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第十七章 咲き誇れ、シロツメクサ
03 たった一つの真実
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──ずっと、すみれにまつわる二つの謎がある、と感じてきた。
ひとつは精霊とすみれが交わした、契約内容。
そしてもう一つは──すみれの、想い人の正体だ。
(……そう、か)
司は、天啓のように降りてきたその気付きに茫然として、丘に立ちつくした。
いま、わかった。謎は、二つではなかったのだ。
己の幸せは司の幸せなのだと、そこまで強くひたむきに言い切るすみれが、それでもなお司の腕を振りほどく、真の理由。
触れた肌も、司を見つめる狂おしい瞳も、隠しようがなく甘いのに、それでも口付けを拒むその理由。
気付いた瞬間、足元が崩れていく気がした。
すみれが、司の未来の保証をかけて精霊に誓い、胸に鍵をかけて隠した、たった一つの真実。
それは──
(君の、想いそのもの……か)
すみれに触れようと伸ばした震える指先を、司は握り締めた。
気付いてみればそれは実にシンプルな構成の『謎』だった。
すみれが抱えた禁忌、すみれがたてた誓い、それは別々のものではなく、元から一つのものだったのだ。
司に想いを告げてはならない。
もしくは──司に、その想いを知られるような行為をしてはならない、悟られてはならない。
そこまでの強い禁忌を抱えていると考えれば、すみれの態度の全てに納得がいく。
命など、本音を言えば今、惜しくは無かった。
すみれをこの腕に抱いて一瞬でも愛を確かめあえる。その誘惑は何物にも代えがたいものだ。
その為になら、己の命すら尽きたとしても、構わないとさえ思えた。
すみれが司への愛を口にしてくれる、その一瞬にどれほどに焦がれてきたことか──
だが、すみれは言うのだ。
自らの幸せは、司の生だ、と。
「君が嫌いなはずの俺が、生きて……どこまでも生きて……そして幸せになることが、君の、望み?」
しんと降る雪のような声で、問いかければ、
「……はい」
見惚れるほどに透明な眼差しで、すみれは答える。
胸の痛みは、氷水に手を浸したように鋭く沁みた。
(──どうあっても、奪えないのか……!)
この細い肩を震わせ、それでも必死で司を守ろうとするすみれはきっと、何を捨ててもたった一つの祈りだけは捨てられないのだ。
司の、生。
かつて交通事故で理不尽に家族の命を失ったすみれは知っているのだ。
生きられたはずの人間の命が想い半ばで尽きてしまう、その悲しみを。
そんな少女の前で言うのか。
死んでも構わないからその恋を告げてくれと?
命など惜しくないと?
そして司が自分のエゴを貫いて死んだ後、すみれは空虚の中一人残されるのか。
(……出来ない)
司は、引き攣れた呼吸を繰り返し、突き上げてくる深い絶望に耐えた。
こんなにまでして愛しい人が守ろうとしているものを、どうでもいいなんて、言えない。言えるわけがない。
17年前、すみれはその身を賭して司を守ってくれた。
拾われたその命を、要らないなどと、どの口が言えるのか。
確かにあの日あの時、この少女が拾ってくれた己の命を、生きたいと全力で願ったのに──
司は、きつく目を閉じた。
己の痛みの全てをねじ伏せ、
生きることを選択する瞬間が、
いま、17年の時を経て再び訪れたのだ。
そう、その先に──何も、なくとも。
それでも生きて、生きぬいてその先を築けと……すみれは言う。
* * *
「──俺の、幸せは」
司が、長い沈黙の後、囁いた。
「君が、幸せに生きることだ」
「──なら、私たち、お揃いですね……司さん」
すみれは、愛しい目でほほえんだ。
「私の幸せも、司さんが幸せに生きてくれること、です」
「……それは、どうしても、譲れない?」
「譲れません」
「俺の傍では、叶えられない希い?」
「……はい」
「……そう」
頷いた司を見た時、すみれには解った。
もう、司は、すみれを引き留めないだろう、と。
昏い絶望に染まった彼の瞳が、やがてただひとつの願いと、すみれを想うやさしさ故に、かぎりなく澄んでゆくのを──すみれは見た。
すみれと司の髪を優しく揺らし、風が吹いた。
旅立ちには相応しい、綺麗な青空であることが、せめてもの救いだった。
春から夏の終わりまで散々ここで働いた。幸いにして、相当の額の給料が振り込まれている。
何処へだって、行ける。
司が自力でグループの危機を救うことができるというなら、それを信じてやればいい。自分が瑰の元へ行く必要もないだろう。
すみれは、ほほえんだ。
「私たちは、家族なんですよね? じゃぁ、何処へいっても、私たちは繋がってる」
「すみれ……」
「何処に行っても、貴方の幸せを、願っています」
あなたは、遠く輝く、私の星。
わたしの、愛だから──生きて。
「どうか、幸せに」
口にできない全ての想いを秘めて告げた、その瞬間だった。
一陣の風が、吹いた。
轟と響く強い風に、すみれは思わずよろけた。司が咄嗟にその身体を抱きとめる。
刹那、クローバーの丘から、不可視の力がどっと突き上げるようにして光の柱となり、天へと吹きあがった。それはすみれのスカートもふわりと浮かせ、司の髪を美しく乱した。
「なっ……!」
「……」
息を呑んだ二人を包むように、金色の光が舞う。
すみれと司を中心にして、ふわりと何か白いものが草原へと広がっていった。
それは、シロツメクサの花だった。季節外れのシロツメクサが、瑞々しく咲き広がってゆく。
──ありがとう、すみれさん。
覚えのある声が、鼓膜ではなく胸へと直接響く。
優しいその響きに、すみれと司は顔を見合わせた。
──司は貴女を愛した。そして貴女もまた、司を、愛してくださいました。全てを生かし、お互いの幸福を望み、無限にお互いへ幸せを与え合う。それが出来るならもう、いいのです。
「精霊…さん?」
──この時を、待っていました。これで本当にお別れです。すみれさん、もう、あなたの想いを告げてもよいのです。
精霊の声に、すみれはひくりと喉を震わせた。
「ほん、とに……? もう、司さん、死んだり……しない?」
震える声で問いながらも、深い安堵に下肢から力が抜けた。
ずるずると座りこんだすみれに引きずられるようにして、司もまたその場に茫然と膝をついた。
淡い光の渦が、すみれと司を慰撫するようにくるりと周囲で回りだす。
──あなたの愛が、司を生かすでしょう。そして司の愛が、あなたを生かします。奇跡を無理やり起こした歪みは、真実の愛によって救われました。全てはもう損なわれず、補ってあまりある幸運と愛で守られます。
「……っ」
ひくり、ひくりと涙の発作で肺腑が震えた。
もう泣いてもいいのだろうか。
司の、傍にいてもいいのだろうか。
この想いを、告げても……赦されるのだろうか。
──恐れず胸を張り、彼の手を取りなさい、すみれさん。
あなたは私が最期の力を懸けて選んだ、司の、運命の人……
光が、ゆっくりと弱まってゆく。
──お幸せに。
優しい声が、クローバーの丘へ溶け、そして金色の光は不意に途絶えた。不可視の力が、草原へ吸い取られるようにして消えうせるのを、二人はただ茫然と見守っていたのだった。
風が、吹いた。
消えた金色の輝きのかわりに、夕刻の淡い金を帯びた光が、天から降り注ぐ。そして小さな奇跡の置き土産のように、丘全体が白く鮮やかに咲いたシロツメクサの香りで満ちていた。
やさしい、溢れんばかりのあまい香りの中で、すみれはそっと司を振り仰いだ。
司も、すみれを見つめていた。
時が──止まる。
「……君に、触れても、いいの?」
司がひそりと問う。
「今度こそ、君の想いを、尋ねてもいい? すみれ」
ゆっくりと、司の手がすみれの頬を包んだ。瞬間、堪えていた涙が溢れ、嗚咽が全身を震わせた。
「つ、かさ……さん……」
どっと涙を零したすみれを見つめる司の瞳にも、やはり涙があった。
それはゆっくりと光を増し、やがて頬へと零れ落ちた。
司の涙をみたのは二回目だと、すみれはふと気付く。一度目は十七年前の少年が流した涙だった。
あの時の彼の涙は、絶望と苦しみの涙だったけれど、
今、司が流す一粒の涙は……とてもあたたかい。
「もう、君を、手放さなくても、いい……?」
やさしい声が、涙に震えている。
すみれもぼろぼろと泣きながら、頬をくるむ司の手を上から自分の手で包んだ。
もうこのぬくもりを、手放さなくていい。
傷つきながらも強くすみれを想い続けてくれた司へ、今度は、すみれが想いを届ける番だった。
「す、き」
囁けば、司が涙に濡れた瞳をそっと細めた。
「……うん」
「すき……大好き……司さん…っ、好き、です…」
「すみれ……」
司の顔が微かに傾く。
そっと触れた唇が、一瞬何かを怖がるように離れかけ──そして深く重なった。
すみれは、もう逃げなかった。
重ねた唇の狭間から、甘い吐息が零れた。
想像以上に柔らかいその唇をそっと吸いながら、司の胸にも、言葉にできない烈しい喜びが溢れていた。
もう、この愛しい人を強がらせなくていい。手放さなくていい。
己の手は、もう、愛しい人を泣かせないで済む。
愛して、愛して、二人、その先の未来へ行けるのだ……。
小鳥が啄むような口付けを無数に落とし、司は小さく笑った。
「君が、俺を大好きなことぐらい、知ってたよ?」
「……っ、う、ぁ……うぁぁぁぁっ……」
ぎゅっと司の首にかじりつき、今度こそ声を上げて泣きだしたすみれの背を、司は強く抱き締めた。
「すみれ──愛してる」
「……すき……大好き……」
「泣き虫だね……すみれ、笑って。俺は、腕の中で君が微笑んでくれるのが……夢だったんだよ」
「司さん……」
「俺に、君を倖せにさせて、すみれ。俺の傍で、君の希いを、どうか叶えて」
俺はもう既に幸せだけどねと囁いて、司はそっとすみれの頬を支え、上向けてやった。涙でぐしょぐしょに濡れたすみれの頬に、小さなキスをいくつも重ね、目元の涙を吸う。
「笑って。すみれ……」
「……うん」
すみれが、司をみつめ、潤んだ瞳を嬉しげに細めた。
「愛しています、司さん」
ふわり、薔薇色に頬を染めたすみれが微笑む。
周囲を包む奇跡のすみれより、それは可憐で愛しい、しあわせな色で咲いていた。
*★*────*★*────*★*────*★*────*★
(まだ終わりません~!)
ひとつは精霊とすみれが交わした、契約内容。
そしてもう一つは──すみれの、想い人の正体だ。
(……そう、か)
司は、天啓のように降りてきたその気付きに茫然として、丘に立ちつくした。
いま、わかった。謎は、二つではなかったのだ。
己の幸せは司の幸せなのだと、そこまで強くひたむきに言い切るすみれが、それでもなお司の腕を振りほどく、真の理由。
触れた肌も、司を見つめる狂おしい瞳も、隠しようがなく甘いのに、それでも口付けを拒むその理由。
気付いた瞬間、足元が崩れていく気がした。
すみれが、司の未来の保証をかけて精霊に誓い、胸に鍵をかけて隠した、たった一つの真実。
それは──
(君の、想いそのもの……か)
すみれに触れようと伸ばした震える指先を、司は握り締めた。
気付いてみればそれは実にシンプルな構成の『謎』だった。
すみれが抱えた禁忌、すみれがたてた誓い、それは別々のものではなく、元から一つのものだったのだ。
司に想いを告げてはならない。
もしくは──司に、その想いを知られるような行為をしてはならない、悟られてはならない。
そこまでの強い禁忌を抱えていると考えれば、すみれの態度の全てに納得がいく。
命など、本音を言えば今、惜しくは無かった。
すみれをこの腕に抱いて一瞬でも愛を確かめあえる。その誘惑は何物にも代えがたいものだ。
その為になら、己の命すら尽きたとしても、構わないとさえ思えた。
すみれが司への愛を口にしてくれる、その一瞬にどれほどに焦がれてきたことか──
だが、すみれは言うのだ。
自らの幸せは、司の生だ、と。
「君が嫌いなはずの俺が、生きて……どこまでも生きて……そして幸せになることが、君の、望み?」
しんと降る雪のような声で、問いかければ、
「……はい」
見惚れるほどに透明な眼差しで、すみれは答える。
胸の痛みは、氷水に手を浸したように鋭く沁みた。
(──どうあっても、奪えないのか……!)
この細い肩を震わせ、それでも必死で司を守ろうとするすみれはきっと、何を捨ててもたった一つの祈りだけは捨てられないのだ。
司の、生。
かつて交通事故で理不尽に家族の命を失ったすみれは知っているのだ。
生きられたはずの人間の命が想い半ばで尽きてしまう、その悲しみを。
そんな少女の前で言うのか。
死んでも構わないからその恋を告げてくれと?
命など惜しくないと?
そして司が自分のエゴを貫いて死んだ後、すみれは空虚の中一人残されるのか。
(……出来ない)
司は、引き攣れた呼吸を繰り返し、突き上げてくる深い絶望に耐えた。
こんなにまでして愛しい人が守ろうとしているものを、どうでもいいなんて、言えない。言えるわけがない。
17年前、すみれはその身を賭して司を守ってくれた。
拾われたその命を、要らないなどと、どの口が言えるのか。
確かにあの日あの時、この少女が拾ってくれた己の命を、生きたいと全力で願ったのに──
司は、きつく目を閉じた。
己の痛みの全てをねじ伏せ、
生きることを選択する瞬間が、
いま、17年の時を経て再び訪れたのだ。
そう、その先に──何も、なくとも。
それでも生きて、生きぬいてその先を築けと……すみれは言う。
* * *
「──俺の、幸せは」
司が、長い沈黙の後、囁いた。
「君が、幸せに生きることだ」
「──なら、私たち、お揃いですね……司さん」
すみれは、愛しい目でほほえんだ。
「私の幸せも、司さんが幸せに生きてくれること、です」
「……それは、どうしても、譲れない?」
「譲れません」
「俺の傍では、叶えられない希い?」
「……はい」
「……そう」
頷いた司を見た時、すみれには解った。
もう、司は、すみれを引き留めないだろう、と。
昏い絶望に染まった彼の瞳が、やがてただひとつの願いと、すみれを想うやさしさ故に、かぎりなく澄んでゆくのを──すみれは見た。
すみれと司の髪を優しく揺らし、風が吹いた。
旅立ちには相応しい、綺麗な青空であることが、せめてもの救いだった。
春から夏の終わりまで散々ここで働いた。幸いにして、相当の額の給料が振り込まれている。
何処へだって、行ける。
司が自力でグループの危機を救うことができるというなら、それを信じてやればいい。自分が瑰の元へ行く必要もないだろう。
すみれは、ほほえんだ。
「私たちは、家族なんですよね? じゃぁ、何処へいっても、私たちは繋がってる」
「すみれ……」
「何処に行っても、貴方の幸せを、願っています」
あなたは、遠く輝く、私の星。
わたしの、愛だから──生きて。
「どうか、幸せに」
口にできない全ての想いを秘めて告げた、その瞬間だった。
一陣の風が、吹いた。
轟と響く強い風に、すみれは思わずよろけた。司が咄嗟にその身体を抱きとめる。
刹那、クローバーの丘から、不可視の力がどっと突き上げるようにして光の柱となり、天へと吹きあがった。それはすみれのスカートもふわりと浮かせ、司の髪を美しく乱した。
「なっ……!」
「……」
息を呑んだ二人を包むように、金色の光が舞う。
すみれと司を中心にして、ふわりと何か白いものが草原へと広がっていった。
それは、シロツメクサの花だった。季節外れのシロツメクサが、瑞々しく咲き広がってゆく。
──ありがとう、すみれさん。
覚えのある声が、鼓膜ではなく胸へと直接響く。
優しいその響きに、すみれと司は顔を見合わせた。
──司は貴女を愛した。そして貴女もまた、司を、愛してくださいました。全てを生かし、お互いの幸福を望み、無限にお互いへ幸せを与え合う。それが出来るならもう、いいのです。
「精霊…さん?」
──この時を、待っていました。これで本当にお別れです。すみれさん、もう、あなたの想いを告げてもよいのです。
精霊の声に、すみれはひくりと喉を震わせた。
「ほん、とに……? もう、司さん、死んだり……しない?」
震える声で問いながらも、深い安堵に下肢から力が抜けた。
ずるずると座りこんだすみれに引きずられるようにして、司もまたその場に茫然と膝をついた。
淡い光の渦が、すみれと司を慰撫するようにくるりと周囲で回りだす。
──あなたの愛が、司を生かすでしょう。そして司の愛が、あなたを生かします。奇跡を無理やり起こした歪みは、真実の愛によって救われました。全てはもう損なわれず、補ってあまりある幸運と愛で守られます。
「……っ」
ひくり、ひくりと涙の発作で肺腑が震えた。
もう泣いてもいいのだろうか。
司の、傍にいてもいいのだろうか。
この想いを、告げても……赦されるのだろうか。
──恐れず胸を張り、彼の手を取りなさい、すみれさん。
あなたは私が最期の力を懸けて選んだ、司の、運命の人……
光が、ゆっくりと弱まってゆく。
──お幸せに。
優しい声が、クローバーの丘へ溶け、そして金色の光は不意に途絶えた。不可視の力が、草原へ吸い取られるようにして消えうせるのを、二人はただ茫然と見守っていたのだった。
風が、吹いた。
消えた金色の輝きのかわりに、夕刻の淡い金を帯びた光が、天から降り注ぐ。そして小さな奇跡の置き土産のように、丘全体が白く鮮やかに咲いたシロツメクサの香りで満ちていた。
やさしい、溢れんばかりのあまい香りの中で、すみれはそっと司を振り仰いだ。
司も、すみれを見つめていた。
時が──止まる。
「……君に、触れても、いいの?」
司がひそりと問う。
「今度こそ、君の想いを、尋ねてもいい? すみれ」
ゆっくりと、司の手がすみれの頬を包んだ。瞬間、堪えていた涙が溢れ、嗚咽が全身を震わせた。
「つ、かさ……さん……」
どっと涙を零したすみれを見つめる司の瞳にも、やはり涙があった。
それはゆっくりと光を増し、やがて頬へと零れ落ちた。
司の涙をみたのは二回目だと、すみれはふと気付く。一度目は十七年前の少年が流した涙だった。
あの時の彼の涙は、絶望と苦しみの涙だったけれど、
今、司が流す一粒の涙は……とてもあたたかい。
「もう、君を、手放さなくても、いい……?」
やさしい声が、涙に震えている。
すみれもぼろぼろと泣きながら、頬をくるむ司の手を上から自分の手で包んだ。
もうこのぬくもりを、手放さなくていい。
傷つきながらも強くすみれを想い続けてくれた司へ、今度は、すみれが想いを届ける番だった。
「す、き」
囁けば、司が涙に濡れた瞳をそっと細めた。
「……うん」
「すき……大好き……司さん…っ、好き、です…」
「すみれ……」
司の顔が微かに傾く。
そっと触れた唇が、一瞬何かを怖がるように離れかけ──そして深く重なった。
すみれは、もう逃げなかった。
重ねた唇の狭間から、甘い吐息が零れた。
想像以上に柔らかいその唇をそっと吸いながら、司の胸にも、言葉にできない烈しい喜びが溢れていた。
もう、この愛しい人を強がらせなくていい。手放さなくていい。
己の手は、もう、愛しい人を泣かせないで済む。
愛して、愛して、二人、その先の未来へ行けるのだ……。
小鳥が啄むような口付けを無数に落とし、司は小さく笑った。
「君が、俺を大好きなことぐらい、知ってたよ?」
「……っ、う、ぁ……うぁぁぁぁっ……」
ぎゅっと司の首にかじりつき、今度こそ声を上げて泣きだしたすみれの背を、司は強く抱き締めた。
「すみれ──愛してる」
「……すき……大好き……」
「泣き虫だね……すみれ、笑って。俺は、腕の中で君が微笑んでくれるのが……夢だったんだよ」
「司さん……」
「俺に、君を倖せにさせて、すみれ。俺の傍で、君の希いを、どうか叶えて」
俺はもう既に幸せだけどねと囁いて、司はそっとすみれの頬を支え、上向けてやった。涙でぐしょぐしょに濡れたすみれの頬に、小さなキスをいくつも重ね、目元の涙を吸う。
「笑って。すみれ……」
「……うん」
すみれが、司をみつめ、潤んだ瞳を嬉しげに細めた。
「愛しています、司さん」
ふわり、薔薇色に頬を染めたすみれが微笑む。
周囲を包む奇跡のすみれより、それは可憐で愛しい、しあわせな色で咲いていた。
*★*────*★*────*★*────*★*────*★
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