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第2話 「呪いのSNS」

2-04 エビデンス

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深夜、葛西からカラオケで撮った写真のメールが送られてきた

マメな事に本人が写っている写真だけを選別して送ってくれたらしい、僕に送られてきた写真は3枚、その内2枚は全員の集合写真だった、写真の中央には可愛らしく微笑む「藤塚文華」の姿が写っている

そして「もう一つの携帯」の「着信バイブ」が振動する

どうしても諦めきれずに僕は藤塚が捨てたピンクの携帯を拾って持って帰って来ていたのだ、藤塚宛に送られて来た25枚の写真には真島と親しげに話す「藤塚文華」の姿が写っている、写真に写る「藤塚文華」は偽りの「藤塚文華」だ、この携帯の持ち主も偽りの「藤塚文華」だ、藤塚の携帯のアドレス帳には今日交換した以外のアドレスは一つも入っていなかった、もともと最初から正体を晒すつもり等無かったのだろう、全ては見せかけだったのだ

藤塚、お前は一体何者なんだよ、奴隷って一体何なんだよ

無理矢理にでも「命令」すれば藤塚は話してくれたのだろうか? 僕は本当はそうすべきだったのでは無いのだろうか? 彼女はもう戻って来ないに違いなかった、今になってそんな事には耐えられない自分が居る事に僕は気がついた

「ふじつか、」……その「名前」を呼ぶ度に、血液が逆流する
「ふみかぁ、会いたいよ、」

それは「命令」なの?……胸の奥で藤塚の冷たく言い放つ様な声が反芻する

「違うよ、お願いだよ、」

チッ!……耳の奥に藤塚の舌打ちが残っている

ほんの僅かの間だけかも知れないが藤塚のモノだったそのピンクの携帯に微かに残る彼女の痕跡を求めて僕は必死に匂いを嗅いで、藤塚が唇を付けたペットボトルで僕は何度も何度も自らを慰めた



ーーー
GW初日……

朝、携帯に一通のメールが届いていた、真島からの「呼び出し」だった

鉄道高架下の広場、ワン・オン・ワン用のバスケットゴールの下にラフな身なりの数人の男女が屯っている、所謂不良グループのメンバーだ、開け放たれた近くの家の窓から聞いた事の無い音楽=ダンドゥット(インドネシア系のポップス)が聞こえて来る、真島は徐に立ち上がって僕に近づいて来て、火のついたタバコを咥えた侭後ろから覆い被さる様に僕と肩を組む

「お前、分かってんだろうな、」
「何が?」……分かっている、

真島の言いたい事は分かっているが、せめてもの「反抗」がしたかった

「寝ぼけてんじゃねえぞ、文華の事だ、」

真島は高校生男子の低い声で精一杯に凄み、
僕は思わず「フッ…」と乾いた嗤いを浮かべてしまう

「アイツに手ぇ出したら、学校に居られなくしてやっからよ、」
「重いよ、」

真島の身長は180cm位?体重は70kg位だろうか、僕の身長は165cm、体重は55kg位、真島は体格差で圧倒して僕を押し潰そうと試みるが、僕は「意地悪」をして潰されない様に耐えてみせる、所詮人間が上から押し付ける力等高が知れている、自分が折れ曲がりさえしなければ細い木の棒を折る事すら容易ではない

「お前、舐めてんじゃねえぞ!」

真島は目論見が思い通りにならない事を思い知ると、今度は咥えていたタバコを指に摘んでそのまま僕の額に押し付けた

「ジュ!」……と皮膚の焼ける音がして

髪の毛が焦げる匂いがして、皮膚を熔かす独特な「刺す様な痛み」が僕の全身を震わせる

「痛いよ、……」
「ビビってんじゃねえぞコラ!分かったのか?分かったのかって聞いてんだよ!」

何で僕は居なくなってしまう人間の為にこんな痛みに耐えているのだろう? 何でこんな目に遭わされる事を知っていながらワザワザ呼び出しに応じたのだろう? 相手にせずに逃げてしまえば、素直に「分かった」と言ってしまえばそれで済む筈なのに、その一言を言ってしまったら、自ら藤塚を手放す様な気がしてそんな事は到底受け入れられなかった、いや、そうじゃない、もしも僕の「痛み」と引き換えにもう一度藤塚文華と会う事が出来るのなら、こんな安っぽいリンチ位何度受けても構わないとそう思ったからだ

僕の心は、壊れてしまっているのだろうか?

真島はいくらやっても挫けない僕を繰り返し繰り返し殴りつけ、殴り疲れると広場に転がった僕を今度は取り巻きの二人が蹴っ飛ばし始めた、そして無抵抗に殴られ蹴られ続ける僕を引っ張って立ち上がらせると最後にもう一度真島が僕の顔面を殴って、それで漸く飽きたのか彼らは僕を放置した侭何処かへと立ち去って行った

「大丈夫?」

見た事の無い少女が空き地に寝っ転がった侭の僕の顔を覗きこむ、不良グループのメンバーだろうか? 脱色を繰り返した長髪の隙間から長い付け睫毛のくりくりした目が僕の事を観察している

「さっさと謝っちゃえばいいのに、要領悪いね、」

そう言いながら少女は、
ハンカチを唾で濡らして僕の顔に付いた血をふき取ってくれる

「痛っ、」
「アタシ沙紀、貴方、2年C組の北条クンでしょう、知ってるよ、」

しゃがみ込んだ彼女のスカートから派手な柄のパンツが見えて、僕は目を逸らす様に身体を起こして服に付いた泥を払いながら立ち上がる

「我慢強いんだね、純に殴られて一回も謝らなかったのは君が初めてだよ、」

そう言いながら少女は僕の背中の泥を払ってくれる

「別に、強くなんかない、」
「ねえ、二人でどこか遊びに行かない? 何時までも此処に居ると純たちが戻って来た時にまた殴られるよ、」

確かに其処まで僕もマゾでは無い、

「良い、帰る、」

僕はクラクラする頭をさすりながら高架下の公園を後にする



ーーー
次の朝になると憂鬱はますます酷くなっていた、何もやる気がおこらない、ベッドから起き上がるのも億劫で、夕方近くまで布団に包まった侭で過ごす、流石に飽きれたのか様子を見に来た母親が僕の全身の打撲痕を発見する

「あんた、また喧嘩したんじゃ無いでしょうね、」
「しない、」

「中学の時ミタイに、他人様に怪我させる様な真似はしないでよ、」
「しないって、」



ーーー
登校日……

やはり藤塚の姿は無かった、表向きにはイギリスのお父さんを訪ねている事になっていたから取り立てて心配する者は誰も居ない、とうとう席替えが決行されて藤塚の席は教室の一番後ろ、真島と横田の間になった

「おいカズっち、なんか変だぞ? 何か有ったのか?」

朋生が心配して、声をかけてくれた
どんな風に答えたのかも、覚えていない



ーーー
放課後、

僕は再び真島に呼び出された、再びお手軽なリンチが始まり、20分後、僕は体育館裏の湿った雑草の上に這いつくばっていた、口の中に鉄の味が沁みて、それでも僕の空虚が埋まる事は無かった

「どうして逃げちゃわないの?」

先日と同じ女子、沙紀とか言う女の子が僕の顔を覗き込む

「さあ、」

本当は分っていた

真島は手に入れたい物の為に真摯に必死に一生懸命なのだ、やり方は間違っていたとしてもその行動には実直な思いが込められている、でも僕は同じ物を手に入れたいくせに何も出来ない、どうすれば良いのかが分らない、だからせめてこうして真島に殴られる事で僕が藤塚に関わっているのだ、関わっていたのだと言う確証が欲しいのだ



ーーー
誰もいなくなった放課後の教室で、

僕は一人佇んでいた、部活の生徒達がグラウンドの後片付けするのを遠くに聞きながら気配を殺す様にして夜が訪れるのをじっと待つ、僕には藤塚が必要だった、何でも構わない藤塚を感じさせるものが無いと生きている気がしなかった 

僕はやはり狂っているに違いなかった

静まり返った昏い教室の中で呆然と藤塚の机の前に立ち尽くし張り裂けそうに心臓が鼓動するのをさせるがままにする、それから藤塚が腰掛けたであろう冷たい椅子にそっと頬を付けてみた、既に何の匂いもしないにもかかわらず何かが僕の虚ろを満たしていく様なそんな錯覚に囚われる、背徳感が僕を昂らせて何故だかカタカタと歯が音を立てて鳴った

「藤塚の髪の毛を集めてるんじゃないか、」……以前、朋生がそんな事を言ってたっけ、藤塚の瑠璃色がかった長い髪の毛、それが今この手に入るのならどれほどの慰めになった事だろう、机の中には教科書とペンケースが放置された侭だった、藤塚の触れたモノが今の僕には必要だった、布のペンケースを手にとって匂いを嗅いで見る、微かに藤塚の匂いが残っている様な気がした

それは、いけない事だろうか?…

いや形振り構わずに仮令全てのモノを失ったとしても、藤塚の欠片を手に入れる事は正当化されるに違いない、……僕はペンケースを握りしめた侭、漸く立ち上がる

振り返ると其処には「藤塚文華」が立っていた
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