リトルラバー

鏡紫郎

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第ニ話 不器用な二人

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「用が無いなら帰るぞ。忙しい中わざわざ来てやってるんだ」

「あわわわわわ、ごめん、ごめんってば。私の可愛さに免じて許してタッツー」

 故に、こうして無理矢理彼女と合うための時間を、竜也は捻出しているのである。

 そして、いくら否定をしようとも彼女が女性であることに変わりはなく、ちょこんと顎の下で両手を合わせ、上目遣いで竜也を見つめるその視線や、オフショルダーのTシャツから覗く綺麗な白い肩が、未成熟なりの色気を醸し出し、否応なしに女であることを感じさせられてしまう。

 理性が抑え込もうとも、本能が求めてしまう。それが男の性であって、竜也も例外なく彼女の無防備な行動に飲まれ、頬をほんのりと染めてしまっていた。

「……それで、こんな朝早くから呼び出して、今日は何の用だ?」

 そんな気持ちを抱いてしまう自分に、だから嫌なんだと内心思いながら、竜也はぶっきらぼうに声を紡ぐ。

「何って、決まってるじゃない。女の子に縁の無い可哀想なタッツーのために、私がデートしてあげようと考えたわけだよ」

 しかし、彼女は竜也の仕草に気づくことなく、無垢な笑顔を彼の顔へと近づけていた。

「!?……じゃあな、気をつけて帰れよ」

 その近さに驚いた竜也は、恥ずかしさを紛らわすように立ち上がると、足を踏み出し急いで立ち去ろうとする。そんな彼の行動に少女は慌て、今度は切羽詰まった表情で竜也の袖に掴みかかった。

「ままま待って! 待ってってば! ジョークだよジョーク。もう、ほんとタッツーは真面目だな。少しは女の子の言葉遊びに付き合ってよね」

 竜也からすればその言葉遊びに付き合っているつもりなのだが、彼の言動を本気と捉え焦ってしまうのは、この少女が年齢以上に純粋な存在であるからなのだろう。もしくは、竜也の表情がマジにしか見えないからかもしれないが。

「今日も徹夜明けなんだ。大したことじゃないなら、署に戻って仕事片付けて寝たいんだよ俺は」

 そんな少女に照れ隠し半分、からかい半分で言ってみせたつもりの竜也であったが、寝てないのは事実であり、このタイミングで小さなあくびを漏らしてしまう。その瞬間、心の中でやばいと思い急いであくびを噛み殺したが、時既に遅く、案の定少女は自分が悪いことをしているのではないかと思い込み、瞳を細め小さく項垂れてしまっていた。

「あ、その……ごめんなさい」

 急にしおらしくなる少女の姿に竜也は頭をかく。純粋すぎるというのも、それはそれで考えものなのかもしれない。

「それで、奈々花ななか。今日はどうしたいんだ」

 とにかくなんとかしたい。その一心で竜也が少女を名前で呼んでやると、彼女、奈々花は瞳を輝かせ、笑顔で早口にまくしたてた。

「えっとね、買い物したいのはほんと。ちょっと大きなショッピングモールとか行きたいなとか思って。ほら、私一人だとそういうところ行きづらいし、タッツーと一緒なら大丈夫かなって思って」

 俺なんかではなく、歳の近い友達と行ったほうが楽しいのではないだろうか? 毎度思うことではあるものの、彼女の境遇を考えればそれが難しいことも理解できている。故に竜也は、黙って彼女の言葉を聞き入れ軽く頷いてみせた。

「わかった。で、どこに行くんだ?」

「えっとね……できれば葉瑠間はるまのショッピングモール辺りが良いかなって。新しくできたお店で買いたい物があるの。その、迷惑じゃなければ」

「迷惑だと思ってるならここまで来ねぇよ」

 またも控えめな態度を見せる奈々花の姿に、竜也は軽く溜息を吐いてから彼女の頭へと右手を乗せ、くしゃくしゃと撫でてみせる。多少乱暴ではあるものの、彼の手のゴツゴツした感触に、奈々花は気持ちよさそうに瞳を蕩けさせ幸せそうな笑顔を浮かべていた。

「葉瑠間だと……電車か。それで、先に聞いておくが予算は?」

 いい大人としては全額払ってやりたい。内心そう思っている竜也ではあったが、生憎彼も高給取りと言うわけではない。情けないかもしれないが、簡単に大金を出すことなどできないのだ。

 更に昔、ある女性の買い物に付き合わされ、なし崩し的に全額払わされた結果、半月カップ麺ともやし料理で過ごしたという経験がトラウマとなり、それ以来、女性と買い物に行くときは支払い義務が誰にあるのかを先に決めると、竜也は頑なに決めるようになったのである。

「もちろんタッツー持ちで!」

 そして、奈々花の予想通りの反応に、彼は即座に踵を返した。

「……帰る」

「わわわ、冗談、冗談だってば! ちゃんと出すって」

 竜也としても、未成年の少女に全額を払わせることは心苦しい。しかし、彼にも命がかかっている。そうやすやすと折れるわけにはいかないのだ。それでも、彼女が本当に欲しいと思うものがあったら買ってやろう。そう思いながら竜也は左腕を差し出し、奈々花へと声を掛けた。

「行くぞ。ぐずぐずしてたら回りきれなくなるからな」

 すると、ここが私の定位置だと言わんばかりに奈々花はその腕へと勢いよく飛びついた。その瞬間、屈託のない笑顔を見せる彼女の姿に、竜也も薄っすらとだが笑みを浮かべる。そして、奈々花の腕が自分の腕にしっかりと絡みついていることを確認すると、竜也はゆっくりと歩き出した。

「それにしても、タッツーが私の言うこと聞いてくれるなんて意外だったな~。てっきりすっぽかされると思ってたのに。しかも、回りきれなくなる―なんて結構ノリノリみたいだし。本当は楽しみにしてたとか?」

 たくましい竜也の二の腕にしがみついた高揚感からか、ノリノリで挑発行為を繰り出す奈々花嬢。しかし、この状態では地に足がついていないのはどちらなのか。これではまるでブーメランである。

「帰る」

「ごめん、ごめんってば!」

 彼女の問いに不機嫌そうにしながらも竜也は駅の方へと歩き続け、奈々花も彼の回答に不満を見せながらも笑顔を作り続けている。

 この不器用な言葉の応酬が、何者にも代えがたい二人の日常なのである。
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