龍は人間と恋を知る

わしお

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目が覚めると、窓から夕陽が差し込んでいた。良く寝たものだ。
体を起こし、足の状態を確認する。朝ほど痛みはなく、何とか歩くことはできそうだ。

遠くから、鍵が開く音がした。あの男が帰ってきたのだろうか。

足音がこちらに近づいてくる。ガチャリと音を立て、部屋の扉が開かれた。
今朝の男が現れ、大量の袋を床に置いた。夕方だというのに、髪も乱れていなければ、疲れた様子もない。

「生活に必要なものは粗方用意した。そこから適当に着て居間に来い」

そう言って、男は出ていった。本当に何なんだ一体。

袋を開ければ、そこには衣服が入っていた。わざわざ買ってきたのだろうか。
鋏がないので、歯でタグを切る。龍の歯は鋏より余程切れ味が良く、丈夫だ。

どれも仕立ての良いものばかりで、本当に着ていいのか困惑する。下着でさえ、上等な生地だ。
まあ適当に着て来いと言われたのだ。着てもいいのだろう。手に取ったものを適当に着れば、ちゃんとコーディネートしたわけでもないのに、それなりに様になっている。サイズも合っていて、少し引くレベルだ。

部屋から出て、居間を探す。左足がまだ若干痛み、引きずりながら進めば、奥に居間らしき広い空間が見える。
その広間の中央に据えられた、これまたしっかりとした作りのテーブルで、男はコーヒーを啜っていた。

部屋から出て気づいたのだが、家具や男の高級感とは裏腹に、部屋の手入れは行き届いていなかった。
床の端には髪の毛が落ちていたり、居間と繋がっている台所には、片付けられていない食器や、総菜が入っていたのであろうパックがそのままになってたりする。
ちらりと見かけた洗面脱衣所には、洗濯物が山のように積み上げられていた。

確実に家政婦が必要なタイプだ。雇える金もあるだろうに、何故雇っていないのだろう。
そう思ってから、嫌な予感がした。まさか、自分を拾った理由は…。

居間に入れば、男に座れと命令され、男の正面に腰掛ける。

「いくつか聞きたいことがあるが、まずは私の話をしようか」

男はカップを置いた。多分、このコーヒーもインスタントだろう。男の雰囲気に似合わない、安っぽい香りがする。

「私は劉 哉藍。弁護士をしている。見ての通り一人暮らしだ」
「顔に似合わず、生活力は低そうだなぁ。よく一人暮らししようと思ったもんだぜ」

「お前のことは少々調べさせてもらった。女を騙して渡り歩いてたそうだな」
「チッ。誰から聞いた」
「その界隈では有名みたいだぞ。褐色肌の赤毛の男と言えば、知らないものはいないくらいにな」

それはリンチされるわけだ。とっとと離れるべきだったか。
男は再びコーヒーを啜り、話しを続ける。

「出自は不明。名も誰一人知らない。高身長とルックスの良さで女性は騙されるが、口が達者なほうでなはい」
「あ゛ぁ?喧嘩売ってんのか」
「聞いたことをそのまま話しているだけだ。私の評価ではない。……驚異の回復力を持ち、小さな傷ならその日のうちに完治してしまうそうだな。昨日折れていた足も、もう動かせるようだ」
「っ……!」

意外とよく見られているものだ。やはり人間界は生きづらい。

「ここまでで、何か誤りはあるか」
「……ねぇよ。クソッ」

しかし、流石に人外とまではバレていない。それはそうか。この国で人外なのは皇帝だけだと、表向きにはなっている。

「では、いくつか質問だ。まず、お前の名前は」
「名乗る意味あんのかよ」
「出身地は」
「どこでもいいだろ」
「家族はいるか」
「いねーよ。いたらあんな生活してねぇ」
「恋人は」
「いるように見えるか?」
「家事はできるか」
「……できなくはねぇけど」

なるほど、と、男は中指で眼鏡を上げる。

「いいだろう。お前には、今日からここに住み込みで働いてもらう」
「はぁ!?」

思わず立ち上がって、左足が悲鳴を上げた。
直ぐに椅子に座り、足をさする。
居間まで来る途中で感じた予感が当たってしまった。この男は、自分を家政夫にしようとしている。

「ふざけんな!何でオレがそんなことしなきゃなんねーんだ!」
「給与は与える。そうだな、日給これくらいでどうだ」

男が引き出しから電卓を取り出し、数字を打ち込む。
そこには、おそらく自分が生きてきた界隈の、十倍近い数字が表示されていた。

「なっ……!」
「ちなみに、お前にやった生活用品は合計でこれくらいだ」

そう言われ、再び電卓に数字が打ち込まれる。
先ほどの日給の二か月分近くの数字に、頭が痛くなった。

「最初の二か月の給与は、この分に充てさせてもらう」
「ざっけんな!勝手に連れてきて身ぐるみ剥がしといて、この悪徳弁護士がぁ!」
「受ければ、その服も、さっきやった全てがお前のものだ。三か月目には、真っ当に働く以上の金が手に入る。悪い話ではないだろう」
「……断ったら」
「…その回復力なら、研究者に渡しても面白いだろうな」
「っ……!」

顔が青くなっただろうことが自分でもわかるほど、血の気が引いた。

研究者はトラウマだ。昔、一度研究施設に送られた時の記憶がよみがえる。
よくわからない薬品を入れられ、体を切り開かれ、ぐちゃぐちゃにされた。
今では綺麗に治ったが、あれはまさに生き地獄だった。結局、力が暴発して施設を燃やし尽くしたんだったか。

「逃げても同じことだぞ。お前の容姿は目立つ。直ぐに見つかるだろう。……まあ、その足では逃げられないだろうが」
「脅迫かよ……っ。汚ねぇな……!」

睨みつけるが、全く怯む様子はない。

しかし実際、逃げたところでどうにもならない。
また金を巻き上げようにも、どうやら自分は有名になりすぎたようだ。盗みでも働かない限り、金を作るのは難しい。しかし、盗みはあまり得意ではない。

一応根城にしている廃屋はあるが、あそこは暖房器具はおろか、屋根すらほとんどない。この季節にそんなところにいたら、いくら龍と言えど凍え死ぬだろう。

警察にも頼れない。寧ろ見つかったら逃げなければならない。
最初から逃げられないとわかって、身寄りのない、金もない者を選んだんだろう。
これだから人間という生き物は恐ろしい。

「……チッ。わかったよ。何すりゃあいい」

どうせ行き場もない。数か月の辛抱だ。
男はまた眼鏡を上げる。

「掃除・洗濯・炊事・買い物。あと、性欲処理だな」
「せ……はぁ!!?」

性欲処理、と言うことは、所謂セックスということだろう。
まさか男からそれを要求されるとは思わず、声がひっくり返った。

「おい、オレは男だぞ!?」
「見ればわかる。私は男女は問わない」
「オレが問うわ!!」

とは言ったものの、実は男の経験はある。女が捕まらず、男に誘われたからついていったのだ。
その時は自分がタチだった。しかし、この男がネコだとは思わない。

流石に自分は男に組み敷かれたくはない。普通に怖い。

軽率に受けた自分が馬鹿だった。が、今更後悔しても遅い。
ため息をつき、背凭れに体を預ける。

「夕食は今日は買ってきた。明日からでいい。食べたらシャワーを浴びてこい」
「……足いてーから明日じゃ駄目か」
「負担にならないよう配慮はしてやる」

しかも料理は明日からなのに、セックスは今夜かららしい。
なら全部明日でいいじゃないか。後悔しかない。

総菜をレンジで温め、二人で食事をとる。もう諦めて腹を括ろう。二か月半くらいして、金が貯まったらすぐにでも出ていってやる。

しかし、久しぶりに人とする食事は、悪いものではなかった。
出来合いでも、インスタントでも、温かくてほっとする。
どうやらこの男は無口な質のようで、一言も会話はなかった。それでも、一人で食べるよりは、満たされる気がした。

昔寝た女に、「あんたは意外と寂しがりね」と言われたことがある。そんなことは無いと思っていたが、案外間違ってはいなかったのかもしれない。

「なあ、あんた、何て呼べばいい」

軽く脅迫されたからとはいえ、世話になるなら、最低限呼び方くらいは聞いておこうと思った。いきなり名前呼びはどうかと思うし。
男は一瞬目だけをこちらに向けたが、すぐに手元の総菜に戻る。

「好きに呼べ」
「じゃあ、ジジイ」
「……まだ三十二だ」

それ以降、会話はなかった。きっと、本当にただ、使い勝手のいい家政婦が欲しかっただけで、自分に興味があったわけではないのだろう。
それでも、悪くないと思えたのだった。
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