龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

文字の大きさ
277 / 313
第3部 私達でなければならない

世界の究極的な関係性

しおりを挟む
 龍の休憩所の頂上にある祭壇所及びその広場。

 その長い階段は許可なきものは昇ることができない。

 もしも武器を携え無断で昇れば龍の力が働き誰もが途中で膝折れ跪いてしまう。

 しかし例外といえるものもおり、龍の騎士のみは事前許可なく武器を携行し行き来ができる。

 一つの使命である龍を護るために、龍に近づくその全てを討てる力の行使を許可されているために。

 階上からはソグ僧が足早で降りて来ている。この時間帯の儀式が終わったのだろう。

 スケジュールではこのあとに龍身から時間が空く、休憩時間である。

 その時間帯に先の件を依頼すれば。

「シオン嬢? いかがなされた」

 見上げるとそこにルーゲン師がいた。ソグ高僧の衣装をつけ、一人ゆっくりと降りて来るルーゲンを見ながらシオンは思う。

 どうしても不愉快だな、と。改めてこうも思う。なんでここまで腹が立つのだろうか。

「龍身様に調査の件で依頼したいことがありましてね」

 口中が粘つき引っ掛かる気持ち悪さのなかシオンは答えた。

「例の秘密の仕掛けというものの調査ですか。しかしあのような広場のどこにあるというのか……」

 反対はしないが疑惑で首を傾けるルーゲンを見ながらシオンも首を傾げるのを我慢しながら想像する。本当にどこにあるのやら。

 階段を登り切ると祭壇所へ向かう広場があるが、床と壁以外何も無く限りなく見通しが良い空間なのである。

「壁を調べると言いましてもあの壁の高さと厚さでは秘密の扉を設けることなどできませんし、ならば床しかございませんが、床に関しては儀式が始まってから我々ソグ僧が毎日掃除をし、磨き上げ、更には床づきその足、膝、肘、掌、額を床に当てているのです。それこそ毎日場所を変え広場中の床で我々の手が触れていないものは一切ない、と断言できるほどに僕たちの身体触れている。それが龍の広場なのですよ」

 そのことをシオンは承知していた。

 ソグ僧ならほんの些細な異変や不審な点があるのなら必ずそれを発見し放置はしない。

 もう儀式が始まってから日にちも経っている。そんな中でハイネが少し捜しただけですぐに見つかるような何かがあるとは到底思えない。

「ルーゲン師の仰られていることはもっともでございます。あなた方ソグ僧ですら見つけられないものを私達がちょっと見て分かるとは想像ができません……ですが広場はそうでしょうが祭壇所内はどうでしょうか?」

 柔和な表情であったルーゲンの顔が険しくなり、上段から睨んでくるような眼つきにすら見えた。

「……祭壇所は神聖にして不可侵であります。古来より中に入れるものは龍身様とその龍の嫁あるいは婿のみであります」

「ええ分かっています。ですが清掃と荷物の搬入の際は如何でしょう? 女官とソグ僧が入りますよね? それと神聖にして不可侵なのは祭壇所内の真ん中、龍座。厳密にはここではないでしょうか?」

 シオンの指摘にルーゲンは半面を歪ませ呻かざるをえない。

 建前的には不可侵であるが、清掃と荷物の出し入れは誰かがやらなければならない。

 そこは慣例であるが、ただしがつく。中心の龍座には何人たれども触れることはできない。

 それは例え龍身であろうとも、まだ半分人であるうちはそこには触れられない。

 龍になって初めてそこに座れるのだ。

「清掃と荷物の搬入は龍身様のご許可による特例です。ですからそこをお願いに行くのです」

「……龍身様はご自身で調査していると聞くが。それになにかがあったというご報告は頂いてはいません」

「あの障害のあるお身体では見落としもあるかもしれませんし、なによりも儀式がお忙しく十分に調査も出来ていないかとも思われます」

 だが、とルーゲンは顔を濁らせるなかでシオンは階段を一気に登り切り同じ段に立ち、言った。

「ルーゲン師はジーナが来ないとお思いでしょうか? そんなことありませんよね。あなたが来ると言ったことから始まったのですよ、この戦いは」

 ルーゲンとシオンは視線が合った。大きさの違うその両の瞳。

 醜いともバランスが悪いともシオンはいつも思わず、今回も思わなかった。

 それがとてもこのルーゲンに相応しい歪みだとどこかで感じていたから。

「これはあなたが予想し求めた戦いです。ジーナは儀式最終日に龍に会いに来る、とあなたが訴え我々もそれに同意しました。それを防ぐためにどうかご協力してください未来の龍の婿殿」

 シオンがそう言うとルーゲンは視線を外し階段を降りながら言った。

「……僕から異存があるはずがない。龍身様がお許しならソグ僧側は何も言うことはないし、僕の方から伝えておきます。その際の調査はハイネ嬢になるのですか?」

「感謝いたします。はい、彼女が行います」

「では彼女一人にしてください。他は駄目です。彼女は龍身様から佩刀が許されたものです。そこを説明すれば上層部も納得させられやすいでしょう。それでは、また」

 避けるように、逃げるようにしてルーゲンは階下へと消えていくのをシオンはずっと見続けながら、思う。

 彼は、龍の婿なのだと。龍身様は認められ、そして私自身も認めた……だけれども納得がどうしてもできない。

 どうしてあなたなのだ、と? では他に誰が? 私はいったいに他の誰ならば納得できるというのか?

 遥か階下に降りていったためにルーゲンの姿は点以下に小さくなっているのにシオンは結論がつかないままでいた。

 自分は何で以って彼を龍の婿に決定することに不同意であり続けたのか?

 シオンは過去のことではなく、いまもそうである自身の心が未だ分からずにいて、頭を軽く振るい考えるのをやめ広場へ足を運んだ。

 その、この何も無い空間に毎度のことながらシオンは足が止まってしまい半ば放心状態でその光景を眺めてしまう。

 見渡す限りこれよりも高い建物は無く、山は遠く空の中に自分がいるような気がし見上げても青い空があり、これこそが天に最も近い場所。この広場の果てには祭壇所がある。

 そう、ここには天と地と龍の祭壇所のみがあり正しい意味でこれは世界を現しているのだろう。

 世界の究極的な関係性。天と地と龍がなければ成立しえないこの世界。

 そのことを誰がここに来てもすぐさまに了解するだろう。

 ただ一人を除いては。思い耽っていると彼方の祭壇所の扉が開き誰かが出てきた。

 だが、誰かなどということは有り得ない。儀式が終わったのだから出て来るのはただ一人だけなのだ。

 この世でただ一人の存在が出てきた、そうであるに決まっている。

 扉が閉まりそのものはこちらに向かって歩いてきた。

 誰だかまだぼやけてでしか見えないのに、こちらに向かってくるのでシオンも歩き出した。

 遠目などということは言い訳に過ぎない。誰であるのかはっきりとしている。

 龍身の他において出てくるはずがなく、考えなくてもそれは分かるはずであるのに、シオンにはまだ、呑み込めない。あの人は本当に私のよく知る人なのであろうか?

 近づくにつれ次第にはっきりとして来るその姿形に色を見つめながらシオンは疑問を深める。

 私のよく知る彼女はあんな歩き方をしていたのか? シオンは驚きから恐怖心を抱きながら進んでいく。

 名前は、すぐに出る。誰であるのかは繰り返すように分かっている。だがこの強烈な違和感はなんであろう。

 あの人との付き合いは大昔からずっとであるのに。

 いや、ずっととはいつだ? とシオンは足が止まり、心が無に近くなる。

 思考に靄が掛かり、何も見えず聞こえず考えづらくなる。昔とはいつだ? どこまでさかのぼれる?

 あの……龍の事件の時から? そんな馬鹿な! 私は彼女の……龍の騎士……ずっと守り続けてきた。

 それはあなたが龍となるものであり、私はそれを護る騎士であり、私達はその関係性の中にあり、それはこの先もずっと……そう、あなた様が現れてから私達の記憶が始まる。

 これまでの記憶は消え去りそこから始まることにより、新しい生が始まるように、空っぽになった頭の中で歌うような言葉が流れシオンは跪いた。それとはもう距離が近くなり、顔がはっきりと見えるその距離。

 今ならはっきりと言葉にも心の中にもそれが分かり言える、とシオンはそのことだけは思い、何について迷い悩んでいたのか、忘れ、記憶の底に沈んで消える。

「迎えに来てくれたのかのぉ? 龍の騎士よ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...