龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

文字の大きさ
242 / 313
第3部 私達でなければならない

何故捧げられないのか

しおりを挟む
 当りであるがジーナは曇った何とも言い表せない凄まじく不快な気分となった。

 この感情の名は、なんというのだろうか?

 しかしそれに反比例しているようにヘイムの表情は晴れているようにジーナには見えた。

「うーんなんだその面は? いきなり辛気臭くなりおってからに。逆に言えばだな、そなただって他の女の指を噛んだり噛ませたりは」

「もういいですよそれは! どうでもいいことを聞かないでください」

 ジーナは大声を出したつもりであったのにヘイムはその声をまるで聞いていないように続けようとしていた。

「まさかそのようなことをするわけもないよな。そんなことを好んでやるとしたらそれはもう」

「その、噛んでください。さっきよりも強く私の指を噛んでください」

 ジーナの言葉にヘイムは咳込むようにして笑うと話を合わせてきた。

「何という妙な声と倒錯的な言葉だ。じゃあお望みを叶えてやるが、もしそなたの言葉に嘘があったらシオンにこのことを全部話してやる。そなたは墓穴を掘るのが趣味のようで。では一応そちらに倣って妾も許可を取るとしよう確認をするが、なぁジーナ。その指を……血が出るまで、噛んでも良いな?」

 聞いた途端にジーナの思考が止まるがヘイムの口は止まらない。

「血が出たらその後も頑張って食い千切り、その肉と血を食べてもいいな?」

 いつものおふざけに冗談であるというのにジーナは反応ができない。否定の言葉が口を出ず、首を横に振れない。

 ヘイムは口にジーナの指を近づけた。許可を貰ったらそのまま喰らえるようにするために。

「怖気づいたのか? まさかな。この妾の指を食らい血をすすった男がそんな心になるわけがないであろう」

 ジーナは気づいた。首を縦に振れるのではないかと。

「どうした? 何も言わんのならそれは無言の肯定として受け止めるぞ」

 もしもこの人に血と肉と骨を捧げられるのなら……ジーナの首は縦に振られた。

「……あの、骨は?」

「あん骨? そんなものなど喰わん。吐き捨てる」

 聞くやいなやジーナは魔法が解かれたかのように首が縦に落ちていくなかで勢いよく左右に振れた。

「では駄目です。そこまで許可はしません。血が出る程度の許可を出します」

「なんだその判断は! 考えてもみろ。そなたみたいな男の骨など噛み砕けるはずがなかろうに」

「ヘイム様ならできますよ」

「一片の疑いもしないような言い方は止せ! 馬鹿抜かせ。この顎でどうやってやれというのか」

 ヘイムは溜息を吐き、それから息を吸い、止めた。

「いくぞ」
「はい」

 掛け声に応じると、間が生まれた。

「いくぞ!」
「はい」

 同じ声で答えるとヘイムは怒りの眼で睨んで来た。

「なんだその気の抜けた返事は。もうちょっと危機感を持て! その声は給仕をしている時と同じものだぞ。いまは茶の時ではなく自分の指の時なのだぞ」

「さっきのと比べたら焦る要素は少ないですね」

「妾の指の方を心配してどうする。いくらなんでも平然とし過ぎだ。舐めているのか? 噛むのだぞ。そっちがのほほんと構えようと妾は本気で行くからな。どうなっても知らんぞ」

 気合いを込めるためかヘイムが左手を強く握るとジーナの人差し指が反射的に真っ直ぐに伸び若干反った。

「行くぞ!」
「来て下さい」

 ジーナは自分の口からでた不意の言葉に驚き、またヘイムの口元が緩んだように見え、それから二度目の歯が来て咥え指が舌に触れそのヘイムの頭上がジーナに方に向けられた。

 噛まれたという感覚はあった。さっきのよりもずっと強く噛んでいるというのは皮膚を通じて頭に伝わっても来る。

 自分はいま、噛まれ、喰われている最中である。そうであるのに、痛みをまるで感じなかった。

 二度目だからか? いやそんなはずないのだが痛みが無く、ただ力と意思はそのまま伝わる。

 ヘイムは手を抜いては、いや歯を抜いてはいない。だがそれでも指は千切れるどころか血すら出はしない。

 ジーナは不条理さを感じだし痛みすら感じない自分に徐々に怒りにも似た気持ちさえ生まれてきた。

 どうしてこの人の為に皮膚が破れ血が滲み流れないというのか?

 そしてまた思った。何故捧げられないのかと? お前に出来ることは……

 内心で憤りに震えていると歯の圧力が消えだしそれから指先が触れていたぬるい舌が離れ、掌で受けていた生温かい呼吸も遠ざかる。

 ジーナは自分の人差し指の付け根を見た。そこには深めな噛み痕があるも血は滲んでも流れてもいなかった。

「駄目だ血は出んな……顎が疲れた」

 渋面なヘイムの口元をジーナは懐から取り出したハンカチで拭う。

 意表を突かれたというかその行為に混乱したヘイムは黙ってされるがままとなり、それからジーナは自分の指をそのハンカチで拭き、ヘイムの頭を引き寄せ抱きしめた。

「あなたにだけ血を出させて……」

 とジーナは言うも、その先に続く謝罪の言葉が出そうとしても出てこなかった。

「何を言うておる。こんなのはそなたの方が顎と歯と皮膚が強かったということに過ぎん。責任があるとしたら妾の咬合力の弱さだ。少し硬いものでも毎日噛んで鍛えようかう」

 それでも、とジーナは言葉の代わりにヘイムの頭を深く懐に入れようとすると笑い声が聞こえた。

「ハハッそんなに悪いと思うのなら、なにか代わりを出せ」

「代わりって……そんなのはありませんよ。血ならナイフがありますからそれでいまから少し刺しますから」

「それじゃ駄目だ!」

 ヘイムは叫んだ。

「自分の手と意思でやらないと、駄目だ。そんなのは当然であろう、な?」

 どうしてとはジーナは思わず、頷いた。自分の手で血を出させそれを呑む……そうでなければならない、そうでなければするべきではないと。

「そしていまの妾はそのような気分では、ない。だからする必要はない」

「するとまた確かめるつもりでしょうか?」

「もちろん。そなたの言葉を全否定しなければならないからな。全然違う、と」

「絶対に違うと言われるのですね?」

 尋ねるとまた懐のヘイムが笑いだし震えた。

「しつこい。だから違う。それを確かめなければならぬ。だから次回は覚悟しておくように」

 定刻のを知らせる鐘が遠くから聞こえてきた、ようやく周りでは朝が始まる。

「そうだハンカチだ。次回は忘れるではないぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...