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第十七章 咲き誇れ、シロツメクサ

04 幕間『くだらないもの』

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幕間 『くだらないもの』


 帰りのリムジンの空気は重かった。瑠利華の両親は怒鳴り疲れたのか、後部座席でぐったりと俯いて啜り泣いている。
 やれやれうんざりだ、と瑰は苦く笑んだ。
 うんざりだが──この結末が優しいあのメイドに笑顔をもたらすというのなら、案外、後口は悪くない。
 やられたという思いは強いし、後始末は少し面倒だが。

 青龍家にひとつ借りを作った事実は重い。

 青龍自動車の抱える集団訴訟の解決の一助となるべく、米国へ急ぎ連絡を取らなければならなかった。
 こんなどうしようもない姪でも、何処かへは嫁がせねばならない貴重な三井家と池崎家共通の『商材』なのだ。少なくとも瑠利華が手元を離れるまでは、そのスキャンダルを握った司を黙らせておかねばいけなかった。

 司が瑠利華のスキャンダルを盾にゆするような小さな男ではないことは知っている。
 だが、だからといって何もしないわけにはいかないのだった。
 ここで返さぬ借りは、いずれまた違う場所で祟るだろう。そんな面白くない事態に歯噛みするぐらいなら、今すぐに返してしまうべきなのだ。

「あーあ。くだらないことでケチがついたなぁ。全く面倒くさい」

 遠慮なくぼやく瑰の隣で、もはや開き直ったのだろう。
 瑠利華が傲然と腕組みし、ふんと顎を逸らした。

「そう言う叔父さまはどうなのよ? いい歳して手ぶらで御帰還なの?」

 ここで開き直れる瑠利華を、瑰は嫌いではない。
 勇ましく気位が高い瑠利華に、愛しさは微塵も感じないが、案外気にいっていた。
 おそらくこの女は夫をコントロールし、自らの手中に置く強い存在になるだろう。うまく使えば、瑰の意向を嫁ぎ先に伝えるための強力なパイプとして機能するはずだ。
 ただしその前に、薬の影響は身体から抜いて貰わなければならないだろうが。
 さて、どうやって合法ドラッグの影響下から、この女を引きずり出してやるべきか。

 ──いっそこの手で調教しなおしてやるのも一興だ。姪だと思って今まで甘やかしてきたが、処女でないならなんとでも出来る。

 なかなか剣呑な思考をひそかに巡らせながら、瑰は静かに笑った。

「いい歳して恋だの愛だのに敗北したよ」
「……くだらないですわ」
 瑠利華が吐き捨てる。

「そうだな。全くもって、くだらないね……だが」

 瑰はそっと色素の薄い瞳を眇め、囁いたものだった。

「そのくだらないモノの為に苦しんでた彼女は、今のお前よりは美しかったよ」


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(次回、最終章となります。明日更新致します!)
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