龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

文字の大きさ
195 / 313
第3部 私達でなければならない

許さず憎め

しおりを挟む
 声を真似るとハイネは自分の声を失ったことを感じた。さっきまでいくら上手く真似てもどこかに自分の声があったというのに今はもう欠片ほどにも無かった。

 近いどころかそのものであり自分自身でさえ驚くのだから、もう誰にも分かるはずがない、たとえ本人であろうと。

 だが、返事はなかった。いや、返事を待つ前に言葉を続けた。

「眼を開かぬようにな。そなたの眼は損傷していたとのことだ。急に開いてはならぬぞ」

「やはりそうなのか。瞼が重くて開こうにも強い意思が必要そうだな。ならしばらくこうしているが」

「そうせよ、長らく眠っておったがいつから目が覚めたのだ?」

 今かさっきかそれともずっと前からか……聞かなくてはならない。

「……シオンの声がした」

 あそこから? それに声はあの人のに変えているはずなのに。

「優しくするように、と。朧げに聞こえているからはっきり分からないが、そのあたりからで終わりの以上からようやく身体が動くようになって……」

 ここに到ると。じゃあこの人はシオン様の声に? それとも私の声の一部で目が? それなら今だって分かるはずだ。だからそれは誤りだ。

「それで、あなたは誰だ?」

「まだそんなことを言うのか? 声で分かるであろうに」

 声は一致したままであった。寸分のズレなく重なる声。この先自分の声が出せるか心配になって来る程の自分を失わせる声色。そう、自身を見失うそうになるほどの一致。

 それでもハイネは今はこうであってくれと心の底から願った。

 そしてどうかこの声をあの人だと認識しあなたはそれによって目覚めたと。そうしないと私は……終われない。

「分かると言えば分かるのだろうが、しかし」

 するとそれは逆説的に知り抜いているからこそこちらにも不明なぐらいの違いで分かるというのか? そこまであなたたちは?

「ならこうか? この妾の声は知人のに似ておるが最近聞いていないせいで聞き取りに少し自信が無い、ということか? それなら似ているものの名を言え。まぁ妾のことだがな」

 ますます自分で怖くなるほどのあの人の同じ声。だからあなたに私であることなど分かるはずがない。

 あんなに私はあなたに声を掛けたが反応は無かった。どうしてここで踏みとどまる。何故黙る。あなたは私に何をしたいというのか?

「分からない」

「いい加減にせよ。一体なにが分からぬ。そなたなら簡単に分かることであろう、ふざけたりからかったりする時ではないぞ」

「私はいま幻の中にいるのかもしれない」

 ジーナは瞼を閉じたまま顔をあげハイネの方を向いた。薄く開けて見ている、という心配をハイネはしなかった。この人はそういうことはしないと。

 瞼を閉じている時は見てはいない、絶対にいま私の姿を確認しているわけではないと。

「癖があってな。たまに私は暗闇の中で知人の声を聴き会話をしたりする。もしかしていまはその状態であるのかもしれない」

「いいや違うぞ。幻ではなく妾は確かにここにいる。聞こえるであろう」

「聞こえる。しっかりと聞こえる。私の顔の先にいるのは分かっている。だがな、だが……二重に聞こえる」

「そんなはずはない」

「二つの声が混じり合っている。だからどちらかの名前は言えない」

 どこで聞いているというのかとハイネはジーナを見る。その耳でか? もしくはその心で?

「そうだ。私の名を呼んでもらいたい」

「何を言っているのだ?」

 あなたは何を言っているの?

「それで分かる」
「同じであろう」

 同じでしょうが?

「私には分かる。いや私にしか分からない。いつも呼ばれて聞いているのは私なのだから」

 そんなことはない、私はできる。さっきも出来たのだから今だってできる。あの人の声は完全に出せる。

「名を呼ぶ際は周りのものだって聞いておるだろうが、くだらぬ」

「どうか私の名を呼んでくれ。そのあとにあなたの名を呼ぶ」

「答え合わせか、なら良いぞ」

 ハイネはその声を脳内で再生させる。あの人の名を呼ぶその声を。私は覚えているその独特の響きを。

 他の人ともシオン様とも私とも違う名の響き。簡単なことであり、自分がその名を代わりに言えば返ってくる名は……

「ジーナ」
「ハイネか、そうだろ」

 呼ばれ立ち上がるハイネはジーナのもとへと寄り、声を出した。

「……ジーナ?」
「だからそうなのだが。まさか実は違うとか? 間違えた?」

 ハイネはいまヘイムの声を出したつもりであったのに、出なかった。はっきりと自分の声が耳に聞こえた。

 ではさっきの呼び声も? ハイネは腕を伸ばしジーナの頭を抱えた。

「はいそうです、私です」

「どうしてあんな回りくどいことをしたんだ?」

「からかっただけです」

「そういう場合ではないと言っていたけれど」

「ふざけただけです、それにしてもよくわかりましたね」

「声がそうだし、それにあの時に……私がいますよと言っていたし」

 ハイネは抱えていた頭を強く握り髪をも引っ張った。

「そうですよ。あなたは無視しましたが、私らここにいます。あなたもここにいます。でも、あれで最後の別れだったらどうするつもりですか」

 手に力が入りハイネはこのまま抱きしめてジーナを自分の中に入れられたらいいのにと思った。

「あなたは最後は私に対してああいうものだけを残すつもりだったのですか? 私を苦しめてどこか遠くに行こうとする。私が呼ばなかったらあなたはどこに行ったのです、答えて」

「ハイネのいない世界にだろうな」

 本当のことを言っているとハイネはすぐに感じた。だがそのここでそれを言う意図は分からない、ただ分かることは

「どうしてそこまで私に残酷なことを言えるのですか。どうしてここまで私に……逆にあなたは私がどこか遠くにいけばいいと思っている」

「思っている」

 本当にこの人はそう思っている。

「その癖、私が呼ばなければこっちには戻ってこれなかった」

「そうだな。分かっている」

 これも嘘なんかついていない。矛盾しているのに、真実しかこの人は言っていない。

 一枚の壁があることをハイネはいつもよりずっと感じた。これさえなければ一つになれるというのに。

 だから強く抱きしめているのにこれ以上強くできないぐらいに、だがもう力は続かない、だから訴えるしかなかった

「ここに、私の傍にいて」
「いられない」
「なら連れていって」
「つれていけない」

 興奮が怒りを呼び憎しみを湧きたてているのに、その感情はどこにもぶつかり止らず、果てへと消えていく。

 だからハイネの眼には熱いものが溢れだした。

「なら許さない」

 叫ぶと背中に知っている手の感覚が来たと感じ、ごく自然にそうなるのが必然のようにハイネの腕から力が抜け、代わりにジーナの胸に顔を押し付けられていた。

「許さなくていい」

 ハイネは力を感じないのに動けない。動こうとするも動けない。まるで全て吸収されてしまったように。

「私は嫌なのですよそういうのが」

「でもそうしてくれ」

「何がそうしてくれですか。私がどこかに行こうとすると、引きとめる。いまだってそう、こうやって離さない」

「そうだ離さない」

 ジーナの腕の力は弱まらないことをハイネは知っていた。そんなことは知っているだから言った。

「引きとめなければいいのに。そうしたら私は行く、遠くに行く、あなたの望むがまま遠くに」

 訴えるもジーナの腕は逆に力が入った。そうだあなたはここで力を入れる、とハイネは自らの腕をジーナの背に回した。

「私はこんなになっているのに。帰ってくる癖に私を抱きしめる癖に。卑怯ですよあなたは卑怯だ。そうやってあなたを憎ませて、私を引き留める」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...