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これが日常2
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「そういうわけで、今日はすっごく寝不足なわけですよ」
「いやいや、知らんわ」
千夏に的確な突っ込みを入れるのは、飯野敦。同じ学科、同じサークルに所属しており、千夏が気兼ねなく話せる唯一の男友達だった。どこか他人に遠慮しがちな千夏だが、対称的に全くと言っていいほど遠慮なく近づいてくる敦には、次第に本音を出せるようになっていた。
誰に対してもずけずけと物を言う敦の言葉にはウソが無かった。裏表のない言葉は、千夏の人間そのものに対する警戒心を緩めさせていた。大学で一緒に過ごす女友達にはほとんどしない自分の趣味の話なども、敦にはすっかり話していた。
「朝までゲームするのはいいけど、我々、テスト前ですよ?そんなことしてていいんすか」
「私の科目、二週間後からだもん」
そうは言いながらも、千夏の目の前には授業ノートとテキストが広げられていた。
二年の後期にもなると、少しずつ専門性のある科目が増えてくる。しかし、むしろ自分の興味がある内容の方が千夏の集中力は高まった。それよりも問題は学部共通の必修科目だった。
「こんなん勉強したところで将来使うことないしな……。ほんとやる気おきんわ」
「まぁまぁ、それとったらもう必修ないんでしょ?」
「それだけが唯一のモチベですわー」
「いつも一緒の瑞希さんは今回大丈夫なの?」
「えー、しらない。彼氏と勉強するらしいし」
そう言ったとたんに、敦の顔が渋くなる。
「え、まだ付き合ってんの。この前、別れたいって言ってたんじゃなかった?」
「どうせ、彼氏の方に言いくるめられたんでしょ。あの人、頭の回転早そうだし。私よりも優しくテスト勉強見てくれるだろうし」
「なるほどな。餌につられちゃったかー」
「言い方悪いよ。間違ってないけど」
「ねぇ、そっちの方が言い方悪くない?怒ってんの?」
「自覚はしてる。けど、あの二人もうめんどくさい。こっちに助けを求めるならちゃんとアドバイス聞いてくれよって思う」
「なるほどな。だから俺のバイト先までわざわざ勉強しに来たわけね」
ここは夜十二時まで営業しているカフェだった。学生たちが多く住む地域から少し離れていることもあり、人目を気にせず過ごせる穴場スポットだった。
「愚痴を聞いてくれる人もいるし、夜は人も少なくて集中できるし、コーヒーセット頼めばおかわり自由だし最高ですわー」
そう言いながら、千夏はペンを置いて二杯目のコーヒーを啜る。
今日のコーヒーは少し酸味のある軽やかな味だ。日替わりでいろんな味が楽しめるのもうれしいポイントだった。
カップをテーブルに戻すと、置いていたスマホが通知で光る。画面にはインストールしているリズムゲームの新ガチャのお知らせ。無意識に指がスワイプしてアプリを起動していた。
オープニングテーマが流れる。同時に敦の視線が突き刺さるが気にしない。
「あのさぁ、テスト前じゃないんすか、先輩」
敦は、千夏のたまに見せる同い年とは思えない達観ぶりからたまに『先輩』と呼んでいるが、今回のは間違いなく皮肉を込めている。しかし、そんなことでは千夏の行動を一秒すら止められない。
「半年ぶりの押しガチャ……。ぐぅ……今回も顔が素晴らしい。あ、なんか泣けてきた」
「こりゃだめだ」
千夏は食い入るように画面を見つめる。真剣で冷静に見える表情の裏では、激しい葛藤が巻き起こっていた。
「もしここで押しを引いてしまったら、せっかくの特攻だからって次のイベントを走る未来しか見えない。イベント期間は来週から十日間……今日のところはやめておこう」
「今日ってことは、明日はわかんないってことっすか、先輩」
軽々しい合いの手が飛んでくる。
「……明後日が給料日」
「課金する気満々じゃないっすか」
「……今日中にこの科目半分まで終わったら、無料のガチャチケット集めるためにプレイしまくる」
「今日中って、あと四十分くらいしかないけど」
「大丈夫。寝るまでが今日だから」
「パワーワードが過ぎる」
「いやいや、知らんわ」
千夏に的確な突っ込みを入れるのは、飯野敦。同じ学科、同じサークルに所属しており、千夏が気兼ねなく話せる唯一の男友達だった。どこか他人に遠慮しがちな千夏だが、対称的に全くと言っていいほど遠慮なく近づいてくる敦には、次第に本音を出せるようになっていた。
誰に対してもずけずけと物を言う敦の言葉にはウソが無かった。裏表のない言葉は、千夏の人間そのものに対する警戒心を緩めさせていた。大学で一緒に過ごす女友達にはほとんどしない自分の趣味の話なども、敦にはすっかり話していた。
「朝までゲームするのはいいけど、我々、テスト前ですよ?そんなことしてていいんすか」
「私の科目、二週間後からだもん」
そうは言いながらも、千夏の目の前には授業ノートとテキストが広げられていた。
二年の後期にもなると、少しずつ専門性のある科目が増えてくる。しかし、むしろ自分の興味がある内容の方が千夏の集中力は高まった。それよりも問題は学部共通の必修科目だった。
「こんなん勉強したところで将来使うことないしな……。ほんとやる気おきんわ」
「まぁまぁ、それとったらもう必修ないんでしょ?」
「それだけが唯一のモチベですわー」
「いつも一緒の瑞希さんは今回大丈夫なの?」
「えー、しらない。彼氏と勉強するらしいし」
そう言ったとたんに、敦の顔が渋くなる。
「え、まだ付き合ってんの。この前、別れたいって言ってたんじゃなかった?」
「どうせ、彼氏の方に言いくるめられたんでしょ。あの人、頭の回転早そうだし。私よりも優しくテスト勉強見てくれるだろうし」
「なるほどな。餌につられちゃったかー」
「言い方悪いよ。間違ってないけど」
「ねぇ、そっちの方が言い方悪くない?怒ってんの?」
「自覚はしてる。けど、あの二人もうめんどくさい。こっちに助けを求めるならちゃんとアドバイス聞いてくれよって思う」
「なるほどな。だから俺のバイト先までわざわざ勉強しに来たわけね」
ここは夜十二時まで営業しているカフェだった。学生たちが多く住む地域から少し離れていることもあり、人目を気にせず過ごせる穴場スポットだった。
「愚痴を聞いてくれる人もいるし、夜は人も少なくて集中できるし、コーヒーセット頼めばおかわり自由だし最高ですわー」
そう言いながら、千夏はペンを置いて二杯目のコーヒーを啜る。
今日のコーヒーは少し酸味のある軽やかな味だ。日替わりでいろんな味が楽しめるのもうれしいポイントだった。
カップをテーブルに戻すと、置いていたスマホが通知で光る。画面にはインストールしているリズムゲームの新ガチャのお知らせ。無意識に指がスワイプしてアプリを起動していた。
オープニングテーマが流れる。同時に敦の視線が突き刺さるが気にしない。
「あのさぁ、テスト前じゃないんすか、先輩」
敦は、千夏のたまに見せる同い年とは思えない達観ぶりからたまに『先輩』と呼んでいるが、今回のは間違いなく皮肉を込めている。しかし、そんなことでは千夏の行動を一秒すら止められない。
「半年ぶりの押しガチャ……。ぐぅ……今回も顔が素晴らしい。あ、なんか泣けてきた」
「こりゃだめだ」
千夏は食い入るように画面を見つめる。真剣で冷静に見える表情の裏では、激しい葛藤が巻き起こっていた。
「もしここで押しを引いてしまったら、せっかくの特攻だからって次のイベントを走る未来しか見えない。イベント期間は来週から十日間……今日のところはやめておこう」
「今日ってことは、明日はわかんないってことっすか、先輩」
軽々しい合いの手が飛んでくる。
「……明後日が給料日」
「課金する気満々じゃないっすか」
「……今日中にこの科目半分まで終わったら、無料のガチャチケット集めるためにプレイしまくる」
「今日中って、あと四十分くらいしかないけど」
「大丈夫。寝るまでが今日だから」
「パワーワードが過ぎる」
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