リトルラバー

鏡紫郎

文字の大きさ
4 / 19

第三話 イセリアショッピングモール

しおりを挟む
 獅子上ししがみ駅から電車に揺られること十分。二人は、葉瑠間のイセリアショッピングモールへとやってきていた。

 鳩場はとば市・葉瑠間、緑が多く残る田舎ではあるものの、都心へのアクセスは電車で一時間程と、立地条件としては悪くない土地である。しかし、他の市町村同様人工の減少を避けることはできず、三十年前と比べ人工は半数以下へと激減していた。

 だが、裏を返せば土地の確保や住民の密度等、移住地としては最適という見解がなされ、首都一極集中を避ける政策の一環として、広大な土地を持て余す当市に白羽の矢が立てられた。

 竜也が勤務する獅子上署周辺も、今やビル街となり、昔には及ばないもののかなりの人が鳩場へと戻ってきており、政策は成功したと言って間違いないだろう。そしてここ、イセリアショッピングモールは、都市開発の中の目玉の一つとして建てられた、オープンモール形式のショッピングセンターなのである。

「にしても、何度来ても思うが、くっそ広いよなここ。目当ての店を探すだけでもうんざりする」

 入り口の店内地図を見つめ、開口一番竜也は愚痴をこぼしていた。実際、見渡す限りのショーウィンドウの多さに目眩がしそうというのは頷ける。そんな竜也の姿に、奈々花は目を細め呆れ顔を見せた。

「タッツーさ、ここイセリアの中でも狭いほうだよ。広いところはこの二倍ぐらいあるって聞くし」

「二倍って。確かここ、二百件ぐらいあったよな。その倍っていうと、四百……まじか」

「まじまじ」

 当たり前のように語られる奈々花の説明に、絶望した竜也は難色を示し、これ以上広いショッピング街になぞ絶対に行くものかと、この瞬間心に誓っていた。そんな中奈々花はある疑問を抱き、一つの可能性へと至る。

「それよりもタッツー、こんなとこ来たことあったんだ。意外。……はっ! まさか元カノ!?」

「元カノって、ちげーよ。一人だ一人。アホみたいに広いっちゃ広いが、なんだかんだ物揃えるには便利なんだよ」

 この広大なショッピングモールに否定的な竜也ではあるものの、その利便性には一目置いている。とは言え彼も男だ。いい歳したおっさんであっても中身は男の子なのである。当然、若い子同様変な意地というものがあるわけで、素直に褒めることができないのである。

 そしてその意地は、彼の別の部分にも火を灯した。そう、奈々花にからかわれたことが、彼のプライドを地味に傷つけていたのだ。それを知ってか知らずか、奈々花は彼へと更に追い打ちをかけていく。

「というか奈々花、俺に今彼女が居るとか考えないのかよ?」

「ぷっ、タッツーに今カノとか、ないない」

「しばくぞコラ」

「うわー、おかされるー、にげろー」

「棒読みとは言え、公共の場でその発言はやめろ!!」

 竜也に怒られた奈々花は、物騒な言葉を笑顔で叫びながら店内へと走っていく。この時、そんな彼女を見つめる竜也の心の内は、恐怖で打ち震えていた。何故なら、現代における彼女の発言は、彼を社会的に抹殺するには十分すぎるからである。

 そもそも、四十間近の刑事が、事件と関係のない未成年と一緒に居る。それだけでも一歩間違えれば犯罪扱いされ、懲戒免職ものだというのに、それを助長するかのような彼女の発言は、彼にとって死活問題であり、肝を冷やさざるお得なかったのだ。それが例え、彼女にとっては遊びであってもである。そのぐらい今の世の中は敏感で、男に対する風当たりは強いのだ。駆けつけた警備員に俺が連行され、違うんですと泣き叫びながら戻ってくる奈々花の姿を想像して、世知辛いと思う竜也なのであった。

 そんなこんなで竜也が恐ろしい妄想に打ち震えていると、店内へと駆けていったはずの奈々花が、早歩きで彼の方へと戻って来た。そして、涙混じりの声で彼へと食って掛かってみせる。

「なんで追っかけて来てくれないの! 行っちゃうよ! 私、行っちゃうんだよ!」

「いや、戻ってくるのわかってるからな」

 竜也の言葉通り、奈々花には人混みの中へと一人で行けないある理由があった。故に竜也は彼女を追っていかなかったのだが、少女の乙女心、しかも思春期真っ只中の彼女にとっては、彼の行為は到底許せるものではなかったのである。

「わかってても追っかけて来てくれるのが、レディに対するマナーだよね!」

 あまりに鬼気迫る奈々花の表情に、仕方ないなと思いながらも竜也は折れることに決めた。彼は奈々花のためにここへと来ているわけで、これ以上意固地になって関係を悪化させては元も子もない。そう思ったからである。

「悪かったよ」

「んー。あんまり離れないでよね」

「はいはい。了解しましたお姫様」

 離れたのは自分だろと内心思ってしまった竜也であったが、その言葉は胸の内へとぐっと飲み込み、奈々花の頭を優しく叩いてやる。しかし、そんな彼の考えを奈々花は直感で読み取ったのか、ある提案を竜也へと突きつけた。

「誠意が見えないので、おごりを要求します」

「お前なぁ……高いのは無しだぞ」

 未だ半泣き状態である奈々花の表情を見て、渋々ながらも竜也が了解の意志を見せると、奈々花は両手を広げ全身で喜びを表した。ついつい彼女を甘やかしてしまう自分を嘆かわしく思いながらも、嬉しそうにする奈々花の姿に竜也の口元はまたも緩んでしまっている。

 だが、喜んでばかりもいられない。つまりこれは竜也に支払いの権利が発生したということになるわけで、彼女の要求次第ではこれからの一ヶ月、彼の生活に響くこととなる。竜也は財布を取り出すと、挟まれている福沢諭吉の数を数え始めた。

「よーっし! 張り切ってさっがすぞー!」

「……大丈夫か? 今月の生活費」

 財布の中身を確認し終えた竜也は、スキップ混じりの奈々花の後ろ姿へとぼやきつつ、財布をズボンのポケットへと戻すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...