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第3部 私達でなければならない
あなたは誰?
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隠し子が他にも! シオンは頭がクラクラしだすも不動の姿勢でそれを表には出さなかった。
解せぬ、とシオンはアルを見上げた。ジーナはたしかに色んな女に手を出しその心を弄んだ色魔である。
だからといって一人ならいざ知らず、二人も三人も手を出し孕ませていたというのはいくらなんでもおかしい!
そうであるのならハイネや……誰? とシオンは冷や水を浴びせられたようにして思考の回転が止まり、自分の思考に尋ねた。
ハイネともう一人とは、誰? いま自分は二人だとしていたが、それは誰?
いや、今だけではなく、こうやってしばしばジーナの件を考えるとハイネともう一人のことも同時に思い浮かべてはいるものの、それが誰であるのかが思い出せず、こうして思考が立ち止まってしまう……いいや考えてはならない。
「彼ってそんなに外だと遊んでいる男なんですか?」
「あのシオン様? さきほどから、彼と申しておりますが、その彼とは、その……」
「えっ?なんですその奥歯に物が挟まったような言い方は? そうですよ彼ですよ、彼。言い難いことであることは分かっていますが、そこをはっきりしておかないといけません。けれども約束しましたように、聞いたからには私が責任を持って対処しますから。それで確認しますけど、この娘の父親の名は?」
嫌な予感を抱きながら聞くとアルの表情は苦しげに歪み、しばしの沈黙のあと、重々しく口が開かれた。
「……名を、言うことはできません。何と呼んでいいのか、迷います」
迷う、とは? 彼の名前はジーナと隊長以外に何かあるというのか? 私の場合は彼彼呼ばわりをしているけれど……
もしかして、私達は意思の疎通ができていないのでは? だとしたら、この一連の会話とは?
「あの、アル君? 何故その名をいうことができずに迷うのですか?」
「……シオン様もお分かりのように、名は消えてなくなってしまったではありませんか。あなたはおそらく僕らが龍への信仰心の薄い少数民族であるから覚えているとお思いでしょうが、間違いです。先の偽龍の名など、この世のどこにも残ってはいませんよ。僕らの記憶の中にもです」
穴が、あったのだろう、開いたのだろう、とシオンは意識が地の底に落ちていくのを感じた。
なにもない冷たい空間のなか身体が通り抜けていくのを気持ちが悪くなるほどに長く感じるも、それは妄想であった。
現にいま、自分はそこにいて、どこにもいけてはいない。どこかに行けたら良かったのに。
穴が開いてここから立ち去れたら、不可抗力的にここから脱出が出来たら……不意に自分を掴む手があった。その赤子の手。
小さいのに力強く握り言葉にならない声を発しているが、シオンにはこう聞こえた。逃げるな、と。
そうだ私はここに足を踏み入れてしまった。踏み入れてはならない、禁断の場所で、その封印に触れ、解いてしまった。
「偽龍と呼ばせていただきましょうが、我々の一族の中にも中央の宮廷にて給仕をしているものもおりました。その娘もそれであり、ある日偽龍めの酔いの衝動によって妊娠させられ、そのことを認知されぬまま例の虐殺事件を聞くや宮廷から脱し、騒動の後はここ狭間の一族の地帯へと逃げ延び、こちらで出産しこうして育てている次第であります。僕もこのことを聞いたのはこちらに到着した後であり、こうして足繁く通っていることから風の噂でも流れているのでしょう。シオン様もそれを確かめにここに来られたのですよね?」
山に登ったら湖に辿り着いたように……湖に潜ったらいつの間にか木の上にいたように……ジーナを探していたら龍の一族に出会ってしまったように……
シオンは呆然としながらもその龍の一族の子を、じっと見た。誰に似ているのだろうか?
男の子なのだろうが、この母親には似ているのだろう。だがシオンは偽龍の顔を、思い出せない。思い出せるはずがない。
もうその龍は死に絶えいまの龍の治世であるのだから。それが龍の世界というものであるのだから。
逆に言えば、こうである。前の偽龍の子であるかどうかは、誰にも分かるはずがないと。
「……残酷な言い方になりますが、この赤子がその偽龍の子であるかという証拠は、どこにもありません」
子を抱く母親の眼がシオンに注がれた。怒りと怯えが入り混じるも、その瞳の奥には安堵といった光が宿っているのをシオンは確認した。
龍の子を宿す……かつては栄光であったであろうその名誉は今のこの世では名誉にならず、それどころかそれは秩序攪乱の恐れありとして消されてしまう。
「僕らとしてもそうであってくれるのならどれだけ幸いであるか。そうです証拠はありません。その娘の証言が全ての証拠ですからね。偽龍は既に亡く、関係者も一人もいない。僕たちとしてはその娘の相手が誰であり、その赤子の父親が誰であるのかなど、重要視してはいないのです。けれどもシオン様、あなたがたは違いますよね?」
これまでそのような話し合いをした覚えもなくこの事態に対処する法もない。
それは言わなくても分かり切っていることなのである。
会議をする必要も法律を定める必要も、ないのだ。偽龍の子孫が現れたらどうするのか?
「……あなたがたがこの赤子をそうだと明言しなければ、誰にも知られないようにしたのなら」
「しかしシオン様、あなたは知ってしまったじゃありませんか?」
偽龍の子孫は、この世に存在してはならない。それは禍の種子であり芽であり幹となり枝となり葉となりそして実となり、落ちる。
その可能性を見てしまったどころか知らなかったことにはできない。
それは他ならぬこの龍の騎士である自分がそのようなことをすることは、有り得ないことなのだ。
「そうですね、私は知ってしまいました。これを忘れることは不可能でしょう」
「ところで、ここにその赤子がいることはいったいどなたからお聞きになられました?」
シオンは即座に龍身の顔を思い浮かべた。なにか勘が働いたのかもしれない。
偉大なる龍の智がここには何かがあると睨み、自分を遣わせ、見させ知らせる。
「……言えませんが、その方には報告をしなくてはならないでしょう」
「……シオン様!!」
アルは跪き組んだ拳を頭上に掲げた。嘆願、命乞いということだろう。
そう、命を乞うている。アルは分かっている、このことが二人の命に関わり一族にも累が及ぶと。
証拠がなくても、その疑惑だけでも今はかなり危険な状態であると言える。
龍の儀式は進行中であり、そこに前の偽龍の子がいるとしたら、それはそのまま生贄に捧げられてしまうかもしれない。
アルの嘆願の姿勢は不動であった。女たちも地べたに頭を当てている。
だが赤子だけは頭を垂れずに、こちらを向いて見ている。
いま、この場にいるものは二人を除いて全員が地面の暗闇へと呑み込まれている。
シオンは赤子と目を合わせた、いや赤子が目を合わせてきた。そこには美しい色の瞳が二つあり、シオンは懐かしさを覚えた。
その瞳を以前自分はどこかで見たことがある。いままで沢山の人の瞳を見てきたが、そういうのではなかった。
もっと昔から自分はその瞳を見て、また見返された。
知っている、だが忘れている。失っている、その喪失感だけは胸の奥に残っている。
それは、突然一つになった。そう、二つが半分になり一つとなるも、自分はそれを見続けてきた。
だけどもある日……いや徐々に……いつのまにか……いや、約束されていた通りに……その一つはどこかに消えてしまった。
その消えたことすら……自分はいつかは知らない。
「――」
無心状態のままシオンはなにかを、言った。誰かの名前を、声にならない言葉で赤子を呼んだ。
応じるはずがないというのに赤子は、笑った。その胸の奥の伽藍洞の中で何かが転がり、乾いた音が鳴る。虚しく鳴る。
それと同時にシオンは涙が出ることが分かった。泣いているものの赤子は何も言わず声をあげず、微笑んでいるだけである。
頬を流れる二筋の涙を拭いシオンは尋ねる。
「あなたは、誰?」
解せぬ、とシオンはアルを見上げた。ジーナはたしかに色んな女に手を出しその心を弄んだ色魔である。
だからといって一人ならいざ知らず、二人も三人も手を出し孕ませていたというのはいくらなんでもおかしい!
そうであるのならハイネや……誰? とシオンは冷や水を浴びせられたようにして思考の回転が止まり、自分の思考に尋ねた。
ハイネともう一人とは、誰? いま自分は二人だとしていたが、それは誰?
いや、今だけではなく、こうやってしばしばジーナの件を考えるとハイネともう一人のことも同時に思い浮かべてはいるものの、それが誰であるのかが思い出せず、こうして思考が立ち止まってしまう……いいや考えてはならない。
「彼ってそんなに外だと遊んでいる男なんですか?」
「あのシオン様? さきほどから、彼と申しておりますが、その彼とは、その……」
「えっ?なんですその奥歯に物が挟まったような言い方は? そうですよ彼ですよ、彼。言い難いことであることは分かっていますが、そこをはっきりしておかないといけません。けれども約束しましたように、聞いたからには私が責任を持って対処しますから。それで確認しますけど、この娘の父親の名は?」
嫌な予感を抱きながら聞くとアルの表情は苦しげに歪み、しばしの沈黙のあと、重々しく口が開かれた。
「……名を、言うことはできません。何と呼んでいいのか、迷います」
迷う、とは? 彼の名前はジーナと隊長以外に何かあるというのか? 私の場合は彼彼呼ばわりをしているけれど……
もしかして、私達は意思の疎通ができていないのでは? だとしたら、この一連の会話とは?
「あの、アル君? 何故その名をいうことができずに迷うのですか?」
「……シオン様もお分かりのように、名は消えてなくなってしまったではありませんか。あなたはおそらく僕らが龍への信仰心の薄い少数民族であるから覚えているとお思いでしょうが、間違いです。先の偽龍の名など、この世のどこにも残ってはいませんよ。僕らの記憶の中にもです」
穴が、あったのだろう、開いたのだろう、とシオンは意識が地の底に落ちていくのを感じた。
なにもない冷たい空間のなか身体が通り抜けていくのを気持ちが悪くなるほどに長く感じるも、それは妄想であった。
現にいま、自分はそこにいて、どこにもいけてはいない。どこかに行けたら良かったのに。
穴が開いてここから立ち去れたら、不可抗力的にここから脱出が出来たら……不意に自分を掴む手があった。その赤子の手。
小さいのに力強く握り言葉にならない声を発しているが、シオンにはこう聞こえた。逃げるな、と。
そうだ私はここに足を踏み入れてしまった。踏み入れてはならない、禁断の場所で、その封印に触れ、解いてしまった。
「偽龍と呼ばせていただきましょうが、我々の一族の中にも中央の宮廷にて給仕をしているものもおりました。その娘もそれであり、ある日偽龍めの酔いの衝動によって妊娠させられ、そのことを認知されぬまま例の虐殺事件を聞くや宮廷から脱し、騒動の後はここ狭間の一族の地帯へと逃げ延び、こちらで出産しこうして育てている次第であります。僕もこのことを聞いたのはこちらに到着した後であり、こうして足繁く通っていることから風の噂でも流れているのでしょう。シオン様もそれを確かめにここに来られたのですよね?」
山に登ったら湖に辿り着いたように……湖に潜ったらいつの間にか木の上にいたように……ジーナを探していたら龍の一族に出会ってしまったように……
シオンは呆然としながらもその龍の一族の子を、じっと見た。誰に似ているのだろうか?
男の子なのだろうが、この母親には似ているのだろう。だがシオンは偽龍の顔を、思い出せない。思い出せるはずがない。
もうその龍は死に絶えいまの龍の治世であるのだから。それが龍の世界というものであるのだから。
逆に言えば、こうである。前の偽龍の子であるかどうかは、誰にも分かるはずがないと。
「……残酷な言い方になりますが、この赤子がその偽龍の子であるかという証拠は、どこにもありません」
子を抱く母親の眼がシオンに注がれた。怒りと怯えが入り混じるも、その瞳の奥には安堵といった光が宿っているのをシオンは確認した。
龍の子を宿す……かつては栄光であったであろうその名誉は今のこの世では名誉にならず、それどころかそれは秩序攪乱の恐れありとして消されてしまう。
「僕らとしてもそうであってくれるのならどれだけ幸いであるか。そうです証拠はありません。その娘の証言が全ての証拠ですからね。偽龍は既に亡く、関係者も一人もいない。僕たちとしてはその娘の相手が誰であり、その赤子の父親が誰であるのかなど、重要視してはいないのです。けれどもシオン様、あなたがたは違いますよね?」
これまでそのような話し合いをした覚えもなくこの事態に対処する法もない。
それは言わなくても分かり切っていることなのである。
会議をする必要も法律を定める必要も、ないのだ。偽龍の子孫が現れたらどうするのか?
「……あなたがたがこの赤子をそうだと明言しなければ、誰にも知られないようにしたのなら」
「しかしシオン様、あなたは知ってしまったじゃありませんか?」
偽龍の子孫は、この世に存在してはならない。それは禍の種子であり芽であり幹となり枝となり葉となりそして実となり、落ちる。
その可能性を見てしまったどころか知らなかったことにはできない。
それは他ならぬこの龍の騎士である自分がそのようなことをすることは、有り得ないことなのだ。
「そうですね、私は知ってしまいました。これを忘れることは不可能でしょう」
「ところで、ここにその赤子がいることはいったいどなたからお聞きになられました?」
シオンは即座に龍身の顔を思い浮かべた。なにか勘が働いたのかもしれない。
偉大なる龍の智がここには何かがあると睨み、自分を遣わせ、見させ知らせる。
「……言えませんが、その方には報告をしなくてはならないでしょう」
「……シオン様!!」
アルは跪き組んだ拳を頭上に掲げた。嘆願、命乞いということだろう。
そう、命を乞うている。アルは分かっている、このことが二人の命に関わり一族にも累が及ぶと。
証拠がなくても、その疑惑だけでも今はかなり危険な状態であると言える。
龍の儀式は進行中であり、そこに前の偽龍の子がいるとしたら、それはそのまま生贄に捧げられてしまうかもしれない。
アルの嘆願の姿勢は不動であった。女たちも地べたに頭を当てている。
だが赤子だけは頭を垂れずに、こちらを向いて見ている。
いま、この場にいるものは二人を除いて全員が地面の暗闇へと呑み込まれている。
シオンは赤子と目を合わせた、いや赤子が目を合わせてきた。そこには美しい色の瞳が二つあり、シオンは懐かしさを覚えた。
その瞳を以前自分はどこかで見たことがある。いままで沢山の人の瞳を見てきたが、そういうのではなかった。
もっと昔から自分はその瞳を見て、また見返された。
知っている、だが忘れている。失っている、その喪失感だけは胸の奥に残っている。
それは、突然一つになった。そう、二つが半分になり一つとなるも、自分はそれを見続けてきた。
だけどもある日……いや徐々に……いつのまにか……いや、約束されていた通りに……その一つはどこかに消えてしまった。
その消えたことすら……自分はいつかは知らない。
「――」
無心状態のままシオンはなにかを、言った。誰かの名前を、声にならない言葉で赤子を呼んだ。
応じるはずがないというのに赤子は、笑った。その胸の奥の伽藍洞の中で何かが転がり、乾いた音が鳴る。虚しく鳴る。
それと同時にシオンは涙が出ることが分かった。泣いているものの赤子は何も言わず声をあげず、微笑んでいるだけである。
頬を流れる二筋の涙を拭いシオンは尋ねる。
「あなたは、誰?」
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