ナナはなぜ壊れたのか③——少女が、少女を脱ぎ捨てるまで

第68話 「誰かのものになりたくて」

付き合い始めたと言っても、
何か劇的に変わったわけじゃなかった。

放課後、一緒に帰る。

体育館の外で、
何気ない話をする。

LINEで、
「おつかれ」って送る。

それだけ。

でも、
私は、
毎日が、まるで違う色をしていた。

朝、彼に「おはよう」と言うだけで、
胸がふわっとあたたかくなった。

部活帰りの汗まみれの彼に、
「今日もかっこよかったで」とからかうと、
少し照れた顔で笑う。

そのひとつひとつが、
たまらなく愛しかった。

今までの恋とは、違った。

必要とされるから一緒にいるんじゃない。
寂しさを埋めるためでもない。

私は、
ただ彼が好きだった。

彼の声が。
彼の手が。
彼の不器用な優しさが。

全部、
全部、
自分の中に自然に沁み込んでいった。

そして、
初めて思った。

──彼のものになりたい。

そんなふうに、
誰かに、
自分をあずけたいと思ったのは、
生まれて初めてだった。

特別な言葉がなくてもいい。
派手なことなんていらない。

ただ、
そばにいたかった。

触れたかった。

もっと、
深く、
彼と繋がりたかった。

帰り道、
すれ違う誰かの目も、
放課後のざわめきも、
全部、どうでもよかった。

私は、
彼だけを見ていた。

──こんなふうに誰かを好きになったら、
きっともう、
元には戻れない。

そう思った。

でも、
怖さはなかった。

私は、
彼といるときだけ、
心の底から素直になれた。

笑ったり、
ふざけたり、
時々黙ったり。

全部、
無理をしなくてよかった。

全部、
そのままの自分でよかった。

私は、
少し照れながら、
彼の手を探した。

彼も、
何も言わずに、
私の手を握った。

その瞬間、
世界が、
静かに満ちた気がした。

私は、
この人のものになりたい。

心から、
そう思った。

秋の夕暮れ。
ほのかに金木犀の香る道を、
私たちは、
手を繋いで歩いていった。

──つづく。