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第3部 私達でなければならない
のぼせ上がった小娘
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「姉様ありがとうございました。それとあの件に関しては申し訳ありませんでした」
会議が終わりシオンを見送るために階段を降りる際中にハイネが頭を下げた。
「感謝は受け取りますが謝罪はいりませんよ。彼の予防拘禁なんて私が反対するなんてことは当然予想できますしね。少し腹立たしいですが仕方がありませんし、もう済んでしまったことを聞かされるよりも、これからのことを話しましょう。あなたとはこのさき十分にお話をする時間はとれないでしょうから」
そうジーナのことは重要であるがもっと重要なのが……この子だ、とシオンはハイネのやつれた横顔を見ながら思う。
面やつれは恋の証……なんて古臭い言葉はあるがハイネの今の表情はそんな古風な言葉にぴったりであり、それがまた不快を呼び起こした。
この子は、そういうタイプで無かったのにどうしてこうなったの? シオンはつくづくと思う。
男を振り回して相手を困惑させて疲れさせる、そういったタイプでありそこに可愛らしさがあったというのに、逆になっている。
まぁジーナはジーナで疲れさせているから相討ち状態であるともいえるが、あっちはあっちでその気でないのなら、それはそれで頭にも来る。
ちょっかいを出さなければいいのに、なにかと縁を維持したがっているようにも見え、そこも不潔さから嫌悪感が湧いた。
この話は一から十まで気に喰わないがその一番上の十とはそんなハイネが不幸ながらもどことなく恍惚としており幸福そうにしていること。
それ、勘違いだから、自分に酔ってだけだから、酩酊してふらふらしている人と同じだから、とシオンは言いたいところを強い意思で我慢した。
そんなのが大人になったという証とでも? あんな男に振り回されるのが成熟した女の証だなんて、のぼせ上がった小娘そのもので全く以て理解の範疇外だとし、またシオンはジーナに対しても怒りを覚える。
シオンにとっては逃亡し龍の儀式を混乱させ龍身様とルーゲン師を悩ませていることよりも、こっちのほうがずっと罪深く腹立たしかった。
明白な危害を受けているのは私の後輩であり、人生が無茶苦茶になりそうなのは私の後輩であり、取り返しのつかないことになりつつあるのは私の後輩。
このことを考えるためにシオンは幾度も幾度も幾度も思った。あの男のどこがいいのだろうか。
戦士としての魅力は国士無双レベルというのは分かる。護衛としての仕事も合格だがじゃあそれ以外は……私にはさっぱり分からないとシオンは思い、気付く。
そうだそんなにハイネとくっつくのに抵抗感があるのなら、ジーナに別の人を紹介すれば良かったらいいじゃないかと、気付くと同時に思う。
どうして今までその発想が湧かなかったのか? そもそもそういう話を避けていたことにも気づいた。
ハイネ以外なら誰でもいいのにどうして? それとも他のなにか意識がありそれ故に避けているとするのなら……
「姉様の仰られたいことは承知しております」
良いタイミングで話しかけられシオンは思考を停止することができた。
ありがたい。それ以上は多分考えては駄目だ、とシオンは頭を振った。
「察してくれるとはたいへん都合が良くて助かります」
「姉様。もしも私が彼と西方に行くとしましても許してくださいますよね」
ほらきたこれだ、とシオンは顔をしかめてげんなりとした。もう表情を作りたくはない。
「何も察していませんね。私は依然変わらず反対です賛成はしません」
これからもずっと、とは言わずに呑み込んだ。あまり叩くのもよろしくない。相手は心を病んでいるのだ。
「どうしてそこまで……」
哀しそうにつぶやくその声は演技ではなかった。本気? 嘘!
私がいつの間にかこのことについて心変わりをしていると期待し、そうでなかったら哀しむだなんて……頭も悪くなっているところにもシオンにはショックであった。
あの賢いハイネを益々更に馬鹿にするなんて本当にジーナは許せない。
「私からするとあなたこそどうしてそこまでですよ。恋は盲目とはいいますがおかしいですよ」
「おかしいのは姉様ですよ」
なにをおかしいことを、とシオンは思うもハイネの眼を見ると自分を疑った。もしかしておかしいのは自分? 意外なことにおかしいのはこっち?
「いままで私が他のどの男と付き合ってもあまり干渉をしてこなかったのに、この件に関しては過干渉なのはどうしてです」
言われてみれば確かに……とシオンは思うもその考えを頭の中から追い出した。駄目なものは、駄目。
「あの、別にあなた達は付き合っているわけではありませんよね。彼にその気はなさそうですし」
「それが反対の理由になんてなりません!」
目の前が小爆発しシオンはハイネの燃える紅の色に睨まれ固まった。
まずい……次の一撃を喰らったら私は……と心を構える暇もなくハイネが口を開いた。
「いいじゃないですか……だってヘイム様はルーゲン師と結婚するのですよ」
その真空状態となっていた心の中にハイネの言葉が入って来るもシオンは違う意味で呆然とする。
なんで突然そこに? 飛躍し過ぎでは? あなた達のふざけた恋愛にどうしてその名が出て来るのかと。
「ヘイムと? それ何の関係がありますか」
シオンがそう返すとハイネは驚き小口をあげ今度はそっちが固まるのを見ながら、何故かもう一度同じ言葉を繰り返す。
「ヘイム? 何の関係がありますか……」
言い終わるとシオンは心の中でいまの不思議な言葉を反芻する……ヘイム?……ああヘイムだヘイム。
「ヘイム……」
久しぶりに出すその言葉の感触を思い出すために再び声に出し、その名を吸い込み呑み込んだ。
ああそうだ、ヘイムだ。龍身の名は……ヘイムだ……とシオンはどこかからかなにかが、喜びに近いなにかが足の裏から湧きつむじにまで昇って来るの感じた。
ただ名を呼んだだけだというのに、どうしてこんな気持ちになるのか?
これがなんだというのか? 聞かなくなり言わなくなりだから忘れたというだけなのに……少し忘れ言わなくなった、それだけだというのに。
彼が言わなくなったからか……彼はヘイムをいつもその名で呼んでいた、人の口からその名を聞くのはそれだけだったかもしれない。
ジーナが龍の護衛の職務を停止された時から……私はあの子のことを……
「姉様……私はいま真面目な話をしているのですが如何なされました? 少なくとも今はお笑いになられる理由などはないはずですが」
ハイネの声で呼び戻されその怖い顔でシオンが目を覚ました。笑っていた? 微笑んでいた? どうしていまここでそんなことが?
「あっ……笑っていましたか、ごめんなさい。ヘイム様の結婚があなた達の件と何の関係があるのかは不明ですけれど、とりあえず私はこの件を応援することも祝福を致しません。適切な距離をとるべきです」
「……頑固なぐらいに同じことをずっと言われ続きますね」
「私の意見は変わりません。あなたのことですから私が力づくで止めても無駄でしょうから、意見を言うに留めます。まずあなたとジーナは住む場所が違うどころか生きている場所も違うでしょう。それはあなたも認識していますよね?」
ハイネは首を縦にも横にも振らずシオンを睨む。そう、とシオンは内心で思う。
この子は意地を張り出したら梃子でも動かない、だからこそ粘り強くゆっくりと話さなければならない。
「もっとも私も彼がどこへ行き、どこに住み、どこでどう生きるのかなど皆目見当は付きませんが、少なくともあなたとは違うということだけは分かります。だから彼はあなたを拒否しているのではありませんか? 彼はあなたとそこに進む気は無いうえにその大切なものが何であるのかも教えても見せてもいないはずです。そうですよねハイネ?」
瞬きすら制御しているのかハイネはまるで動かずに睨み続けるも、その瞳には変化が現れ出しているとシオンは見た。
私がこの子を止めねばならない。
「とても長い時間を共に過ごしてきたのに、です」
小さくそう言うとシオンはわざと長めの間を置いた。依然変わらず無言かつ不動のハイネであるが、シオンはその乱れ色変わりする瞳を見る限り内心は大いに揺れていると感じ伝わってきていた。
いまハイネの心は今までのジーナとの会話にやり取りについて再生させているのだろう。
この子は、分かっている。賢いことはよくよく知っている。ただ単に知りたくなかっただけ考えたくなかっただけ、気づきたくなかっただけ。
いま私が強めにはっきりと言ったことにより、揺れている。気付きの苦しみを味わっている。
もう一歩だ、とシオンはハイネの手を握った。
「けれどもあなたの心は、本物です」
会議が終わりシオンを見送るために階段を降りる際中にハイネが頭を下げた。
「感謝は受け取りますが謝罪はいりませんよ。彼の予防拘禁なんて私が反対するなんてことは当然予想できますしね。少し腹立たしいですが仕方がありませんし、もう済んでしまったことを聞かされるよりも、これからのことを話しましょう。あなたとはこのさき十分にお話をする時間はとれないでしょうから」
そうジーナのことは重要であるがもっと重要なのが……この子だ、とシオンはハイネのやつれた横顔を見ながら思う。
面やつれは恋の証……なんて古臭い言葉はあるがハイネの今の表情はそんな古風な言葉にぴったりであり、それがまた不快を呼び起こした。
この子は、そういうタイプで無かったのにどうしてこうなったの? シオンはつくづくと思う。
男を振り回して相手を困惑させて疲れさせる、そういったタイプでありそこに可愛らしさがあったというのに、逆になっている。
まぁジーナはジーナで疲れさせているから相討ち状態であるともいえるが、あっちはあっちでその気でないのなら、それはそれで頭にも来る。
ちょっかいを出さなければいいのに、なにかと縁を維持したがっているようにも見え、そこも不潔さから嫌悪感が湧いた。
この話は一から十まで気に喰わないがその一番上の十とはそんなハイネが不幸ながらもどことなく恍惚としており幸福そうにしていること。
それ、勘違いだから、自分に酔ってだけだから、酩酊してふらふらしている人と同じだから、とシオンは言いたいところを強い意思で我慢した。
そんなのが大人になったという証とでも? あんな男に振り回されるのが成熟した女の証だなんて、のぼせ上がった小娘そのもので全く以て理解の範疇外だとし、またシオンはジーナに対しても怒りを覚える。
シオンにとっては逃亡し龍の儀式を混乱させ龍身様とルーゲン師を悩ませていることよりも、こっちのほうがずっと罪深く腹立たしかった。
明白な危害を受けているのは私の後輩であり、人生が無茶苦茶になりそうなのは私の後輩であり、取り返しのつかないことになりつつあるのは私の後輩。
このことを考えるためにシオンは幾度も幾度も幾度も思った。あの男のどこがいいのだろうか。
戦士としての魅力は国士無双レベルというのは分かる。護衛としての仕事も合格だがじゃあそれ以外は……私にはさっぱり分からないとシオンは思い、気付く。
そうだそんなにハイネとくっつくのに抵抗感があるのなら、ジーナに別の人を紹介すれば良かったらいいじゃないかと、気付くと同時に思う。
どうして今までその発想が湧かなかったのか? そもそもそういう話を避けていたことにも気づいた。
ハイネ以外なら誰でもいいのにどうして? それとも他のなにか意識がありそれ故に避けているとするのなら……
「姉様の仰られたいことは承知しております」
良いタイミングで話しかけられシオンは思考を停止することができた。
ありがたい。それ以上は多分考えては駄目だ、とシオンは頭を振った。
「察してくれるとはたいへん都合が良くて助かります」
「姉様。もしも私が彼と西方に行くとしましても許してくださいますよね」
ほらきたこれだ、とシオンは顔をしかめてげんなりとした。もう表情を作りたくはない。
「何も察していませんね。私は依然変わらず反対です賛成はしません」
これからもずっと、とは言わずに呑み込んだ。あまり叩くのもよろしくない。相手は心を病んでいるのだ。
「どうしてそこまで……」
哀しそうにつぶやくその声は演技ではなかった。本気? 嘘!
私がいつの間にかこのことについて心変わりをしていると期待し、そうでなかったら哀しむだなんて……頭も悪くなっているところにもシオンにはショックであった。
あの賢いハイネを益々更に馬鹿にするなんて本当にジーナは許せない。
「私からするとあなたこそどうしてそこまでですよ。恋は盲目とはいいますがおかしいですよ」
「おかしいのは姉様ですよ」
なにをおかしいことを、とシオンは思うもハイネの眼を見ると自分を疑った。もしかしておかしいのは自分? 意外なことにおかしいのはこっち?
「いままで私が他のどの男と付き合ってもあまり干渉をしてこなかったのに、この件に関しては過干渉なのはどうしてです」
言われてみれば確かに……とシオンは思うもその考えを頭の中から追い出した。駄目なものは、駄目。
「あの、別にあなた達は付き合っているわけではありませんよね。彼にその気はなさそうですし」
「それが反対の理由になんてなりません!」
目の前が小爆発しシオンはハイネの燃える紅の色に睨まれ固まった。
まずい……次の一撃を喰らったら私は……と心を構える暇もなくハイネが口を開いた。
「いいじゃないですか……だってヘイム様はルーゲン師と結婚するのですよ」
その真空状態となっていた心の中にハイネの言葉が入って来るもシオンは違う意味で呆然とする。
なんで突然そこに? 飛躍し過ぎでは? あなた達のふざけた恋愛にどうしてその名が出て来るのかと。
「ヘイムと? それ何の関係がありますか」
シオンがそう返すとハイネは驚き小口をあげ今度はそっちが固まるのを見ながら、何故かもう一度同じ言葉を繰り返す。
「ヘイム? 何の関係がありますか……」
言い終わるとシオンは心の中でいまの不思議な言葉を反芻する……ヘイム?……ああヘイムだヘイム。
「ヘイム……」
久しぶりに出すその言葉の感触を思い出すために再び声に出し、その名を吸い込み呑み込んだ。
ああそうだ、ヘイムだ。龍身の名は……ヘイムだ……とシオンはどこかからかなにかが、喜びに近いなにかが足の裏から湧きつむじにまで昇って来るの感じた。
ただ名を呼んだだけだというのに、どうしてこんな気持ちになるのか?
これがなんだというのか? 聞かなくなり言わなくなりだから忘れたというだけなのに……少し忘れ言わなくなった、それだけだというのに。
彼が言わなくなったからか……彼はヘイムをいつもその名で呼んでいた、人の口からその名を聞くのはそれだけだったかもしれない。
ジーナが龍の護衛の職務を停止された時から……私はあの子のことを……
「姉様……私はいま真面目な話をしているのですが如何なされました? 少なくとも今はお笑いになられる理由などはないはずですが」
ハイネの声で呼び戻されその怖い顔でシオンが目を覚ました。笑っていた? 微笑んでいた? どうしていまここでそんなことが?
「あっ……笑っていましたか、ごめんなさい。ヘイム様の結婚があなた達の件と何の関係があるのかは不明ですけれど、とりあえず私はこの件を応援することも祝福を致しません。適切な距離をとるべきです」
「……頑固なぐらいに同じことをずっと言われ続きますね」
「私の意見は変わりません。あなたのことですから私が力づくで止めても無駄でしょうから、意見を言うに留めます。まずあなたとジーナは住む場所が違うどころか生きている場所も違うでしょう。それはあなたも認識していますよね?」
ハイネは首を縦にも横にも振らずシオンを睨む。そう、とシオンは内心で思う。
この子は意地を張り出したら梃子でも動かない、だからこそ粘り強くゆっくりと話さなければならない。
「もっとも私も彼がどこへ行き、どこに住み、どこでどう生きるのかなど皆目見当は付きませんが、少なくともあなたとは違うということだけは分かります。だから彼はあなたを拒否しているのではありませんか? 彼はあなたとそこに進む気は無いうえにその大切なものが何であるのかも教えても見せてもいないはずです。そうですよねハイネ?」
瞬きすら制御しているのかハイネはまるで動かずに睨み続けるも、その瞳には変化が現れ出しているとシオンは見た。
私がこの子を止めねばならない。
「とても長い時間を共に過ごしてきたのに、です」
小さくそう言うとシオンはわざと長めの間を置いた。依然変わらず無言かつ不動のハイネであるが、シオンはその乱れ色変わりする瞳を見る限り内心は大いに揺れていると感じ伝わってきていた。
いまハイネの心は今までのジーナとの会話にやり取りについて再生させているのだろう。
この子は、分かっている。賢いことはよくよく知っている。ただ単に知りたくなかっただけ考えたくなかっただけ、気づきたくなかっただけ。
いま私が強めにはっきりと言ったことにより、揺れている。気付きの苦しみを味わっている。
もう一歩だ、とシオンはハイネの手を握った。
「けれどもあなたの心は、本物です」
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