平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。

わしお

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第24話

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グランイズラ大陸最北端。一年の半分以上が冬であり、深い雪に覆われ、まつ毛も凍るほどの寒さが肌を刺す。日はほとんど昇らず、木々は凍りつき、音も吸い込まれるような静けさが一面に広がっている。

ルカは100歳ごろ、人間で言うとおよそ10歳のころには、この厳しい土地で、たった一人で生活していた。

基本的な寝床は洞穴ほらあな。食料は凍った川に穴を開けて魚を捕る。雪が強くて外に出られないときは、秋までに貯めた果物を食べて凌いだ。

ここは力の弱い魔族が、住処を追われて流れ着く土地だった。その多くは寒さに負け、雪の中に姿を消していった。
ルカは多彩な魔法を駆使することでなんとか生き延びていた。ルカはこの日も、凍った川に穴を開け、水の魔法と風の魔法を組み合わせて魚を捕っていた。
捕った魚に木の枝を刺し、火の魔法で焼いて食べる。思い切り魚を頬張る瞬間が、この何もない土地での数少ない楽しみだった。

「ルカーーーー!!!!」

背後から聞こえる元気な声に、ルカは少々面倒くさそうに振り向いた。
少し離れたところから、ルカと同い年くらいの少年がきしむ雪を踏みしめて近づいてくる。少年は優しそうな垂れ目を細め、ルカに向かって大きく腕を振っていた。

「イヴァン……。何の用だ?」

ルカは眉間にしわを寄せ、にこにこと笑う少年、イヴァンを見た。
イヴァンはふわふわとしたクリーム色の髪を揺らし、眉を下げて頭を掻いた。

「ルカのマネして氷に穴を開けようとしたんだけど、全然できなかった!また魚の捕り方教えてくれる?」

ルカは深いため息をついた。

「……私が食べ終わるまで待っていられたら教えてやる」
「うん!」

イヴァンはルカの隣に座り、魚を食べるルカをにこにこと眺めた。その表情は魚を欲しているのではなく、本当にただ待っているだけだった。ルカもそれを分かっているから、魚を捕られる心配をせず食べ進めた。

イヴァンは最近この地にやってきた純血の魔族だ。ルカと同じ有角種で、比較的珍しい、羊のように巻いた角を持っている。
イヴァンは魔力が低いわけではないが、不器用で魔法が上手く使えなかった。それ故に魔族たちからのけ者にされ、この地に流れ着いた。

ルカは魚を食べ終わると、約束通りイヴァンに魚の捕り方を教えた。
イヴァンはキラキラと目を輝かせてルカを見た。

「ルカはすごいね!狩りも上手だし道具も使えるし、たくさんの魔法も使える。大きくなったら魔族で一番強くなるかも!」

イヴァンはそう言ってはしゃぐが、ルカはきまりが悪そうにイヴァンから目を逸らした。

「……本当にすごかったら、こんなところとっくに出て行っているだろうな」

ルカは吐き捨てるようにそう言った。イヴァンは鮮やかな緑色の瞳を丸くし、首を傾げた。

「そういえば、どうしてルカはここに来たの?こんなに強かったら、南の方でも生きていけるんじゃない?」
「……人間に住処を追われたんだ」

ルカはかつて、この土地より西の小さな村で、父親と共に暮らしていた。母はルカを産むと同時に亡くなったという。

父は混血であるルカに過剰な期待をかけ、弱さを認めず、泣けば打たれ、魔法の修練に明け暮れる生活を送っていた。

ところがある日、不可侵の掟を破った人間によって父が殺された。ルカは命からがら逃げ延びたが、他の魔族の縄張りを奪えるほど強くはなく、まだ上手く人間の姿になれないため人里にも入れず、各地を点々とするうちにこの地に辿り着いた。

経緯を聞いたイヴァンは、涙を流してルカに抱きついた。その涙はすぐに凍り、イヴァンの目元に氷の塊ができる。

「ルガああぁぁ~~~~!つらかっだねぇぇぇ~~~~~~!」

ルカはイヴァンから逃れるように身を捩るが、思いのほか強い力に振りほどくことができなかった。

「離せ、痛い!顔が冷たい!」

ルカはイヴァンに炎の魔法を放った。炎がイヴァンの頬にぎりぎり触れないところで消え、凍っていた涙が溶けて流れ落ちる。
イヴァンは尚もしゃくりあげながら、ルカから身を離した。

「ルカがここから出て、いい生活ができるように応援してるね」
「応援する暇があるなら、一人で魚くらい捕れるようになれ。お前がそれではいつまでたってもここから離れられない」

ルカが呆れたようにそう言うと、イヴァンはぽかんと口を開けた。

「ルカ、僕が一人前になるまで傍にいてくれるの?」

ルカの顔に熱が集まっていく。イヴァンに言われた通り、ルカは無意識に、イヴァンが独り立ちできるように支えるつもりでいた。
イヴァンは再びルカに飛びついた。

「ルカありがとう!!僕がんばるね!!」
「離れろ!お前は本当に筋力だけは強いな!」

イヴァンを引き剥がし、ルカは大きくため息をついた。ふと空を見ると、鉛色の厚い雲が近づいているのが見えた。

「もうじき天気が荒れる。今日はもう寝床へ帰れ。狩りの続きはまた明日な」

ルカがそう言うと、イヴァンは眉を下げて頭を掻いた。

「実は……帰る場所なくなっちゃったんだ」
「はぁ!?」
「住処にしてた洞窟、他の魔族に取られちゃって……」

そう言って、イヴァンは力なく笑う。ルカはイヴァンの頭を掻いていない方の手が、硬く握りこまれているのを見逃さなかった。
ルカは再び大きなため息をついた。

「……仕方がないな」

ルカはイヴァンに向かって手を伸ばす。イヴァンは目をぱちくりさせてルカを見た。

「お前が新しい寝床を見つけるまでは、私の寝床を使わせてやる」
「……ほんとに?いいの?」
「何度も言わせるな」

イヴァンの大きな瞳から、再び涙が溢れ出す。凍った涙は大きな結晶となり地面に落ちた。

「ありがと……。ありがとぉ……!」
「全く……。そんなに泣いていては水分を失って死ぬぞ」

イヴァンは大きくうなずきながら、ルカの手を握ってぶんぶんと振った。
ルカはイヴァンが新しい寝床を見つけることはないだろうと薄々わかっていたが、それも悪くないと思えたのだった。
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