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第二章 - 乳母 エルディア
第11話
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教団に復讐しようと決意したはいいが、ソレイユは方法に悩んでいた。
素直に頭を潰したら良いかと思ったが、教皇は枢機卿の傀儡に過ぎない。倒すなら枢機卿内の権力者、もしくはアウレル神だろう。
枢機卿内の権力構造をソレイユは知らない。二年前までは明らかに威張り散らしている男がいたのだが、大規模な人員の入れ替えでいなくなった。
新しいトップがいるはずだ。が、それらしき人物は見つけられていない。だからといって見境なく全滅させるのは、ソレイユの力では無理がある。
ならば狙いやすいのは神だろうか。ディールスを救うためにも、神との接触は避けられない。
(神様って普段どこにいるんだろう。たーーーまに大聖堂で見かけるけど、ほとんど見ないんだよね)
ディールスから神を追い出す方法も考えなければならない。新しい依り代を用意したらディールスは解放されるかもしれないが、今度は別の犠牲者が出る。それは避けたいと思った。
うーんと唸りながら、ソレイユはジュドと共にふらふらと街を巡回する。気づけば港に辿り着いていた。
強い潮風が全身を叩きつける。港では多くの男性が、汗水垂らして働いている。海に囲まれたアウレル国にとって、海産物は重要な資源だ。
早朝の漁から帰ってきた船を見ながら、ソレイユはふと昔のことを思い出した。
(エルディアが教団から脱出しようとしたときは、確か港から船に乗ろうとしたんだよね。……うまくは、いかなかったけど)
教団を潰さずとも、ルーナとディールスを連れてアウレル国を出るという選択肢もあっただろう。それでもディールスと神を切り離す必要はあるが。
けれどソレイユは、最初からその選択肢を除外していた。それはかつて、教団からの脱出に失敗したことがあるからだ。
当時、ソレイユはまだ六歳だった。なぜ大聖堂から抜け出そうとしているのか、わからないまま、信頼する大人について行った。
その結末を、ソレイユは今でも鮮明に覚えている。
(……やめよ。気分悪くなる)
ソレイユは遠い記憶を頭から追い出し、改めて教団を潰す方法を考え始めた。
何にせよ、神をディールスから追い出さなければ何も始まらない。まずはその方法を考えようと思った。
そこでふと思い至る。神はどうして依り代を使ってまで、地上で生活する必要があるのだろう。
(地上で生活することで、神様にメリットがあるのかな?)
「ねえジュド。なんで神様は依り代を必要とするの?地上で生活する理由って何?そもそも神様の本体ってどこにいるの?依り代に宿るのは魂って話だったよね」
「そんな矢継ぎ早に聞かれても困ります」
ジュドは呆れ顔でソレイユを見る。話がてら休憩しようと、ソレイユとジュドは岸壁の縁に腰を下ろした。
「一応確認ですが、アウレル教の神話はご存じですか?」
「聞いたことあるけど、ちゃんとは覚えてない」
「でしょうね。細部まで把握している人は意外と少ないようですから」
ジュドはアウレル教の神話について、重要なところだけかいつまんで話し始めた。
この島には、元々二柱の神がいた。大地の女神と大空の神であった彼らは、ここを命溢れる豊かな島にするため、双子の神を産み落とした。
その双子が、太陽の神アウレルと、夜の神ヴェスペルである。
アウレルは光を与えるその力で、多くの神々を生み出した。生まれた神々は、海や風、花などを作り出し、島を豊かにしていった。
島は喜びに溢れ、神々は歌い踊り、毎日のように宴をしていたという。
しかしその宴に、ヴェスペルだけは呼ばれなかった。
暗い夜を司るヴェスペルは、神々の嫌われ者だった。光がなければ生き物は死んでしまう。ヴェスペルは死の神として恐れられた。
神々に囲まれ豊かに暮らすアウレルと、誰も寄り付かず、いつも一人のヴェスペル。二柱の溝は日に日に開き、ヴェスペルはアウレルへの妬みを募らせた。
ある日とうとう、ヴェスペルはアウレルに反逆した。二人で話がしたいと嘘をつき、アウレルから太陽の権能を奪ったのだ。
そしてヴェスペルは、アウレルを黒水晶の中へと封印した。
ヴェスペルは奪った権能で神々を統率しようとしたが、ヴェスペルを嫌う神々が言うことを聞くはずがない。
ヴェスペルは神々の逆襲に遭い、命を落とした。そしてヴェスペルが死したことで、アウレルの封印を解ける者はいなくなってしまった。
アウレルは数千年経った今でも、黒水晶の中で封印が解かれる時を待ち続けている。
「なんとなく覚えてはいたけど、ひどい話だね」
「酷いですか」
「うん。夜の力を与えられただけで嫌われるなんて、かわいそう」
話を聞いたソレイユは、ヴェスペルに少し共感を覚えた。
生まれなどという、自分ではどうすることもできないことで嫌われる。まるでソレイユやディールスのようだ。
もしかしたらソレイユも、復讐を果たせず、返り討ちに遭うかもしれない。ヴェスペルと同じ末路をたどる可能性は、決して低くない。
(そうならないためにも、ちゃんと作戦を立てないとね)
ソレイユは一瞬目を閉じ、頭を切り替えてゆっくり瞼を開けた。
「その神話が本当だとしたら、神様の本体は水晶の中にあるってこと?」
ソレイユの言葉にジュドは頷き、下がった眼鏡を押し上げる。
「そうです。神の本体は今でも、黒水晶から出ることができません。この島を守るためには水晶から出て地上で過ごす必要があり、そのために依り代が必要なのです」
「依り代は神が現世に降臨するための器って聞いたけど、降臨って感じじゃないね」
「絵本などでは脚色されたりしますから」
神がなぜこの島を守るのか、といった疑問はあるが、ディールスから神を追い出すだけならそこまで追及する必要はないだろう。
(封印されてるから依り代が必要なら、封印を解けばいいってことかな?)
安直ではあるが、可能性はありそうだと思った。神にとっても理になることであれば、協力を得ることもできるかもしれない。
教団を潰す方法とルーナを救う方法についてはまた考えなければならないが、一気に全てを解決するのは難しい。
ソレイユはひとまず、神の封印を解く方法を探ることにした。
素直に頭を潰したら良いかと思ったが、教皇は枢機卿の傀儡に過ぎない。倒すなら枢機卿内の権力者、もしくはアウレル神だろう。
枢機卿内の権力構造をソレイユは知らない。二年前までは明らかに威張り散らしている男がいたのだが、大規模な人員の入れ替えでいなくなった。
新しいトップがいるはずだ。が、それらしき人物は見つけられていない。だからといって見境なく全滅させるのは、ソレイユの力では無理がある。
ならば狙いやすいのは神だろうか。ディールスを救うためにも、神との接触は避けられない。
(神様って普段どこにいるんだろう。たーーーまに大聖堂で見かけるけど、ほとんど見ないんだよね)
ディールスから神を追い出す方法も考えなければならない。新しい依り代を用意したらディールスは解放されるかもしれないが、今度は別の犠牲者が出る。それは避けたいと思った。
うーんと唸りながら、ソレイユはジュドと共にふらふらと街を巡回する。気づけば港に辿り着いていた。
強い潮風が全身を叩きつける。港では多くの男性が、汗水垂らして働いている。海に囲まれたアウレル国にとって、海産物は重要な資源だ。
早朝の漁から帰ってきた船を見ながら、ソレイユはふと昔のことを思い出した。
(エルディアが教団から脱出しようとしたときは、確か港から船に乗ろうとしたんだよね。……うまくは、いかなかったけど)
教団を潰さずとも、ルーナとディールスを連れてアウレル国を出るという選択肢もあっただろう。それでもディールスと神を切り離す必要はあるが。
けれどソレイユは、最初からその選択肢を除外していた。それはかつて、教団からの脱出に失敗したことがあるからだ。
当時、ソレイユはまだ六歳だった。なぜ大聖堂から抜け出そうとしているのか、わからないまま、信頼する大人について行った。
その結末を、ソレイユは今でも鮮明に覚えている。
(……やめよ。気分悪くなる)
ソレイユは遠い記憶を頭から追い出し、改めて教団を潰す方法を考え始めた。
何にせよ、神をディールスから追い出さなければ何も始まらない。まずはその方法を考えようと思った。
そこでふと思い至る。神はどうして依り代を使ってまで、地上で生活する必要があるのだろう。
(地上で生活することで、神様にメリットがあるのかな?)
「ねえジュド。なんで神様は依り代を必要とするの?地上で生活する理由って何?そもそも神様の本体ってどこにいるの?依り代に宿るのは魂って話だったよね」
「そんな矢継ぎ早に聞かれても困ります」
ジュドは呆れ顔でソレイユを見る。話がてら休憩しようと、ソレイユとジュドは岸壁の縁に腰を下ろした。
「一応確認ですが、アウレル教の神話はご存じですか?」
「聞いたことあるけど、ちゃんとは覚えてない」
「でしょうね。細部まで把握している人は意外と少ないようですから」
ジュドはアウレル教の神話について、重要なところだけかいつまんで話し始めた。
この島には、元々二柱の神がいた。大地の女神と大空の神であった彼らは、ここを命溢れる豊かな島にするため、双子の神を産み落とした。
その双子が、太陽の神アウレルと、夜の神ヴェスペルである。
アウレルは光を与えるその力で、多くの神々を生み出した。生まれた神々は、海や風、花などを作り出し、島を豊かにしていった。
島は喜びに溢れ、神々は歌い踊り、毎日のように宴をしていたという。
しかしその宴に、ヴェスペルだけは呼ばれなかった。
暗い夜を司るヴェスペルは、神々の嫌われ者だった。光がなければ生き物は死んでしまう。ヴェスペルは死の神として恐れられた。
神々に囲まれ豊かに暮らすアウレルと、誰も寄り付かず、いつも一人のヴェスペル。二柱の溝は日に日に開き、ヴェスペルはアウレルへの妬みを募らせた。
ある日とうとう、ヴェスペルはアウレルに反逆した。二人で話がしたいと嘘をつき、アウレルから太陽の権能を奪ったのだ。
そしてヴェスペルは、アウレルを黒水晶の中へと封印した。
ヴェスペルは奪った権能で神々を統率しようとしたが、ヴェスペルを嫌う神々が言うことを聞くはずがない。
ヴェスペルは神々の逆襲に遭い、命を落とした。そしてヴェスペルが死したことで、アウレルの封印を解ける者はいなくなってしまった。
アウレルは数千年経った今でも、黒水晶の中で封印が解かれる時を待ち続けている。
「なんとなく覚えてはいたけど、ひどい話だね」
「酷いですか」
「うん。夜の力を与えられただけで嫌われるなんて、かわいそう」
話を聞いたソレイユは、ヴェスペルに少し共感を覚えた。
生まれなどという、自分ではどうすることもできないことで嫌われる。まるでソレイユやディールスのようだ。
もしかしたらソレイユも、復讐を果たせず、返り討ちに遭うかもしれない。ヴェスペルと同じ末路をたどる可能性は、決して低くない。
(そうならないためにも、ちゃんと作戦を立てないとね)
ソレイユは一瞬目を閉じ、頭を切り替えてゆっくり瞼を開けた。
「その神話が本当だとしたら、神様の本体は水晶の中にあるってこと?」
ソレイユの言葉にジュドは頷き、下がった眼鏡を押し上げる。
「そうです。神の本体は今でも、黒水晶から出ることができません。この島を守るためには水晶から出て地上で過ごす必要があり、そのために依り代が必要なのです」
「依り代は神が現世に降臨するための器って聞いたけど、降臨って感じじゃないね」
「絵本などでは脚色されたりしますから」
神がなぜこの島を守るのか、といった疑問はあるが、ディールスから神を追い出すだけならそこまで追及する必要はないだろう。
(封印されてるから依り代が必要なら、封印を解けばいいってことかな?)
安直ではあるが、可能性はありそうだと思った。神にとっても理になることであれば、協力を得ることもできるかもしれない。
教団を潰す方法とルーナを救う方法についてはまた考えなければならないが、一気に全てを解決するのは難しい。
ソレイユはひとまず、神の封印を解く方法を探ることにした。
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