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第3部 私達でなければならない
眉間に手刀
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手を取って階段を登るとジーナはソグでの日々を思い出す。
それはハイネではなくヘイムであるというのにジーナにはそこにいるのがヘイムであってハイネでないように、逆にヘイムであってハイネでないように感じられた。
歩みが、とても遅いからだろうか?
それは意識的でないとそうならないほどに登る速度が遅く、そして歩調は揃っていた。
意外と人に合わせるのが上手じゃないですか? とハイネが言いそうな言葉をジーナは想像の中で聞いていた。
ハイネは一言も喋らない。手を繋いで登り出してからしばらく経つが、何も一言も話しかけても来ない。
ジーナもまた何も口にせず、歩調を乱さぬように歩いていた。どちらがその歩みにしているのか、もう分からない。
思えばそれはヘイムの時と同じであったかもしれない。ジーナは思い出す。自分は彼女に合わせていたのだろうか?
そうかもしれない。だがある日シオンとヘイムの歩みの速さを見て驚いたことがあったが、その時の感想はそれだけであった。
違うのかもしれない。ヘイムの方がジーナに合わせていたのではないのかと。
自分はゆっくりと静かに歩きたかったのではないかと……ヘイムと一緒に、そしていまは……ハイネと一緒に……思い起こせば私達はその三人で歩いたことは皆無であり、三人で話したことも滅多に無かった。
それを避けるかのように、それを禁じるように、あってはならないもののように……そして自分はいまどこに向かっているのか?
ジーナはハイネにそれすら尋ねられない。
目指すは龍の元でありこの導き手は龍の元へと向かっている。聞くまでもないことであろうか、そうなのだろうか?
逆に何をしに行くのか? ハイネは尋ねずジーナも語らない。そうであるのに足だけは確実に前へ上へ、龍へ中心へと進んでいる。
世界はいま何時であり空の光は絶えている時刻なのだろうか? ジーナは世界を想像をする。
今日は特別に日が長くなる。地の祝祭と天の儀式が融合し、夜の訪れを遅くさせているのか夕暮れを過ぎてもまだ世界は仄明るく、完全な夜は龍の一体化と共に訪れる。つまり世界の光はそのままヘイムの命への印にとなる。逆では、無いのだ。
何とも分かりやすい天からの合図、私にだけ示されるその信号。そのことを私はなんとなく知っている。
あの日もそうだった……私はあのとき薄明の夕暮れに休憩所からの階段を登り上がり、広場を進んでいる最中に突然夜が訪れ、そして祭壇所の中からあの女が現れ……存在しない記憶がここに来た? ジーナは動揺を表に現さないようにハイネの手を強く握るもハイネは何の反応も示さなかった。敢えて、察してか。
ジーナは改めて階段の上を見て辺りを見返す、がそこにはなにも心を捉えて来るものが無かった。
そうなのだろう。その時はきっと暗闇であったのだ。印の力を用いたとしても全体を明るくさせて見ることなどできない。
だから記憶がないのだ。あるのは迷宮よりも微かに明るい森の記憶……西に向かう記憶……砂漠……はない、ないのだ。平原を抜けどこまでも抜け、彼方まで駆け抜け故郷の村へと辿り着く……いいや違う、そこは故郷ではない。そこは違うものの故郷だ。
自分は……あなたは、彼の故郷へと辿り着き、頬に刻まれた印を、村の者たちに見せ平伏させた。あなたは彼の代役として帰ってきたのだ。
あなたはその地に留まりそれを倒し続ける……その命の目的はふたつ。それを倒すことと、印を受け継がせること。
あなたはその両方を行い永い眠りにつくも記憶とその魂を印に留まらせ自らの命を永遠のものにしようとし、繰り返す。
幾代にも渡りあなたは使命で以って人々の魂を用いて生き続けてきた。印が続く限り絶え間なく無限に……だがある時、不都合が起こる。それは些細なズレから生じた。その使命を継ぐものが同時に二人となったのだ。
限りなく両者の力は近く互いに遜色のないものであったが、印は一人にしか刻まれることはなく、やがて選ぶ時が来る。
あなたは片方を選び片方を選ばない。それはいつものことであり、何も特別なことではない。
その直前までは迷い心を曇らせるが、一度選ぶやその後はその片方のことなど、忘れてしまう。捨てたものは忘れ、捨てられたものは忘れない。
ある意味であなたは印を刻まななかったものにだって、違うものを刻み込んだのだろう。印に対する特別な感情を。
それのせいでその片割れは山を降り、印からも遠ざかることとなるも、あなたは気にはしない。
継承者と共に自らの使命のなか恍惚としていればいい。燃え盛る命と共に、崇高なる感情と共に、何の疑問すら抱かずに……だが、その時は長くは続かなかった。今度の印の継承者は使命を達成できず、命を落とさざるを得なくなる。
新たなる印の継承者は育ってはおらず、そこにいる誰かに印を継承させなければならない。
しかしそこにいるものとは、かつてあなたが選ばなかったものであり、また選んではならないものであった。
それでもそのもの以外には選択肢はなくあなたはそれに自らの魂を刻んだ。
受け入れと拒絶という混沌、これによって本来伝えられるものの多くは欠落し、ここに歪んだ形での印の継承者が誕生してしまったが、それでもそのものは使命の為に東へと向かう。
あの人が作った無限のごとき砂漠を越え、あの人の力の衰えによって乱れた世の中を訪れ、あなたは目指させる。
そのものにそれを討たせるために……龍を討つために……だけどもそのものはある日、ソグの龍の館において……夢から醒めたようにして意識を取り戻すとジーナはハイネの顔を見つめていた。
「ハイネ、私はお前に出会ったな」
ジーナは声に出してそう言うと、ハイネは驚いて顔を見上げて言った。
「なんです急に変なことを言って。どうしました? 頭はいつも通り故障していますが」
「いや、ちょっと物思いに耽ってな……記憶を辿って辿って深いところに行くとな、ハイネが出て来るんだ。あのソグの龍の館で扉が開いたところがな特にな」
「ああ、それは忘れられないですよね。あなたは私の着替えを覗こうと扉を開いたのでしたから」
「違う、私はそんなつもりで扉を開けていない、というか扉を開けたのは私ではなくてハイネで」
「えっ他人のせいにするのですか? 客観的に考えましたら男の方が女の更衣室の扉を開けようとする目的はそれしかありませんよね?」
明らかにからかい目的で微笑みながら言っているがジーナは焦って言い訳じみたことを言うしかなかった。
「違うって。なんだ? あの日からずっとそうだと思っているのか? 出会いとしたら酷すぎるだろうに。違うぞ。というかそれを知っているのになんでわざわざその点で蒸し返すんだ」
「そっちの方が面白いですしね。ほら今だって面白いじゃありませんか。まぁ分かっていますよ違うって。それでなんでしたっけね」
知っているはずなのに、敢えて問うその理由とは何だろうとジーナはハイネを見る。ハイネは微笑みを返してジーナの答えを待っている。
思えば理由を明確に話したことなどなかった。曖昧な言葉でしか私はハイネに語っていない。
やる気がない、この身はその任に相応しくない、不信仰者であるから……これらの全ての上っ面の薄っぺらさ。
たとえば皮膚の一枚、その先にあるなにかを……それは私の口から聞きたいが為なのだろうか?
ジーナは顔を見上げる。全体は見えないが、いまここが真ん中より上にいるぐらいのことは分かった。
いつもの龍の休憩所あたりだろう。かつてであったら皆がそこにいて真ん中にヘイムが座り私はその右隣に必ずいた。
左には絶対にいない、右でなければならなかった。そうすれば龍を見なくて済み、ただヘイムだけを見て話し触れれば、問題は無かった。
問題は、無かったのだ。自分の意識として龍とは話してはおらず、見てもなく、そしてなによりもその手を取り支えていることは、ない。
私はヘイムを間に置くことで龍から離れていたことになる……それはほんの些細な距離とかではなく限りなく無限に近いほど彼方の距離がそこで生まれていた。
ではヘイムはどうなのか……どうだったのか? この龍を討つものとはどうやって?
そこにそれがいるというのに、間に何も無いというのに……この私以外に……この自分?
龍を討つものではない、私がそこにいるとしたのなら……ヘイムもまた、私を間に置くことによって自身の内にある矛盾を解消させていたとしたら……
「ハイネ、私は龍の護衛になる資格は無かったんだ」
「そこは知っていますってば。もうちょっと深いところの話をしてください」
「もしも私が龍の護衛にならなかったら……」
ハイネの言葉を無視しジーナは空に向かって語った。
「任命されなかったらまずハイネに出会うことはなかった」
ジーナは握っているハイネの掌から熱を感じるも何の反応もしない。ハイネもまた口を開かず無反応だった。
「あの日私は以前に語ったように散々迷いながら龍の館に行き階段を上がると踊り場があって、そこで扉が多いことを理由に帰ろうとしたんだ」
ハイネの掌から鋭い反応が起こるもジーナはこれも無視した。
「どの扉に入るのか、はおそらくバルツ様からルーゲン師から聞いていたと思う。ただ私が無意識に記憶からそれを削除していたのだろうな。無数の扉の前で私は途方に暮れた。なんたってヒントもないしそれらしき中心の扉というものが見えなかったのだから。少し焦ったけれどすぐに私はそれで良かったと安堵したんだ。なら間違えればいいと。時間通りに辿り着かなければいいと。延々と迷ってそこに到着しなければいいと。龍の元に、行かなくていいと」
「救われた、とあなたはお思いになられたでしょうね」
突然ハイネが口を開きジーナに告げる。冷たい声で、震える掌で以って手を強めに握ってきた。
「思ったな。これで私は龍のもとに行かなくて済む。龍と関わり合いにならなくて済む。自分のなすべきことのみを為せばよくなったと。このまま階段を降りていくのもサボりが露骨なので、どこか適当な扉を選んで中に入って探索でもしようかとすぐ右隣にあった扉を選んで手を掛けようとすると……」
そう言いかけるとジーナは眉間に軽い衝撃がきたのを感じた。回想による痛みではなく、右手が、ハイネの手刀がジーナの眉間を叩いていた。
「これぐらいでしたよね?」
それはハイネではなくヘイムであるというのにジーナにはそこにいるのがヘイムであってハイネでないように、逆にヘイムであってハイネでないように感じられた。
歩みが、とても遅いからだろうか?
それは意識的でないとそうならないほどに登る速度が遅く、そして歩調は揃っていた。
意外と人に合わせるのが上手じゃないですか? とハイネが言いそうな言葉をジーナは想像の中で聞いていた。
ハイネは一言も喋らない。手を繋いで登り出してからしばらく経つが、何も一言も話しかけても来ない。
ジーナもまた何も口にせず、歩調を乱さぬように歩いていた。どちらがその歩みにしているのか、もう分からない。
思えばそれはヘイムの時と同じであったかもしれない。ジーナは思い出す。自分は彼女に合わせていたのだろうか?
そうかもしれない。だがある日シオンとヘイムの歩みの速さを見て驚いたことがあったが、その時の感想はそれだけであった。
違うのかもしれない。ヘイムの方がジーナに合わせていたのではないのかと。
自分はゆっくりと静かに歩きたかったのではないかと……ヘイムと一緒に、そしていまは……ハイネと一緒に……思い起こせば私達はその三人で歩いたことは皆無であり、三人で話したことも滅多に無かった。
それを避けるかのように、それを禁じるように、あってはならないもののように……そして自分はいまどこに向かっているのか?
ジーナはハイネにそれすら尋ねられない。
目指すは龍の元でありこの導き手は龍の元へと向かっている。聞くまでもないことであろうか、そうなのだろうか?
逆に何をしに行くのか? ハイネは尋ねずジーナも語らない。そうであるのに足だけは確実に前へ上へ、龍へ中心へと進んでいる。
世界はいま何時であり空の光は絶えている時刻なのだろうか? ジーナは世界を想像をする。
今日は特別に日が長くなる。地の祝祭と天の儀式が融合し、夜の訪れを遅くさせているのか夕暮れを過ぎてもまだ世界は仄明るく、完全な夜は龍の一体化と共に訪れる。つまり世界の光はそのままヘイムの命への印にとなる。逆では、無いのだ。
何とも分かりやすい天からの合図、私にだけ示されるその信号。そのことを私はなんとなく知っている。
あの日もそうだった……私はあのとき薄明の夕暮れに休憩所からの階段を登り上がり、広場を進んでいる最中に突然夜が訪れ、そして祭壇所の中からあの女が現れ……存在しない記憶がここに来た? ジーナは動揺を表に現さないようにハイネの手を強く握るもハイネは何の反応も示さなかった。敢えて、察してか。
ジーナは改めて階段の上を見て辺りを見返す、がそこにはなにも心を捉えて来るものが無かった。
そうなのだろう。その時はきっと暗闇であったのだ。印の力を用いたとしても全体を明るくさせて見ることなどできない。
だから記憶がないのだ。あるのは迷宮よりも微かに明るい森の記憶……西に向かう記憶……砂漠……はない、ないのだ。平原を抜けどこまでも抜け、彼方まで駆け抜け故郷の村へと辿り着く……いいや違う、そこは故郷ではない。そこは違うものの故郷だ。
自分は……あなたは、彼の故郷へと辿り着き、頬に刻まれた印を、村の者たちに見せ平伏させた。あなたは彼の代役として帰ってきたのだ。
あなたはその地に留まりそれを倒し続ける……その命の目的はふたつ。それを倒すことと、印を受け継がせること。
あなたはその両方を行い永い眠りにつくも記憶とその魂を印に留まらせ自らの命を永遠のものにしようとし、繰り返す。
幾代にも渡りあなたは使命で以って人々の魂を用いて生き続けてきた。印が続く限り絶え間なく無限に……だがある時、不都合が起こる。それは些細なズレから生じた。その使命を継ぐものが同時に二人となったのだ。
限りなく両者の力は近く互いに遜色のないものであったが、印は一人にしか刻まれることはなく、やがて選ぶ時が来る。
あなたは片方を選び片方を選ばない。それはいつものことであり、何も特別なことではない。
その直前までは迷い心を曇らせるが、一度選ぶやその後はその片方のことなど、忘れてしまう。捨てたものは忘れ、捨てられたものは忘れない。
ある意味であなたは印を刻まななかったものにだって、違うものを刻み込んだのだろう。印に対する特別な感情を。
それのせいでその片割れは山を降り、印からも遠ざかることとなるも、あなたは気にはしない。
継承者と共に自らの使命のなか恍惚としていればいい。燃え盛る命と共に、崇高なる感情と共に、何の疑問すら抱かずに……だが、その時は長くは続かなかった。今度の印の継承者は使命を達成できず、命を落とさざるを得なくなる。
新たなる印の継承者は育ってはおらず、そこにいる誰かに印を継承させなければならない。
しかしそこにいるものとは、かつてあなたが選ばなかったものであり、また選んではならないものであった。
それでもそのもの以外には選択肢はなくあなたはそれに自らの魂を刻んだ。
受け入れと拒絶という混沌、これによって本来伝えられるものの多くは欠落し、ここに歪んだ形での印の継承者が誕生してしまったが、それでもそのものは使命の為に東へと向かう。
あの人が作った無限のごとき砂漠を越え、あの人の力の衰えによって乱れた世の中を訪れ、あなたは目指させる。
そのものにそれを討たせるために……龍を討つために……だけどもそのものはある日、ソグの龍の館において……夢から醒めたようにして意識を取り戻すとジーナはハイネの顔を見つめていた。
「ハイネ、私はお前に出会ったな」
ジーナは声に出してそう言うと、ハイネは驚いて顔を見上げて言った。
「なんです急に変なことを言って。どうしました? 頭はいつも通り故障していますが」
「いや、ちょっと物思いに耽ってな……記憶を辿って辿って深いところに行くとな、ハイネが出て来るんだ。あのソグの龍の館で扉が開いたところがな特にな」
「ああ、それは忘れられないですよね。あなたは私の着替えを覗こうと扉を開いたのでしたから」
「違う、私はそんなつもりで扉を開けていない、というか扉を開けたのは私ではなくてハイネで」
「えっ他人のせいにするのですか? 客観的に考えましたら男の方が女の更衣室の扉を開けようとする目的はそれしかありませんよね?」
明らかにからかい目的で微笑みながら言っているがジーナは焦って言い訳じみたことを言うしかなかった。
「違うって。なんだ? あの日からずっとそうだと思っているのか? 出会いとしたら酷すぎるだろうに。違うぞ。というかそれを知っているのになんでわざわざその点で蒸し返すんだ」
「そっちの方が面白いですしね。ほら今だって面白いじゃありませんか。まぁ分かっていますよ違うって。それでなんでしたっけね」
知っているはずなのに、敢えて問うその理由とは何だろうとジーナはハイネを見る。ハイネは微笑みを返してジーナの答えを待っている。
思えば理由を明確に話したことなどなかった。曖昧な言葉でしか私はハイネに語っていない。
やる気がない、この身はその任に相応しくない、不信仰者であるから……これらの全ての上っ面の薄っぺらさ。
たとえば皮膚の一枚、その先にあるなにかを……それは私の口から聞きたいが為なのだろうか?
ジーナは顔を見上げる。全体は見えないが、いまここが真ん中より上にいるぐらいのことは分かった。
いつもの龍の休憩所あたりだろう。かつてであったら皆がそこにいて真ん中にヘイムが座り私はその右隣に必ずいた。
左には絶対にいない、右でなければならなかった。そうすれば龍を見なくて済み、ただヘイムだけを見て話し触れれば、問題は無かった。
問題は、無かったのだ。自分の意識として龍とは話してはおらず、見てもなく、そしてなによりもその手を取り支えていることは、ない。
私はヘイムを間に置くことで龍から離れていたことになる……それはほんの些細な距離とかではなく限りなく無限に近いほど彼方の距離がそこで生まれていた。
ではヘイムはどうなのか……どうだったのか? この龍を討つものとはどうやって?
そこにそれがいるというのに、間に何も無いというのに……この私以外に……この自分?
龍を討つものではない、私がそこにいるとしたのなら……ヘイムもまた、私を間に置くことによって自身の内にある矛盾を解消させていたとしたら……
「ハイネ、私は龍の護衛になる資格は無かったんだ」
「そこは知っていますってば。もうちょっと深いところの話をしてください」
「もしも私が龍の護衛にならなかったら……」
ハイネの言葉を無視しジーナは空に向かって語った。
「任命されなかったらまずハイネに出会うことはなかった」
ジーナは握っているハイネの掌から熱を感じるも何の反応もしない。ハイネもまた口を開かず無反応だった。
「あの日私は以前に語ったように散々迷いながら龍の館に行き階段を上がると踊り場があって、そこで扉が多いことを理由に帰ろうとしたんだ」
ハイネの掌から鋭い反応が起こるもジーナはこれも無視した。
「どの扉に入るのか、はおそらくバルツ様からルーゲン師から聞いていたと思う。ただ私が無意識に記憶からそれを削除していたのだろうな。無数の扉の前で私は途方に暮れた。なんたってヒントもないしそれらしき中心の扉というものが見えなかったのだから。少し焦ったけれどすぐに私はそれで良かったと安堵したんだ。なら間違えればいいと。時間通りに辿り着かなければいいと。延々と迷ってそこに到着しなければいいと。龍の元に、行かなくていいと」
「救われた、とあなたはお思いになられたでしょうね」
突然ハイネが口を開きジーナに告げる。冷たい声で、震える掌で以って手を強めに握ってきた。
「思ったな。これで私は龍のもとに行かなくて済む。龍と関わり合いにならなくて済む。自分のなすべきことのみを為せばよくなったと。このまま階段を降りていくのもサボりが露骨なので、どこか適当な扉を選んで中に入って探索でもしようかとすぐ右隣にあった扉を選んで手を掛けようとすると……」
そう言いかけるとジーナは眉間に軽い衝撃がきたのを感じた。回想による痛みではなく、右手が、ハイネの手刀がジーナの眉間を叩いていた。
「これぐらいでしたよね?」
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