龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第3部 私達でなければならない

闇への扉

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 最大の敵とは、私だ。中央の龍ではなく紛れもなくこの私、龍を討つもの、ジーナだ。

 私を見た時に放たれた殺気は、本物だった。なんらかの危害を与えてくることなど覆いに有り得た。

 しかし、そんなことはなく、ただの仄めかしに留まり、あろうことか明日も来いと言った、言ったのだ。

 あれは呪龍の言葉ではない。ヘイムの言葉以外のなにものでもない。

 あの時に私と呪龍だけが気付いたのではなく、ヘイムもまた気づいたのだろう。

 詳細は知らないまでも微かに触れ、なんとなく察したはずだ。

 私と呪龍との関係を。そうであるのなら謎はさらに深まる。お前はどうして逆に私を討たなかったのだ?

 これもまた裏返しであるように、ヘイムもまた私を討てないまま今日この日を迎えたということなのか?

 ある意味で私を庇い続けた日々、それはある意味で私がヘイムを護り続けた日々。

 この先にいったい何が待っているのか? 何故、私は駆けているのに壁に当たらない?

 正しいとでもいうのか? 私が進んでいる道が正しいと? こんなので?

 こんな迷いと苦悩という汚辱に塗れているというのに、壁は現れず、行けというのか?

 右へ左へ、感覚的に中心を目指している。階段があるのは必然的に中心。

 印の力が働いているのだろう。私に龍を倒せという、それだけの意思で以って私に力を与えてくれるこの刻印。

 印は導く、中心に龍の元へ。ジーナとは印であり私はそれにこの身体と心を委ねた。

 その使命の為にジーナの為に、それが私の願いだった。私という存在の全てだった。そうであるのに迷うというのは。

 反射的に駆けるのをやめジーナは壁に背をつけた。その後に足音が遠くから聞こえる。誰かが、いる。

 その方向から鞘の音が鳴る。それは私のよく知っている音であった。私の剣の音。

 誰かが持っているのか? それとも幻聴か? 時間と共に目が慣れているとはいえその姿を確認することはできない。

 それどころか音を出すことすらできず、息を潜めながら耳を澄ます。

 警戒心があまりないのかまたはこちらに気付いていないのか、物音を立てながらそれは歩いている。

 剣の音、息遣い、足音、全て知っているとジーナは思うも、信じられなかった。信じたくなかった。

 これは幻ではないのか? それはあってはならない。私はお前からも遠く離れていたいというのに。

 逃げるべき、とジーナは初めて戻ることが頭に浮かんだ。だが会ってしまうことに対して、何が恐ろしいのか?

 むしろ剣を持っているというのなら、これは歓迎すべき事態では?

 ここで回収し龍の元へと向かう、完璧ではないか。これはそうせよという働きかけでは?

 あるいは印の力による引き寄せ、導きでもあるといえるのでは?

 だがそれはできない、とジーナは呼吸すら止めて意識をそれに向けた。

 彼女は私ではなく、そうならないように、ここまで来たのだから。そう、ひとつにならないように私はずっと……

 耳から、音が消え無音を聞くとジーナは動いた。どこに行った? 何故消えた?

 ジーナは歩き出す。今度は中心に向かうのではなく、消えたそれを探すために。

 隠れていたのにどうして求める、とジーナは自分に対して思う。遠ざかりたいと願っていた癖に何故探すとも思う。

 剣を持っているから? そうだ、いや、違う。いつもそうだ、いつもこれだ。自己の内なる矛盾と分離。

 ジーナは足音に注意を払いながら進むも、途中からそれすらやめ、また走り出すことにした。

 こちらを探しているのなら、気づくがいい。こちらには印があり、そちらに剣があるのならもう分かっているはずだ。

 この迷宮に私がいるということを、ジーナがいるということを。それなのに何故途中でそちらが隠れる?

 どこに? 何処に? 幻、いや絶対にそれは違う。お前はここにいたんだ。

 だから声を上げようとした。あの名を呼ぼうとする。あの日以来封印し続けてきた、その名を。

 言えない。言うことができない。その名を呼ぶこともできないのに求め追いかけ、苦しむ。

 これはなんだ? とジーナはいつもの苦しみに呻いた。彼女とはいったい何なのか?

 ジーナは息が切れ、壁に背をつける。眼前に広がる闇が濃く見え、再び息を殺し耳を澄ませた。

 すると遠くから音が聞こえる。探しているそれではなく、違う音。

 けれどもこれもまた知っている音である。何度も聞いたことのある音である。

 だが、ひとつ欠けている音である。それは自分だともすぐに分かった。

 第二隊が来る、とジーナは駆け出した。男達の仲間達の方向から反対を走るも音が迫ってくる。

 どうしてか正確にここに自分を目指して駆けてくるように思えてならなかった。

 ジーナは勘が働くまま奥へと足を目指していく。

「物音が? 誰かいるぞ!」
「誰だ! 隊長か?」
「この迷宮にいまいるのは我々以外一人だけだ。行くぞ」

 懐かしいと感じられる声がいくつも聞こえ耳に入り、焦りを増殖させる。

 このタイミングでどうして? ジーナは声とは反対の方へ行くも背中に声と音が叩きつけられるようにして迫ってくる。

 彼らに捕らえられることだけは避けなければならない、とジーナは短刀に手をかけ決心する。

 ここまでどれほど彼らを利用し犠牲を払い続けてきたのか。それもなにも知らせずに自らの使命の為に、私は犠牲を強いてきた。

 龍の元へ罪を討ちに……ああ行くとも、だがそれは自分のことなのだ。みんなには関係のないこと。

 あの龍を討つことで皆の罪は許された。もうみんなは私のために犠牲を払う必要はない。

 私は、私だけは呪龍の元へ行き討つことでのみ、この身の罪を滅ぼしに行くのだ。

 それは私だけのことであり、私だけの罪であるのだから。そうだ、この身には血と死が染み込んでいる。

 ジーナとなった時から西へ旅し龍との戦いにおいて。その私の手によって倒れた全ての命は私のために犠牲になった。

 その最後を目指して今は、走る足が遅くなっている? とジーナは闇の先に目をやる。闇はますます濃くなり、何も見えなくさせる。

 いつの間にこんなに闇が……ジーナは……男はこの闇の濃さを、思い出す。

 アリバの家の奥の奥……眠っていた部屋の闇。ジーナは闇に手を伸ばすとそこには壁があった。

 この迷宮に入って初めて、壁にぶつかるもののジーナは壁を叩いた。これは、壁なのか? 闇なのか?

 もう一度叩くと石壁の感覚があるというのに、石壁でないという違和感すらある。

 これはなんだ? ジーナは考えるも、しかしそのような余裕は既に無くなりつつあった。

 背後から追跡してくる足音と声。まるで過去の自分が追いかけてくるようにこちらに向かってくる。

 ジーナは振り返る。そこには濃霧のような闇が広がっているばかりであった。

 もう、引き返せない。ジーナは足元すら見えなくなっている闇を見て確信する。

 迫ってきたのは闇なのであると。もう瞼を閉じても闇は変わらない。

 だが私の名をを呼ぶ声と近づいてくる足音に変わりはない。彼らにはこの闇が見えないのかもしれない。

 私だけの闇、ジーナだけの闇。私がこの名を継いだときからこの身に纏った闇。

 やめられない、帰れない、私は前に進む以外にない。とジーナは再び壁に手を当てる。

 これは壁てはなく闇だ。晴れれば私は進める、だが、どうやってそれを?

 すると闇の果てから音が聞こえた。小さな音、微かな音が、ジーナの耳に届く。

 それもまた知っている音であった。いつか聞いた音。反射的にジーナは壁に、闇に指を置き指先を揺らした。

 闇が鳴り、続けて叩くと彼方より来る響きが心臓に届いた気がした。

 その打音に、その痛みにジーナは闇の果てに誰がいるのかが分かり出した。

 再び指先を揺らし闇を打つ。あの日のあの時と同じようなリズムで以って。

 香りがした。それは鼻腔の奥からか、記憶の底からか彼女の匂いが眠りから覚めたようにここに甦った。

 それから熱が壁に宿ったのか体温へと変わっていく。これもジーナは知っている。

 指先は速まっていく。身体に熱が宿れば宿るほどに心臓の鼓動は速まり、向うからの鼓動も速くなるも、まだ一つにならない。

 ズレている。まだすれ違った音のまま音は響き合っている。どうしてだ?

 焦りは心臓の鼓動を更に速まらせ響きが高鳴る。そこには苦痛すら感じだした。

 打音は止まない。こちらからもあちらからも。ジーナは限りなく近づいてくる音の中で思う。

 音を、ひとつにしなければ……と、ひとつにならなければ……ジーナはもっと思う……思った……ひとつに……

 だが打つも重ならず、壁の中の響きは徐々に弱く、離れ、消えていく音になっている

 それは無意識的にか意識的にかジーナはひとつテンポをずらして壁を打った。

 一瞬で音が重なりひとつとなり、ふたつの音は闇から消え残響すら残らなかった。

 もう互いに壁はもう叩かない。そうであるから、だからジーナは闇へと問うた。

「ハイネ、いるのだろ?」

 返事はなくともジーナはなおも言った。

「お前がそこにいることは分かっている。これは幻でもなければ幻聴でもない。私達はあの日と同じように心臓の鼓動を鳴らし続け、重ねたんだ」

 言葉は返っては来ない。だがジーナはいるとしか思えなかった。

「いま、私は壁の前に立っている。あるいは闇の中にいて、どこにも行けない。私をその壁の向こうに、入れてくれ。入らせてくれ。私はそちらに行かなくてはならないんだ」

 もう来るのだろう、と背後の足音が真っ直ぐにこちらに来るのが聞こえる。

 これも幻ではない。現実であり、もう一つの破滅がそこに迫っていた。

「ハイネ、助けてくれ。この闇から、壁から……私を救ってくれ」

「……壁や闇などありませんよ」

 声が壁の中から闇の中から……いやもっと近くから聞こえた。

「あるのは扉だけであなたはずっとその扉の前にいるのです。闇や壁といいますが違います。あるのは扉だけであり、あなたがそこにあると思い込むから存在するのですよ」

 扉? ジーナは闇に手をやるがそれは闇のままであり扉にはとても思えないのであるが、突然闇が裂けそこには四角の扉型をした光……ではなく薄い闇があった。

「そして扉を開けるとあなたがいるのですよね。入って……」

 まだ闇の中、ハイネの姿は見えないものの声に誘われジーナは中へと入る。闇の奥へ、ハイネの元へ。
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