異端の聖女

わしお

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第四章 - 神話の遺跡

第48話

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ソレイユが時間内に部屋に帰るようになっても、ルーナの不安が拭えることはなかった。

毎日何事もなさそうどころか、以前よりいきいきとして帰ってくる。心配はいらないのかもしれない。けれどどうしても、ヴォルクの感情のない瞳が忘れられないのだ。

念のためリオスにも、アウレルにもソレイユの活動について尋ねた。結果は二人とも、ソレイユが話したことと似たようなことを言った。口裏を合わせた様子もない。

きっとソレイユは本当に遺跡調査をしていて、ヴォルクは本当に管理者のような立場なのだろう。けれどどうしても、ソレイユが利用されているのではという疑念は拭えなかった。

祈りの後、ルーナはヘルクスと他愛のない会話をしながら部屋に向かって歩いていた。何気ない話題に微笑みながらも、本当に自分が笑えているのか不安になる。

そのとき、目の前の曲がり角から二人の女性が歩いてきた。
少女のように可愛らしい女性と中年女性。ルーナはすぐに正体に気づき足を止めたが、引き返す時間のゆとりはなかった。

少女のような女性の銀色の髪が揺れ、金色の瞳がルーナの視線と交わる。その瞬間、女性は顔を醜く歪め、全身から強い嫌悪を滲ませた。

「ちょっと、なんで偽物がこんなところにいるの!?」

その女性、セレーナはルーナを指さして金切り声を上げた。

(「なんで」はこっちのセリフよ……)

ルーナは溜め息をついて頭を抱えた。

セレーナとルーナは同じ時間に、異なる場所で祈りを捧げている。帰路が違うため、基本的に遭遇することはない。
ルーナはいつもと同じルートを通っている。イレギュラーな行動をとったのはセレーナの方だ。ルーナはセレーナに会うなど全く想像していなかった。

セレーナはルーナのことを、なぜか偽物と呼ぶ。『異端の聖女』の双子だからだとは思うが、かなり失礼ではないかとルーナは思う。
そもそもセレーナがルーナたちを生んだはずなのに、我が子に向かって「偽物」などとよく言えたものだ。

「……ごきげんよう、セレーナ様。ご心配なさらずともすぐに退散いたしますので。失礼いたします」

ルーナはそう言って、セレーナの横を足早に通り過ぎようとした。

しかしすれ違いざまに髪が触れそうになったらしい。セレーナはそれすら許さないようで、悲鳴に似た声を上げた。
セレーナは眉を吊り上げて、ルーナの髪が触れそうになった箇所をしきりに擦った。

「汚い汚い汚い汚い汚らわしい!!どこの馬の骨ともわからないやつが、本物の聖女のわたしに触れるなんて!!」

ここまで「汚い」を連呼されれば、さすがのルーナでも不快感を隠せない。ルーナより先に飛び出しそうになるヘルクスを制止し、ルーナはセレーナに向き合った。

「あなたはなぜ私を偽物と呼ぶのですか?私は神に認められた、正式な月の聖女です」

毎月アウレルがルーナの元へ足しげく通うことこそ、ルーナが月の聖女として認められている証だ。ルーナが本当は月の聖女でないのなら、アウレルが訪れることはない。

言い返されると思っていなかったのだろう。セレーナは「ひっ!」と悲鳴を上げ、付き人の後ろに身を隠した。

セレーナの付き人は対応に悩んでいるようだった。周りに迎合するタイプであるこの付き人にとって、ルーナは中傷する対象ではないのだろう。

ルーナはセレーナを逃がすつもりはなかった。セレーナに罵倒されるのはいったい何度目だろうか。いい加減、堪忍袋の緒が切れた。

「私がソレイユの双子だからですか?そもそも私たちを産んだのはあなたですよね。私が偽物だとしたら、それはあなたが偽物だからでは」
「知らない!!!!」

セレーナはルーナの言葉を遮るように叫んだ。あまりの声量に、ルーナは驚いて言葉を止めてしまう。ヘルクスもセレーナの付き人も、ルーナと同じように固まっている。

セレーナは耳を塞ぎ、全てを拒絶するように頭を振った。

「知らない知らない!!偽物じゃない!!!わたしは『異端の聖女』なんか産んでない!!!!」

(……え?)

ルーナは耳を疑った。比喩ではなく、本当に聞き間違いかと思った。

驚いたのはルーナだけではなかった。ヘルクスも疑いの目をセレーナに向けている。
セレーナの付き人が驚いた様子はない。彼女はただ、セレーナを落ち着かせるように抱きしめただけだった。

(セレーナはソレイユを産んでない……。私たちは、セレーナの子供じゃない……?)

にわかには信じられなかった。聖者は月の聖女からしか生まれない。神の持つ強い遺伝子は、普通の人間では受け止めきれず衰弱してしまうと、ルーナは十六年間聞かされてきた。

ルーナたちの母がセレーナではないというなら、一体誰なのか。少なくとも、月の聖女ではない誰かということになる。

(なら私は、本当に偽物なの?月の聖女ではないの?)

太陽の聖者ならば、癒やしの力が本物である証明になる。しかし月の聖女は、目に見える力を持っていない。月の聖女が産む子は丈夫であるというが、まだ身ごもっていないルーナがそれを証明する術はない。

ルーナは何も言い返せなかった。そうして立ち尽くしているうちに、セレーナは付き人に抱えられ、気づけばいなくなっていた。

ヘルクスは冷たくなったルーナの手を握り、心配そうに眉を下げた。

「ルーナ様、あまり気にしてはいけませんよ。セレーナ様の中で記憶を改竄している可能性もありますから」

セレーナに妄想癖があるのはその通りだが、一度抱いてしまった疑念が消えることはない。

自分の骨格が足元から崩れていくような錯覚に、ルーナは囚われてしまった。
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