと聞きますが元気のある御方だったようで、僕も二度近くでお見えになられたことがありましたが、一目見て分かりました。その誇り高さがです。自らの血の絶対性に微塵たりとも疑いのないオーラを漂わせておりました。次のことは他の方々にも聞けば絶対に同意してくれるでしょうが、あのような御方が今まで意識の外の存在であった、皇位継承権末席であるこちらの龍身様に降伏しその庇護下で生き残ろうとするなど、僕は有り得ないと確信しております」
そうか、と表情に出さないように努めているもののその安堵感は隠しきれぬほどバルツの体内から発せられた。
しかしそれも束の間、そちらの線が消えたということはつまりは……
「確実に起こり得ることを想定してこの件は当たるべきです。情や信仰に基づいた希望的願望によって計画を立ててはなりません。バルツ将軍、お辛いでしょう。あなたのような篤信家がこの任に当たられることを」
いつのまにかバルツの隣に座っていたルーゲンはその手を握った。バルツはその力強さと熱さに驚いた。
この涼しい顔の男のどこにこんな力と炎を秘めているのかと。しかもこのような状況下でそれを放つとは。どのような精神構造をしているのだとバルツは尊敬と恐怖を同時に抱いた。
「ですが、僕がいます。共にこの最大難所を乗り越えましょう。我々にはできるのです。共に龍をこれ以上に無く、信仰しているのですから」
目頭が自然と熱くなりバルツは自分は泣くのだなと分かると頬に熱いものが走り、思う、この人がいてくれて良かったと、その八度目を。
「まず突入する一隊を選びましょう。ここを決定しないことには何も始まりません。この最後の最前線に投入する隊とは」
そこが胸底の心のある場所なのかバルツの身体に鋭い痛みが走る。この最も罪深い行いを任せる隊とはいったどれに。
「どの隊であろうと、僕は付き添いで同行いたします。反論は不可能です。龍身様の御指示を完璧に遂行するには僕がいなければなりません」
「あなたにはその覚悟が……」
呆けた声が出た後にルーゲンは平素と変わらぬ声を出した。
「あるからこそ、僕はここに留まったのです。その導きはこの僕が、僕でなければならない。それが自らに架せられた使命と受け止めて、それこそが自らがこの世に生まれた理由だとして」
語るルーゲンの神々しささえ感じる表情に差す微かな陰影にバルツはジーナを連想した。
一体どこにこの二人が重なる部分があるのかと思いながらもまず頭の中にそれが浮かび固定され、だから口からその心が漏れ出た。
「……ジーナ」
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