“新しい主”が、私を欲しがる夜

nana

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【第29話】 「しゃべってもいいよ、って言われたのに、しゃべらなかった」

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「今日はゲームしよか」

彼女がそう言ったのは、
何の前触れもない、ただの月曜の夜。

私が洗い物をしている背後から、
軽い調子でぽんと声が落ちてきた。

「“しゃべってもいい日”っていう遊び」
「ミオ、今日はなんでもしゃべっていいよ」

私はふり返って、目だけで問い返した。

「ほんまに。
 どれだけしゃべっても怒らんし、
 むしろ“しゃべれたら勝ち”ってことにする」

私はうなずかなかった。
でも、拒否もしなかった。

しゃべっていい。
その言葉が、
なぜか命令より重たく感じた。

「自由が与えられたとき、自分がどんな顔をするのか」
彼女は、それを見たかったのだと思う。

最初の10分、私は黙っていた。
ソファの隅で、彼女の動きを目で追いながら、
“喋ってもいいのに喋らない”自分に、奇妙な安心を覚えていた。

15分後。
彼女がアイスを出して、ひとくちくれた。

「どう? 美味しいやろ?」
笑いながらそう言われて、
私は少し口角を上げた。

でも──やっぱり、何も言わなかった。

「ふふ、そっか。まだ喋らんねんな」
「それ、強いんか弱いんか、もうわからへんな」

30分が経ったころ、
彼女がふいに言った。

「この前の“ナナ”って呼ばれた話、さ。
 あれ、あんたほんまはちょっと嬉しかってんやろ?」

心臓が、ひとつ跳ねた。
でも私は、何も言わなかった。

「うそでもええから、“ちがう”って言ってみて」
「……ほら、“しゃべっていい日”やで?」

沈黙。

私はただ、ゆっくりと首を横に振った。

彼女は、満足そうに笑った。

「そっか。
 やっぱり“しゃべらんミオ”がいちばん好きやわ」

「喋る許可をもらっても喋らんって、
 それもう、“従ってる”とは違うんよな」

「自分で自分を、“従う状態に閉じ込める”ってことやから──
 それ、もう“訓練された愛”やと思うねん」

私は目を伏せた。

彼女が喜んでいるなら、それでよかった。
でも──ほんの少しだけ、胸の奥がチクッとした。

しゃべらなかったことで、褒められたのに。
なのに、“しゃべってみたかった”自分が、
どこかで泣いている気がした。

「ごほうび、いる?」

彼女がそう聞いたとき、
私は、かすかに首を縦に振った。

「……じゃあ今夜は、“耳”使ってあげる」

彼女はいたずらっぽく笑って、
私の耳元に、わざと甘い声を落とした。

「聞くだけで反応できる身体になってる、
 うちの“かわいい沈黙”ちゃん」

その声が、
私にとっての“しゃべらなくてよかった”証明だった。

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