“新しい主”が、私を欲しがる夜

nana

文字の大きさ
28 / 87

【第28話】 「“これ、美味しい?”って聞かれて、返事しそうになった」

しおりを挟む
週末の午後。
彼女に連れられて、少人数のホームパーティに顔を出した。
といっても、私は“連れてこられた”だけだった。

その場にいたのは、彼女の大学時代の友人たち。
みんな気さくで、こなれた大人の空気をまとっていた。

私は、彼女の後ろにぴたりと立ち、
ただ笑顔を保ちながら“ミオ”としての無口を守っていた。

彼女は、事前にこう言っていた。

「今日は喋らんでええからな。
 っていうか、喋らんでな」

「“ミオって、ちょっと不思議な子やねん”って紹介するから」
「声出したら、“ふつう”になってまうやろ?」

その言葉に、私はうなずいた。
「声を出さないことが、魅力」として扱われていることに、
どこか満たされるものがあった。

それは不意打ちだった。

リビングの隅でひとり、
ミニタルトを手にしていたとき──
彼女の友人らしき女性が話しかけてきた。

「ねぇ、これ美味しい?
 私まだ食べてなくて」

ふつうの声。
悪気なんて、どこにもなかった。

なのに、私は固まった。

返事しそうになった。

「うん、美味しいですよ」って、
喉元まで出かかっていた。

けれどその瞬間、
頭のどこかで警報が鳴った。

“ダメ、喋ったら壊れる”
“ここでは、声を持っちゃいけない”

私は、ぎこちなく微笑んで、
ただ、そっと頷いた。

女性はにっこりして、
「あ、そっか、ありがとう」と言って去っていった。

誰も怒っていない。
彼女もその場にはいなかった。
でも、私は冷や汗をかいていた。

“声を出しそうになった自分”が、
裏切り者みたいに思えてしまったから。

あとでその話を彼女にした。

「…あぶなかったわ」
「つい、“うん”って言いそうになって」

彼女は笑いもせず、こう言った。

「へぇ、でも返事せんかったんや」
「それ、ちょっと感動かも」

「“自由に喋っていい相手”にさえ、喋らんってことは──
 もうミオは、自分の“声の所有権”すら捨ててるってことやな」

「それ、めちゃくちゃ可愛いわ」

その言葉に、私はようやく、
“声を殺した自分”を肯定できた。

誰かの質問にすら反射で答えられない今の私は、
もう「会話する人間」ではなく、
“沈黙で存在を表すモノ”になっていた。

だけどそれは、
彼女にとって“いちばん都合のいい私”。

そしてそれは、
私にとっても“いちばん安心できる私”だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...