ナナはなぜ壊れたのか⑥——笑われることでしか、生きられなかった

nana

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第192話 「もう一度、笑われたくて震えた夜」

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駅前から、そっと姿を消して、
私は普通の大学4年生に戻った──ふりをしていた。

卒論の提出。
就活の準備。
友達との卒業旅行の話題。

周りのみんなは、
ちゃんと“次”に向かって歩いてた。

私だけが、
どこにも行けない気がしていた。

ある夜、
卒業間近の打ち上げがあった。

大きな居酒屋に、
学部の仲間たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれた。

みんな、未来の話をしていた。

「配属先どこ?」
「引っ越し、もう決めた?」
「うちの会社、ブラックっぽいで~」

笑い声が、波みたいに響いていた。

私は、乾杯のビールを飲みながら、
ただ、その波に押されるまま座っていた。

(ナナも、笑わなあかん)

(ナナも、ここにおる証拠、見せなあかん)

唐突に始まった余興コーナー。

「じゃあさ~、芸できる人!」
「ウケたら、もう一杯タダな!」

軽いノリで、
誰かがそう言った。

誰も手を挙げなかった。

しん、と、空気が止まった。

(ナナ、いけるやろ)

(ナナ、笑われるの得意やろ)

(みんなが、ナナを見てるで)

(今しかないで)

気づいたら、
私は手を挙げていた。

「やりまーす!」

無理やり、
声を明るく張り上げていた。

頭のどこかで、
(やめとき、みっともないで)
って声がしてたのに。

私は、
カバンからペットボトルを取り出して、
即席マイクに見立てた。

「みなさん、こんばんは! ナナで~す!」

誰かが笑った。

たったそれだけで、
胸の奥が、ぎゅっと熱くなった。

怖いくらい、嬉しかった。

大した芸でもなかった。
酔っ払いのモノマネとか、
ダンスっぽい動きとか、
ただの勢いだけ。

でもみんな、
笑ってくれた。

指差して、
「おもろい!」って言ってくれた。

動画を撮るやつもいた。

「ナナ、やっぱウケるな~」
って、先輩が頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

その瞬間、
私の心は、やっと息を吹き返した。

(ナナ、見られとる)
(ナナ、ちゃんとおる)

胸の奥が、
じんわりと、
震えていた。

笑われることで、
私は、
この世界に存在できた。

また──
存在できた。

──つづく
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