リトルラバー

鏡紫郎

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第三話 イセリアショッピングモール

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 獅子上ししがみ駅から電車に揺られること十分。二人は、葉瑠間のイセリアショッピングモールへとやってきていた。

 鳩場はとば市・葉瑠間、緑が多く残る田舎ではあるものの、都心へのアクセスは電車で一時間程と、立地条件としては悪くない土地である。しかし、他の市町村同様人工の減少を避けることはできず、三十年前と比べ人工は半数以下へと激減していた。

 だが、裏を返せば土地の確保や住民の密度等、移住地としては最適という見解がなされ、首都一極集中を避ける政策の一環として、広大な土地を持て余す当市に白羽の矢が立てられた。

 竜也が勤務する獅子上署周辺も、今やビル街となり、昔には及ばないもののかなりの人が鳩場へと戻ってきており、政策は成功したと言って間違いないだろう。そしてここ、イセリアショッピングモールは、都市開発の中の目玉の一つとして建てられた、オープンモール形式のショッピングセンターなのである。

「にしても、何度来ても思うが、くっそ広いよなここ。目当ての店を探すだけでもうんざりする」

 入り口の店内地図を見つめ、開口一番竜也は愚痴をこぼしていた。実際、見渡す限りのショーウィンドウの多さに目眩がしそうというのは頷ける。そんな竜也の姿に、奈々花は目を細め呆れ顔を見せた。

「タッツーさ、ここイセリアの中でも狭いほうだよ。広いところはこの二倍ぐらいあるって聞くし」

「二倍って。確かここ、二百件ぐらいあったよな。その倍っていうと、四百……まじか」

「まじまじ」

 当たり前のように語られる奈々花の説明に、絶望した竜也は難色を示し、これ以上広いショッピング街になぞ絶対に行くものかと、この瞬間心に誓っていた。そんな中奈々花はある疑問を抱き、一つの可能性へと至る。

「それよりもタッツー、こんなとこ来たことあったんだ。意外。……はっ! まさか元カノ!?」

「元カノって、ちげーよ。一人だ一人。アホみたいに広いっちゃ広いが、なんだかんだ物揃えるには便利なんだよ」

 この広大なショッピングモールに否定的な竜也ではあるものの、その利便性には一目置いている。とは言え彼も男だ。いい歳したおっさんであっても中身は男の子なのである。当然、若い子同様変な意地というものがあるわけで、素直に褒めることができないのである。

 そしてその意地は、彼の別の部分にも火を灯した。そう、奈々花にからかわれたことが、彼のプライドを地味に傷つけていたのだ。それを知ってか知らずか、奈々花は彼へと更に追い打ちをかけていく。

「というか奈々花、俺に今彼女が居るとか考えないのかよ?」

「ぷっ、タッツーに今カノとか、ないない」

「しばくぞコラ」

「うわー、おかされるー、にげろー」

「棒読みとは言え、公共の場でその発言はやめろ!!」

 竜也に怒られた奈々花は、物騒な言葉を笑顔で叫びながら店内へと走っていく。この時、そんな彼女を見つめる竜也の心の内は、恐怖で打ち震えていた。何故なら、現代における彼女の発言は、彼を社会的に抹殺するには十分すぎるからである。

 そもそも、四十間近の刑事が、事件と関係のない未成年と一緒に居る。それだけでも一歩間違えれば犯罪扱いされ、懲戒免職ものだというのに、それを助長するかのような彼女の発言は、彼にとって死活問題であり、肝を冷やさざるお得なかったのだ。それが例え、彼女にとっては遊びであってもである。そのぐらい今の世の中は敏感で、男に対する風当たりは強いのだ。駆けつけた警備員に俺が連行され、違うんですと泣き叫びながら戻ってくる奈々花の姿を想像して、世知辛いと思う竜也なのであった。

 そんなこんなで竜也が恐ろしい妄想に打ち震えていると、店内へと駆けていったはずの奈々花が、早歩きで彼の方へと戻って来た。そして、涙混じりの声で彼へと食って掛かってみせる。

「なんで追っかけて来てくれないの! 行っちゃうよ! 私、行っちゃうんだよ!」

「いや、戻ってくるのわかってるからな」

 竜也の言葉通り、奈々花には人混みの中へと一人で行けないある理由があった。故に竜也は彼女を追っていかなかったのだが、少女の乙女心、しかも思春期真っ只中の彼女にとっては、彼の行為は到底許せるものではなかったのである。

「わかってても追っかけて来てくれるのが、レディに対するマナーだよね!」

 あまりに鬼気迫る奈々花の表情に、仕方ないなと思いながらも竜也は折れることに決めた。彼は奈々花のためにここへと来ているわけで、これ以上意固地になって関係を悪化させては元も子もない。そう思ったからである。

「悪かったよ」

「んー。あんまり離れないでよね」

「はいはい。了解しましたお姫様」

 離れたのは自分だろと内心思ってしまった竜也であったが、その言葉は胸の内へとぐっと飲み込み、奈々花の頭を優しく叩いてやる。しかし、そんな彼の考えを奈々花は直感で読み取ったのか、ある提案を竜也へと突きつけた。

「誠意が見えないので、おごりを要求します」

「お前なぁ……高いのは無しだぞ」

 未だ半泣き状態である奈々花の表情を見て、渋々ながらも竜也が了解の意志を見せると、奈々花は両手を広げ全身で喜びを表した。ついつい彼女を甘やかしてしまう自分を嘆かわしく思いながらも、嬉しそうにする奈々花の姿に竜也の口元はまたも緩んでしまっている。

 だが、喜んでばかりもいられない。つまりこれは竜也に支払いの権利が発生したということになるわけで、彼女の要求次第ではこれからの一ヶ月、彼の生活に響くこととなる。竜也は財布を取り出すと、挟まれている福沢諭吉の数を数え始めた。

「よーっし! 張り切ってさっがすぞー!」

「……大丈夫か? 今月の生活費」

 財布の中身を確認し終えた竜也は、スキップ混じりの奈々花の後ろ姿へとぼやきつつ、財布をズボンのポケットへと戻すのだった。
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