女伯イゾルデ

川上桃園

文字の大きさ
11 / 20

第11話

しおりを挟む
「女伯様……模擬決闘で私が述べた内容はすべて事実なのです。信じてください」

 この男は莫迦ではなかろうか。そんな問題ではないというのに。

「このままあなたはこの城の中に囚われ続け、数十日後には自身の所領に戻されます。……そしてもう二度とここへ立ち入ることはない。その顔も見納めになるでしょうね。名誉回復の見込みはありません。あなたがこの場で何を言おうとわたしの心は変わりませんよ」

 ですが、と溜息とともに言葉を絞り出す。

「騎士の名誉は己で取り戻しなさい……この意味、わかりますね?」

 オーウェンは微笑む。まるで見越していた通りだ、と言いたいばかり。
 そう、この男は知っている。わたしがオーウェンを切り捨てられないことを。なぜなら、彼は有能で、人望がある。女伯としては決して離したくない人材であることを、そして、人望と人柄ゆえに、彼が罰せられることに領民の誰もが納得しないということを、オーウェン自身も知っているのだ。嫌な男にも、結局は手を差し伸べなければならないとはわたしはなんと滑稽なことをしているのだろう!

「おそらく叔父様のことで教会側から使者が赴き、この件について調査するでしょう。もちろん女伯としても調査隊を結成します。……教会からの介入は極力避けるために不明な点をすべて洗い出し、そして、祭用の剣をすり替えた犯人を捕まえ、一刻も早く事態の収拾をさせなければなりません。都合の悪い真実を葬り去るために、すべての真実を知ることが今のわたしに課せられていること。オーウェン、あなたが調べるべきなのは、調査隊では浮かび上がらないような事実です。しかもそれをごくごく内密に行わなければならないのです。囚われているはずのあなたが町にいるのはおかしいですから」

 わたしの言葉に、オーウェンは納得したように頷く。

「女伯様が私の集めた事柄を組み立てる、ということでしょうか」

 理解が早くて結構。

「様々な側面から熟考しなければ、この叔父の件の全体が見えてこないでしょう。叔父を取り巻くしがらみはきっと根深いものでしょうから」

 伯家に連なる者として、教会の司教として、叔父として――男として。叔父の持つ顔はいくつもあり、そのどれもで、きっと恨みをかっている。……わたし自身の恨みも含めて。
 もしかしたら、とオーウェンはふいに口を開いた。

「私が司教様を故意に刺したとは思われないのですか」
「思ってほしいの?」
「いいえ」

 この男がそんな愚かな真似をしたとは最初から思っていない。大局を見据えていて、常に平静であり続けるこの男は、良識という名の四角四面の箱に入っているのだ。もっと上に、という野心があろうとも悪事を働く男ではない。

「わたしの知るオーウェンという男は、愚かでも卑劣でもなく、綺麗すぎる心と、揺るがぬ平常心を持っている男です。あなたは体よく手駒にされただけでしょうね。御膳立てされた仕掛けにはじめに触れたための災難はずいぶんと高くついたでしょうけれど」

 彼は黙り込む。わが身の不甲斐なさに情けなさを覚えているのだろうか。

「さて、聞いておきましょうか。あなたが使った剣はいつ、どこで初めに渡されましたか? あるいは途中で交換などはしましたか」

 祭用の武器等はすべて城の地下倉庫に眠っている。今回あったような間違いがおきぬように、厳重に保管されていたはずなのだ。
 偽物が作られないよう、偽造されにくい複雑な装飾を施した武器たちは、一年に三度しか日の目を見ることはない。祭日、祭日前の点検、立ち合いの元での補修。
 鍵は家令のマクスウェルと城主であるわたしのみが所持している。
 マクスウェルにしても誰かの立ち合いなしで、開くことは許可されていない。しかもあの辺りは衛兵も巡回しているので、マクスウェルが出入りすれば必然と目につく。そして、祭用の剣を真剣に変えることは、彼にはできないのは明らかだった。ましてや片腕が不自由である身には。
 夕方もたらされた報告では、倉庫の中に残っている祭り用の武器の三分の一相当が真剣になっていたらしい。そして、模擬決闘で使われた剣の中にも数本混じっていたことが明らかになった。

「女伯さまがご存じのとおり、模擬決闘が始まる前に審判役がそれぞれに剣を渡すこととなっております。剣の箱は城から広場に移され、一斉に配られるのです。将やその他の騎士の剣に全く違いはなく、同一の剣が広場にばらまかれたはずなのです。そのあとは『試し切り』で馬の首に剣を軽く当てますが、その際もほとんど切れることもありませんでした」
「つまり、決闘直前まで剣はまごう事無き本物の祭用の剣だった」

 そうです、とオーウェンが頷く。
 では、どこでそれが真剣に入れ替わったのか。

「剣を手放したのは、いつ?」

 これは一応確認のためだったが、わたしが知るだけで二度ほど……いや三度ほどは、

「いつと申されても、何度も取り替えたのでまったく覚えておりません」

 割り当てられる剣はランダムであるが同じ形状のもので、将といえども他のもと変わらない。それでも重量や使いやすさは一本一本微妙に異なるらしく、オーウェンのように手に馴染まないと思ったものを次々と取り替えて、気に入るものを探していく者もいた。模擬決闘の敗者から剣を奪い取ることで。
 模擬決闘が終わるころには、一本の剣は様々な持ち手を経ている、というわけだ。

「困りましたね」

 さて、どの糸口から探るべきか。一辺通りのことは、調査隊の騎士たちがかきあつめてくるだろう。ほしいのは他のもの。
 オーウェンはなぜか余裕綽々の様子で髪をかき上げた。ついと細められた青い目は、この石床ではない別の場所をみているようだった。細い睫毛に彩られたそれがわたしに向けられたとき、労り、と呼べるようなものがそこに浮かんでいた。

「困ることは何もございません、女伯さま。……こういうことをもっとも得意としているのは誰か、ご存じでしょう? その能力があるからこそ、女伯さまは私を決してお離しにはならない」

 傲岸さを垣間見せるその態度。謙虚さと同居しているそれが、彼の魅力の一つ。彼の言っていることはまったくの真実だ。……わたしはオーウェンを手放せない。
 そう、わたしの手足。わたしの眼。わたし自身で見渡せぬ世界を引き寄せる男。皮肉なことに、わたしがもっとも必要にしているものを持っているのもこの男なのだ。ここで逃したくはない、それも事実である。

「……そうね。わたしはあなたの能力が惜しい。あなたが無能だったら気に入らなければすぐに追い出せたでしょうに」
「しかし、能力がなければ女伯さまの目に留まることもなかったのではないでしょうか」

 ただの一騎士であるオーウェンがいたとしたら? 想像できなかった。少女のころに忽然と現れた
「飛びぬけて優雅で勇敢で聡明」な騎士の輝きがなかったら、オーウェンではないに違いない。別のオーウェンだろう。
 それはどうかしら、という思いは別に口にする必要も感じず、わたしは囚人である英雄に手を差し伸べた。

「期限はこの祈年祭の終わりまで。祭りの盛況ならば、あなた一人が城内の者の目をかいくぐって調べることも可能でしょう。このわたしの命を知るのはわたしとあなただけ、決して他に漏らしてはいけない。もし捕まったとしても、わたしは助けない。絞首刑になるのを止めはしない」
「……お約束いたします。女伯さま」

 オーウェンは確かに誓った。わたしとの密約がどれだけ理不尽なものであろうとも、彼はその顔に浮かべた微笑みを消さないで、いとも簡単に受け入れてしまうのだ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。

専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

処理中です...