【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園

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第17話

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 コーデリアが起きた時、ベッドに横たわっていた。てっきり、テーブルで書き物をしていて、寝落ちしたものだと思っていたのだが。
 夢見心地に、たくましい腕に抱かれて、ベッドまで運ばれた感覚が残っている。
 それに。
 コーデリアは頬が染まるのを自覚しながら、額を押さえた。

――柔らかくて、温かいものが触れた。もしかしたらクローヴィスの……。

 まさか、と心で否定するも、彼にも自宅の鍵を預けていたことを思い出す。一度、帰るのが遅れて、彼を外で待ちぼうけにしてしまったことがあったからだ。
 外に出る。まだ明けの明星が輝く中、墓地へ走る。
 途中、芝生が根っこから円形状に倒れているのを確認した。いつも翠玉が眠る辺りだ。昨晩まではそうなっていなかった。
 兄の墓石の前に、まだ瑞々しい花束が供えられていた。

――クローヴィス……。

 薄明の空に飛竜の飛行姿は見つけられなかった。



 朝方まで男は建物の最上階に潜んでいた。
 例の隠し部屋からは会場がよく見渡せた。
 彼の頭には、当日の警備や要人たちの動きもすべて頭に入っている。会場図もおおむね、聞いていたとおりだ。
 窓には少し細工をしてあった。建物の外からは目立たないが、一部のガラスを外せるようにしてある。試しに円形に切り取ったガラスを外してみると、朝のひやりとした空気が密閉された空間に流れ込む。頭の中がさらに冴える。
 男は担いでいたライフルを下ろし、俯せになる。窓の穴からそっと銃口を向ける。
 彼の目は、設営された舞台の一点を確認した。できる、と確信する。
 震える息を吐いた。

――おまえの仇を今日取ろう……コンラッド。

 亡き戦友にふたたび誓いを立てた時。
 機敏な視線が、この建物に向かって歩いてくる男たちを確認した。
この辺りの建物は復興式のため、夜半から立ち入り禁止となっている。
男たちは一般市民の服装をしていたものの、目つきが明らかに常人のそれではない。

「ちっ!」

 男は事態を察する。彼はすぐさまライフルを肩に担ぎ上げ、目星を付けていた脱出口から建物を貫く配管部のスペースに潜り込む。
 どこから計画が漏れたのかわからないが、まだ男が慌てる段階ではない。
 ライフルでの遠距離射撃がかなわずとも手はまだ残っている。
 壁の向こうで最上階への螺旋階段を駆け上がっていく音に別れを告げ、男は朝靄が残る通りへ悠々と消えた。
 その手にライフルはもうない。
 そろそろ、招待客をはじめとした観客が復興式のために集まり出す刻限になっていた。



 約一年前。
 夜半、この町に魔獣が襲来した。魔獣そのものは数も少なく、軍の出動でまもなく駆除された。
 しかし、駆除の折、市民の持つランタンが暴れる魔獣に引火し、そのまま建造物に燃え広がり、風向きもあって瞬く間に一帯を焦がした。
 負傷者多数の上、町の中心部がほぼ燃え尽きた。
 この事態を見て、すぐさま国王は多額の見舞金を出し、町の復興のため力を尽くす旨の宣言を出した。多くの貴族たちもこれに追随し、寄付金が集まった。
急ピッチで町の再建が進められた。その象徴と言えるのが、新しい分庁舎である。ほぼ完成に近づいたこの分庁舎を背に、復興を祝う式典が行われることとなり、国王をはじめとした要人の出席も決定した。
 被害に遭い、苦しんできた市民も多い中、国王臨席は一大ニュースであった。国王がこの地を訪れることは、国が自分たちを見捨てていないことを意味する。
 復興式は重要な式典であった。国の威信もかかっている。国王は必ず出席しなければならなかった。たとえ、暗殺者を狙う痕跡が見つかったとしても。
 宰相クローヴィスは式典前に、配下の者へ指示を出した。

「私は元軍人だ。警護は必要ない。代わりに、国王陛下やガプル公爵令嬢に人員を回すように」

 彼は顔色ひとつ変えずに言い切った。見る者はみな「’冷血宰相‘にとっては暗殺者もたいしたことがないのだ」と囁き合った。「彼に恐れるものは何もないのか」、と。
 クローヴィスの指示はそのまま通った。
 万全の体勢を整え、復興式がはじまる。



 コーデリアは化粧室の姿見の前に立ち、自分の身だしなみを観察した。
 白のブラウス、紺色のジャケットにタイトなロングスカート。重たい金冠勲章を胸につけていること以外は、どこにでもいる平凡なコーデリア。口角もきれいに上がらない。
 少し考えて、コーデリアはポケットから出したネックレスを首に通した。銀の金属片が胸元で揺れる。
 金属片に刻まれているのは、コンラッドの名前と軍の識別番号だ。兄の遺品である。大事な時に身に付けるお守りにしていた。

――コンラッド、今日も力を借りるね。

 大事な式典の日だ。
 あの災厄に関わった者として区切りをつける日であり、世間に広く復興を訴えかける機会でもある。
 今でも目の裏に炎を感じる時がある。
 どれだけの人が、あの時に人生を狂わされたことか……すべてを失ったのか。
 それでも前を向き、自らを鼓舞する。あの復興式はそんな場になるだろう。

――あの場に国王は臨席しなければいけない。あの人も、行事の本質はわかっている。

 コーデリアが見つけた工作の痕跡が残された建物は今や厳重に封鎖されている。
 ガプル公爵令嬢からクローヴィスへ情報が渡ったのだ。
 国王の行幸はつつがなく進行し、式典の出席中止の連絡もない。クローヴィスが国王出席のために次善策を講じたのだろうと察せられた。

――クローヴィス……。私は、あなたへきちんとお別れが伝えられている?

 昨夜感じた、幻のようなクローヴィス。彼は、コーデリアの手紙を読んだ彼なのか、そうでない彼なのか。
 彼は幸せにならなければいけない。コーデリアは本心から彼の幸福を願っている。
 今日は彼を目にできる最後の機会にもなる。
 彼を心配させないよう、立派な姿を見せてあげたかった。
 コーデリアは、鏡の中にいる気弱な少女に言い聞かせた。

――大丈夫、きっとやれるから。

 あの人がいなくなっても、恋心だけは胸に抱いて持っていくから、今だけは。
 コーデリアは会場に向かった。

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