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第3部 私達でなければならない
許さず憎め
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声を真似るとハイネは自分の声を失ったことを感じた。さっきまでいくら上手く真似てもどこかに自分の声があったというのに今はもう欠片ほどにも無かった。
近いどころかそのものであり自分自身でさえ驚くのだから、もう誰にも分かるはずがない、たとえ本人であろうと。
だが、返事はなかった。いや、返事を待つ前に言葉を続けた。
「眼を開かぬようにな。そなたの眼は損傷していたとのことだ。急に開いてはならぬぞ」
「やはりそうなのか。瞼が重くて開こうにも強い意思が必要そうだな。ならしばらくこうしているが」
「そうせよ、長らく眠っておったがいつから目が覚めたのだ?」
今かさっきかそれともずっと前からか……聞かなくてはならない。
「……シオンの声がした」
あそこから? それに声はあの人のに変えているはずなのに。
「優しくするように、と。朧げに聞こえているからはっきり分からないが、そのあたりからで終わりの以上からようやく身体が動くようになって……」
ここに到ると。じゃあこの人はシオン様の声に? それとも私の声の一部で目が? それなら今だって分かるはずだ。だからそれは誤りだ。
「それで、あなたは誰だ?」
「まだそんなことを言うのか? 声で分かるであろうに」
声は一致したままであった。寸分のズレなく重なる声。この先自分の声が出せるか心配になって来る程の自分を失わせる声色。そう、自身を見失うそうになるほどの一致。
それでもハイネは今はこうであってくれと心の底から願った。
そしてどうかこの声をあの人だと認識しあなたはそれによって目覚めたと。そうしないと私は……終われない。
「分かると言えば分かるのだろうが、しかし」
するとそれは逆説的に知り抜いているからこそこちらにも不明なぐらいの違いで分かるというのか? そこまであなたたちは?
「ならこうか? この妾の声は知人のに似ておるが最近聞いていないせいで聞き取りに少し自信が無い、ということか? それなら似ているものの名を言え。まぁ妾のことだがな」
ますます自分で怖くなるほどのあの人の同じ声。だからあなたに私であることなど分かるはずがない。
あんなに私はあなたに声を掛けたが反応は無かった。どうしてここで踏みとどまる。何故黙る。あなたは私に何をしたいというのか?
「分からない」
「いい加減にせよ。一体なにが分からぬ。そなたなら簡単に分かることであろう、ふざけたりからかったりする時ではないぞ」
「私はいま幻の中にいるのかもしれない」
ジーナは瞼を閉じたまま顔をあげハイネの方を向いた。薄く開けて見ている、という心配をハイネはしなかった。この人はそういうことはしないと。
瞼を閉じている時は見てはいない、絶対にいま私の姿を確認しているわけではないと。
「癖があってな。たまに私は暗闇の中で知人の声を聴き会話をしたりする。もしかしていまはその状態であるのかもしれない」
「いいや違うぞ。幻ではなく妾は確かにここにいる。聞こえるであろう」
「聞こえる。しっかりと聞こえる。私の顔の先にいるのは分かっている。だがな、だが……二重に聞こえる」
「そんなはずはない」
「二つの声が混じり合っている。だからどちらかの名前は言えない」
どこで聞いているというのかとハイネはジーナを見る。その耳でか? もしくはその心で?
「そうだ。私の名を呼んでもらいたい」
「何を言っているのだ?」
あなたは何を言っているの?
「それで分かる」
「同じであろう」
同じでしょうが?
「私には分かる。いや私にしか分からない。いつも呼ばれて聞いているのは私なのだから」
そんなことはない、私はできる。さっきも出来たのだから今だってできる。あの人の声は完全に出せる。
「名を呼ぶ際は周りのものだって聞いておるだろうが、くだらぬ」
「どうか私の名を呼んでくれ。そのあとにあなたの名を呼ぶ」
「答え合わせか、なら良いぞ」
ハイネはその声を脳内で再生させる。あの人の名を呼ぶその声を。私は覚えているその独特の響きを。
他の人ともシオン様とも私とも違う名の響き。簡単なことであり、自分がその名を代わりに言えば返ってくる名は……
「ジーナ」
「ハイネか、そうだろ」
呼ばれ立ち上がるハイネはジーナのもとへと寄り、声を出した。
「……ジーナ?」
「だからそうなのだが。まさか実は違うとか? 間違えた?」
ハイネはいまヘイムの声を出したつもりであったのに、出なかった。はっきりと自分の声が耳に聞こえた。
ではさっきの呼び声も? ハイネは腕を伸ばしジーナの頭を抱えた。
「はいそうです、私です」
「どうしてあんな回りくどいことをしたんだ?」
「からかっただけです」
「そういう場合ではないと言っていたけれど」
「ふざけただけです、それにしてもよくわかりましたね」
「声がそうだし、それにあの時に……私がいますよと言っていたし」
ハイネは抱えていた頭を強く握り髪をも引っ張った。
「そうですよ。あなたは無視しましたが、私らここにいます。あなたもここにいます。でも、あれで最後の別れだったらどうするつもりですか」
手に力が入りハイネはこのまま抱きしめてジーナを自分の中に入れられたらいいのにと思った。
「あなたは最後は私に対してああいうものだけを残すつもりだったのですか? 私を苦しめてどこか遠くに行こうとする。私が呼ばなかったらあなたはどこに行ったのです、答えて」
「ハイネのいない世界にだろうな」
本当のことを言っているとハイネはすぐに感じた。だがそのここでそれを言う意図は分からない、ただ分かることは
「どうしてそこまで私に残酷なことを言えるのですか。どうしてここまで私に……逆にあなたは私がどこか遠くにいけばいいと思っている」
「思っている」
本当にこの人はそう思っている。
「その癖、私が呼ばなければこっちには戻ってこれなかった」
「そうだな。分かっている」
これも嘘なんかついていない。矛盾しているのに、真実しかこの人は言っていない。
一枚の壁があることをハイネはいつもよりずっと感じた。これさえなければ一つになれるというのに。
だから強く抱きしめているのにこれ以上強くできないぐらいに、だがもう力は続かない、だから訴えるしかなかった
「ここに、私の傍にいて」
「いられない」
「なら連れていって」
「つれていけない」
興奮が怒りを呼び憎しみを湧きたてているのに、その感情はどこにもぶつかり止らず、果てへと消えていく。
だからハイネの眼には熱いものが溢れだした。
「なら許さない」
叫ぶと背中に知っている手の感覚が来たと感じ、ごく自然にそうなるのが必然のようにハイネの腕から力が抜け、代わりにジーナの胸に顔を押し付けられていた。
「許さなくていい」
ハイネは力を感じないのに動けない。動こうとするも動けない。まるで全て吸収されてしまったように。
「私は嫌なのですよそういうのが」
「でもそうしてくれ」
「何がそうしてくれですか。私がどこかに行こうとすると、引きとめる。いまだってそう、こうやって離さない」
「そうだ離さない」
ジーナの腕の力は弱まらないことをハイネは知っていた。そんなことは知っているだから言った。
「引きとめなければいいのに。そうしたら私は行く、遠くに行く、あなたの望むがまま遠くに」
訴えるもジーナの腕は逆に力が入った。そうだあなたはここで力を入れる、とハイネは自らの腕をジーナの背に回した。
「私はこんなになっているのに。帰ってくる癖に私を抱きしめる癖に。卑怯ですよあなたは卑怯だ。そうやってあなたを憎ませて、私を引き留める」
近いどころかそのものであり自分自身でさえ驚くのだから、もう誰にも分かるはずがない、たとえ本人であろうと。
だが、返事はなかった。いや、返事を待つ前に言葉を続けた。
「眼を開かぬようにな。そなたの眼は損傷していたとのことだ。急に開いてはならぬぞ」
「やはりそうなのか。瞼が重くて開こうにも強い意思が必要そうだな。ならしばらくこうしているが」
「そうせよ、長らく眠っておったがいつから目が覚めたのだ?」
今かさっきかそれともずっと前からか……聞かなくてはならない。
「……シオンの声がした」
あそこから? それに声はあの人のに変えているはずなのに。
「優しくするように、と。朧げに聞こえているからはっきり分からないが、そのあたりからで終わりの以上からようやく身体が動くようになって……」
ここに到ると。じゃあこの人はシオン様の声に? それとも私の声の一部で目が? それなら今だって分かるはずだ。だからそれは誤りだ。
「それで、あなたは誰だ?」
「まだそんなことを言うのか? 声で分かるであろうに」
声は一致したままであった。寸分のズレなく重なる声。この先自分の声が出せるか心配になって来る程の自分を失わせる声色。そう、自身を見失うそうになるほどの一致。
それでもハイネは今はこうであってくれと心の底から願った。
そしてどうかこの声をあの人だと認識しあなたはそれによって目覚めたと。そうしないと私は……終われない。
「分かると言えば分かるのだろうが、しかし」
するとそれは逆説的に知り抜いているからこそこちらにも不明なぐらいの違いで分かるというのか? そこまであなたたちは?
「ならこうか? この妾の声は知人のに似ておるが最近聞いていないせいで聞き取りに少し自信が無い、ということか? それなら似ているものの名を言え。まぁ妾のことだがな」
ますます自分で怖くなるほどのあの人の同じ声。だからあなたに私であることなど分かるはずがない。
あんなに私はあなたに声を掛けたが反応は無かった。どうしてここで踏みとどまる。何故黙る。あなたは私に何をしたいというのか?
「分からない」
「いい加減にせよ。一体なにが分からぬ。そなたなら簡単に分かることであろう、ふざけたりからかったりする時ではないぞ」
「私はいま幻の中にいるのかもしれない」
ジーナは瞼を閉じたまま顔をあげハイネの方を向いた。薄く開けて見ている、という心配をハイネはしなかった。この人はそういうことはしないと。
瞼を閉じている時は見てはいない、絶対にいま私の姿を確認しているわけではないと。
「癖があってな。たまに私は暗闇の中で知人の声を聴き会話をしたりする。もしかしていまはその状態であるのかもしれない」
「いいや違うぞ。幻ではなく妾は確かにここにいる。聞こえるであろう」
「聞こえる。しっかりと聞こえる。私の顔の先にいるのは分かっている。だがな、だが……二重に聞こえる」
「そんなはずはない」
「二つの声が混じり合っている。だからどちらかの名前は言えない」
どこで聞いているというのかとハイネはジーナを見る。その耳でか? もしくはその心で?
「そうだ。私の名を呼んでもらいたい」
「何を言っているのだ?」
あなたは何を言っているの?
「それで分かる」
「同じであろう」
同じでしょうが?
「私には分かる。いや私にしか分からない。いつも呼ばれて聞いているのは私なのだから」
そんなことはない、私はできる。さっきも出来たのだから今だってできる。あの人の声は完全に出せる。
「名を呼ぶ際は周りのものだって聞いておるだろうが、くだらぬ」
「どうか私の名を呼んでくれ。そのあとにあなたの名を呼ぶ」
「答え合わせか、なら良いぞ」
ハイネはその声を脳内で再生させる。あの人の名を呼ぶその声を。私は覚えているその独特の響きを。
他の人ともシオン様とも私とも違う名の響き。簡単なことであり、自分がその名を代わりに言えば返ってくる名は……
「ジーナ」
「ハイネか、そうだろ」
呼ばれ立ち上がるハイネはジーナのもとへと寄り、声を出した。
「……ジーナ?」
「だからそうなのだが。まさか実は違うとか? 間違えた?」
ハイネはいまヘイムの声を出したつもりであったのに、出なかった。はっきりと自分の声が耳に聞こえた。
ではさっきの呼び声も? ハイネは腕を伸ばしジーナの頭を抱えた。
「はいそうです、私です」
「どうしてあんな回りくどいことをしたんだ?」
「からかっただけです」
「そういう場合ではないと言っていたけれど」
「ふざけただけです、それにしてもよくわかりましたね」
「声がそうだし、それにあの時に……私がいますよと言っていたし」
ハイネは抱えていた頭を強く握り髪をも引っ張った。
「そうですよ。あなたは無視しましたが、私らここにいます。あなたもここにいます。でも、あれで最後の別れだったらどうするつもりですか」
手に力が入りハイネはこのまま抱きしめてジーナを自分の中に入れられたらいいのにと思った。
「あなたは最後は私に対してああいうものだけを残すつもりだったのですか? 私を苦しめてどこか遠くに行こうとする。私が呼ばなかったらあなたはどこに行ったのです、答えて」
「ハイネのいない世界にだろうな」
本当のことを言っているとハイネはすぐに感じた。だがそのここでそれを言う意図は分からない、ただ分かることは
「どうしてそこまで私に残酷なことを言えるのですか。どうしてここまで私に……逆にあなたは私がどこか遠くにいけばいいと思っている」
「思っている」
本当にこの人はそう思っている。
「その癖、私が呼ばなければこっちには戻ってこれなかった」
「そうだな。分かっている」
これも嘘なんかついていない。矛盾しているのに、真実しかこの人は言っていない。
一枚の壁があることをハイネはいつもよりずっと感じた。これさえなければ一つになれるというのに。
だから強く抱きしめているのにこれ以上強くできないぐらいに、だがもう力は続かない、だから訴えるしかなかった
「ここに、私の傍にいて」
「いられない」
「なら連れていって」
「つれていけない」
興奮が怒りを呼び憎しみを湧きたてているのに、その感情はどこにもぶつかり止らず、果てへと消えていく。
だからハイネの眼には熱いものが溢れだした。
「なら許さない」
叫ぶと背中に知っている手の感覚が来たと感じ、ごく自然にそうなるのが必然のようにハイネの腕から力が抜け、代わりにジーナの胸に顔を押し付けられていた。
「許さなくていい」
ハイネは力を感じないのに動けない。動こうとするも動けない。まるで全て吸収されてしまったように。
「私は嫌なのですよそういうのが」
「でもそうしてくれ」
「何がそうしてくれですか。私がどこかに行こうとすると、引きとめる。いまだってそう、こうやって離さない」
「そうだ離さない」
ジーナの腕の力は弱まらないことをハイネは知っていた。そんなことは知っているだから言った。
「引きとめなければいいのに。そうしたら私は行く、遠くに行く、あなたの望むがまま遠くに」
訴えるもジーナの腕は逆に力が入った。そうだあなたはここで力を入れる、とハイネは自らの腕をジーナの背に回した。
「私はこんなになっているのに。帰ってくる癖に私を抱きしめる癖に。卑怯ですよあなたは卑怯だ。そうやってあなたを憎ませて、私を引き留める」
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