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1-1 神戸茉莉花編
12. 神戸茉莉花と黒蛇の悪夢⑧
しおりを挟む「多々良くんっ!?」
間一髪のところで箒に乗った二人を押し出し黒蛇の攻撃から逃れるが、代わりに正面から体当たりを食らってしまった。
神戸さんの叫び声が次第に遠くなり、瞬く間に地面へと激しく打ち付けられる。肺を圧し潰されるような耐え難い衝撃、胃液が飛び散り声にならない声が漏れ始めた。
(クソォ……ッ……!)
力が入らず身体を動かすことさえままならない。どうにか夢からは覚めずに済んでいるが、次に一発喰らったら間違いなく致命傷。ブラックアウト免れないだろう。
背後で黒蛇が蠢く気配を感じ取った。
このままトドメを刺そうと近付いているのだろう。
駄目だ、どうしても身体に力が入らない。
もう、立ち上がれない……。
(…………俺じゃ、ない……っ?)
予想は外れた。黒蛇の長い首は俺の遥か頭上を通過し、再び箒に乗ったメアと神戸さんを狙い行動を開始する。
俺のことなどまったく気にしていないようだ……戦闘不能に陥ったと見て完全に無視しているのだろうか?
(そうか……メアが神戸さんを連れて逃げている限り状況は変わらない……!)
黒蛇の正体はストーカーの行き過ぎた執着心を表したモノ。ならば、もはや立ち上がる力さえ残されていない俺は奴にとって障害ではなくなったということになる。
奴が最も敵視すべきは、神戸さんを拘束から取り逃がしたメア。更に言えば、メア自身がどうなろうと奴は知ったことではない。
ただ神戸さんを再び拘束さえ出来れば、黒蛇の執念、そして悲願は達成されたこととなる。そして最後はとぐろの中に彼女を連れ込み、胸元を噛み尽くすのだ。
(まだだ……まだチャンスはある……!)
更に鋭利さを増した黒蛇の体当たりを避けるだけでも精一杯なメア。宙を自在に飛び回り巧みに攻撃を躱しているが、このままでは時間の問題だろう。
いざというときの僕たちは未だにダウンしたまま……となると、やはり突破口は俺しか居ない。黒蛇も俺が戦闘に戻って来ることは予期していない筈だ。
ようやく四肢の感覚が戻って来た……大丈夫、まだ闘える。俺は完全無欠のヒーロー、絶対に勝利を収めるヒーローなんだ。
こんなところで負けるわけにはいかない。
例え、死ぬほどダサい恰好をしていようと!
タタパンマンの称号は今すぐ撤回したいけれども!
「クッ……私のスピードを上回るとはなんという執念深さ……気持ち悪い、とても気持ち悪いのです……っ!」
「メアっ、気を付けろ! 尻尾だッ!」
「なっ……!」
黒蛇の背後に回り込もうとしたメアだったが、神戸さんを失いすっかり暇を持て余していた後ろ半分の胴体がムチを振るうよう二人へ襲い掛かる。
「キャアァァっっ!!」
「し、しまっ……!」
ギリギリのところで回避したようにも見えたが、箒の後方が僅かにヒットしていまったのか。
必死にメアの身体に捕まっていた神戸さんは、バランスを崩し落下してしまう。不味い、このままじゃ地面に……!
「決めに掛かったか……ッ!」
同時に黒蛇も首を伸ばして、落下する神戸さんへと急接近。大きく開かれた中身の見えない大きな口……このまま彼女を噛み殺すつもりだ!
「やらせるかァァァァーーーーッッ!!」
地面を蹴り上げ彼女のもとへ飛び立つ。
状況は五分五分。俺が神戸さんを救い出すか、黒蛇が夢を終わらせるか。この勝負、より彼女への強い情念を持ち続けた方に天秤が傾く。
負けるものか。負けるわけにはいかないんだ。ストーカーなんて卑劣な方法で彼女を手にしようとした性根の腐った奴に。
神戸さんの自由を。未来を明け渡すなんて。
絶対に、絶対にさせるものか……ッ!!
「―――――――俺の勝ちだッッ!!」
「……なんという速さ……っ!」
地面に落ちるギリギリのところで神戸さんを掬い上げ、すぐさま上空へと浮遊する。同時に黒蛇は頭を強く打ちまたも悲鳴を上げた。
メアの驚くような呟きも吹き荒れる爆風の最中へ消え去る。そのまま飛行を続けメアと僕たちの待つ先へと向かった。
「多々良くん、すごいっ!」
「ごめん、今だけは名前で呼ばないで欲しい」
「えっ……どうして?」
「……俺、タタパンマンだから……」
「あ、あはは……そこ重要なんだ……」
やや引き攣った様子の苦笑いに意志も揺らぎ掛けるが、ここは一つカッコいいところを見せられただけ良しとしよう。
って、当たり前のようにお姫様抱っこしちゃってるな。何だかんだで明晰夢のときより良い思いをしているのは気のせいだろうか……っと、イカンイカン。まだ勝負は決していない。
「多々良くん、また蛇がっ……!」
「分かってる……!」
いよいよ男の手に渡ったことで黒蛇も堪忍袋の緒が切れたのか。それなりにダメージは蓄積されている筈だが、鼓膜を貫くような狂声を轟かせ再び追撃へと向かう。
太長い胴体を不規則にしならせ地面へ叩き落そうと巨大な鞭を振るうが……明らかにスピードが落ちている。このまま逃げ続けて、隙を突いてトドメの一撃を突き刺せば……この悪夢からも逃れられる筈だ。
トドメの一撃……この格好、なり切り具合からして、やはり最後はアンパンチならぬタタパンチで締めるべきだろうか。戦況が優位に傾いて来た手前、若干気乗りしないのは否定しないところだが。
「多々良くんっ、前!?」
「えっ……あ、ヤバ?!」
しまった、余計なことを考え過ぎた。黒蛇が進行方向へ先回りして前から体当たりを仕掛けて来る……俺ごと噛み殺すつもりか!?
「下、です……っ!」
「メアっ!」
戦地へと舞い戻ったメアが真下を並走。入れ替わり際に神戸さんを受け渡し、最も危惧すべき展開は回避される……いやこれ、俺だけダメージ喰らう流れじゃんッ!?
「あっぶなァァッッ!?」
間一髪下降し直撃こそ免れるが……頭がヒリヒリと痛む。すれ違ったタイミングで少し当たってしまったか。
「多々良くん!? 頭、あたまっ!!」
「前頭葉がァァァァ!!!!」
「モザイク処理されていて助かりましたね……ほぼ半分食べられてますけど……」
妙に頭が軽くなったと思ったら、お凸の上半分辺りから頭頂部に掛けて黒蛇に持って行かれていたようだ。スイカが割れたときみたいに綺麗サッパリ脳ミソが無くなっている。
痛みが無かったから触ろうとするまで気付かなかった。モザイク越しでも分かるこのグロさ。
あ、危ない……タタパンマンに変身していなかった即死だった。ていうかアンパン○ンってここまで頭抉られても大丈夫なのか。まぁ自分の頭切り取って食べさせてるしそういうものなのか。
「あ、あれっ……?」
急に視界がグラつき始める。や、やっぱり顔半分持って行かれたらアンパ○マンでも致命傷か……ヤバイ、落ちる……ッ!
「これは行けませんね……トリンキュロー、すぐに新しい顔を……!」
メアの指示に従い、トリンキュローは右掌から代わりの頭部を出現させこちらへ投げ付ける。凄い、本家顔負けのコントロールだ……。
「素晴らしいピッチングです……!」
「おおっ! いきなり体力が……よし、元気100倍……ッ!」
地面に激突する寸前で新しい顔へ入れ替わり、無事上昇に成功する。ちなみに入れ替わった古い顔はステファノーがキャッチし、呑気にムシャムシャと食べていた。ああやって後処理されるんだな。絶対本家と違うよな。
「行くぞデカブツ……新しい顔になったいま、もはや貴様は俺の敵ではないッ!」
「見えてないですけどね……」
「ううぉオオオオォォォォーーッッ!!!!」
全速前進、一気に間合いを詰め右腕を振り上げる。
最後はこれで決まりだ……ッ!
「…………タタパァァァァァァァーーーーンチ!!!!」
フルスロットルで突き出した拳が黒蛇の頭部に命中する。目的はおろか空間そのものまで揺れ動くような強烈な一撃に、黒蛇はもの悲しげな雄叫びを挙げよろめいた。
そのまま壁へ激突し、長い長い胴体はゆっくりと地面へ横たわっていく。地響きを思わせる激しい衝撃を伴い、黒蛇はついぞ動かなくなった…………。
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