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第3部 私達でなければならない
狭間の曖昧な地帯
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聞き慣れた言葉が頭上に鳴り降ってくるのをシオンは俯きながら聞いていた。
「そうとも言えます。実は折り入ってご依頼がございまして、とりあえずどうぞお手を」
立ち上がりシオンは差し出された龍身の左手を取った。あまり知らない人の手、とシオンは感じながら龍身を見て思う、この人は子供の頃はどんな顔をしていたのだろうかと。それから歩き出した。
「どうせあれだろうな。広場と祭壇所の調査、これであろう」
「そうです。ハイネの報告ではもはや下は調べ尽くして何も無いことが発見されたという成果をあげました。もうこれ以上はなにも出てはこないかと」
「おそらく疑っておるのであろうな。この妾の身体であの広い祭壇所内で十分な調査ができるのかと」
もうひとつ疑っていることがあるがシオンはそれを口にせず思い出して心中にて失笑する。
この龍身様を見てどこからそんな発想が出るのやら。不敬極まる妄想にもほどがある。
「失礼ながらそうですね。ハイネは自分で調べなければ気が済まない子なので」
「そうであろうな。だがな龍の騎士よ。こう見ても妾はかなりの時間をかけて自ら探ってみたぞ。なにせ自分のことだ。龍の儀式を邪魔されて台無しになることに一番困るのがこの妾だ。妾が龍となり瞼を開くとそこにルーゲンがおらずにあれがいたとなっては取り返しがつかん。やり直しがきかず龍の婿の儀は失敗となる。なにせあれ以外の別ものが眼の前にいたとしても成立してしまうものだからな」
不敬だと思いながらシオンはこの話を聞くといつも妙な気分となった。
何故そんなにおかしなシステムなのだろう?
そうでなければならない、眼の前にいた最初のものと絶対に結ばれないとならないとは、不自然過ぎる。
まるでそうしなければならない特殊な事情があり、そこから始まったような感じさえした。
「そうであるから念入りに見たが、何も無い。妾の結論はそうであり、これには変わらぬが、ハイネがそこまでそう言うのならその件を許可してやろう」
「ありがとうございます。このようなわがままを受け入れていただき」
「龍への忠誠心があってこその依頼だ。断るわけにもいくまい。妾もあると信じて探るうちにな、ひとつの可能性も考え出したのだ。始祖がその通路を作ったものの、途中の代の龍がその秘密の仕掛けを壊したり脱出口を塞いだこともあるやもしれん。なに、祭壇所内に出入り口がないというのならもう安心だ。妾が真に恐れていたのは祭壇所内にそれがあるかどうかであったからな」
「……広場にそれがあるという可能性は捨てられませんが」
「広場であるのなら龍の騎士がおるであろう。互いの立ち合いとなったらそなたの勝ちは揺るぎない」
「光栄であります」
その言葉は自身の中でただ虚ろな残響となって続いた。
「そう、儀式最終日にはそなたが龍の広場にて番人となるのだ。儀式遂行を待つ守護者としてな。その際に通すのはただ一人だ。ただ一人、一人だけ。龍の騎士よ、答えよ」
真空が頭の中で発生したようにシオンは無限の空間が一気に広がっていくのを感じた。
無が、限りなく透明に近い白い色彩の意識の中、自分がそれに溶けていくのを感じた。
一体化し溶解されていく何かを感じる中でシオンの口は開き言葉が垂れ流れて、いく。
「はい龍身様。龍の儀式の最終日に一人の男が龍の休息所を登りこの広場へと現れ私と相対峙します。彼を見て私は通します」
通します……通します……私は、見て、彼を……誰を?
真空に、濁りが浮かび出してきた。これは、あれではない。
私が言うべき言葉の、名ではない。とシオンは龍の婿の名を口から出そうとするも、
無に浮かび上がる汚れに吸い寄せられていく。
その名もまた、言ってはならない名であり、言いたくない名でもあることはシオンは予感できた。
では、誰の名を言えばいいのだ? 誰が良いのだ? その日、その時、その瞬間にお前は誰を通すのだ?
濁りが汚れが無色透明な限りなく天の意思に近いその真空に澱ませていく。
その表面に現れて来るその鈍色の光が何であるのかを、自分はよく知っているものだとシオンは自覚する。
そのままあなたが現れてくれればいい、それがとても相応しい……けれどもその名である以上は……あなたがあなたのその名前であるのなら……私はあなたを認めることはできない……その名でなければ良かったのに……だから龍の婿とは……
『本当に?』
問う声が、意識のすぐ隣から聞こえシオンは持っていた龍身の手をあげ、その甲に口づけをした。
誤魔化しにはこれが一番良いとシオンは顔を上げた。
「あなたに相応しい婿をお通しします」
戸惑い混じりの少しの沈黙の後、無が震えそれから破裂した。
「プッ!ハハッそんな爽やかな笑顔で言うことでもないだろうに。それにそんなことは当然であろう。龍の婿を通さず、反逆者を通すという道理などあるはずがない」
「全く以てその通りであります。さぁ階段を降りますのでどうかごゆっくり、と」
シオンは龍身をエスコートしながら、思う。その日に階段に登ってくるのはルーゲンであることは間違いはない。
そうであると自分も了承している。いまさら反対など言い出せるはずもなく、そうも思っていないというのに、何故この口からは彼の名が出なかったのだろう? そしてそれに相応しい名とは?
まさかハイネの妄言のようにあの男とでも? その名を呼べば良かったと? そんな馬鹿な話があるものかとシオンは口の中でその名を転がす。龍の婿とは……ここに相応しいその名とは……
「ジーナ……」
頭の中で広がりがまた来そうになるのをシオンは、止めた。違う、これはそうではないと頭を振ると龍身が見上げてきた。
「どうやらあれの痕跡が見つかったようだな」
あれ、と龍身の言い捨てているような言い方にシオンは聞くたびに引っ掛かりを覚えるも、話がそちらに転んで助かったと思った。
「森の奥で多くのものはそのまま西へ脱出したのでは? との意見も出ておりますが」
「それはありえないことだ。奴は絶対に西へは逃げてはおらぬ。必ずあの森のどこかにおり、ここを目指し妾に向かってきておる」
龍身は自らを指差し睨み、シオンは息を呑んだ。
「ハイネもあれは偽造工作だと判断しており私もそれに同意します。私も現地で見ましたが見つかるために作られた感がとても強かったです」
「良い判断だ、まさにそれだ、それしかない。フンッこの最終段階を前にして仕掛けてきたということだ。ああ見えて小賢しく小細工を弄してくるからな。こちらの油断を引き、一気にことを動き出すとな。そう考えればだ龍の騎士よ。奴らはここで動きだしたということだ。積極的により大胆にもしくは破滅的にな」
「奴らといま仰せられましたが、龍身様は彼ひとりだとはお思いになられてはいないということで?」
「協力者はおるだろう。そうでなければここまで姿形を誰にも見せずにいることなどできまい」
「龍身様は第二隊のものたちを協力者だと見られておられるでしょうが、彼らには尾行がついており、かつ行動も制限されております。封禁の森の立ち入りは禁じられ街中を歩くことのみです。まさか街の中に彼がいるとでも。あんなに目立つ男ですよ?」
「街にはさすがにおらぬだろうが、その狭間だ。封禁の森と街の間の曖昧なところだ。つまりだ一目を忍ぶ時刻に封禁の森で調査をし、そこでは眠らずに狭間の地帯で援助を受け休む、これではないのか?」
狭間の曖昧な地帯、と口に出しシオンは頷いた。そうかそこか、と。
城下町と龍の休憩所の間にはどこまでが街でありどこからが休息所であるのかという区切りが無く、曖昧模糊な地帯である。
森があったりなかったり、人家があったりなかったり、少数民族のものが住んでいたり、と治安こそ乱れてはいないものの、ある意味で世界の縮図のような空間がそこにあった。
「そこまでは移動の制限は掛けられてはおれぬようだしのぉ。尾行によると隊員の一人は定期的にソグの少数民族の元へと通っているらしいな」
アルが、とシオンは驚きと共に納得もあった。協力の依頼ができるといえば彼らしかいない。
南ソグにおいて独自の信仰を有する少数民族。
「あのまつろわぬ民は龍を完全には信仰せぬのだから、逃亡兵だって庇えよう。ましてや一族のものに頼まれてれば嫌とは言えまい」
「しかし龍身様。彼らは敵ではありません」
「分かっておる。龍の騎士との約束があるのだからな。こちらの信仰を認めるのなら龍による世界を肯定する、と。こうであったそうだな。龍の騎士との間の契約なら妾も守らねばな。だがあれでもそんなに無思慮に少数民族のテントの中にはおるまい。援助あるいは施しを受けつつ行動し森とそちらを行ったり来たり、とそんな具合だろう」
龍の世界である封禁の森と曖昧な地帯である狭間の行き来、なんという彼らしさだろうかと、シオンは感心しそれから言った。
「龍身様。是非とも私めにその調査をやらせていただきたいです」
「そのつもりで妾は龍の騎士に話したのだ。最後の可能性は最も信頼できるものの手によって為さねばなるまい。そこは他のものに頼んだことのない全くの手つかず。油断しきっているところ一刀両断しても構わぬ。妾が許可をする」
その言葉は比喩ではなく直接的なのであろう。眼が笑っておらず真剣であった。シオンは龍身からそのような眼は見たことがないと思った。
「可能な限り逮捕もしくは居場所を着き止め後日に隊を率いて事に当たります」
「それでよかろう。最善はあれを拘禁し龍の儀式の最終段階に入ることだ。そうでなけれいつまでたっても心の中の靄が消えんからな。あれを決して龍の休憩所及び広場から祭壇所内には入れない、これが妾の要求だ。そのために龍の騎士よ、最後はそなたに託す」
「お任せください龍身様。私がジーナを捕える最後の手となり、あなた様の龍となる時を心安らかな想いで送れるよう、最後の努力を致します」
『本当に?』
シオンは声が眼の前から聞こえてくるのを、見た。見たのだ。
龍身は口を開いていないししきりと頷いているというのに、声がそこからした。
龍身の中から声がする……しかも知っている声が……だがそれは龍身の声であってそうではない……私はいったい誰に呼びかけられているのか、シオンは目を閉じ闇の中でその声を思い出そうとした。
しかし、思い出せはしなかった。
「そうとも言えます。実は折り入ってご依頼がございまして、とりあえずどうぞお手を」
立ち上がりシオンは差し出された龍身の左手を取った。あまり知らない人の手、とシオンは感じながら龍身を見て思う、この人は子供の頃はどんな顔をしていたのだろうかと。それから歩き出した。
「どうせあれだろうな。広場と祭壇所の調査、これであろう」
「そうです。ハイネの報告ではもはや下は調べ尽くして何も無いことが発見されたという成果をあげました。もうこれ以上はなにも出てはこないかと」
「おそらく疑っておるのであろうな。この妾の身体であの広い祭壇所内で十分な調査ができるのかと」
もうひとつ疑っていることがあるがシオンはそれを口にせず思い出して心中にて失笑する。
この龍身様を見てどこからそんな発想が出るのやら。不敬極まる妄想にもほどがある。
「失礼ながらそうですね。ハイネは自分で調べなければ気が済まない子なので」
「そうであろうな。だがな龍の騎士よ。こう見ても妾はかなりの時間をかけて自ら探ってみたぞ。なにせ自分のことだ。龍の儀式を邪魔されて台無しになることに一番困るのがこの妾だ。妾が龍となり瞼を開くとそこにルーゲンがおらずにあれがいたとなっては取り返しがつかん。やり直しがきかず龍の婿の儀は失敗となる。なにせあれ以外の別ものが眼の前にいたとしても成立してしまうものだからな」
不敬だと思いながらシオンはこの話を聞くといつも妙な気分となった。
何故そんなにおかしなシステムなのだろう?
そうでなければならない、眼の前にいた最初のものと絶対に結ばれないとならないとは、不自然過ぎる。
まるでそうしなければならない特殊な事情があり、そこから始まったような感じさえした。
「そうであるから念入りに見たが、何も無い。妾の結論はそうであり、これには変わらぬが、ハイネがそこまでそう言うのならその件を許可してやろう」
「ありがとうございます。このようなわがままを受け入れていただき」
「龍への忠誠心があってこその依頼だ。断るわけにもいくまい。妾もあると信じて探るうちにな、ひとつの可能性も考え出したのだ。始祖がその通路を作ったものの、途中の代の龍がその秘密の仕掛けを壊したり脱出口を塞いだこともあるやもしれん。なに、祭壇所内に出入り口がないというのならもう安心だ。妾が真に恐れていたのは祭壇所内にそれがあるかどうかであったからな」
「……広場にそれがあるという可能性は捨てられませんが」
「広場であるのなら龍の騎士がおるであろう。互いの立ち合いとなったらそなたの勝ちは揺るぎない」
「光栄であります」
その言葉は自身の中でただ虚ろな残響となって続いた。
「そう、儀式最終日にはそなたが龍の広場にて番人となるのだ。儀式遂行を待つ守護者としてな。その際に通すのはただ一人だ。ただ一人、一人だけ。龍の騎士よ、答えよ」
真空が頭の中で発生したようにシオンは無限の空間が一気に広がっていくのを感じた。
無が、限りなく透明に近い白い色彩の意識の中、自分がそれに溶けていくのを感じた。
一体化し溶解されていく何かを感じる中でシオンの口は開き言葉が垂れ流れて、いく。
「はい龍身様。龍の儀式の最終日に一人の男が龍の休息所を登りこの広場へと現れ私と相対峙します。彼を見て私は通します」
通します……通します……私は、見て、彼を……誰を?
真空に、濁りが浮かび出してきた。これは、あれではない。
私が言うべき言葉の、名ではない。とシオンは龍の婿の名を口から出そうとするも、
無に浮かび上がる汚れに吸い寄せられていく。
その名もまた、言ってはならない名であり、言いたくない名でもあることはシオンは予感できた。
では、誰の名を言えばいいのだ? 誰が良いのだ? その日、その時、その瞬間にお前は誰を通すのだ?
濁りが汚れが無色透明な限りなく天の意思に近いその真空に澱ませていく。
その表面に現れて来るその鈍色の光が何であるのかを、自分はよく知っているものだとシオンは自覚する。
そのままあなたが現れてくれればいい、それがとても相応しい……けれどもその名である以上は……あなたがあなたのその名前であるのなら……私はあなたを認めることはできない……その名でなければ良かったのに……だから龍の婿とは……
『本当に?』
問う声が、意識のすぐ隣から聞こえシオンは持っていた龍身の手をあげ、その甲に口づけをした。
誤魔化しにはこれが一番良いとシオンは顔を上げた。
「あなたに相応しい婿をお通しします」
戸惑い混じりの少しの沈黙の後、無が震えそれから破裂した。
「プッ!ハハッそんな爽やかな笑顔で言うことでもないだろうに。それにそんなことは当然であろう。龍の婿を通さず、反逆者を通すという道理などあるはずがない」
「全く以てその通りであります。さぁ階段を降りますのでどうかごゆっくり、と」
シオンは龍身をエスコートしながら、思う。その日に階段に登ってくるのはルーゲンであることは間違いはない。
そうであると自分も了承している。いまさら反対など言い出せるはずもなく、そうも思っていないというのに、何故この口からは彼の名が出なかったのだろう? そしてそれに相応しい名とは?
まさかハイネの妄言のようにあの男とでも? その名を呼べば良かったと? そんな馬鹿な話があるものかとシオンは口の中でその名を転がす。龍の婿とは……ここに相応しいその名とは……
「ジーナ……」
頭の中で広がりがまた来そうになるのをシオンは、止めた。違う、これはそうではないと頭を振ると龍身が見上げてきた。
「どうやらあれの痕跡が見つかったようだな」
あれ、と龍身の言い捨てているような言い方にシオンは聞くたびに引っ掛かりを覚えるも、話がそちらに転んで助かったと思った。
「森の奥で多くのものはそのまま西へ脱出したのでは? との意見も出ておりますが」
「それはありえないことだ。奴は絶対に西へは逃げてはおらぬ。必ずあの森のどこかにおり、ここを目指し妾に向かってきておる」
龍身は自らを指差し睨み、シオンは息を呑んだ。
「ハイネもあれは偽造工作だと判断しており私もそれに同意します。私も現地で見ましたが見つかるために作られた感がとても強かったです」
「良い判断だ、まさにそれだ、それしかない。フンッこの最終段階を前にして仕掛けてきたということだ。ああ見えて小賢しく小細工を弄してくるからな。こちらの油断を引き、一気にことを動き出すとな。そう考えればだ龍の騎士よ。奴らはここで動きだしたということだ。積極的により大胆にもしくは破滅的にな」
「奴らといま仰せられましたが、龍身様は彼ひとりだとはお思いになられてはいないということで?」
「協力者はおるだろう。そうでなければここまで姿形を誰にも見せずにいることなどできまい」
「龍身様は第二隊のものたちを協力者だと見られておられるでしょうが、彼らには尾行がついており、かつ行動も制限されております。封禁の森の立ち入りは禁じられ街中を歩くことのみです。まさか街の中に彼がいるとでも。あんなに目立つ男ですよ?」
「街にはさすがにおらぬだろうが、その狭間だ。封禁の森と街の間の曖昧なところだ。つまりだ一目を忍ぶ時刻に封禁の森で調査をし、そこでは眠らずに狭間の地帯で援助を受け休む、これではないのか?」
狭間の曖昧な地帯、と口に出しシオンは頷いた。そうかそこか、と。
城下町と龍の休憩所の間にはどこまでが街でありどこからが休息所であるのかという区切りが無く、曖昧模糊な地帯である。
森があったりなかったり、人家があったりなかったり、少数民族のものが住んでいたり、と治安こそ乱れてはいないものの、ある意味で世界の縮図のような空間がそこにあった。
「そこまでは移動の制限は掛けられてはおれぬようだしのぉ。尾行によると隊員の一人は定期的にソグの少数民族の元へと通っているらしいな」
アルが、とシオンは驚きと共に納得もあった。協力の依頼ができるといえば彼らしかいない。
南ソグにおいて独自の信仰を有する少数民族。
「あのまつろわぬ民は龍を完全には信仰せぬのだから、逃亡兵だって庇えよう。ましてや一族のものに頼まれてれば嫌とは言えまい」
「しかし龍身様。彼らは敵ではありません」
「分かっておる。龍の騎士との約束があるのだからな。こちらの信仰を認めるのなら龍による世界を肯定する、と。こうであったそうだな。龍の騎士との間の契約なら妾も守らねばな。だがあれでもそんなに無思慮に少数民族のテントの中にはおるまい。援助あるいは施しを受けつつ行動し森とそちらを行ったり来たり、とそんな具合だろう」
龍の世界である封禁の森と曖昧な地帯である狭間の行き来、なんという彼らしさだろうかと、シオンは感心しそれから言った。
「龍身様。是非とも私めにその調査をやらせていただきたいです」
「そのつもりで妾は龍の騎士に話したのだ。最後の可能性は最も信頼できるものの手によって為さねばなるまい。そこは他のものに頼んだことのない全くの手つかず。油断しきっているところ一刀両断しても構わぬ。妾が許可をする」
その言葉は比喩ではなく直接的なのであろう。眼が笑っておらず真剣であった。シオンは龍身からそのような眼は見たことがないと思った。
「可能な限り逮捕もしくは居場所を着き止め後日に隊を率いて事に当たります」
「それでよかろう。最善はあれを拘禁し龍の儀式の最終段階に入ることだ。そうでなけれいつまでたっても心の中の靄が消えんからな。あれを決して龍の休憩所及び広場から祭壇所内には入れない、これが妾の要求だ。そのために龍の騎士よ、最後はそなたに託す」
「お任せください龍身様。私がジーナを捕える最後の手となり、あなた様の龍となる時を心安らかな想いで送れるよう、最後の努力を致します」
『本当に?』
シオンは声が眼の前から聞こえてくるのを、見た。見たのだ。
龍身は口を開いていないししきりと頷いているというのに、声がそこからした。
龍身の中から声がする……しかも知っている声が……だがそれは龍身の声であってそうではない……私はいったい誰に呼びかけられているのか、シオンは目を閉じ闇の中でその声を思い出そうとした。
しかし、思い出せはしなかった。
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