一体、どこで間違えたんだろう

さるやま

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一体、どこで間違えたんだろう

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僕はわがままを言わない子供だったらしい。両親は2人とも忙しかったから、言う暇がなかったのかもしれないけど。
文句は言わないけど、泣き虫で、打たれ弱かった。『泣き虫ゆーと』なんて呼ばれて、虐められたのは、いくつの時だっただろう。

胸の中の思い出を大切になぞる。
──その日、いじめっ子に追い回されて、僕は遊具の中に逃げ込んでいた。
周囲でうるさく僕を探し出そうとするガキ大将と、その取り巻きの声がして、怯えて小さくなっていた。目の前に近づく影が見えて、さらに体を縮こめる。また痛いことをされるんだと思った。でも、思っていたような衝撃は来なくて、そっと目を開けると、男の子がこちらに手を差し伸べていた。それは、幼なじみの茉白くんだった。
「ゆーくん、おいで。こっちなら大丈夫」
隠れている僕を見つけてくれた茉白くんは、夕日に照らされて輝いて見えた。優しい微笑みが光を散らして、僕の心を掴んだ。
「まーくん⋯⋯!」
外に出ると、いじめっ子達はいなくなっていて、僕らは2人で遊んだ。駆け回って、遊具に乗ってーーー楽しかった。何をしても楽しかった。
「まーくんは、僕のヒーローだよ!」
屈託なく笑った。だって、すごく嬉しかったんだ。

思い出は、いつも綺麗だ。眩しすぎて、泣きたくなる。

-----------------------------

「茉白くん!」
学校へ行く途中、風に揺れる金髪が見えたから声をかけた。案の定無視される。自分の心の痛みを無視して、跳ねるようにして茉白くんに近づいてみる。茉白くんは、僕が横に立つと、少しこちらを見て、ふいと視線を逸らした。高校生になったときから、急にこんな風になった。多分、茉白くんの世界には僕は居ないことになっているのだ。もう慣れたけど、ショックを受けないわけじゃない。嫌われているのかもしれない。でも、離れろとも言わないから、ここにいても良いのだと都合よく解釈して、僕は毎朝隣を歩き続ける。

茉白くんは変わった。いつからかブリーチを繰り返し、元々薄茶だった髪は今や白に近い金髪になった。ジャラジャラにつけたピアスも、少し長くなった髪も、様になっていてすごいなと思う。変わったのは見た目だけじゃない。通っていた進学校を中退して、少し怖い人達とつるむようになった。噂では喧嘩もしているらしい。茉白くんはすっごく強いらしく、大人数の相手をボコボコにしていた、とクラスメイトが話していた。他にも、彼女は切らさなくて、可愛い女の子をずっと侍らせている、だとかセフレ⋯⋯の人も沢山いるとかそんなことを聞いた。茉白くんからは、いつも香水の匂いがする。今の茉白くんを象徴するような、危なげで色気のある匂い。僕は前の方が好きだったから残念だけど、そんなこと言わない⋯⋯言えない、といった方が近いかもしれない、だって僕は茉白くんにとって、ただの腐れ縁の幼なじみだ。匂いまで覚えてるなんて、気持ち悪いだろう。俯くと、自分の薄汚れた靴が目に映った。

⋯⋯僕は何も変わってない。地味な顔立ち、暗い髪にまっさらな耳。人見知りは治っていないし、友達はできたけど、身も心も弱っちいままだ。
だから、女々しく小さい頃の思い出に浸って、まだ、未練がましく好きだなんて思っている。そんな奴だから僕は、ずっとあの頃に留まっている。変わっていく茉白くんに追いつけなかった。泣き虫なゆーくんのまま。こんなだから、茉白くんとは釣り合わない。本当は、隣にだって立てていないはずだ。それがわかっているから、今だって僕は何も言えない。
話しかけて、無視されて、変わっていく君を見て、それで──僕だけが置いてけぼりみたいで少し寂しいねってなるだけ。

段々と、小さくなっていく茉白くんの背中を見つめる。置いていかないで、と縋ったら、今度こそ鬱陶しいと跳ね除けられるのだろうか。それとも、気が変わってまた話してくれるかな。あの日みたいに「おいで」って笑って──堪えきれずに涙が零れて、濡れてしまった目元を拭った。

⋯⋯馬鹿だな。そんな事、あるわけないじゃないか。自分の現実逃避じみた妄想を笑った。茉白くんのことを考えると、胸の辺りが詰まったようになって、泣きそうになる。初恋だったんだ。きっと、これから一生焦がれ続けても、気持ちが返ってくることはない。放っておいたら綺麗な思い出になっただろう。でも、何度忘れようとしても、出来なかった。だから、今もまだ、僕はあの頃の幻影を追いかけ続けている。

「待って」

随分小さくなってしまった茉白くんの背中を追いかけるため、走り出した。

鋭いブレーキ音が耳の奥で、わんわんと響く。見れば、目の前に、車が、迫って──






どれくらい寝ていたんだろう。目を開けると、真っ白な天井が映った。薬の匂いがする。どこだろ、病院?
何か、手に温かい感触がある。見ると、茉白くんが、僕の手を握ったまま眠りに落ちていた。
「っ、ま、茉白くん⋯⋯?」
意外な人物に驚いて、思ったより大きな声が出てしまったようで、茉白くんが勢いよく起きた。こちらを見ると、その大きな瞳が、こぼれ落ちんばかりに見開かれた。
「裕翔くん⋯⋯っ」
薄い唇から、吐息と共に僕の名前が漏れた。茉白くんの顔が泣きそうに歪む。なんで、と口を開こうとすると、しっかりと抱きしめられた。甘い匂いが近くで香って、その色気にドギマギする。
「良かった⋯⋯!」
困惑する僕に、茉白くんは屈託なく笑いかけた。何年ぶりかに見る笑顔に、思わず心臓が跳ねた。突然の事態を飲み込めない僕に、茉白くんは優しい声で語り出した。
「裕翔くんは事故にあったんだよ。酷い事故。覚えてる?」
僕が静かに頷くと、茉白くんは僕の手をなぞって続けた。
「目覚めた直後なのに、こんなこと聞いてごめんね──それでね、俺、裕翔くんが事故にあって、死んじゃうんじゃないかって、不安で、あの、どうにかなりそうだったんだ。」
「え?」
苦々しく笑う茉白くんの頬から、涙が溢れて落ちた。よく見ると、茉白くんの目の下にはクマができていて、本当に心配してくれたことが伝わった。嬉しくて心臓がぎゅっとなるのと同時に、茉白くんに心配される理由がわからなくて困惑してしまう。
「心配、してくれたの?えっと、茉白くんは、なんて言うか⋯⋯僕のこと嫌いなんだと思ってた。」
僕の言葉に、茉白くんは傷ついたように、顔を伏せた。また、その頬から透明な雫が落ちた。僕は落ち着けるように、茉白くんの背中をさする。まるで、昔と逆になってしまったみたいだった。
「⋯⋯そうだよね。今まで避けててごめん。裕翔くんのことは大好きだよ──ほんとに、大好き。」
愛おしいそうに紡がれた「大好き」という言葉に、胸が甘く満たされた。思わず僕も、と言ってしまいそうになる。僕が危うく口を開く前に、ごめんね、と茉白くんは続けた。
「ずっと話さなかったのは、俺が一緒にいると、裕翔くんの幸せを妨げると思ってたから。」
⋯⋯?なんで、そうなるんだろう。疑問がそのまま口から飛び出した。
「⋯⋯なんで?」
「ふふ、そうだね。俺は馬鹿だった。」
茉白くんの細い指が、僕の髪を撫でた。長い睫毛が、顔に暗く影を落とす。彼の視線の先には、赤く滲む、僕の怪我があった。
「⋯⋯俺がいなくても、こうして裕翔くんは、事故にあって帰ってきたし、ほんとに俺は何やってたんだろう。馬鹿馬鹿しすぎて笑えてきちゃう」
茉白くんは、また、過去の自分を嗤った。その姿はどこか危うげで、いたたまれなくて、何か、言葉をかけようと思った。ゆっくり口を開くと、顔を上げた茉白くんと目が合った。それは、僕の大好きな幼なじみの茉白くん、のはずだった。
「だから、やめたんだ。もうあんな事しないし、裕翔くんもあんな酷い目に合わせないって決めた」
「⋯⋯っ」
安心させる言葉のはずだった。けれど、ゾッとするほど熱を湛えた瞳が、妖しく揺れて僕を見つめていて──その違和感に恐怖を感じて後ずさると、足元で金属音が鳴った。ベッドの中を見れば、足首に枷が嵌められ、そこからは鎖が続いていた。
「なに、これ⋯⋯」
動揺のあまり、思わず、口の端から声が漏れた。困惑したまま、茉白くんを見やる。
「足枷だよ。これ無いと外に出ちゃうでしょ?そうなると危ないかなって⋯⋯やっぱり長すぎるかな?でも、短すぎると歩けないし、健康が心配だし⋯⋯」
茉白くんが、何を言っているのかわからない。さも当然のように続けられる言葉が、飲み込めなかった。
どうして僕の足にこんなものが嵌められているのか、どうしてこんなことをするのか、どうして──そんな疑問が頭の中に浮かんでは消えた。泣きそうになって、改めて部屋を見回した。窓は無く、外の様子は見えない。ドアはあるが、鍵は届かないところにあるので開けられない。他には何も無い。真っ白で生活感がない部屋には、僕のいるベッドが1つ、置いてあるだけ。

──最初からそうだったんだ。

なんで、今まで気づかなかったんだろう。茉白くんは最初から、僕のことを囲って、この部屋に閉じ込めてしまうつもりだったんだ。なんで?なんでこんな酷いことをするんだ?やっぱり僕のこと嫌いなんじゃ⋯⋯浅い息が口から漏れる。そんな僕を茉白くんは優しく抱きしめた。その、僕にじわじわと浸透してくる温もりが、酷く不気味に思えた。
「怖い?⋯⋯そうだね、怖かったね。でも、もう二度とあんな思いさせない。俺が、ここでずっと守ってあげる。」

──ずっと?

ずっと、僕はこのまま?ずっと、足枷に繋がれ、茉白くんに飼い殺しにされる?これから、一生?足首のひんやりとした感触に、これは現実なのだと思い知らされる。
「ち、違う。僕は、大丈夫。あの、だから、これ外し──」
「ゆーくん」
僕の言葉を遮るように、茉白くんは呼びかけた。その気迫に怯んで口を噤む。僕を退けて満足気な唇は、美しく弧を描いていた。完璧なそれが、僕にはひどくおぞましく思えた。
「一緒に、いようね」
僕はきっと、この言葉を待っていた。ずっと一緒にいたいと願っていたはずだ。なのに、その言葉が呪いのように歪に響いたのは何故だろう。僕に向かってうっそりと笑う茉白くんは、まるで知らない人みたいに映った。ひく、と喉が引き攣る。僕は、ただ昔に戻りたかっただけだった。以前のように2人で──顔を上げた先、涙で滲んだ茉白くんは、愛おしそうに笑っている気がした。

──僕は、一体どこで間違えたんだろう。


END
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