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世界一嫌いな男から逃げて、捕まった
しおりを挟む「やっと見つけたよ、佐渡くん」
その声を聞いた瞬間、言いようのない嫌悪感に顔を顰めた。最悪、最悪だ。この世で1番嫌いな奴の声。もう聞くことなど、見つかることなど無いと思ってたのに⋯⋯仕方なく振り返り、必死に動揺を隠して新しい俺、もとい「橋本 優 」の顔をする。
「⋯⋯?えっ?!あっ、俺?俺ですか?俺、橋本ですけど⋯⋯」
バレてない。バレるはずがない。
「やだなぁ、僕が佐渡くんのこと見間違えるはずないでしょ?」
思わず舌打ちをしそうになった。自信満々に笑う目の前の男、聖から逃げるためなら、俺はなんでもやった。名前を変えるのは勿論、住居、仕事、人間関係、顔すら変えた。途中、逃走資金を稼ぐために、知らない奴に体を売ったりもした。当時の俺とは風貌も、雰囲気も何もかもが違う。
⋯⋯なのにコイツ、何で気づくんだ?ハッタリか?そうじゃないとしたらキモすぎる。
「え?あの、多分、人違いされていると思います。」
聖は俺の返答に「ふぅん」と興味なさげな声を発した。
「そうなの?残念⋯⋯これ、君だよね?どうしよっかなー⋯⋯まぁ、佐渡くんじゃないならどうでもいいや。」
送っちゃおうかな、なんて言いながら、奴はおもむろにスマホの画面を見せた。
⋯⋯それは、何やら男がベッドの上で激しく喘いでいる動画だった。なんだろ、ゲイビか?キモ、こいつ道端で他人に何見せてんだ⋯⋯あ?これ、俺⋯⋯?よく見えないけど、顔とか服とか俺っぽいし、この部屋も昔俺が居候してた奴の──それに気づいたとき、全身から冷や汗が吹き出た。異常なまでの気持ち悪さに、全身が一瞬にして呑み込まれる。
嘘。いつ撮られた?今はもう誰とも関係は持ってないから最近じゃないことは分かる。つまり、コイツはもっと前から俺のことを見つけていた?⋯⋯いや、それは流石にないか。⋯⋯あ?つか、コイツ送るって言った?
「⋯⋯え?な、何ですかこれ。あの、送るってどこに?」
「佐渡くんの親、あと佐渡くんの友達と⋯⋯全世界かな?」
心底楽しそうに聖は笑った。その顔に胸の奥がざわりと揺れる。ああ、この顔だ。しばらく会っていなかったから忘れていた。聖は人を破滅させることに躊躇がない。自分の欲望を叶えるためなら、どれだけでも無邪気に人を傷つけられる。俺は、綺麗な顔を盾にしたコイツのこういう人間らしくて人間味がない部分が気持ち悪くて大嫌いで⋯⋯うわ、この顔見たらあの頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。吐きそう。
「あ、今は橋本くん、だっけ?」
ふざけんな白々しい。人を馬鹿にすんのも大概にしろ。
むしゃくしゃしたので、奴が手に持っていたスマホを奪い取り、半分にへし折ってやった。しかし、聖はまるで俺の反応が全て分かっていたみたいに、笑顔を崩さない。
あ~はいはい。どうせこの動画は家のPCにバックアップあんだろ?んで、今だって俺が逃げられないように、どうせ周りに捕獲用の仲間も配備してんだろ?お前のクソ野郎具合なんかわかってんだよ、クソが。
こういう脅しもこいつの常套手段だ。いつも、俺に判断を委ねるようにしておいて、その実逃げ道を作ってない。それでいて、自分が逃がさなかっただけなのに、俺が自分の意思で着いてきたように錯覚して、悦に浸るんだ。
あ゛~~~めんどくせ~
俺は、外面を保つためのスイッチを切った。
「⋯⋯チッ、完全にバレてんじゃん。だる。」
俺が取り繕うのをやめ、当時の口調に戻すと、目の前の男は嬉しそうに顔を赤らめた。どうなってんだよ、マゾかよ、きっっも。
聖は明らかに態度を悪くした俺の腕に手を絡ませ、近くのホテルに連れていった。奴がチェックインを済ませている横で、俺は深いため息を吐く。
⋯⋯1回抱いてはいサヨナラ~とかならねぇかな。ならねぇよな~いやぁ、ほんと人生クソすぎるわ。つか、コイツチェックインの時ぐらい手ェ離せよ、暑苦しいな⋯⋯。そう思って、無理やり手を引き剥がそうとすると、指を絡められて恋人繋ぎにされた。しかも全然離れない。マジでクソだるい。
部屋に着く前もごちゃごちゃ囁いていたが、部屋に着くと、聖の纏う雰囲気が、より甘ったるくなったのを感じた。
なんなんだよお前。その勘違い度合いにむしろ笑えてくる。何?まだ、恋人ごっこしてるつもりなの?俺3年間お前から逃げ回ったんだけど、嫌われてるって自覚ねぇの?睨んだり、言葉に出して反応されるのも癪なので、心の中だけで悪態をつく。
聖はそんな俺の心の内を無視して、壊れ物に触れるように優しく俺を抱きしめた。
「⋯⋯ほんとに、久しぶりだね佐渡くん。また会えて嬉しい♡」
「⋯⋯」
俺は全く嬉しくないし、今すぐ帰りたいけどな。
「ねぇ、なんで僕の連絡無視して、知らないところに行っちゃったの?言ってくれたら手伝ったし、僕も一緒に行ったのに⋯⋯。」
「⋯⋯」
お前から逃げるために色々算段立てたんだから連絡なんてするわけねぇだろ。考えろよタコ。
だんまりを続けていると、聖は俺の手にキスを落とし始めた。振り払ってもやめない。マジでだるいし、キモい。会って十数分なのにこいつに対する好感度が順調に下がっていくのが分かる。
「ねぇ、なんで?」
「⋯⋯チッ、逃げたんだよ、お前から」
観念して吐き捨てると、聖は驚いたように数回瞬きをした。
「⋯⋯?なに?」
暫しの沈黙の後、見上げると、奴は恍惚とした表情で幸せそうに笑っていた。
「佐渡くんって、ほんとは僕の事好きだったんだ⋯⋯♡」
奴から発せられた信じられない言葉に、愕然とする。
「は?!はぁ?俺は、お前のこと嫌いだからここまで逃げて⋯⋯今までっ⋯⋯!」
こいつには、俺の言葉が聞こえてないみたいだった。まるで恋人にするみたいな手つきで、愛おしそうに頬を撫でられる。振り払っても、どろどろに溶けた瞳でこちらを見つめている。頭おかしいだろコイツ。正直、無理すぎて震えが止まらない。聖から距離をとるために後ずさりすると、足に何か当たる。ベッドだった。俺は絶望を覚えた。
「可愛い♡可愛いなぁ♡」
「やめろ!理解できない。キモイ。なに?異常だよお前⋯⋯」
勢いよく聖の手を振り払う。すると、一瞬、笑っているはずの聖が無表情に見え、俺は得体の知れない恐怖で固まった。しかし、奴はすぐにいつものヘラヘラした顔に戻る。
「あは♡理解できない?そんなはずないでしょ?佐渡くんは理解したくないだけだよ。ほら、前は僕に興味すら無かったけど、今は逃げちゃうくらい僕の存在が佐渡くんの中で大きくなってるって事でしょ?あはは♡それって、それってさぁ⋯⋯♡」
腕を強く握られ、ベッドに強い力で押し倒された。
「僕のこと、すっごく愛してるってことじゃん?」
奴の目は異様な光を宿してギラギラと輝いていた。俺にはその異常なまでの熱量が気持ち悪かった。
⋯⋯なんだコイツ、言ってることもやってることも意味わからん。妄言ばっかりで、脈略がなくて、薬でもやってる方がまだ納得できる。
「そんなわけねぇ⋯⋯痛ッ」
反抗しようとすると、手に込められる力がより強められた。ダメだこれ、マジでこれ以上動かしたら折れ⋯⋯
「佐渡くん?」
強い視線に顔を上げると、全く温度を感じさせない、据わった目が俺を射抜いていた。
「⋯⋯っ」
「大丈夫。佐渡くんは気づいてないだけなんだ。あはは、そう、そうだよ佐渡。ねぇ?お前が俺のこと嫌いなはずない。暗闇から僕を引っ張り出したんだ。お前のせいで、お前が⋯⋯あはは!懐かしいねぇ、佐渡!はぁ⋯⋯大丈夫。すぐに分かるから、分からせてあげるから、お願い、僕のこと受け入れてよ⋯⋯」
聖は1人で発狂して散々な言葉をまくし立てた。脊髄で喋んなよ。あまりに支離滅裂な叫びに頭が痛くなってくる。
「⋯⋯好き、好きだよ佐渡」
ふいにその影が揺れたかと思うと、唇に粘膜の生暖かさが触れた。そして、また2回3回とその熱が重なる。
俺はその感覚に心の中で笑った。
分かったよ、聖。
俺、今、ハッキリと分かった。
熱に浮かされた瞳と目が合った。
「俺、お前のこと大っ嫌いだし、これから好きになることもない。」
吐き捨てるような言葉に、聖の目が驚愕と絶望に揺れて──?それから⋯⋯
◇
ふんふーん♪
鼻歌を歌いながらエプロンをかけて、2人分の朝ごはん作る。まるで新婚さんみたい♡このエプロンも最愛の恋人が「似合うと思って」と買ってきてくれたものだし、愛しの彼♡は朝起きると、僕のこと毎回可愛いって言ってくれるんだ!
でも、近頃はあんまり起きない。元々朝は弱かったけど、それが顕著だ。だから、毎朝僕が彼をベッドに呼びに行くんだ!
「佐渡~!起きて、ご飯だよ」
キッチンから呼びかけるけど、僕の恋人は、こんな呼びかけでは絶対起きない。
「もう、お寝坊さんなんだから~!早く起きないと、口移ししちゃうよ?」
全然起きない。ほんとに朝ごはんとモーニングキスしちゃうよ?そうから買ってみるものの、全く反応はない。仕方が無いので、宣言通り、恋人の柔らかそうな唇に口付けた。
「起きた?早くテーブルについて!」
キスをすると、彼はようやく目が覚めたようで、だるそうにテーブルに着く。眠たげな目を少し瞬かせた後、僕の方をみて──
「気持ち悪い!」
そう、可愛いねって⋯⋯そうやって、いつも⋯⋯そう、愛の言葉を──
「俺、お前のこと大っ嫌いだし、これから好きになることもない。」
⋯⋯は?
嘘、嘘だよ。そんなの嘘。真っ赤な嘘。佐渡はそんな事言わない。そんなこと言うなんて、酷い!酷い、ねぇ、酷いよね、佐渡⋯⋯酷いよ、佐渡⋯⋯
手に残る、恋人の命が尽きていく感触が僕に現実を知らせる。
「う゛、う゛ぅ~」
思考がグチャグチャになって、色んな色とか記憶が混ざって、楽しくて悲しくて、怒ってて嬉しくて、大好きで大っ嫌いで⋯⋯もう、何もわからない。佐渡に手を繋いで引っ張ってって欲しい。じゃないと僕、ずっと暗闇の中のままで何も分からない。佐渡だけが僕の光で、また、僕のことを照らして欲しかった。それだけだったのに⋯⋯
◇
目を開けると、そこには最愛の恋人の姿があった。
「佐渡!楽しそうだね?何かいい事でもあったの?」
佐渡は無口だから、僕が会話をリードするんだ♪どんなに静かでも、僕は佐渡がいるだけで幸せ。すごく幸せ。ねぇ、佐渡もそうでしょ?
END
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聖。悍ましく、辛く、でも幸福な同棲生活をいつまでも送ってください。私が喜びます。
良い作品でした!!
感想ありがとうございます!とても嬉しいです!!
聖は、佐渡を想う気持ちは純粋なのに、方法が悪く、関係が拗れたせいで全部叶わない。本当は夢と分かっていながら、佐渡の死をどうしても信じたくなくて、ボロボロになりながらも、死ぬまで佐渡の幻影を追いかけて生きていくと思います⋯!