動物嫌いの婚約者……婚約破棄、助かりました ―幼い公爵令嬢は神獣たちにもふもふ囲まれて辺境で幸せに暮らします―

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11話 この人は、動物さんが嫌いじゃない

11話 この人は、動物さんが嫌いじゃない

辺境へ来てから数日がたち、リリアーナはひとつの大事なことに気づいていた。

ルークは、本当に動物さんが嫌いじゃない。

そんなことは最初の日から分かっていたような気もする。ワンちゃんを見て「見事だな」と言ったし、グランやセイラやアルジェにも自然に触れていた。けれど、“嫌いじゃない”と“好き”は少し違う。そしてルークは、たぶん後のほうだった。

それに気づいたのは、その日の昼前のことだった。

離宮の裏手には、小さな訓練場のような空き地がある。木柵で囲まれていて、地面は踏み固められ、少し離れたところには大きな水桶まで置いてあった。

「ここ、なあに?」

とリリアーナが聞くと、ルークは答えた。

「グランやセイラと体を動かす場所です」

「たいくつしないように?」

「それもあります。大きい子たちは、元気があり余るので」

その言い方が、なんだか少しだけ面白かった。

“大きい子たち”。

ルークにとって、あの大きな犬さん猫さん鳥さんは、怖い獣でも神秘の存在でもなく、ただの“大きい子たち”なのだ。リリアーナはその言い方が好きだった。

その時、訓練場の奥でグランが大きく伸びをした。それを見たルークが手を上げる。

「グラン、おすわり」

大きな犬さんは、ぴたりと耳を立てると、のっそりと、でもまっすぐルークのほうへ来て、どすんと座った。

リリアーナは目を丸くした。

「できた。おりこう……」

「かなり賢い子です」

ルークは本気で感心したような顔で、グランの首元を撫でた。

それを見ていたリリアーナは、少しだけうらやましくなる。

「わたしも、なでていい?」

「もちろん」

許可をもらって、そっと近づく。グランはやっぱり大きい。ワンちゃんも十分大きいけれど、グランはまた違う種類の大きさだった。肩のあたりはごつくて、体つきもどっしりしていて、抱きついたら埋もれそうだ。

リリアーナが手を伸ばすと、グランはその手の匂いを少しだけ嗅いで、それから好きにさせてくれた。

「ふわふわ……おっきい……でも、犬さん」

「はい」

「かわいい」

「そうでしょう?」

ルークの返事は本気だった。

王都ではこんな大きな子を見て「かわいい」と言う人はいなかった。たぶん「怖い」と言う。でもルークは違う。

リリアーナはなんだか嬉しくなって、もう少しだけ撫でた。

すると今度は、少し離れた岩場の上で金色の何かが動いた。

セイラだ。

朝日を浴びた毛並みは金色というより、蜂蜜みたいに見える。長い牙のせいでちょっと怖そうなのに、リリアーナにはやっぱり猫さんにしか見えない。

「セイラ、おはよう」

声をかけると、セイラはゆっくり瞬きをした。

ミーちゃんはその少し離れた場所にいて、石の上からじっと見ていた。相変わらずつかず離れずだ。でも視線はずっと、リリアーナの方へ向いている。

「ミーちゃんも、あっちいく?」

「にゃー」

その返事は明らかに、いかない、だった。

リリアーナは素直に「そっか」とうなずく。

ルークが少し不思議そうな顔をした。

「通じているのですか?」

「うん。だいたい。でも、なにいってるかは、よくわからないの。『にゃー』っていってるの」

「……そうですか」

ルークは一瞬何か考え、それから口元を押さえた。笑いをこらえているように見えた。

「どうしたの?」

「いえ。お嬢様らしいなと思いまして」

どういう意味かは分からない。でも悪い意味ではなさそうだった。

そこへ今度は、ばさりと大きな風の音がした。リリアーナが顔を上げると、アルジェが柵の柱に降りてくるところだった。大きな鳥さんが近くに降りると、本当に風が生まれるみたいだ。

「おっきい……」

ルークが空を見上げる。

「あれはアルジェです。翼を広げると、もっと大きいですよ」

「これより?」

「ええ」

「すごいねえ」

アルジェはリリアーナを見て、一度だけ首をかしげた。

ぴよちゃんが頭の上で、ぴよぴよっ、と少しだけ大きい声を出す。それはたぶん、見すぎとか近いとか、そういう感じなのだろう。

リリアーナはそっと頭を押さえた。

「ぴよちゃん、けんかしちゃだめよ」

「ぴよ」

「アルジェも、こわいおかおしないで」

するとアルジェは、少しだけ喉を鳴らした。

「おっきいのに、かわいいこえ」

ルークは目を細める。

「声は見た目ほど迫力がないんです」

「鳥さんだものね」

「……そうですね」

またそれだ、という顔で、ルークが少し笑う。

大きくても小さくても、この子にとっては全部同じなのだと、もう彼も分かってきたのかもしれない。

しばらくすると、グランがのっそりとリリアーナのそばへ寄ってきた。それにつられるように、セイラも近づいてくる。

リリアーナは一瞬、どきどきした。

大きな犬さん。大きな猫さん。しかも両方が近い。

でも怖くはない。

「どうしたの?」

聞いてももちろん答えはない。

ただグランは頭を押しつけてきて、セイラはすぐ近くにどすんと座った。その迫力に、リリアーナは目を丸くする。

「……おおきい」

ルークが言った。

「気に入られているようです」

「みんな?」

「ええ」

「うれしい」

「そうでしょうね」

「でも、ちょっとだけ、おもいかも」

「それもそうでしょうね」

また少し笑う。

王都では、ぴよちゃんたちといると奇妙な目で見られることが多かった。でも辺境では違う。

ルークは笑うし、グランもセイラもアルジェも、ちゃんとそこにいる。大きいけれど、嫌われてはいない。

それがリリアーナにはとても嬉しかった。

その時だった。

少し離れたところにいたワンちゃんが、すっと前に出た。

ぴくり、と空気が変わる。

グランが顔を上げる。セイラの尻尾が止まる。アルジェも高いところからじっと見る。

リリアーナはきょとんとした。

「ワンちゃん?」

ワンちゃんは静かに、でもはっきりとリリアーナの前に立った。まるで近いと言いたげに。

グランは少しの間その白銀の姿を見つめていたが、やがてふっと顔をそらし、一歩下がった。セイラも、面倒そうに目を細めながら、少しだけ場所をずらす。

「あれ?」

リリアーナには、その意味が分からない。ただ、ワンちゃんが自分の前に来てくれたことだけは分かった。

「ワンちゃん、どうしたの?」

そう聞くと、白銀狼は当然のように頭を差し出した。

「あ。なでなで?」

そう言って頭を撫でると、ワンちゃんは満足そうに目を細めた。

それを見たルークが、ぽつりと呟く。

「……独占欲もあるんですね」

「どくせんよく?」

「いえ、なんでもありません」

意味は分からない。けれどルークは少し楽しそうだった。

ぴよちゃんも頭の上でぴよ、と鳴く。どうやらあちらはあちらで、そこは僕の場所と思っているらしい。

ミーちゃんだけが少し離れた石の上から、いつものようにつかず離れずで見守っていた。

リリアーナはその三匹を見て、それから大きな犬さんと猫さんと鳥さんを見て、ふと思う。

「みんな、いろいろちがうのね。でも、みんな、いい子」

ルークの返事は、前よりやさしかった。

「……はい」

たぶん彼はもう分かっている。この子にとって大きいとか、怖そうとか、珍しいとか、そういうことはあまり大事ではないのだと。

犬さんは犬さん。猫さんは猫さん。鳥さんは鳥さん。

それだけだ。

だから、怖がる前に撫でるし、珍しがる前に挨拶をする。その無防備な優しさが、たぶん動物たちにも伝わる。

そう思わせるだけのものが、リリアーナにはあった。

風が吹いて、草原が揺れる。アルジェが翼を動かし、セイラはのびをする。グランは大きな頭をリリアーナの近くへ置き、ワンちゃんは当然のようにその反対側へ座る。

その真ん中で、幼い公爵令嬢はいつものように笑っていた。

「へんきょうって、すてき」

そう言うと、ぴよちゃんがぴよぴよ鳴き、ミーちゃんはそっぽを向き、ワンちゃんは少しだけ胸を張った。

ルークはその様子を見て、静かにうなずく。

「ええ。きっと、お嬢様にはそうなると思っていました」

それがどういう意味か、リリアーナにはまだ分からなかった。でも、悪い言葉ではないのだろうと思った。

そうして辺境での二日目は、王都では決して見られなかった、大きな犬さんと猫さんと鳥さんに囲まれながら、ゆっくりと過ぎていった。
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