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終章
メイドは愛で紅茶を淹れる
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すみれを先に部屋に帰し、司は瑰たちを見送った。
最後まで瑠利華の両親は酷い取り乱しようだったが、瑠利華はさすがだった。
涙を流したのも最初にスキャンダルを暴かれたあの瞬間のみだ。あとは背を伸ばし、蛇のように前方を睨みつけながら、青龍邸を傲然とした態度で出ていった。
本来なら、邸に招く以前にスキャンダルを提示して、このお茶会を内々に潰せばそれでよかったのに、そうしなかったのはひとえに司のエゴだ。すみれと瑰の間に流れる空気をこの目で確かめる為に、瑠利華を利用し、必要以上に辱めたのは司のほうだった。
申し訳ない気持ちは、無論ある。
後日、瑠利華の次の縁談が上手くいくよう手を回すからよろしくね、と呟くと、傍らの鞘人はあからさまに苦い顔をした。
「……あのような女性の不幸など、自業自得だと、個人的には強く思いますが」
「手厳しいな。でも、怨みを残されても困るだろう? 今回は必要以上に彼女に恥を掻かせちゃったから、俺にも引け目があるんだよ」
「私はまったく気は進みませんが、旦那様の仰せのままに」
「うん、頼むよ…………」
何気なく頷き、そして司は、ふと黙りこんだ。
清浄な空気を取り戻し、がらんと静まり返ったエントランスホールで、改めて司は鞘人を見上げた。
鞘人が、背をぴんと伸ばした美しい姿勢のまま、司を見る。
穏やかなその瞳を見つめ、司はひそりと囁いた。
「……鞘人、今、俺を『旦那様』と呼んだね……」
「はい。『旦那様』」
鞘人が頷き、ふいに右足をすっと背後へ引いた。
優雅に左手を体の前で折った鞘人が、旅を終えた黒い渡り鳥のように、静かに司に一礼した。
見惚れるように美しい、執事礼だった。
頭を垂れた鞘人の黒曜石のような黒髪が一房、その額に音もなく零れ落ちる。
「──遅ればせながら、この鞘人、貴方を我が『主』とし、この身を捧げることを誓います」
司は黙ってその誓いを聞いていたが、やがて目を細め、小さく頷いた。
「もう、いいのかい?」
「理愛様の願いは、今日、叶いましたから」
鞘人は垂れていた頭を上げ、背を正し、司にそっと笑いかけた。
それは司が鞘人を拾いあげて二年を経た今、初めて鞘人が見せた、柔らかな微笑みだった。
「……思い出すよ、君を拾ったあの日のことを」
司は小さく呟いた。
かつて最愛の主・湖示とその娘・理愛を失った鞘人は、生きることすら諦めかけていた。誰も訪れることのないビジネスホテルの部屋の片隅で、虚ろな目をして水さえ飲まず、ただ時の過ぎるままに朽ちていこうとしていた鞘人を探し出したのは司だ。
「本当に……旦那様は、手負いの獣みたいな私を相手に、よくあんな無茶をしたものですね」
鞘人は苦笑と共に目を伏せた──そう、思い出す。
あの日、司は鞘人を探し当て、部屋に踏み込んできたのだ。
『──君に俺を殺す機会を、一度だけあげる』
だから青龍家で働き、俺に仕えな。
そう告げた司に、鞘人は初めて死んだ魚のような瞳に怒りにも似た生気を浮かべたのだ。
馬鹿にするな、と思った。
数日間、飲まず食わずだった鞘人には、立ちあがる力も失せかけていたのに──あの時、不思議と鞘人は立ちあがることが出来た。
ふらつきながら立ちあがり、鞘人は司をやつれた貌で見下ろした。見下されたままこの男に話しかけられることなど、その当時、鞘人には耐えがたかったのだ。
『……貴方を、殺したところで、お嬢様は戻らない』
怒りに瞳を燃やし、呻くように吐き捨てた。
司は目を逸らさない。
鞘人もまた一歩も引かずに司を睨んだ。
『貴方を殺しても、お嬢様も旦那様も、お喜びになどならない……!』
それは自明の理で、だが言葉とは裏腹に鞘人の身体には殺気が未だ滾っていた。理屈ではない。目の前に、理愛を傷つけ、湖示を失意の底に叩き落としたまま、あの雨の日に二人を送りだした男がいる。
その男が、鞘人に言うのだ。
──俺に仕えろ、と。
事故は、事故だ。
それについては司に何の落ち度もなくても、鞘人の中に滾る行き場のない怨みは、もう、司にしかぶつける先がなかった。
そしてそのことを、おそらくは司が一番良く知っていたのだろう。
怒りでしか、当時の鞘人が立ちあがれない程弱っていることも──
ねえ、鞘人。
私、振られちゃったわ。司様、好きな方がいるんですって。
嘘じゃないみたい。本当に好きみたいよ。
帰りのリムジンの中で、理愛は鞘人にメールを打っていた。
死ぬ数秒前に送信された、愛する死者からの言葉は、今も一言一句違わず、鞘人の胸に刻み込まれている。
……私、ほんとにくやしいわ。
ねえ鞘人、なんでその人が私じゃないのかな?
こんなに小さい頃から司様を見てきたのに。全然、気付かなかった。あんなに司様が恋い焦がれてる人がいるなんて。
悲しいよ、くやしいよ……鞘人。
でもね鞘人。一番やりきれなかったのはね、司様が、私より、苦しそうな目をしていたことよ。
今は逢えないんだって。その人と。
どんなに逢いたいと願っても、今は逢えないんだって。恋が叶うかどうかもわからないっていうのよ。でも愛してるんだって。誰よりも愛してて、一生その人しか愛さないっていうのよ。
くやしいわ。そんな相手に私負けたの。そのうえ、私なんかよりもっと司様が苦しそうなの。
ねえ鞘人、私、心の狭い女よ。だから司様の恋なんて実らなければいいのにって思う。でも、やっぱり、それも嫌なのよ。あんな哀しい目をしたまま生きてて欲しくないのよ。
鞘人、私、明日から何のために生きたらいいのかな。
司様を幸せにしたかったけれど、私じゃだめなの。その人じゃないとだめなのよ。
……ねえ、鞘人。私、いつか、司様の幸せを、祈れるかしら。
そんな女でありたいのよ。汚く、醜くなるのは嫌なの。
だって、司様が苦しいのは……私、かなしい。嫌だよ、鞘人。汚い女になりたくないよ、私……強く、なりたいよ……
理愛の最期の言葉は、決して司を怨んではいなかった。
ならば鞘人ごときに、司を怨む権利など本来ない。
だからこそ──苦しみの中で鞘人は、理愛の最期の言葉を胸に、司を睨み据え告げたのだ。
貴方のもとで働こう、と。
『……いいだろう。貴方がお嬢様を拒んでまで貫こうとしたその相手と幸せになるまで、私が、理愛様の目になり、意思になる。あの方のただひとつの夢は貴方を幸せにすることだったんだ。この先、貴方が不幸になるなど、絶対に……俺が許さない』
それは怨みの感情をぎりぎりの瀬戸際で捩じ伏せた鞘人が、到達した最後の結論だった。
理愛の目になり、意思になる。
叶えられなかった彼女の想いが救われる、その日まで。
『ただし、私の「主」は、過去においても未来においても、湖示様ただ一人だ』
鞘人は司を睨み、告げたのだった。
──貴方のことは、今後も、『旦那様』ではなく『司様』とお呼びします、と。
*
もういいのか、と問う司に、鞘人は静かに頷いた。
胸にもう凍りついた蟠りはない。これで司を、主と呼ぶことが出来る──ほんとうに、心から。
理愛の死は、これで呪いにならずに済んだ。司は今日、全力で運命を邪魔する者を退け、すみれを選んだのだ。
二人はきっと幸せになるだろう。
その瞬間を見届けさえすれば、己の役目はもう終わる。死んでも構わないのではないかと、ずっと思っていた。
だが、不思議なものだ。
この先の未来を、鞘人は見たいと思い始めていた。
理愛の目としてではなく、己の目で。
理愛の為ではなく、己の為に。
あの不器用でひたすらに一途な少女が、踏まれても踏まれても立ちあがるシロツメクサのように耐え、司を見つめ続け、ついに捕まえた幸せの行く末を見守るのも──そう、悪くはない人生ではないか。
「旦那様は、幸せ者ですよ」
首を傾け、鞘人は苦笑した。
「あんなに可愛らしい女性を、二人も虜にしたのですからね」
「……君にはあげないよ? 鞘人」
小さく、照れたように司がほほえむ。
欲張りな方だと鞘人は笑い、司が本当に次の一歩を踏み出したことを知った。
もう、すみれを誘いたいなら誘えばいいなどという、虚しい台詞を聞くことはないのだろう。深い安堵が鞘人の胸に沁みた。
「……そして旦那様の幸運は、もう一つ」
「何かな?」
「この優秀な私を執事に出来たこと、ですよ」
「自分でそういうこといっちゃう優秀な執事で、俺も鼻が高いよ」
司が噴き出す。鞘人も小さく声をあげて笑った。
こんな風に、自分が笑える日が訪れるなど……思わなかったから。
「とはいえ、私もまだまだ至らぬ執事でございますから、精進致します」
今度こそ、改めて主と仰ぐこの男の為に、そしてその横で微笑むのであろうすみれの為に、この身を尽くそう、と鞘人は思う。
「……そう? 君は充分やってくれていると思ってるよ、俺は」
「いいえ、まだまだですよ」
おどけたように、鞘人が肩を竦めた。
「ミルクの好みや、真夜中のレモンティーの好みぐらい、遠慮なく口にしていただけるような執事となることが、差し当たっての私の目標でしょうか」
司はそれを聞いて──ほんの少し目を瞠り、やがて小さく吐息した。
「……一つだけ言っておくけれど、鞘人。真夜中に俺が勝手にお茶を淹れていたのは何も、君を鬱陶しがっていたからではないんだよ……?」
「しかし、私と旦那様の間には、いろいろありましたしね。仏頂面の私を傍に置きたくない瞬間も多々おありだったと推察します」
「……ま、そういう時もあったのは事実だけどね。ほんとにそれだけじゃないんだけどなぁ」
ぽりぽりと頭を掻いてぼやく司を前に、鞘人は柔らかく微笑んだ。
「勿論、私の身体を案じてのことでもあると、存じておりますよ。ですが、私が旦那様より先に逝くほど不甲斐ない執事だとでも?」
「ふむ。……うちの執事は、優秀だからね」
鞘人の背を、司がぽんと叩いて先に歩きだしながら、司がぼそりと囁いた。
「……鞘人。ありがとう」
少しうれしげなその背を追い、歩きだしながら、鞘人は瞳を細めた。
*
司の私室まで主をひとまず送り届けた鞘人は、東館から本館への入り口で後ろ手に腕を組んで立っていたメイドにふと気付き、歩みを止めた。
壁から身を起こしたのは、夏凛だ。
華やかな髪を仕事中はいつも三つ編みにし、後頭部でアップに纏めている夏凛が、今は髪をおろしていた。
緩やかなウェーブを描く髪が、夏凛の小さな形のよい顔を縁取っている。メイド服さえ着ていなければ、どこかの令嬢のような華が彼女にはある。
鞘人はゆったりと夏凛に歩み寄った。日も暮れて、廊下は淡い間接照明の放つセピア色に染まっていた。
「仕事はあがりか? お疲れ」
「うん。やれやれ。ほーんと、今日は疲れたわ」
貴方もお疲れ様、と夏凛が呟く。
なんとなくその傍らで休憩したい気分になり、鞘人も少し壁に身を預けた。実際、鞘人も疲れていたのだ。
司がティールームを離脱した後、残された鞘人が普段の三倍働いたのは本当のことだ。あの阿鼻叫喚の修羅場をおさめるのは精神的に堪える作業ではあった。
こんな時、夏凛の隣は心地よい。
この職業にまつわる疲労も苦労も、全て理解している夏凛の傍は、鞘人にとって落ちつく場所だ。
「……で、あんたはこの先も、旦那様に仕えるのよね?」
苦笑しながら、夏凛がぽつり呟く。
鞘人はあぁ、と頷いた。
「そうなると、思ってたわよ、私は」
「そうか? 俺は今日までこんな気持ちになれるとは思わなかったがな」
「あんたは自分で思ってるより情の優しい男だから。2年も一緒にいたんだから、自覚以上にちゃんと司様のこと、主として想っていたのよ」
「……ん」
多少面映ゆい気持ちになりながらも、鞘人は夏凛の言葉をそのまま受け入れた。確かにそうかもしれない。
二年も司と共にした、その時間は決して短くはなかった。
「それに」
夏凛がちらと鞘人を見上げ微笑んだ。
「あの子もいる」
「……そうだな」
「いいの? 司様のものに、なっちゃったけど」
ちょっとからかうような夏凛の言葉も、今は穏やかに受け止められる。鞘人は微かに瞳を細め頷いた。
「……そうでなくては困る」
ほんのかすかに、すみれに寄せた想いは恋に似ていた瞬間もあったかもしれないが──それよりも強い希いが、鞘人にはあった。
執事としての情愛は、あくまで情愛だ。
全てを終えた今、鞘人の胸の内は、凪いだ海のように穏やかだった。
「真面目ね」
「堅物なんだ」
「知ってるわ」
夏凛は呟き、ひょいと壁から身を起こした。
鞘人に向き直る。
「で。あんたは天然記念物級の堅物執事様ですからね。……定年まで、結婚もしないつもりなんでしょ」
「……まぁ、そうなるだろうな」
鞘人は苦笑いを浮かべた。
執事の世界はある意味、どんなブラック企業よりも過酷だ。残業という概念すらもない。主が起きて活動している限り、そこは執事にとっても戦場だ。
主より早く起き、主より遅く休む。
休日など、有って無きが如しである。
そんな世界に生きる執事たちは、多くの場合、定年まで結婚しない。定年まで結婚しないということは、一生涯独身で過ごす割合が多い、ということだ。
家族を持っても優先しなければいけないのは主の都合である以上、やはり結婚後は勤めるのが困難な仕事なのである。だからこそ昔から執事を雇うのはセレブのステイタスでもあった。
メイド一人雇うのとは桁違いの報酬を払わねばならないからだ。
執事はそれだけの報酬と引き換えに、自らの生活のほとんどを仕事へ費やすのである。
司ならば、そんなこと気にせず結婚するといい、とおそらく言うだろう。私生活も大事にしなさいと。
優しい主だ──真夜中のレモンティーを一人で淹れてしまうぐらいには。
だが、そんな主だからこそ、文字通り身を賭して傅きたいと望む鞘人だ。
「それに、相手もいない」
呟いた鞘人は、自分のそんな言葉を今初めて、ほんの少し淋しい、と感じた。
互いに想いを交わし合い、幸せそうに微笑んでいた司たちを見てしまったからだろうか。
そんな相手の一人もいないことを、今まで淋しいなどと感じたことなどなかったはずなのに──いま、微かな寂寞が胸の底に揺れている。
「──じゃ、待っててあげるわ」
まっすぐに鞘人を見上げて呟いた夏凛の言葉に、鞘人は首を傾げた。
少し話の脈絡が理解できなかったのだ。
「待つって……何を?」
「鈍いわね。あんたを、よ。定年まで、待ってあげる」
波打つ美しい髪をふわりと揺らし、夏凛があでやかに微笑む。
「感謝なさいよ、鞘人。あんたが定年を迎えて淋しいよぼよぼの爺さんになるまで待ってあげるっていってんのよ、この私が!」
「──夏凛……」
驚き、鞘人は思わず壁から身を起こした。
それはどういう意味だ、と無粋にも問おうとして、だがぐっと言葉を呑んだ。
そうだ。思えば夏凛はずっと鞘人の傍にいてくれた。
理愛たちを失った鞘人が、唯一、引きこもったビジネスホテルの住所を自分から明かしたのも、夏凛だった。
毎日一度、鞘人を訪れ、食べてはもらえぬ差し入れの山に悲しげな目をしながらも、また新たな差し入れや水を鞘人の傍らに置いて、お願いだから食べてよと呟いた……そんな夏凛の中にある想いに、本当に自分は気付いていなかったと言えるのだろうか?
(知っていて、俺は、夏凛に甘えていたのかもしれない……)
傍に居れば、悪態もつくけれど安らげた。
お互いの力量を信頼しあい、仕事を任せられた。
メイド側に馴染みの夏凛がいてくれたことで、この二年、どれほど助けられたかわからない。
青龍家にいくから、お前も来い──そう告げた鞘人に、躊躇うことなく夏凛は頷いてくれた。雇用条件も給与の詳細も、何ひとつ問わずに。
「お前……」
微かに己の頬が熱を持つのがわかった。
鼓動が、早鐘を打ち始める。慣れた夏凛の傍なのに、急に落ちつかぬ気持ちになったが……こんな感覚は、悪くなかった。
「今やっと、気付いたの?」
嫌ねえ、これだから堅物は、と夏凛は笑った。
「いいこと? あんたみたいな男を辛抱強く待てる女は、世界中何処捜したっていないわよ。私以外には」
「夏凛……」
「──あたしにしときなさいよ。悪い事言わないわ」
鮮やかに咲き誇る薔薇のように言い放つ夏凛は、男の目からみても男気に溢れて──美しい。
鞘人は眩しい想いで苦笑した。
「……そんなに待ってちゃ、お前だってしわくちゃの婆さんだぞ」
「馬鹿ね。私はしわくちゃになんかならないわ。エイジングケアは徹底してますから」
相変わらずの強気っぷりに半ば呆れ、鞘人は苦笑し──やがてぽつりと呟いた。
「では、俺もしわくちゃの爺さんではなく、ロマンスグレーな紳士になれるように……せいぜい努力するか」
「……!」
はっと息を呑んだ夏凛の頬に、その瞬間、ふわっと赤みが差したのを鞘人は見逃さなかった。
よく見れば──いや、よく見なくても──こんなにも夏凛は、可愛らしかったのに。
鞘人は、夏凛の後頭部にするりと手を回した。ほんの軽く抱きよせてみる。夏凛のぬくもりを自分でも驚くほど愛しく感じ、胸が震えた。
それでも、今はまだ、深く抱きしめる権利はないから。
「少し、時間をくれ。お前の気持ちに追いつきたいんだ……夏凛」
そっと告げた鞘人の腕の中で、その瞬間、夏凛の肩が小さく震えた。
「……馬鹿ね。いつまでだって、待つわよ……今までだって、ずっと待ってたんだから……!」
涙の滲んだその声が今、ひどく愛しかった。
* * *
あれからまたひと月が、瞬く間に過ぎた。
司と鞘人はほとんど邸に帰らぬ日々が続き、留守はカツキと星斗が守り続けていた。すみれにとっては淋しい日々だったが、それでも今までの孤独や苦しさと比べれば遙かに幸せな日々だった。
メッセージだけでなく、一日に一度は電話があった。
想いが通じ合った今、電話で聴く司の愛の囁きはいちいち全てがくすぐったくて、すみれは毎晩頬を染めた。
そんな司が急に帰国したのは数日前のことだ。
一週間、日本に帰国して所用を済ませ、また一週間後には米国だった。
あと二年近くは、訴訟のゴタゴタは続くという。つまりそれは、二年間もの間、すみれは司と遠距離恋愛状態になるということでもあった。
フライトが明日に迫ったその日、仕事の合間にアフタヌーンティーをする時間を、司は確保してくれた。
なんだかんだで夜のお茶ばかりで、今までこうして昼間、たっぷりのお菓子やサンドイッチと一緒にゆったりとお茶する時間を確保できなかった司である。土日を問わず多忙なことはわかっていたから口には出さなかったが、すみれも司とはアフタヌーンティーを楽しんでみたいと常々思っていたから嬉しかった。
これで張りきらないわけがない。
用意は鞘人も無論手伝ってくれたが、サンドイッチはすみれの担当として任せられた。
三段トレイの下段に、スモークサーモンと胡瓜、ロースハムにチェダーチーズ、ローストビーフのオープンサンドと豪華に揃える。どうせ司は甘いものはほとんど食べられないから、昼食を食べずに帰ってきてくれた司のために、普通に考えられる二人分よりも沢山作っていた。
「これはすみれが作ったの? 美味しそうだなぁ」
庭の一角にある温室。
ティーテーブルに座った司が、用意された三段トレイを見て、嬉しげに微笑む。まだスーツ姿のままだ。
「あ、スイーツは鞘人さんたちが作ってくれました。私は、鞘人さんに教えてもらいながら、サンドイッチを」
「へえ。嬉しいなぁ……俺が食べる分だから、頑張ってくれたの?」
白磁のティーポットを傾けてストレートティーを淹れながら、すみれは司の視線にちょっとはにかんで頬を染めた。
「はい。美味しく出来てると、いいんですが……」
素材は間違いなく一級品なのだから、美味しいに決まっていると、作る前はすみれも思っていたのだが──鞘人の指示で作るサンドイッチは驚くほど芸が細かく、様々な下準備も必要なものだったから、それら全てを自分の手で行ったすみれは内心ハラハラしていた。
何か味付けを間違っていなければいいのだが。
多少自信のないサンドイッチだが、そのかわりお茶は美味しく淹れられたはずだ。
すみれは丁寧に紅茶を淹れていった。こうしてまた、司に笑顔で紅茶を淹れることができるようになったことが、何より嬉しい。
今日のティーカップに、再びナルミ・カレスを選んだのはすみれだ。カップを見て、司は微かに照れたように口元を手で覆ったものだった。
溢れ出る想いを、すみれは紅い薔薇が咲くカップへと丁寧に注いだ。
司の前にセッティングし、微笑む。
「……ダフラティン茶園のアッサムです。蜂蜜のような甘い香りが素敵なんですよ。これは細かい茶葉ではなく形のある茶葉のものですし、一杯目はストレートでお楽しみくださいね」
一瞬迷い、少しいたずら心に任せて、囁いてみた。
「どうぞ……ご主人様」
「……っ!」
瞬間、司がぎょっとしてすみれを振り仰いだ。テーブルがほんの少しだが揺れたほどだ。こんな粗相は司には珍しい。
驚きを隠そうとしない司の態度に、言ったすみれのほうが恥ずかしさを募らせた。こんな強い反応が返ってくると思わなかったのだ。
「き、君ね……」
司はそれきり少し黙り、片手で口元を覆って目を逸らした。
「え、ご、ごめんなさい、嫌……でした?」
この邸では主のことを旦那様と呼ぶのが習わしのようだったから、今まですみれもそれに従ってきたのだが、考えてみると少女漫画や小説では大抵の場合『ご主人様』なのである。
だからだろうか。ご主人様という言葉には、ちょっとした憧れが伴う。いたずら心で言ってみたくなっただけなのだが──気を悪くさせたのだろうか。
少し心配になって司の表情を伺うすみれの前で、司はやがて大きく吐息し、すみれへと手を伸ばした。
すみれの頬に、司の掌が滑る。
「どこでそういう言葉を覚えてきたのかなぁこの子は……瑰殿にでも吹き込まれた?」
「えっ。なんで瑰さんが出てくるんですか……」
驚いたすみれに、司は再びきまり悪そうに目を逸らした。
「……ごめん。あっちの家は瑰殿の趣味から推察するに、100%、ご主人様って呼ばせてるだろうから、つい、ね」
「司さん?」
すみれが、まだ司の言葉の意味がわからなくて戸惑っていると、やおら立ちあがり、司はすみれを緩く腕に抱きしめ囁いた。
「あーもう。……ヤキモチだよ」
「やき、もち?」
「意外そうだなぁ……俺はわりと嫉妬深いから。君と瑰殿が知らない間に繋がってたなんて後から知って、本音を言えばすごく妬いたよ?」
「……あ」
言われてすみれは、司には悪いがこっそり嬉しさを噛みしめた。やきもちを妬かれているなんて、あの渦中では想像もできなかったことだ。
「ご……ごめんなさ……でも、あれは」
「うん。わかってる。瑰がとにかく手が早いナンパ男だったってだけだからね。あの男に怒ってるだけだよ……」
くすっと耳元で笑い、司はすみれの耳を唇でそっと食んだ。濡れた感触がすみれに甘い痺れをもたらす。
あ、と声を漏らしぴくりと震え、司にしがみつけば──再び司がどこか満足そうな笑みを零した。
「ご主人様、か。……ちょっと今、複雑な気分だよ」
「やっぱり嫌でした? ごめんなさい、もう言いません……」
「そうじゃなくてね」
司は少し身を離し、どこか照れを隠すような憮然とした表情でぼそりと呟いた。
「うっかりドキドキしちゃったってことだよ。あの男に嫉妬するぐらいには、ね」
「え?」
「はー……やれやれ。主の心メイド知らずだね。今日のお茶だって私服でよかったのに、君はやっぱりメイド服なんだもんなぁ……」
途方にくれたように、司がすみれのおでこに自分の額をこつんとくっつけてくる。
その温かな距離にドキドキするのはこちらのほうだが──
「──えっと」
すみれはちょっと司を見上げて、言葉の意味を考える。
「あ、の。わたしがご主人様っていうと、司さんは、ドキドキするんですか?」
「……するよ? 不覚にも」
眩しげに司は苦笑した。
「だって、俺が初めて恋をした人は、メイド姿の天使だったんだからね?」
「……あ」
「あれから17年たった今でも──いや、今だからこそ余計に、君のその姿は俺にとって特別なんだよ、ちょっと凶悪なぐらいにね」
不意に司の睫毛が伏せられ──ちゅっと軽く唇を盗まれた。
「あの時と違って、俺も、もう子供じゃないからね……」
あんまり煽られると、君にご主人様って呼ばせて、いろいろ悪戯したくなるよ──司が吐息のような囁きを耳に吹き込む。
「……っ」
艶のある囁きの意味を、さすがに初心なすみれも察し、頬がふわりと熱く燃えた。
(確かに、それは、ドキドキしちゃう、な……)
司にそんな欲が無さそうに見えてちゃんと在るのだ、ということは、両思い後に何度も言葉のやりとりを重ねて、きちんと理解していたはずだったが──久しぶりにゆったりした時間の中で司が見せてくれるすみれへの独占欲や情欲の欠片は、すみれの中にたとえようのない甘酸っぱさと幸福感を生んだ。
……同時に、寂しさも。
(明日には、また、司さんは居なくなる……)
同じ邸の人間でありながら、司とすみれは完全な遠距離恋愛だ。
この一ヶ月間、一人で眠りにつきながら、もしもこの身体も司のものにしてもらえたなら、少しはこの寂しさも紛れるのだろうか──などと、高まる寂しさの中で考えたりもしたなんて、言えない。
「さ。君の心づくしの紅茶が冷めないうちに、頂こうか」
司の腕が離れる。それを名残惜しく思いながらもすみれが頷くと、司はふわりとすみれの席の背後まで移動し、椅子を引いた。
ここは二人きりだ、給仕の為の執事はいない。
「どうぞ、お嬢様」
午後の優しい日差しの中、涼やかに微笑む司の言葉に、甘酸っぱさがこみ上げる。
「えっ、あ、う……ありがとう、ございます……」
あたふたと頬を染め──すみれは大人しく席に座った。
* * *
すみれのつくったサンドも紅茶も、司は本当に美味しい美味しいと言いながら瞬く間に腹へと収めた。相変わらずスイーツには手を伸ばさない徹底ぶりだが、その分、鞘人特製の美味しい紅玉のアップルパイは、すみれのお腹に納まった。
本当にこれを食べないなんて人生半分ですよ司さん、というと、じゃぁ甘いものを食べた君の唇を後で頂くからそれでとんとんだね、と司が笑った。穏やかで、優しい午後だった。
「二杯めはミルクティーにしますね」
「うん」
すみれが再び紅茶を淹れている間に、司はぶらりと立ちあがった。
ひょいと10mほど離れた、庭の端まで歩いていく。何をしているのだろうと見守るすみれの視線の先で、司は少しだけしゃがみこみ、そしてすぐに何かを手にしてテーブルまで戻ってきた。
「どうしたんですか? 司さん」
ミルクを司のカップに注ぎ入れて問うすみれの前に、ひょいと小さな葉が差し出された。
「はい、あげる」
「あ…!」
見れば、それは四つ葉のクローバーだ。温室内だから葉も青々と元気よい四つ葉が3本も束ねられている。
「うわぁ……こんなに一瞬で見つかるんですか……」
「相変わらず、うちの庭はそこらじゅう、四つ葉だらけのようだよ」
くすくす笑う司の手から、すみれはそっと四つ葉のクローバーを両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなものでもないけれど」
司がふと、すみれの手を上から両手でくるんだ。
「……俺がみつけた幸運は、全部きみにあげる」
「……!」
とくん、と心臓が鳴る。
真顔で覗きこまれたら、その眼差しの深さに呼吸を忘れてしまう。
見つめ合うと、わかる。
欲されていること、愛されていること──
無言の甘さに誘われるように瞳を伏せれば、すみれの唇に司のそれがゆっくりと重なった。
「んっ……」
今度の口付けは熱を帯びた。まるで本当に食べたかったのはすみれの唇なのだというように、司がすみれの下唇を食み、甘く吸う。啄みは少しずつ角度を変えて濃い甘さを帯びた。
(司、さん……)
うっとりとすみれはその口付けに酔った。
何度もキスを重ねては離れ、またキスをする。そのたびに息があがった。手はお互い体の前で重ねていたから、それほど深く舌が入りこむわけではなかったが、その分もどかしく唇に想いが篭る。
やがて下肢がやわらかく力を失い、すみれの瞳がしっとりと潤んだころ、ようやく司の唇が名残惜しそうに離れた。
「……あと、2年だ」
低く、司が囁いた。
「あと2年──寂しい想いをさせるけど、必ず2年でこの騒ぎを収めてみせるよ。だから……変な男についてっちゃだめだよ、すみれ」
「つ、ついていったりしませんよ?」
言って、すみれはふと気付いた。
すみれが瑰を好きだといった言葉は、無論嘘だということは司とてわかっているだろう。それでも、はっきりとそれについて言い訳したことが、思えば今まで無かった。
すみれは少し言い淀み……だが言い訳よりも伝えたいことを、そっと口にした。
「……私が、好きなのは、司さんなんです」
「うん……知ってる」
「ほんとに?」
「うん」
頷いた司の眼差しが、だがほんの少し、切なげだった。
「ほんとに、解ってくれてますか? 私、ほんとに、司さんのことが、好きで……すき、で……」
瞬間、自分でも驚いたことに──涙が、込み上げた。
たくさん、この人を傷つけた。言いたくて、言えない想いが、ほんとうにいっぱいあった。
今、言おうと思えばこうして伝えられる。だからこそ……ちゃんと言葉にしたい。
好きだと一言囁くだけで、泣けるほど愛しいから、尚更。
「愛してます……司さん」
語尾が震えて、涙が零れた。
「あー……この子は……もう」
瞬間、司が微かに苦しげに息を震わせ、もどかしげにすみれを深く胸に抱きよせた。
「そんな可愛いこと言われるとね、俺の理性がどんどん崩壊していくわけなんだけど……さて、このいけないメイドさんをどうしようかな……」
「司、さん」
「もっと……もっと君が欲しい」
きつく何かを堪えようとして、でも堪え切れぬ熱さを帯びたその声に、すみれは背にぞくりと甘い疼きを覚えた。
欲しい。それはもう、何が、と言葉にできないような欲の全てをかけて、すみれも司を欲しいと思う。甘く他愛のない時間から、未だ知らぬ熱い時間までも……。
「わ、たしも、です……」
ふわふわとした熱に浮かされ頷いたすみれの耳元で、司が切なげに吐息を零す。リズムが、早い。少し荒いその呼吸が、司の抱えた熱を伝えてくれる。
「うん。そうだね。すみれも、とろけそうな声になって……可愛い」
「……っ」
「俺のものだ。君は、俺だけのすみれだよ……」
「うん……うん……」
「……愛してる、すみれ」
再び唇を深く吸われた。すみれは今度こそ司に深く抱き寄せられてその口付けを受け止めた。
「……っ」
押し殺した吐息を漏らし、司の舌がどこかせわしなくすみれの唇をなぞる。その動きに応えたくて、すみれの唇が自然に緩んだ。
差しこまれる舌にふるりと身を震わせ、受け入れれば──控え目に司の舌に触れたすみれの舌が、みるまに深く絡め取られてゆく。
ぞくぞくと背に、腰に、甘い痺れが落ちてゆく。微かに司の手がすみれの背や腰を撫で、切なげに抱きしめ直すその度に、熱い掌の動きにも何かを引きずり出されてゆく気がした。
泣きだしたいほど切実な想いが、この胸に、いや、身体の奥深くにある。
きっと、自分はこうして司に深く愛されたかったのだ──今まで、ずっと。
(司、さん……)
それを、2年後ではなく今、司に掬いあげて、慈しんでほしいと思うのは……我儘なのだろうか。
叶わぬ想いだろうか。はしたないだろうか?
(やだ……また明日離れちゃうなんて、やだ……)
口づけられて、今この瞬間確かに嬉しくて──なのに、涙がおさえきれない。静かに眦を濡らしたすみれに気づいたか、ゆっくりと司の唇が離れた。
「すみれ……」
司が、心配そうに表情を曇らせる。
「……ごめ…なさい……」
すみれは慌てて言葉を探した。うろうろと視線を彷徨わせ──だが、うまく言葉が見つけられない。
掌が、足が、感情が昂ぶり過ぎてじんじんと痺れている。真っ赤になって、すみれは俯いた。
「片想いだと思ってた時に比べたらこんなの……なんてことないって、思ってます。少し、逢えないことぐらい、なんてことない。ちゃんと、帰って来てくれるってわかってるから、いつまでだって、待てます。すごく……幸せで」
「……」
司が黙って背中を撫でてくれる。その掌の動きに慰められながら、すみれはゆっくり目を閉じた。
「でも……」
「……うん」
「離れちゃう前の日が、こんなに楽しくて、嬉しくて、司さんがこんなに傍にいてくれて……だから、余計に」
こんなことを言えば困らせるだけのような気がする。
だけど吐きだしてしまいたい。多分、受け止めて貰わないと、明日を迎えられない、そんな気がして。
「余計に……離れるの、やです。傍に……いたい……」
「……うん。俺も、同じだよ」
どこか苦しげに司が囁き、すみれをゆったりと抱いて頬をすり寄せた。
「君への片想いはこじらせて久しいからね。待てる、つもりだったんだけどな。……こんなに自分が堪え性の無い人間だったことに気づいて、最近ほんとにやるせない」
「……つかさ、さん……待てる、って……?」
小さく訊ねたすみれの瞳を、司はしばらく黙って覗き込んでいたが──やがて静かに囁いた。
「すみれ。四つ葉の花言葉は知ってる?」
「え? っと……さっき司さんが言った通り……『幸運』ですよね?」
泣いてしまってぼんやりした頭でそれでも答えたすみれに、司は「そうだね」と頷き──ふといたずらっぽく瞳を煌めかせた。
「でも、それだけじゃないよ。例えばアメリカでは、別の意味を持つ」
「え……どんな?」
「教えてもいいけど……」
腰を深く抱きよせ、司が囁いた。
「教えたら、君はただ『はい』って言ってね?」
「……?」
「拒否権はないよ。それでもいい?」
その瞳の中に、すみれを欲しがる司の熱が確かにあった。
すみれはゆっくりと頷いた。何が飛び出てくるとしても、司ならすみれに不可能なことを要求したりはしないはずだ。
緩やかなときめきに、とくん、とくんと心臓が騒ぎ出す。
「いいです、よ?」
こくりと頷くと、司も頷き、すみれの右手を取った。
握りしめられていた四つ葉のクローバーを一つとる。綺麗な指先で、司はそれをすみれの左手の指にするりと巻き付けた。
「今は、こんなものしかないけれど……」
きゅっ、とクローバーが結び付けられた指は──
(左手、薬指……)
瞬間、ふわりと体温があがった。
「アメリカでの、四つ葉のクローバーの花言葉は……be mine」
司の囁きと共に、風が吹いた。
「俺のものに、なって……すみれ」
捧げ持ったすみれの手の甲に、そっと小さく口付け、司が何かをおそれるように……祈るような瞳で囁いた。
「──今夜、君が欲しい」
「……っ」
すみれは瞳を見開いた。どこまでも甘く鼓動が走りだす。司の口付けで柔らかく力を失っていた身体の底へ、じんと深い痺れが走った。
「君のさびしさも、全部受け止めさせて。俺を君にあげる。……俺だけがそれを望んでいるわけではないと、いま、解った」
「つかさ、さん……」
「君が欲しい……俺のものに、なって……すみれ」
狂おしい声。
拒否権はないとまで言っておきながら、懇願にも似た──愛する人の熱情。
(……あぁ……)
すみれは微笑んで、目を閉じた。
気恥ずかしくて、熱に浮かされたように身体中がふわふわして。
だけど、これは夢じゃない。
「──はい」
「……っ」
消え入りそうな声ですみれが頷いたその瞬間、大きく息を震わせ──司が深く深く、すみれをぎゅっと抱いた。
すみれの左手薬指に結わえられた四つ葉が、ふわりと揺れた。
奇跡は、きっともう起こらない。
だから、この先の物語は、ただ、ふたりだけのものだ。
【END】
*★*────*★*────*★*────*★*────*★
これで終幕となりました!お付き合い頂き有難う御座います……!
こんな辺境の地までお越し頂き、お気に入り登録までしてくださった方、ありがとうございます。
残念ながらアルファポリスのことも良くわかっていないので誰がお気に入り登録してくださったのかも良くわからないのですが……嬉しい限りです。
もし良かったら、読んだよ!ってだけでも感想、お伝え頂けると嬉しいです!
最後まで瑠利華の両親は酷い取り乱しようだったが、瑠利華はさすがだった。
涙を流したのも最初にスキャンダルを暴かれたあの瞬間のみだ。あとは背を伸ばし、蛇のように前方を睨みつけながら、青龍邸を傲然とした態度で出ていった。
本来なら、邸に招く以前にスキャンダルを提示して、このお茶会を内々に潰せばそれでよかったのに、そうしなかったのはひとえに司のエゴだ。すみれと瑰の間に流れる空気をこの目で確かめる為に、瑠利華を利用し、必要以上に辱めたのは司のほうだった。
申し訳ない気持ちは、無論ある。
後日、瑠利華の次の縁談が上手くいくよう手を回すからよろしくね、と呟くと、傍らの鞘人はあからさまに苦い顔をした。
「……あのような女性の不幸など、自業自得だと、個人的には強く思いますが」
「手厳しいな。でも、怨みを残されても困るだろう? 今回は必要以上に彼女に恥を掻かせちゃったから、俺にも引け目があるんだよ」
「私はまったく気は進みませんが、旦那様の仰せのままに」
「うん、頼むよ…………」
何気なく頷き、そして司は、ふと黙りこんだ。
清浄な空気を取り戻し、がらんと静まり返ったエントランスホールで、改めて司は鞘人を見上げた。
鞘人が、背をぴんと伸ばした美しい姿勢のまま、司を見る。
穏やかなその瞳を見つめ、司はひそりと囁いた。
「……鞘人、今、俺を『旦那様』と呼んだね……」
「はい。『旦那様』」
鞘人が頷き、ふいに右足をすっと背後へ引いた。
優雅に左手を体の前で折った鞘人が、旅を終えた黒い渡り鳥のように、静かに司に一礼した。
見惚れるように美しい、執事礼だった。
頭を垂れた鞘人の黒曜石のような黒髪が一房、その額に音もなく零れ落ちる。
「──遅ればせながら、この鞘人、貴方を我が『主』とし、この身を捧げることを誓います」
司は黙ってその誓いを聞いていたが、やがて目を細め、小さく頷いた。
「もう、いいのかい?」
「理愛様の願いは、今日、叶いましたから」
鞘人は垂れていた頭を上げ、背を正し、司にそっと笑いかけた。
それは司が鞘人を拾いあげて二年を経た今、初めて鞘人が見せた、柔らかな微笑みだった。
「……思い出すよ、君を拾ったあの日のことを」
司は小さく呟いた。
かつて最愛の主・湖示とその娘・理愛を失った鞘人は、生きることすら諦めかけていた。誰も訪れることのないビジネスホテルの部屋の片隅で、虚ろな目をして水さえ飲まず、ただ時の過ぎるままに朽ちていこうとしていた鞘人を探し出したのは司だ。
「本当に……旦那様は、手負いの獣みたいな私を相手に、よくあんな無茶をしたものですね」
鞘人は苦笑と共に目を伏せた──そう、思い出す。
あの日、司は鞘人を探し当て、部屋に踏み込んできたのだ。
『──君に俺を殺す機会を、一度だけあげる』
だから青龍家で働き、俺に仕えな。
そう告げた司に、鞘人は初めて死んだ魚のような瞳に怒りにも似た生気を浮かべたのだ。
馬鹿にするな、と思った。
数日間、飲まず食わずだった鞘人には、立ちあがる力も失せかけていたのに──あの時、不思議と鞘人は立ちあがることが出来た。
ふらつきながら立ちあがり、鞘人は司をやつれた貌で見下ろした。見下されたままこの男に話しかけられることなど、その当時、鞘人には耐えがたかったのだ。
『……貴方を、殺したところで、お嬢様は戻らない』
怒りに瞳を燃やし、呻くように吐き捨てた。
司は目を逸らさない。
鞘人もまた一歩も引かずに司を睨んだ。
『貴方を殺しても、お嬢様も旦那様も、お喜びになどならない……!』
それは自明の理で、だが言葉とは裏腹に鞘人の身体には殺気が未だ滾っていた。理屈ではない。目の前に、理愛を傷つけ、湖示を失意の底に叩き落としたまま、あの雨の日に二人を送りだした男がいる。
その男が、鞘人に言うのだ。
──俺に仕えろ、と。
事故は、事故だ。
それについては司に何の落ち度もなくても、鞘人の中に滾る行き場のない怨みは、もう、司にしかぶつける先がなかった。
そしてそのことを、おそらくは司が一番良く知っていたのだろう。
怒りでしか、当時の鞘人が立ちあがれない程弱っていることも──
ねえ、鞘人。
私、振られちゃったわ。司様、好きな方がいるんですって。
嘘じゃないみたい。本当に好きみたいよ。
帰りのリムジンの中で、理愛は鞘人にメールを打っていた。
死ぬ数秒前に送信された、愛する死者からの言葉は、今も一言一句違わず、鞘人の胸に刻み込まれている。
……私、ほんとにくやしいわ。
ねえ鞘人、なんでその人が私じゃないのかな?
こんなに小さい頃から司様を見てきたのに。全然、気付かなかった。あんなに司様が恋い焦がれてる人がいるなんて。
悲しいよ、くやしいよ……鞘人。
でもね鞘人。一番やりきれなかったのはね、司様が、私より、苦しそうな目をしていたことよ。
今は逢えないんだって。その人と。
どんなに逢いたいと願っても、今は逢えないんだって。恋が叶うかどうかもわからないっていうのよ。でも愛してるんだって。誰よりも愛してて、一生その人しか愛さないっていうのよ。
くやしいわ。そんな相手に私負けたの。そのうえ、私なんかよりもっと司様が苦しそうなの。
ねえ鞘人、私、心の狭い女よ。だから司様の恋なんて実らなければいいのにって思う。でも、やっぱり、それも嫌なのよ。あんな哀しい目をしたまま生きてて欲しくないのよ。
鞘人、私、明日から何のために生きたらいいのかな。
司様を幸せにしたかったけれど、私じゃだめなの。その人じゃないとだめなのよ。
……ねえ、鞘人。私、いつか、司様の幸せを、祈れるかしら。
そんな女でありたいのよ。汚く、醜くなるのは嫌なの。
だって、司様が苦しいのは……私、かなしい。嫌だよ、鞘人。汚い女になりたくないよ、私……強く、なりたいよ……
理愛の最期の言葉は、決して司を怨んではいなかった。
ならば鞘人ごときに、司を怨む権利など本来ない。
だからこそ──苦しみの中で鞘人は、理愛の最期の言葉を胸に、司を睨み据え告げたのだ。
貴方のもとで働こう、と。
『……いいだろう。貴方がお嬢様を拒んでまで貫こうとしたその相手と幸せになるまで、私が、理愛様の目になり、意思になる。あの方のただひとつの夢は貴方を幸せにすることだったんだ。この先、貴方が不幸になるなど、絶対に……俺が許さない』
それは怨みの感情をぎりぎりの瀬戸際で捩じ伏せた鞘人が、到達した最後の結論だった。
理愛の目になり、意思になる。
叶えられなかった彼女の想いが救われる、その日まで。
『ただし、私の「主」は、過去においても未来においても、湖示様ただ一人だ』
鞘人は司を睨み、告げたのだった。
──貴方のことは、今後も、『旦那様』ではなく『司様』とお呼びします、と。
*
もういいのか、と問う司に、鞘人は静かに頷いた。
胸にもう凍りついた蟠りはない。これで司を、主と呼ぶことが出来る──ほんとうに、心から。
理愛の死は、これで呪いにならずに済んだ。司は今日、全力で運命を邪魔する者を退け、すみれを選んだのだ。
二人はきっと幸せになるだろう。
その瞬間を見届けさえすれば、己の役目はもう終わる。死んでも構わないのではないかと、ずっと思っていた。
だが、不思議なものだ。
この先の未来を、鞘人は見たいと思い始めていた。
理愛の目としてではなく、己の目で。
理愛の為ではなく、己の為に。
あの不器用でひたすらに一途な少女が、踏まれても踏まれても立ちあがるシロツメクサのように耐え、司を見つめ続け、ついに捕まえた幸せの行く末を見守るのも──そう、悪くはない人生ではないか。
「旦那様は、幸せ者ですよ」
首を傾け、鞘人は苦笑した。
「あんなに可愛らしい女性を、二人も虜にしたのですからね」
「……君にはあげないよ? 鞘人」
小さく、照れたように司がほほえむ。
欲張りな方だと鞘人は笑い、司が本当に次の一歩を踏み出したことを知った。
もう、すみれを誘いたいなら誘えばいいなどという、虚しい台詞を聞くことはないのだろう。深い安堵が鞘人の胸に沁みた。
「……そして旦那様の幸運は、もう一つ」
「何かな?」
「この優秀な私を執事に出来たこと、ですよ」
「自分でそういうこといっちゃう優秀な執事で、俺も鼻が高いよ」
司が噴き出す。鞘人も小さく声をあげて笑った。
こんな風に、自分が笑える日が訪れるなど……思わなかったから。
「とはいえ、私もまだまだ至らぬ執事でございますから、精進致します」
今度こそ、改めて主と仰ぐこの男の為に、そしてその横で微笑むのであろうすみれの為に、この身を尽くそう、と鞘人は思う。
「……そう? 君は充分やってくれていると思ってるよ、俺は」
「いいえ、まだまだですよ」
おどけたように、鞘人が肩を竦めた。
「ミルクの好みや、真夜中のレモンティーの好みぐらい、遠慮なく口にしていただけるような執事となることが、差し当たっての私の目標でしょうか」
司はそれを聞いて──ほんの少し目を瞠り、やがて小さく吐息した。
「……一つだけ言っておくけれど、鞘人。真夜中に俺が勝手にお茶を淹れていたのは何も、君を鬱陶しがっていたからではないんだよ……?」
「しかし、私と旦那様の間には、いろいろありましたしね。仏頂面の私を傍に置きたくない瞬間も多々おありだったと推察します」
「……ま、そういう時もあったのは事実だけどね。ほんとにそれだけじゃないんだけどなぁ」
ぽりぽりと頭を掻いてぼやく司を前に、鞘人は柔らかく微笑んだ。
「勿論、私の身体を案じてのことでもあると、存じておりますよ。ですが、私が旦那様より先に逝くほど不甲斐ない執事だとでも?」
「ふむ。……うちの執事は、優秀だからね」
鞘人の背を、司がぽんと叩いて先に歩きだしながら、司がぼそりと囁いた。
「……鞘人。ありがとう」
少しうれしげなその背を追い、歩きだしながら、鞘人は瞳を細めた。
*
司の私室まで主をひとまず送り届けた鞘人は、東館から本館への入り口で後ろ手に腕を組んで立っていたメイドにふと気付き、歩みを止めた。
壁から身を起こしたのは、夏凛だ。
華やかな髪を仕事中はいつも三つ編みにし、後頭部でアップに纏めている夏凛が、今は髪をおろしていた。
緩やかなウェーブを描く髪が、夏凛の小さな形のよい顔を縁取っている。メイド服さえ着ていなければ、どこかの令嬢のような華が彼女にはある。
鞘人はゆったりと夏凛に歩み寄った。日も暮れて、廊下は淡い間接照明の放つセピア色に染まっていた。
「仕事はあがりか? お疲れ」
「うん。やれやれ。ほーんと、今日は疲れたわ」
貴方もお疲れ様、と夏凛が呟く。
なんとなくその傍らで休憩したい気分になり、鞘人も少し壁に身を預けた。実際、鞘人も疲れていたのだ。
司がティールームを離脱した後、残された鞘人が普段の三倍働いたのは本当のことだ。あの阿鼻叫喚の修羅場をおさめるのは精神的に堪える作業ではあった。
こんな時、夏凛の隣は心地よい。
この職業にまつわる疲労も苦労も、全て理解している夏凛の傍は、鞘人にとって落ちつく場所だ。
「……で、あんたはこの先も、旦那様に仕えるのよね?」
苦笑しながら、夏凛がぽつり呟く。
鞘人はあぁ、と頷いた。
「そうなると、思ってたわよ、私は」
「そうか? 俺は今日までこんな気持ちになれるとは思わなかったがな」
「あんたは自分で思ってるより情の優しい男だから。2年も一緒にいたんだから、自覚以上にちゃんと司様のこと、主として想っていたのよ」
「……ん」
多少面映ゆい気持ちになりながらも、鞘人は夏凛の言葉をそのまま受け入れた。確かにそうかもしれない。
二年も司と共にした、その時間は決して短くはなかった。
「それに」
夏凛がちらと鞘人を見上げ微笑んだ。
「あの子もいる」
「……そうだな」
「いいの? 司様のものに、なっちゃったけど」
ちょっとからかうような夏凛の言葉も、今は穏やかに受け止められる。鞘人は微かに瞳を細め頷いた。
「……そうでなくては困る」
ほんのかすかに、すみれに寄せた想いは恋に似ていた瞬間もあったかもしれないが──それよりも強い希いが、鞘人にはあった。
執事としての情愛は、あくまで情愛だ。
全てを終えた今、鞘人の胸の内は、凪いだ海のように穏やかだった。
「真面目ね」
「堅物なんだ」
「知ってるわ」
夏凛は呟き、ひょいと壁から身を起こした。
鞘人に向き直る。
「で。あんたは天然記念物級の堅物執事様ですからね。……定年まで、結婚もしないつもりなんでしょ」
「……まぁ、そうなるだろうな」
鞘人は苦笑いを浮かべた。
執事の世界はある意味、どんなブラック企業よりも過酷だ。残業という概念すらもない。主が起きて活動している限り、そこは執事にとっても戦場だ。
主より早く起き、主より遅く休む。
休日など、有って無きが如しである。
そんな世界に生きる執事たちは、多くの場合、定年まで結婚しない。定年まで結婚しないということは、一生涯独身で過ごす割合が多い、ということだ。
家族を持っても優先しなければいけないのは主の都合である以上、やはり結婚後は勤めるのが困難な仕事なのである。だからこそ昔から執事を雇うのはセレブのステイタスでもあった。
メイド一人雇うのとは桁違いの報酬を払わねばならないからだ。
執事はそれだけの報酬と引き換えに、自らの生活のほとんどを仕事へ費やすのである。
司ならば、そんなこと気にせず結婚するといい、とおそらく言うだろう。私生活も大事にしなさいと。
優しい主だ──真夜中のレモンティーを一人で淹れてしまうぐらいには。
だが、そんな主だからこそ、文字通り身を賭して傅きたいと望む鞘人だ。
「それに、相手もいない」
呟いた鞘人は、自分のそんな言葉を今初めて、ほんの少し淋しい、と感じた。
互いに想いを交わし合い、幸せそうに微笑んでいた司たちを見てしまったからだろうか。
そんな相手の一人もいないことを、今まで淋しいなどと感じたことなどなかったはずなのに──いま、微かな寂寞が胸の底に揺れている。
「──じゃ、待っててあげるわ」
まっすぐに鞘人を見上げて呟いた夏凛の言葉に、鞘人は首を傾げた。
少し話の脈絡が理解できなかったのだ。
「待つって……何を?」
「鈍いわね。あんたを、よ。定年まで、待ってあげる」
波打つ美しい髪をふわりと揺らし、夏凛があでやかに微笑む。
「感謝なさいよ、鞘人。あんたが定年を迎えて淋しいよぼよぼの爺さんになるまで待ってあげるっていってんのよ、この私が!」
「──夏凛……」
驚き、鞘人は思わず壁から身を起こした。
それはどういう意味だ、と無粋にも問おうとして、だがぐっと言葉を呑んだ。
そうだ。思えば夏凛はずっと鞘人の傍にいてくれた。
理愛たちを失った鞘人が、唯一、引きこもったビジネスホテルの住所を自分から明かしたのも、夏凛だった。
毎日一度、鞘人を訪れ、食べてはもらえぬ差し入れの山に悲しげな目をしながらも、また新たな差し入れや水を鞘人の傍らに置いて、お願いだから食べてよと呟いた……そんな夏凛の中にある想いに、本当に自分は気付いていなかったと言えるのだろうか?
(知っていて、俺は、夏凛に甘えていたのかもしれない……)
傍に居れば、悪態もつくけれど安らげた。
お互いの力量を信頼しあい、仕事を任せられた。
メイド側に馴染みの夏凛がいてくれたことで、この二年、どれほど助けられたかわからない。
青龍家にいくから、お前も来い──そう告げた鞘人に、躊躇うことなく夏凛は頷いてくれた。雇用条件も給与の詳細も、何ひとつ問わずに。
「お前……」
微かに己の頬が熱を持つのがわかった。
鼓動が、早鐘を打ち始める。慣れた夏凛の傍なのに、急に落ちつかぬ気持ちになったが……こんな感覚は、悪くなかった。
「今やっと、気付いたの?」
嫌ねえ、これだから堅物は、と夏凛は笑った。
「いいこと? あんたみたいな男を辛抱強く待てる女は、世界中何処捜したっていないわよ。私以外には」
「夏凛……」
「──あたしにしときなさいよ。悪い事言わないわ」
鮮やかに咲き誇る薔薇のように言い放つ夏凛は、男の目からみても男気に溢れて──美しい。
鞘人は眩しい想いで苦笑した。
「……そんなに待ってちゃ、お前だってしわくちゃの婆さんだぞ」
「馬鹿ね。私はしわくちゃになんかならないわ。エイジングケアは徹底してますから」
相変わらずの強気っぷりに半ば呆れ、鞘人は苦笑し──やがてぽつりと呟いた。
「では、俺もしわくちゃの爺さんではなく、ロマンスグレーな紳士になれるように……せいぜい努力するか」
「……!」
はっと息を呑んだ夏凛の頬に、その瞬間、ふわっと赤みが差したのを鞘人は見逃さなかった。
よく見れば──いや、よく見なくても──こんなにも夏凛は、可愛らしかったのに。
鞘人は、夏凛の後頭部にするりと手を回した。ほんの軽く抱きよせてみる。夏凛のぬくもりを自分でも驚くほど愛しく感じ、胸が震えた。
それでも、今はまだ、深く抱きしめる権利はないから。
「少し、時間をくれ。お前の気持ちに追いつきたいんだ……夏凛」
そっと告げた鞘人の腕の中で、その瞬間、夏凛の肩が小さく震えた。
「……馬鹿ね。いつまでだって、待つわよ……今までだって、ずっと待ってたんだから……!」
涙の滲んだその声が今、ひどく愛しかった。
* * *
あれからまたひと月が、瞬く間に過ぎた。
司と鞘人はほとんど邸に帰らぬ日々が続き、留守はカツキと星斗が守り続けていた。すみれにとっては淋しい日々だったが、それでも今までの孤独や苦しさと比べれば遙かに幸せな日々だった。
メッセージだけでなく、一日に一度は電話があった。
想いが通じ合った今、電話で聴く司の愛の囁きはいちいち全てがくすぐったくて、すみれは毎晩頬を染めた。
そんな司が急に帰国したのは数日前のことだ。
一週間、日本に帰国して所用を済ませ、また一週間後には米国だった。
あと二年近くは、訴訟のゴタゴタは続くという。つまりそれは、二年間もの間、すみれは司と遠距離恋愛状態になるということでもあった。
フライトが明日に迫ったその日、仕事の合間にアフタヌーンティーをする時間を、司は確保してくれた。
なんだかんだで夜のお茶ばかりで、今までこうして昼間、たっぷりのお菓子やサンドイッチと一緒にゆったりとお茶する時間を確保できなかった司である。土日を問わず多忙なことはわかっていたから口には出さなかったが、すみれも司とはアフタヌーンティーを楽しんでみたいと常々思っていたから嬉しかった。
これで張りきらないわけがない。
用意は鞘人も無論手伝ってくれたが、サンドイッチはすみれの担当として任せられた。
三段トレイの下段に、スモークサーモンと胡瓜、ロースハムにチェダーチーズ、ローストビーフのオープンサンドと豪華に揃える。どうせ司は甘いものはほとんど食べられないから、昼食を食べずに帰ってきてくれた司のために、普通に考えられる二人分よりも沢山作っていた。
「これはすみれが作ったの? 美味しそうだなぁ」
庭の一角にある温室。
ティーテーブルに座った司が、用意された三段トレイを見て、嬉しげに微笑む。まだスーツ姿のままだ。
「あ、スイーツは鞘人さんたちが作ってくれました。私は、鞘人さんに教えてもらいながら、サンドイッチを」
「へえ。嬉しいなぁ……俺が食べる分だから、頑張ってくれたの?」
白磁のティーポットを傾けてストレートティーを淹れながら、すみれは司の視線にちょっとはにかんで頬を染めた。
「はい。美味しく出来てると、いいんですが……」
素材は間違いなく一級品なのだから、美味しいに決まっていると、作る前はすみれも思っていたのだが──鞘人の指示で作るサンドイッチは驚くほど芸が細かく、様々な下準備も必要なものだったから、それら全てを自分の手で行ったすみれは内心ハラハラしていた。
何か味付けを間違っていなければいいのだが。
多少自信のないサンドイッチだが、そのかわりお茶は美味しく淹れられたはずだ。
すみれは丁寧に紅茶を淹れていった。こうしてまた、司に笑顔で紅茶を淹れることができるようになったことが、何より嬉しい。
今日のティーカップに、再びナルミ・カレスを選んだのはすみれだ。カップを見て、司は微かに照れたように口元を手で覆ったものだった。
溢れ出る想いを、すみれは紅い薔薇が咲くカップへと丁寧に注いだ。
司の前にセッティングし、微笑む。
「……ダフラティン茶園のアッサムです。蜂蜜のような甘い香りが素敵なんですよ。これは細かい茶葉ではなく形のある茶葉のものですし、一杯目はストレートでお楽しみくださいね」
一瞬迷い、少しいたずら心に任せて、囁いてみた。
「どうぞ……ご主人様」
「……っ!」
瞬間、司がぎょっとしてすみれを振り仰いだ。テーブルがほんの少しだが揺れたほどだ。こんな粗相は司には珍しい。
驚きを隠そうとしない司の態度に、言ったすみれのほうが恥ずかしさを募らせた。こんな強い反応が返ってくると思わなかったのだ。
「き、君ね……」
司はそれきり少し黙り、片手で口元を覆って目を逸らした。
「え、ご、ごめんなさい、嫌……でした?」
この邸では主のことを旦那様と呼ぶのが習わしのようだったから、今まですみれもそれに従ってきたのだが、考えてみると少女漫画や小説では大抵の場合『ご主人様』なのである。
だからだろうか。ご主人様という言葉には、ちょっとした憧れが伴う。いたずら心で言ってみたくなっただけなのだが──気を悪くさせたのだろうか。
少し心配になって司の表情を伺うすみれの前で、司はやがて大きく吐息し、すみれへと手を伸ばした。
すみれの頬に、司の掌が滑る。
「どこでそういう言葉を覚えてきたのかなぁこの子は……瑰殿にでも吹き込まれた?」
「えっ。なんで瑰さんが出てくるんですか……」
驚いたすみれに、司は再びきまり悪そうに目を逸らした。
「……ごめん。あっちの家は瑰殿の趣味から推察するに、100%、ご主人様って呼ばせてるだろうから、つい、ね」
「司さん?」
すみれが、まだ司の言葉の意味がわからなくて戸惑っていると、やおら立ちあがり、司はすみれを緩く腕に抱きしめ囁いた。
「あーもう。……ヤキモチだよ」
「やき、もち?」
「意外そうだなぁ……俺はわりと嫉妬深いから。君と瑰殿が知らない間に繋がってたなんて後から知って、本音を言えばすごく妬いたよ?」
「……あ」
言われてすみれは、司には悪いがこっそり嬉しさを噛みしめた。やきもちを妬かれているなんて、あの渦中では想像もできなかったことだ。
「ご……ごめんなさ……でも、あれは」
「うん。わかってる。瑰がとにかく手が早いナンパ男だったってだけだからね。あの男に怒ってるだけだよ……」
くすっと耳元で笑い、司はすみれの耳を唇でそっと食んだ。濡れた感触がすみれに甘い痺れをもたらす。
あ、と声を漏らしぴくりと震え、司にしがみつけば──再び司がどこか満足そうな笑みを零した。
「ご主人様、か。……ちょっと今、複雑な気分だよ」
「やっぱり嫌でした? ごめんなさい、もう言いません……」
「そうじゃなくてね」
司は少し身を離し、どこか照れを隠すような憮然とした表情でぼそりと呟いた。
「うっかりドキドキしちゃったってことだよ。あの男に嫉妬するぐらいには、ね」
「え?」
「はー……やれやれ。主の心メイド知らずだね。今日のお茶だって私服でよかったのに、君はやっぱりメイド服なんだもんなぁ……」
途方にくれたように、司がすみれのおでこに自分の額をこつんとくっつけてくる。
その温かな距離にドキドキするのはこちらのほうだが──
「──えっと」
すみれはちょっと司を見上げて、言葉の意味を考える。
「あ、の。わたしがご主人様っていうと、司さんは、ドキドキするんですか?」
「……するよ? 不覚にも」
眩しげに司は苦笑した。
「だって、俺が初めて恋をした人は、メイド姿の天使だったんだからね?」
「……あ」
「あれから17年たった今でも──いや、今だからこそ余計に、君のその姿は俺にとって特別なんだよ、ちょっと凶悪なぐらいにね」
不意に司の睫毛が伏せられ──ちゅっと軽く唇を盗まれた。
「あの時と違って、俺も、もう子供じゃないからね……」
あんまり煽られると、君にご主人様って呼ばせて、いろいろ悪戯したくなるよ──司が吐息のような囁きを耳に吹き込む。
「……っ」
艶のある囁きの意味を、さすがに初心なすみれも察し、頬がふわりと熱く燃えた。
(確かに、それは、ドキドキしちゃう、な……)
司にそんな欲が無さそうに見えてちゃんと在るのだ、ということは、両思い後に何度も言葉のやりとりを重ねて、きちんと理解していたはずだったが──久しぶりにゆったりした時間の中で司が見せてくれるすみれへの独占欲や情欲の欠片は、すみれの中にたとえようのない甘酸っぱさと幸福感を生んだ。
……同時に、寂しさも。
(明日には、また、司さんは居なくなる……)
同じ邸の人間でありながら、司とすみれは完全な遠距離恋愛だ。
この一ヶ月間、一人で眠りにつきながら、もしもこの身体も司のものにしてもらえたなら、少しはこの寂しさも紛れるのだろうか──などと、高まる寂しさの中で考えたりもしたなんて、言えない。
「さ。君の心づくしの紅茶が冷めないうちに、頂こうか」
司の腕が離れる。それを名残惜しく思いながらもすみれが頷くと、司はふわりとすみれの席の背後まで移動し、椅子を引いた。
ここは二人きりだ、給仕の為の執事はいない。
「どうぞ、お嬢様」
午後の優しい日差しの中、涼やかに微笑む司の言葉に、甘酸っぱさがこみ上げる。
「えっ、あ、う……ありがとう、ございます……」
あたふたと頬を染め──すみれは大人しく席に座った。
* * *
すみれのつくったサンドも紅茶も、司は本当に美味しい美味しいと言いながら瞬く間に腹へと収めた。相変わらずスイーツには手を伸ばさない徹底ぶりだが、その分、鞘人特製の美味しい紅玉のアップルパイは、すみれのお腹に納まった。
本当にこれを食べないなんて人生半分ですよ司さん、というと、じゃぁ甘いものを食べた君の唇を後で頂くからそれでとんとんだね、と司が笑った。穏やかで、優しい午後だった。
「二杯めはミルクティーにしますね」
「うん」
すみれが再び紅茶を淹れている間に、司はぶらりと立ちあがった。
ひょいと10mほど離れた、庭の端まで歩いていく。何をしているのだろうと見守るすみれの視線の先で、司は少しだけしゃがみこみ、そしてすぐに何かを手にしてテーブルまで戻ってきた。
「どうしたんですか? 司さん」
ミルクを司のカップに注ぎ入れて問うすみれの前に、ひょいと小さな葉が差し出された。
「はい、あげる」
「あ…!」
見れば、それは四つ葉のクローバーだ。温室内だから葉も青々と元気よい四つ葉が3本も束ねられている。
「うわぁ……こんなに一瞬で見つかるんですか……」
「相変わらず、うちの庭はそこらじゅう、四つ葉だらけのようだよ」
くすくす笑う司の手から、すみれはそっと四つ葉のクローバーを両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなものでもないけれど」
司がふと、すみれの手を上から両手でくるんだ。
「……俺がみつけた幸運は、全部きみにあげる」
「……!」
とくん、と心臓が鳴る。
真顔で覗きこまれたら、その眼差しの深さに呼吸を忘れてしまう。
見つめ合うと、わかる。
欲されていること、愛されていること──
無言の甘さに誘われるように瞳を伏せれば、すみれの唇に司のそれがゆっくりと重なった。
「んっ……」
今度の口付けは熱を帯びた。まるで本当に食べたかったのはすみれの唇なのだというように、司がすみれの下唇を食み、甘く吸う。啄みは少しずつ角度を変えて濃い甘さを帯びた。
(司、さん……)
うっとりとすみれはその口付けに酔った。
何度もキスを重ねては離れ、またキスをする。そのたびに息があがった。手はお互い体の前で重ねていたから、それほど深く舌が入りこむわけではなかったが、その分もどかしく唇に想いが篭る。
やがて下肢がやわらかく力を失い、すみれの瞳がしっとりと潤んだころ、ようやく司の唇が名残惜しそうに離れた。
「……あと、2年だ」
低く、司が囁いた。
「あと2年──寂しい想いをさせるけど、必ず2年でこの騒ぎを収めてみせるよ。だから……変な男についてっちゃだめだよ、すみれ」
「つ、ついていったりしませんよ?」
言って、すみれはふと気付いた。
すみれが瑰を好きだといった言葉は、無論嘘だということは司とてわかっているだろう。それでも、はっきりとそれについて言い訳したことが、思えば今まで無かった。
すみれは少し言い淀み……だが言い訳よりも伝えたいことを、そっと口にした。
「……私が、好きなのは、司さんなんです」
「うん……知ってる」
「ほんとに?」
「うん」
頷いた司の眼差しが、だがほんの少し、切なげだった。
「ほんとに、解ってくれてますか? 私、ほんとに、司さんのことが、好きで……すき、で……」
瞬間、自分でも驚いたことに──涙が、込み上げた。
たくさん、この人を傷つけた。言いたくて、言えない想いが、ほんとうにいっぱいあった。
今、言おうと思えばこうして伝えられる。だからこそ……ちゃんと言葉にしたい。
好きだと一言囁くだけで、泣けるほど愛しいから、尚更。
「愛してます……司さん」
語尾が震えて、涙が零れた。
「あー……この子は……もう」
瞬間、司が微かに苦しげに息を震わせ、もどかしげにすみれを深く胸に抱きよせた。
「そんな可愛いこと言われるとね、俺の理性がどんどん崩壊していくわけなんだけど……さて、このいけないメイドさんをどうしようかな……」
「司、さん」
「もっと……もっと君が欲しい」
きつく何かを堪えようとして、でも堪え切れぬ熱さを帯びたその声に、すみれは背にぞくりと甘い疼きを覚えた。
欲しい。それはもう、何が、と言葉にできないような欲の全てをかけて、すみれも司を欲しいと思う。甘く他愛のない時間から、未だ知らぬ熱い時間までも……。
「わ、たしも、です……」
ふわふわとした熱に浮かされ頷いたすみれの耳元で、司が切なげに吐息を零す。リズムが、早い。少し荒いその呼吸が、司の抱えた熱を伝えてくれる。
「うん。そうだね。すみれも、とろけそうな声になって……可愛い」
「……っ」
「俺のものだ。君は、俺だけのすみれだよ……」
「うん……うん……」
「……愛してる、すみれ」
再び唇を深く吸われた。すみれは今度こそ司に深く抱き寄せられてその口付けを受け止めた。
「……っ」
押し殺した吐息を漏らし、司の舌がどこかせわしなくすみれの唇をなぞる。その動きに応えたくて、すみれの唇が自然に緩んだ。
差しこまれる舌にふるりと身を震わせ、受け入れれば──控え目に司の舌に触れたすみれの舌が、みるまに深く絡め取られてゆく。
ぞくぞくと背に、腰に、甘い痺れが落ちてゆく。微かに司の手がすみれの背や腰を撫で、切なげに抱きしめ直すその度に、熱い掌の動きにも何かを引きずり出されてゆく気がした。
泣きだしたいほど切実な想いが、この胸に、いや、身体の奥深くにある。
きっと、自分はこうして司に深く愛されたかったのだ──今まで、ずっと。
(司、さん……)
それを、2年後ではなく今、司に掬いあげて、慈しんでほしいと思うのは……我儘なのだろうか。
叶わぬ想いだろうか。はしたないだろうか?
(やだ……また明日離れちゃうなんて、やだ……)
口づけられて、今この瞬間確かに嬉しくて──なのに、涙がおさえきれない。静かに眦を濡らしたすみれに気づいたか、ゆっくりと司の唇が離れた。
「すみれ……」
司が、心配そうに表情を曇らせる。
「……ごめ…なさい……」
すみれは慌てて言葉を探した。うろうろと視線を彷徨わせ──だが、うまく言葉が見つけられない。
掌が、足が、感情が昂ぶり過ぎてじんじんと痺れている。真っ赤になって、すみれは俯いた。
「片想いだと思ってた時に比べたらこんなの……なんてことないって、思ってます。少し、逢えないことぐらい、なんてことない。ちゃんと、帰って来てくれるってわかってるから、いつまでだって、待てます。すごく……幸せで」
「……」
司が黙って背中を撫でてくれる。その掌の動きに慰められながら、すみれはゆっくり目を閉じた。
「でも……」
「……うん」
「離れちゃう前の日が、こんなに楽しくて、嬉しくて、司さんがこんなに傍にいてくれて……だから、余計に」
こんなことを言えば困らせるだけのような気がする。
だけど吐きだしてしまいたい。多分、受け止めて貰わないと、明日を迎えられない、そんな気がして。
「余計に……離れるの、やです。傍に……いたい……」
「……うん。俺も、同じだよ」
どこか苦しげに司が囁き、すみれをゆったりと抱いて頬をすり寄せた。
「君への片想いはこじらせて久しいからね。待てる、つもりだったんだけどな。……こんなに自分が堪え性の無い人間だったことに気づいて、最近ほんとにやるせない」
「……つかさ、さん……待てる、って……?」
小さく訊ねたすみれの瞳を、司はしばらく黙って覗き込んでいたが──やがて静かに囁いた。
「すみれ。四つ葉の花言葉は知ってる?」
「え? っと……さっき司さんが言った通り……『幸運』ですよね?」
泣いてしまってぼんやりした頭でそれでも答えたすみれに、司は「そうだね」と頷き──ふといたずらっぽく瞳を煌めかせた。
「でも、それだけじゃないよ。例えばアメリカでは、別の意味を持つ」
「え……どんな?」
「教えてもいいけど……」
腰を深く抱きよせ、司が囁いた。
「教えたら、君はただ『はい』って言ってね?」
「……?」
「拒否権はないよ。それでもいい?」
その瞳の中に、すみれを欲しがる司の熱が確かにあった。
すみれはゆっくりと頷いた。何が飛び出てくるとしても、司ならすみれに不可能なことを要求したりはしないはずだ。
緩やかなときめきに、とくん、とくんと心臓が騒ぎ出す。
「いいです、よ?」
こくりと頷くと、司も頷き、すみれの右手を取った。
握りしめられていた四つ葉のクローバーを一つとる。綺麗な指先で、司はそれをすみれの左手の指にするりと巻き付けた。
「今は、こんなものしかないけれど……」
きゅっ、とクローバーが結び付けられた指は──
(左手、薬指……)
瞬間、ふわりと体温があがった。
「アメリカでの、四つ葉のクローバーの花言葉は……be mine」
司の囁きと共に、風が吹いた。
「俺のものに、なって……すみれ」
捧げ持ったすみれの手の甲に、そっと小さく口付け、司が何かをおそれるように……祈るような瞳で囁いた。
「──今夜、君が欲しい」
「……っ」
すみれは瞳を見開いた。どこまでも甘く鼓動が走りだす。司の口付けで柔らかく力を失っていた身体の底へ、じんと深い痺れが走った。
「君のさびしさも、全部受け止めさせて。俺を君にあげる。……俺だけがそれを望んでいるわけではないと、いま、解った」
「つかさ、さん……」
「君が欲しい……俺のものに、なって……すみれ」
狂おしい声。
拒否権はないとまで言っておきながら、懇願にも似た──愛する人の熱情。
(……あぁ……)
すみれは微笑んで、目を閉じた。
気恥ずかしくて、熱に浮かされたように身体中がふわふわして。
だけど、これは夢じゃない。
「──はい」
「……っ」
消え入りそうな声ですみれが頷いたその瞬間、大きく息を震わせ──司が深く深く、すみれをぎゅっと抱いた。
すみれの左手薬指に結わえられた四つ葉が、ふわりと揺れた。
奇跡は、きっともう起こらない。
だから、この先の物語は、ただ、ふたりだけのものだ。
【END】
*★*────*★*────*★*────*★*────*★
これで終幕となりました!お付き合い頂き有難う御座います……!
こんな辺境の地までお越し頂き、お気に入り登録までしてくださった方、ありがとうございます。
残念ながらアルファポリスのことも良くわかっていないので誰がお気に入り登録してくださったのかも良くわからないのですが……嬉しい限りです。
もし良かったら、読んだよ!ってだけでも感想、お伝え頂けると嬉しいです!
応援ありがとうございます!
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まさか、ここでゆめむさんのお話が見れるとは…。
お世話になっております。
偶然にも似たようなタイトルで見つけ、確認したらご本人で安心致しました。
オリキャラ版でもストーリーの良さが変わっておらず
胸キュンと切なさで心臓が忙しかったですw
これからも影ながら応援いたしますので
お身体に気を付けて、作品を作っていただけたらと思います。
こんにちは
ゆめむさんの書かれる男性の素敵さに
ドキドキが止まりませんでした!
すみれもとっても可愛くて
何度も読み直してしてます
もっと沢山の作品が読みたいです
楽しみに待っていますね
モコモコさん、ご感想ありがとうございます!
何度も読み返していただけるなんて、作者にとってこれ以上ない幸せです。
あたたかい御言葉をかみしめてまた前に進みます……!
とても楽しく拝読しました!司さんの優しさが胸にしみます。すみれと司の過去にどんなことがあったのでしょう、気になります!
ねのさん、ご感想ありがとうございます!♡
二人の間に何があるのか、ゆっくり見守ってやってくださいね!先はまだ長いので……!