リトルラバー

鏡紫郎

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第一話 公園のベンチにて

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 桜舞い散る並木道の公園に一人の男が座っていた。休憩用に設置されたベンチに深く腰掛け、咲き狂うピンクの花びらを見上げている。

「……暇だ」

 詰めさえすれば四人は座れるであろうこのベンチ。しかし、男はど真ん中に陣取り、両手を背もたれに広げ大半のスペースを一人で占拠していた。にもかかわらず、周囲からは文句の一つも言われることはない。

 それもそのはず。時刻は早朝、ランニングに勤しむ男女が数名通りかかるぐらいで、辺りは静寂そのものであった。そもそも、この強面の男に声を掛ける勇気のある人間が、そう居るのかという話でもあるが。

「うーん……吸うか?」

 独り言のように男は呟くと、右手に挟んだ一本のタバコを口元へと運ぶ。そして、そいつを咥えては離すという行為をひたすら繰り返し、その度に先端を見つめていた。

 先程の呟きからわかるかもしれないが、彼のタバコには火が点いていない。ついでにいえば、彼は三十分もの間この場に留まり、一定の周期でこの行動を繰り返している。彼が何のためにここに居座り続けているのか定かではないが、手持ち無沙汰なのは間違いないだろう。

「……よし、吸うか」

 あまりに長い時間暇を持て余しすぎた男は、遂に背広の内ポケットからライターを取り出すとフリントホイールへと指を乗せ、何事も無かったかのようにポケットへと仕舞い直した。

「ここで火ぃ点けて、また課長にどやされるのもな」

 渋い声でぼやきながら頭を数回掻きむしり、火のないタバコを再び咥え直す。

 この国では昨今、都内を中心に禁煙政策が進められている。この公園も例外ではなく、広まった政策の波に飲まれ禁煙マークの描かれた立て看板が道なりに複数設置されていた。

 二十年前ならここで吸っても何も言われなかったのに。時代は変わるもんだ。そんな年寄りくさい考えを浮かべながら、今度は別の内ポケットから取り出した携帯灰皿の開け締めを男は始める。

「ポイ捨てしなきゃ吸ってもいいじゃねぇか。なぁ」

「タッツーまたタバコ? 少しは健康に気ぃ使いなよ。ただでさえ不摂生な生活してるんだから」

 我慢の限界が近いのか、灰皿に話しかけるという奇行を見せ始めた男の側に一人の少女が現れた。

 男のことをタッツーと呼んだ少女は、ツーサイドアップに束ねた亜麻色の髪を揺らしつつ男の手からタバコを取り上げると、胸ポケットへとタバコを突き刺し可愛らしく怒ってみせた。

「タッツーはやめろっていつも言ってるだろ。せめて竜也たつやと呼べ。それぐらいなら許してやるから」

 男はタッツーと呼ばれることに不満なのか、竜也と呼び直すよう少女へと訂正を求める。

「相変わらず偉そうだねタッツーは。そんなんだから女の子にモテないんだよ」

 しかし、少女は竜也の言葉など気にもとめず、落胆の色を見せながら小さく首を振った。

「偉そうなのはお前の方だ。俺のほうが歳上なんだから東雲しののめさんって呼ぶのが本来普通だろ。それに、モテないは余計だ」

「え~! そんな他人行儀な呼び方嫌だよタッツー」

「だからタッツー言うなと」

 頑なにタッツーと呼び続ける少女の態度に竜也は頭を抱える。それでも彼が怒らないのは、普段から彼女がこのような会話を繰り返しているからなのだろう。

「だって私達~、一夜を共にした中なんだよ。ダーリン、ハニー、って呼び合ってもいいぐらいのはずなのに~」

「おう、確かに一晩過ごしたな。留置所の中で」

「そうそう、手錠で両手を塞いで嫌がる私にあんなことやこんなことを」

「あん時はお前が上着から手を放さなかっただけだろうが。勝手に捏造すんな」

 留置所や手錠という単語からわかる通り、彼の職業は刑事だ。そして少女はとある事件の被疑者であり、竜也によって逮捕、連行された過去がある。それを発端として少女は竜也のことをタッツーと呼び、四六時中付き添う勢いで懐くようになったのだが、正直竜也は彼女の好意をあまり好ましく思っていない。

 別段彼女が女性としての魅力に乏しいわけではなく、出るところは出ているし、容姿も整っている。むしろ、何故に邪険に扱うのかと他の男達から避難されるぐらいには可愛い部類に入るであろう。

 とは言え、彼女は事件の被疑者だ。それも自分が直接手錠をかけた人間である。例え被疑者という部分を差っ引いても、二十以上も歳の離れた男にデレデレする少女なんてもの、竜也には考えられなかったし、受け入れるなんてこと到底できやしなかったのである。

 しかし、彼女との会話がつまらないというわけでもなく、うんざりしつつもどこか楽しそうに口元を緩ませてしまう自分に、竜也の心はいつも大きく揺らいでいた。

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