辺境伯のお気に入り~趣味のためにしかたなく結婚してあげます~

海果

文字の大きさ
7 / 10
第1章

調子はずれ

しおりを挟む
 書斎に戻ったブラッドの元へ側近のセシウスがやって来た。

「奥様の様子はいかがでしたか?」

「あぁ……。今までに出会ったことの無いタイプすぎて、正直、調子が狂いっぱなしだ」

 ブラッドは椅子の背もたれに体を預けながら、天井を仰ぎ見た。

「あんなに女性嫌いな旦那様が発作を出していない時点で、相当稀有なお方なんだと思っていますけどね」

 ブラッドは過去のトラウマにより、一定時間を超えて女性の近くにいると、吐き気や目眩などの症状が現れるようになってしまった。このことは、側近セシウスの働きによって公になっていない。そう言った事情もあり、ブラッドはリリアーナと関わる時間を調整する必要があった。

 だが初めてリリアーナと会った時、いつもなら完全に発作が出てしまう程の時間が経過しても、体になんの異常も現れなかった。

(まさか、あれ程まで時間があっという間に過ぎているとは思ってもみなかった。ベインズ家の屋敷を出た時、外に待機していたセシウスが真っ青な顔をして出迎えてきた程だったからな)

「明日、リリアーナ嬢とスコットの店に行ってくる」

 ブラッドがそう言うと、セシウスは大きく目を見開いた。普段はあまり感情を表に出さない彼からすると珍しいことだ。

「それはあまりにも早急過ぎませんか!?もう少しゆっくり時間をかけて奥様との関係を築いていけばよいと思うのですが」

「セシウスは心配性すぎる。それに、本当に彼女であれば体調が悪くならないのかを確かめておくのは必要なことだろう」

 それを聞いて、セシウスは少しだけ言葉に詰まる。ブラッドの言うことは決して間違いではないからだ。

「では……定期的にお一人になる時間を作るなどして、くれぐれもお体に負担をかけないようにしてくださいね」

「うーん……。それもやりすぎな気がするが、まぁいいだろう。では明日、俺が留守にしている間は屋敷のことを頼んだぞ」

「えっ!?私はお供についていくつもりだったのですが!?」

 信じられないとばかりに声を上げるセシウスに、ブラッドは呆れたような表情を見せる。

「おいおい……。今日のお前はどうしてしまったんだ。そんなキャラではなかっただろう」

「それは旦那様も一緒です。自分に興味のないご令嬢と結婚したいとおっしゃっていながら、なぜここまでご自分から関わろうとされているのですか。奥様には自由にお過ごしいただく環境を準備して、旦那様はこれまで通りご自身の生活をされるつもりだったでしょう」

 今度はブラッドの方が言葉に詰まる番だった。自分でも、なぜリリアーナに対して色々と干渉してしまっているのか分からなくなっていたのだ。それを面と向かって言葉にされると、なんとも言い難い気持ちになってしまう。

「とにかく、今後ともに生活をする人間がどんな人物かを知っておくことは必要だ。隠しているだけで良からぬことを考えているということも十分あり得るのだからな」

 そう言って、ブラッドはこの話を無理やり終わらせた。セシウスもそれを察して、その後は本来の仕事に戻った。
 正直、リリアーナと外出するつもりは全くなかった。それが、自然と自分の口から明日の約束を取り付けていたものだから驚きだ。

(俺は本当にどうしてしまったんだ。明日にやるべき仕事もある。それなのに……)

 当初の約束通り、リリアーナは決してブラッドの仕事を邪魔するようなことをしてこない。そればかりでなく、下手したら一日中自室にこもって趣味の時間を大いに楽しんでいる。

(これでよかったはずだ。こんなに条件のいい妻を得られたのだから、俺は本来の目的通り仕事に集中すればいいだけだろう?)

 それでも、どこかもやもやしてしまう自分の気持ちに理由をつけることができない。
 本当なら、リリアーナの部屋を訪ねるなどする必要はなかったのだ。そうすれば明日の約束もなかったし、こうして変な感情を味わわずに済んだのに。

 自分の行動のすべてにおいて説明がつかない。こうしている間にも、いつもなら二つくらいの仕事が片付くほどの時間が過ぎ去っている。

「はぁ……。セシウス、一旦休憩にする。お茶を準備してくれるか?」

 気持ちを切り替えるために、ブラッドは目の前の書類を机の端に除けると軽く目を閉じた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

処理中です...