龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第二章 なぜ私ではないのか

俺は選択しなければならない

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 語る度に輝きが増しているようなルーゲン師の言葉に対しバルツは同意し首を縦に、だが動かすことができなかった。

 引っ掛かりが、ある。小石程の大きさの何かがあり、扉が閉めることができない。

 いくら引いても完全には閉まらない。そして自分もまたそれを取り除くことが、できない。
だから抗うことしかできない。

「ジーナは、駄目だ」
「彼でなければなりません」

 バルツは心臓を獣の爪に掴まれたかのように息が止まる。その声には正しさしかない。

「彼を選ばない理由は、どこにもありません」

 同じくルーゲンも息を止める。呼吸音どころか心臓の音さえ消えてしまった静寂な時の中でバルツは考えることしかできなくなる。

 だが心の中で思えば聞こえてしまう、それほどの音が絶えた世界においては自分の心の声がうるさすぎた。

 そのなかでバルツは考える、ジーナのことを、彼を選んではならない理由を、どうしてか考える。

 それはあれは龍を……誰よりも……ほかの誰よりも……信仰……

「いいえ彼は不信仰者です」

 重ねられたルーゲンの言葉によって静寂は破られ思考は途絶える。だからやっと呼吸ができた。それから論理が迫ってくる。

「彼は不信仰者。この世界でただ一人の存在です。あなたもお分かりでしょう。彼が龍への信仰にやはり目覚めなかったことを。どのようなことを言いどのように導いても、あなたの心も届かなかった。彼は目覚めないままここにきた。違いますか? だからいま一度言いましょう。ジーナでなければならないのです」

 その言葉は正しく何ひとつとして誤りはないということは分かっているのに、それでもバルツは頷けなかった。

 どうしてもなにかがそこを妨げている。それが小石だとしたらその小石とはなにであるのか?

 いいやそうではないとバルツは思い出してきた。それを自分は知らないのではない、と。

 知っている、はじめから知っているのだと、ほんの小さな認知のズレが全体を少しずつずらし大きくその全体像を誤らせていたのだと。

 小石程度の認知とはジーナとの出会いの際に……俺はあいつのことを。

「お迷いなさらないでください」

 手に痛みが走りバルツは思考の世界から帰ってきた、ルーゲンの黒い炎を思わせる大きさの異なる二つの眼に射竦められた。冷たい熱が身体に侵入してくる。

「はじめからあなたはこうなると予想していたはずです」

 そうなのか? と、ここで生まれたバルツの疑惑はルーゲンに導きによって遠くへ追いやられていく。

「あなたのような篤信家があのように西から来た不信仰者を手元に置いたのは、教化の他にも目的があったはずです」

 あった、あったのだとバルツは今も懸命にそれを探すもルーゲンの手はバルツを引っ張っていき探すべき位置から遠ざかっていくばかりであった。

「だがそのことは、あなたにとってはあまりにも罪深いことであるために意識の潜在下において隠され、今まで露わになることは無かった。そうであるからこそ命令違反を繰り返し反抗するジーナをあなたは庇い保護し、誰よりも大切にしてきた。その全てはこれから行われることに彼を用いるために」

「俺はそんなつもりでは」

「なかった、そうです究極的にはあなたの意思では、ありません」

 辛うじて出た反論を予想通りであったのかルーゲンは一気に呑み込み、言葉と思考を殺していく。

 自分の意思でないのなら、とバルツの停止した思考を聞いているかのようにルーゲンは頷く。

「龍の御意志がそうさせたのです。西から来るものを保護しこの日のために手元に置いておけと。他の地域からそのようなものは来るはずがありません。西からしか来ないのです。その西の地域に、あなたがいた。そして他の将軍の元ではいけません。どれもあなたの程の信仰心は持ち合わせてはいない。そのようなものの元には、それを預けることはできない。篤信家でありいつの日か西への教化を考えていたあなただけが、あなただけに龍は信頼を置いた」

 そうなのか……そうなのか? とバルツの心は二つの割れ揺れる。片方に傾けば自身が救われるのは分かっていた。

 ルーゲンの言葉の導きに納得をすれば、屈すれば、もう思い煩うこともない……けれどもやはりバルツはまだ傾けない。

 これは何に対する抵抗であるのか? あの反抗的な不信仰者を庇う理由とはなにか?

 それは自分はずっと……なにかを間違い続けているような気がしてならないためであり。

「彼はどうしてずっと不信仰なままだったのでしょうか?」

 ルーゲンが問いバルツも心の中で問う。お前はどうして不信仰なままであったのだと。

「矛盾的なことを申します。これには同意していただけるでしょうが、僕はある意味では彼の行動に激しい信仰者のものを感じました。あの原理主義的で熱狂的かつ純粋なあの動き。ですがそれと同居するあの龍への抵抗感に不服従。この矛盾とはいったいなんだろうかを考えますに一つの結論へと到達致しました……龍の御意志が御力がそうさせているのだ、と」

「……そんな馬鹿な。どうして龍自らがそんなことを、そんな恐ろしい罪を与えるのだ」

「龍、だからです」

 意味不明な言葉であるのにバルツは納得するしかない力を感じた。

「その御意志と御力によって一人の皇女に龍となる力を宿したように、一人の戦士に龍を討つ力を宿したこと。これは表裏一体の関係であり、二頭の龍が同時に誕生してしまうこの世界においては必然的なことだったでしょう。どちらかの龍は、いなくならなければならない。そのための手段として……一人の戦士がそのたまに西からやってきた。龍の御導きによって、です」

 そうなのか? バルツの頭の中ではジーナの言葉がはじめから再生されていた。一つ一つの不信仰で無礼な言葉の数々。

 確かに奴はそういう存在だと言われれば、そうだ。だがそれと同時に起こる時たまに起こす敬虔心溢れる動きと心は、いったいなんだと?

 龍身様もその心を察し、彼への慈しみを感じられる……それでもあれは。

「龍への信仰が有れば、討てない。故に無いものをここに派遣する。そう、あの頑なな不信仰こそが、逆説的に彼の信仰心を現していると解釈できませんか? その使命を背負う故に信仰心が芽生えない。このことの証明として決して教化されないということ。龍身様や我々がいくら傍にいて話をしたとしても、彼は変わらなかった。それは彼の心が龍よりも強いということでは決して、ない。龍の御力が働いているからこそここまで不信仰を貫けた。僕にはこれ以外考えることはできません」

 そうか、そうだったのか……だがそうか? それだけなのか? なにか見落としがあるのでは?もしも、もしもその見落としが重大なものであったとしたら我々は……

「もう迷われずに今こそどうかご決断を」

 決断の時が迫っているとバルツは感じつつあった。迷いも悩みも全てここで捨て去り、決めなければならない。しかし本当にあいつでなければならないのか?

「ジーナを庇い他の隊を選びましても敬虔な兵隊たちの心を苦しめその手を汚すことになるのです。必ず誰かが犠牲となる。それならばより少なく小さな犠牲を選択するべきです」

「……その小さなものがジーナだというのか?」

 バルツは自分がいま怒っているのだと、言葉を出したことによって気付いた。

 ジーナの姿を思い浮かべるとバルツは自らのうちに炎が立つほどの何かかがこみ上げて来るもルーゲンが抑えた。

「目覚めていないことが、救いなのですよ。それとも、目覚めさせてから、その最後の手段を行わせるおつもりですか? いいえ、違うはずです」

『私の名はジーナだ』不意にバルツはあの日の叫びが耳の奥で再生された。するとその頬に冷たく鋭い痛みが走るのを感じた。

 痛みは自分の涙であった。だが何に対しての涙だろうか? 自分はいま知らぬ間に悲惨で残酷なことを決めようとしているのだろうか?

 その罪深さに気付いた心のどこかが泣いたとしたら、それは何であるのか?

 けれども何故かわからない、どうして罪深いのか分からぬこと、それこそが罪なのだろうか?

『龍よどうかお許しください。彼はまだ、知らないだけなのですから』返事のように聞こえるジーナの対しはじめて抱いた祈りの言葉を反芻しながら思う。

 本当に知らないというのはあいつではなく……他ならぬこの自分自身ではないのか? 自分は知らないまま無理解なまま罪を犯そうとしているのでは?

 だがしかし、とバルツは瞼を閉じた。これ以上涙を流さぬように。痛みを感じないように……これ以上の龍への不敬を止めるために。

 俺はその役割を選択しなければならないのだ。

「ルーゲン師よ。第二隊を龍の間に導いてやってくれ。そしてジーナの手で以って中央にいる、龍を……」

「お任せください。僕のこの手で龍を討つものを導きましょう」

 バルツは自らの暗闇の中でルーゲンの手が小石が取り除いたのを感じながら扉が閉まる音を聞いた。

 その闇の中、声が届く。

「それに彼は望んでいましたよ、この使命を。そう、自分が龍を討つ役割に就くことを、です」

 バルツはそう語るルーゲンが微笑んでいると見えないはずの闇のなかでどうしてか、見えた。
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