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第1章
調子はずれ
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書斎に戻ったブラッドの元へ側近のセシウスがやって来た。
「奥様の様子はいかがでしたか?」
「あぁ……。今までに出会ったことの無いタイプすぎて、正直、調子が狂いっぱなしだ」
ブラッドは椅子の背もたれに体を預けながら、天井を仰ぎ見た。
「あんなに女性嫌いな旦那様が発作を出していない時点で、相当稀有なお方なんだと思っていますけどね」
ブラッドは過去のトラウマにより、一定時間を超えて女性の近くにいると、吐き気や目眩などの症状が現れるようになってしまった。このことは、側近セシウスの働きによって公になっていない。そう言った事情もあり、ブラッドはリリアーナと関わる時間を調整する必要があった。
だが初めてリリアーナと会った時、いつもなら完全に発作が出てしまう程の時間が経過しても、体になんの異常も現れなかった。
(まさか、あれ程まで時間があっという間に過ぎているとは思ってもみなかった。ベインズ家の屋敷を出た時、外に待機していたセシウスが真っ青な顔をして出迎えてきた程だったからな)
「明日、リリアーナ嬢とスコットの店に行ってくる」
ブラッドがそう言うと、セシウスは大きく目を見開いた。普段はあまり感情を表に出さない彼からすると珍しいことだ。
「それはあまりにも早急過ぎませんか!?もう少しゆっくり時間をかけて奥様との関係を築いていけばよいと思うのですが」
「セシウスは心配性すぎる。それに、本当に彼女であれば体調が悪くならないのかを確かめておくのは必要なことだろう」
それを聞いて、セシウスは少しだけ言葉に詰まる。ブラッドの言うことは決して間違いではないからだ。
「では……定期的にお一人になる時間を作るなどして、くれぐれもお体に負担をかけないようにしてくださいね」
「うーん……。それもやりすぎな気がするが、まぁいいだろう。では明日、俺が留守にしている間は屋敷のことを頼んだぞ」
「えっ!?私はお供についていくつもりだったのですが!?」
信じられないとばかりに声を上げるセシウスに、ブラッドは呆れたような表情を見せる。
「おいおい……。今日のお前はどうしてしまったんだ。そんなキャラではなかっただろう」
「それは旦那様も一緒です。自分に興味のないご令嬢と結婚したいとおっしゃっていながら、なぜここまでご自分から関わろうとされているのですか。奥様には自由にお過ごしいただく環境を準備して、旦那様はこれまで通りご自身の生活をされるつもりだったでしょう」
今度はブラッドの方が言葉に詰まる番だった。自分でも、なぜリリアーナに対して色々と干渉してしまっているのか分からなくなっていたのだ。それを面と向かって言葉にされると、なんとも言い難い気持ちになってしまう。
「とにかく、今後ともに生活をする人間がどんな人物かを知っておくことは必要だ。隠しているだけで良からぬことを考えているということも十分あり得るのだからな」
そう言って、ブラッドはこの話を無理やり終わらせた。セシウスもそれを察して、その後は本来の仕事に戻った。
正直、リリアーナと外出するつもりは全くなかった。それが、自然と自分の口から明日の約束を取り付けていたものだから驚きだ。
(俺は本当にどうしてしまったんだ。明日にやるべき仕事もある。それなのに……)
当初の約束通り、リリアーナは決してブラッドの仕事を邪魔するようなことをしてこない。そればかりでなく、下手したら一日中自室にこもって趣味の時間を大いに楽しんでいる。
(これでよかったはずだ。こんなに条件のいい妻を得られたのだから、俺は本来の目的通り仕事に集中すればいいだけだろう?)
それでも、どこかもやもやしてしまう自分の気持ちに理由をつけることができない。
本当なら、リリアーナの部屋を訪ねるなどする必要はなかったのだ。そうすれば明日の約束もなかったし、こうして変な感情を味わわずに済んだのに。
自分の行動のすべてにおいて説明がつかない。こうしている間にも、いつもなら二つくらいの仕事が片付くほどの時間が過ぎ去っている。
「はぁ……。セシウス、一旦休憩にする。お茶を準備してくれるか?」
気持ちを切り替えるために、ブラッドは目の前の書類を机の端に除けると軽く目を閉じた。
「奥様の様子はいかがでしたか?」
「あぁ……。今までに出会ったことの無いタイプすぎて、正直、調子が狂いっぱなしだ」
ブラッドは椅子の背もたれに体を預けながら、天井を仰ぎ見た。
「あんなに女性嫌いな旦那様が発作を出していない時点で、相当稀有なお方なんだと思っていますけどね」
ブラッドは過去のトラウマにより、一定時間を超えて女性の近くにいると、吐き気や目眩などの症状が現れるようになってしまった。このことは、側近セシウスの働きによって公になっていない。そう言った事情もあり、ブラッドはリリアーナと関わる時間を調整する必要があった。
だが初めてリリアーナと会った時、いつもなら完全に発作が出てしまう程の時間が経過しても、体になんの異常も現れなかった。
(まさか、あれ程まで時間があっという間に過ぎているとは思ってもみなかった。ベインズ家の屋敷を出た時、外に待機していたセシウスが真っ青な顔をして出迎えてきた程だったからな)
「明日、リリアーナ嬢とスコットの店に行ってくる」
ブラッドがそう言うと、セシウスは大きく目を見開いた。普段はあまり感情を表に出さない彼からすると珍しいことだ。
「それはあまりにも早急過ぎませんか!?もう少しゆっくり時間をかけて奥様との関係を築いていけばよいと思うのですが」
「セシウスは心配性すぎる。それに、本当に彼女であれば体調が悪くならないのかを確かめておくのは必要なことだろう」
それを聞いて、セシウスは少しだけ言葉に詰まる。ブラッドの言うことは決して間違いではないからだ。
「では……定期的にお一人になる時間を作るなどして、くれぐれもお体に負担をかけないようにしてくださいね」
「うーん……。それもやりすぎな気がするが、まぁいいだろう。では明日、俺が留守にしている間は屋敷のことを頼んだぞ」
「えっ!?私はお供についていくつもりだったのですが!?」
信じられないとばかりに声を上げるセシウスに、ブラッドは呆れたような表情を見せる。
「おいおい……。今日のお前はどうしてしまったんだ。そんなキャラではなかっただろう」
「それは旦那様も一緒です。自分に興味のないご令嬢と結婚したいとおっしゃっていながら、なぜここまでご自分から関わろうとされているのですか。奥様には自由にお過ごしいただく環境を準備して、旦那様はこれまで通りご自身の生活をされるつもりだったでしょう」
今度はブラッドの方が言葉に詰まる番だった。自分でも、なぜリリアーナに対して色々と干渉してしまっているのか分からなくなっていたのだ。それを面と向かって言葉にされると、なんとも言い難い気持ちになってしまう。
「とにかく、今後ともに生活をする人間がどんな人物かを知っておくことは必要だ。隠しているだけで良からぬことを考えているということも十分あり得るのだからな」
そう言って、ブラッドはこの話を無理やり終わらせた。セシウスもそれを察して、その後は本来の仕事に戻った。
正直、リリアーナと外出するつもりは全くなかった。それが、自然と自分の口から明日の約束を取り付けていたものだから驚きだ。
(俺は本当にどうしてしまったんだ。明日にやるべき仕事もある。それなのに……)
当初の約束通り、リリアーナは決してブラッドの仕事を邪魔するようなことをしてこない。そればかりでなく、下手したら一日中自室にこもって趣味の時間を大いに楽しんでいる。
(これでよかったはずだ。こんなに条件のいい妻を得られたのだから、俺は本来の目的通り仕事に集中すればいいだけだろう?)
それでも、どこかもやもやしてしまう自分の気持ちに理由をつけることができない。
本当なら、リリアーナの部屋を訪ねるなどする必要はなかったのだ。そうすれば明日の約束もなかったし、こうして変な感情を味わわずに済んだのに。
自分の行動のすべてにおいて説明がつかない。こうしている間にも、いつもなら二つくらいの仕事が片付くほどの時間が過ぎ去っている。
「はぁ……。セシウス、一旦休憩にする。お茶を準備してくれるか?」
気持ちを切り替えるために、ブラッドは目の前の書類を机の端に除けると軽く目を閉じた。
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