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第3話「土蜘蛛」

3-06「陰陽師組合」

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「うーん、惜しいなぁ、良い処迄追い込んだんだけどなあ、」

早乙女は傷ついた右目を軽く押さえて、

「大丈夫?」
「ああ、問題ない、…」

藤塚が早乙女に歩み寄って目の負傷の具合を確かめる

僕は、事態の急展開に未だに付いて行けてないのだが、

「あれは、あの人達は、一体何者なの?」
「アンタが、イチイチ気にする事じゃ無いわ、」

藤塚は窓の外を眺めながら、ぼそっと冷たく呟いた

「だって、僕を、…殺そうとしてた?」
「アンタが深入りするからよ、」

藤塚は静かに僕を睨みつけて、直ぐその後に悲しそうに俯く

「いえ、私のミスね、」



ーーー
早退後、勝手に上がり込んだ藤塚家のダイニング……

詳しい事情を知りたくて待っていると、
傷の手当を終えた早乙女がやって来て僕の前に座った

「飲むか?」

と早乙女が差し出したのは日本酒?入りのコップ?
当然僕は首を横に振る

早乙女は弁当のオカズを肴に湯のみで日本酒を呷りながら

「お前の思ってる通り、あの連中はお前を狙って来たんだ、」

ポツリと話し出した

「お前を狙う「刺客」が増えてきた以上、お前も少し自分の立場を知っておいた方が良いだろう、お前は、お前自身が考えている以上に、俺達にとっては重要な「駒」なんだ、」

「駒?」

「処でお前、何処迄記憶が戻ってるんだ? どうせフミカの精神支配じゃそんな長くは記憶を封印してはおけないだろう、」

「藤塚さんが、何か危険な仕事をしている事は思い出した、もしかして旧美術室であの見えない鎧を着て戦っていたのって早乙女クンだったの?」

「ああ、そうだ、」
「早乙女クン達は一体何と戦っているの?」

「詳しくは知らん、俺達は「親方様」の命令に従って行動しているだけだ、元々は森雅の卵巣を狙う連中の正体を突き止めるのが俺達の仕事だった、只の斥候、偵察、戦う必要なんか最初から無かった、それに俺達は業界でも未だ未だひよっこだからな、上位ランキングの連中と戦っても勝ち目は無い、逃げるが常套手段だ、」

「もしかして僕の所為で?」

「まあな、お前が危険に巻き込まれた時に見殺しにして置けばこんな面倒な事には成らなかった筈だ、でもフミカにはそんな事は出来なかっただろうけどな、」

「どうして?」
「それを俺の口から言わせるなよ、」

早乙女は空になった湯呑みにコップの中の日本酒を移し替える

「兎に角俺達の任務は失敗した、それで引き上げてれば良かったモノが、お前の所為でそれも出来なくなった、」

「僕の所為?」

「お前、フミカに自分の傍に居る様に命令しただろう、主隷の契約を結んだフミカにとっちゃお前の言葉は絶対だ、命に代えてでも護らなきゃならん、それで何を思ったか親方様もフミカの願いを聞き入れちまった、その所為でこれ迄お前を警護していた今川響子に替わって俺達が此処にやって来たって言う訳だ、全くお互いに御愁傷様なこった、」

「今日姉ちゃん、」

そう言えば藤塚が「今日姉ちゃんはずっと僕を護って来た巫女だ」って言っていた事を思い出した、……あの日、真夜中の教室で藤塚が僕に言った事を、した事を全部思い出した

「あの人は「組合」の公式ランキングでレベル7は下らない超ベテランだ、引き換え俺達はレベル3が良い処、当然警備の手薄になったお前は格好の標的に成る訳だ、」

「でも、どうして僕なんかが狙われるの?」

「お前の祖父、三船健三郎先生は、俺達の業界では「知らない者が居ない」程の有力者で、業界全体に強大な影響力を持つ、三船「家」の「御頭首様」なんだ、……知らなかっただろう、」

早乙女は出来損ないのサイコロステーキを頬張りながら続ける

「その直径の孫であるお前は三船「家」にとっては一寸した「鬼門」な訳だ、つまり、お前を「人質」に出来ればそれは三船「家」を押さえるのと近しいからな、」

「三船家?」
「もう少しだけ解説してやると、…」

「俺達「呪い屋」の仕事はシンプルに言えば、クライアントである政治家と交渉する「陰陽師」と、実際に「呪い」を実行する「巫女」「式王子」「道具屋」から構成されたチームで運営されている、実行部隊の中でも「表」に出て精神支配を担当するのが「巫女」で、「黒子」として力仕事するのが「式王子」、「道具屋」は諸々の舞台仕掛けを準備する「裏方」と言う訳だ、」

「俺達=早乙女「家」や、お前達=三船「家」は「式王子」を司る「家」、藤塚「家」は「巫女」を司る「家」の一つだ、」

「ビジネスの全体を統括するのが「陰陽師」様という訳だが、面白い事に、この「巫女」や「式王子」の「家」は、特定の「陰陽師」の傘下に居る訳では無く、対等の立場として独立している、言ってみれば一種の派遣業者ミタイに、個々の「陰陽師」と「巫女」と「式王子」は個別に契約してペアを組む、それでこう言った仕組みを「掟」で統括しているのが「陰陽師組合」と言う訳だ、」

「この「陰陽師」にも、それぞれ、競合する幾つかの「家」が存在するんだが、それぞれの「陰陽師」達は、実は同じ「巫女」や「式王子」の「家」から「エージェント」を派遣されていたりする、」

「その結果「呪い」に関する様々な「情報」やら「技術」やら「ノウハウ」は、「OEM(自社製品を製造する事業者=ブランド)」である「陰陽師」よりも、「呪い」の「エンジニアリング会社」や「サプライヤー」である「巫女」や「式王子」の「家」の方に蓄積しているという事になる、」

「だから、例えば、三船「家」と「専属契約」を結べば、三船「家」に蓄積した様々な「技術」や「情報」を独り占めできる、…と言うメリットがある訳だ、」

「つまり、この為に「陰陽師」は、お前を「人質」として身柄を確保したい訳だ、まあ、1000年近い歴史の中、コレ迄にも同じ様な事は行われてきたし、時には「家」を生かす為に「人質」が見殺しにされてきた事もある、」

「勿論、三船「家」はそう言った事態に陥らない様にお前達親類を「影」から「守護」してきた訳だ、「暗殺」にかけては三船「家」の「三船流」の右に出るものはそうそうは居ないからな、……力尽くでドウコウしようという様な「陰陽師」は居なかった訳だ、……へっぽこボディガードの俺達が来る迄はな、」

「それってつまり、僕の所為で君達も危険な目に巻き込まれてるって事だよね、」
「頭良いな、」

「事情を話して、ううん、もう一度僕が命令して、君達を僕の警護から外してもらえば良いのかな、」

「そんな事をフミカは望んでないぜ、それに俺にだって面子は有る、出来ませんでしたで尻尾撒いて帰るのはゴメンだ、」

「藤塚さんが、望んでいないって?」

「あいつの事情とか、あいつの思いとかを、俺の口から話す訳にはいかない、それは、お前が、直接あいつに確かめれば良い、」

巨人は立ち上がると、天井の鴨居に気を配りながらリビングを出て行こうとして、

「そうそう、ところでお前はどうやって敵の幻術を見破ったんだ?」

僕は、藤塚が真島に殺された場面を思い出す、

「匂い、かな、……幻覚の藤塚さんには、いつもの匂いがしなかったんだ、」

「成る程それは貴重な情報だな、お礼に良い事を教えてやろう、……フミカは人一倍素直じゃないからな、今頃部屋で泣いてるかも知れないぜ、」



ーーー
僕は、早乙女の「捨て台詞」に背中を押されて、勝手知った間取りの階段を二階へと上がると、「開けたら殺す」と札の掛けられた藤塚の部屋のドアをノックする、……まあ、当然予想していた通りに返事は無い

もう一度ノックしてみるが、……やはり返事が無い

そっと、ドアを開けてみる

「ヒカル! 一歩でも入って来たら殺すわよ!」

藤塚は頭からすっぽり布団を被っていた

僕はベッドの脇に腰を下ろして、
50cm向こうで布団に包くるまった「藤塚文華」をじっと見つめる

「聞こえなかったの? 早く出てって!」

こんな駄々っ子みたいな藤塚文華も居るんだ

「……ヒカル?」……そっと、布団の中から「藤塚文華」が顔を出した

僕の顔を確認して、
顔面硬直、
それから何故だか再び布団に潜る

「なんでアンタが居んのよ!ナニ学校さぼってんのよ!」

こんな可愛らしい藤塚文華も居るんだ

何故だろう、何の力も無い僕なのに、藤塚の顔を見た途端世界中を敵に回しても構わない様な錯覚に陥って冷静な判断が出来なくなる、藤塚を危険な目に遭わせない様にしなければならない筈なのに

「ゴメンね、……」
「喋んな、出てけ、変態!こっち見んな!」

「僕、藤塚さんの事何も分ってなかった、信じてなかった、……変な「契約」の事もただの「子供の遊び」だと思ってた、藤塚さんが僕の事を避けるのも、ただ嫌われてるだけだと思ってた、」

「嫌い!! アンタなんか大嫌い!早く出て行け!」

「でも、僕にとって「文華」が特別だって事は分ってる、思い出したんだ全部、6年前も今も僕は「文華」の事が好きなんだって事、」

自分の言葉が口を吐く度に藤塚の事が愛おしくなる、抱きしめたくなる

「そんな事言ったって、駄目なんだから、」

「どんなにアンタが私の事が好きだって言っても、私じゃ駄目なの、私にはカズキを護れない、」

「それでも僕はやっぱり文華の傍にいたい、仮令嫌われていたとしても、仮令どんなに怖い目に遭ったとしても、もう二度と文華と離れ離れになるのは厭だ、」

自分の中の凶悪な何かが、藤塚の事を手放したく無くなる

暫しの沈黙……

「卑怯よ、私がアンタの命令を拒否れ無いの知ってるくせに、」
「うん、」

そして漸く布団から藤塚が顔を出す、何故だか顔が真っ赤になってる

「どうすんのよ、今度又敵が襲って来たら、」
「何とかなるよ、きっと、」

「馬鹿、」……そして枕に打っ伏せる藤塚文華

「はぁ、もう、分ったわよ、……誰が来ようが死んでも私がカズキを護ってあげる、その代わり、」

「その代わり?」

「証明してよ、本当にアンタが私の事好きだって言う、」
「どうすれば良いの?」

藤塚が、布団の中で、…もぞもぞする
藤塚が、布団の中から、人差し指を突き出す

「じゃあ、……これ、舐めてよ、」……指の先が少し、濡れてる?
「えと、これってもしかして、何?」

「私の事本当に好きなら、毒だって何だって舐めれる筈でしょう?」
「うん、」

そして6年前は躊躇したその指先を、僕は唇に含む

「なんか一寸しょっぱいね、」

藤塚、枕に顔を埋めたまま布団の中でジタバタする、、、

「もう良い、全部どうでも良くなったわ、」

それで漸く藤塚が布団から起き上がる、何故だか顔が真っ赤っか

「私の「もう一つの名前」を教えておくわ、」
「もう一つの名前って?」

一瞬、妙な間があってから、愈愈決心したかの様に藤塚が呟いた

「「ふみな」、よ、」
「それは、ミドルネーム的な、何かですか?」

「私のいみなよ、漢数字で「二三七」と書いて「ふみな」、」

「私の事を「諱」で呼ぶ事が許されるのは主であるアンタだけ、この事は絶対に死んでも秘密だから、もし誰かにばらしたら私自害するわよ、」

「わ、分った、」

「本来「契約」や「呪術」に用いる名前は「諱」なの、「諱」を使いこなしてこそ「契約」や「呪術」はその効力を最大限に発揮出来る、これからは、私に「命令」を下す時は必ず「諱」を使うのよ、分った?」

「て言うか、でないと私はアンタの喋った事全部を「命令」として「拝領」しなければいけなくなるんだから、」

「もしかして、それがずっと「喋るな」って言ってた理由なの?」

「そうよ、ちゃんとして!「命令する時は諱を使う」って、今此処で主であるアンタが「命令」として宣言して、でないとアンタと落ち落ち話も出来やしない、」

「分った、」

「今後「命令」する時は必ず諱を使う、そうでない時は普通の会話、絶対服従する必要は無い、……これで良い?」

「何だか威厳の欠片も無いけど、まあ良いわ、」

「でも僕、命令なんてしないよ、」
「嘘、…するくせに、」……何だか、藤塚の頬が赤い、

「しないってば、」……僕は、真顔で答える
「もしかしてアンタ、全部私に「自発的にやらせる」気なの?」

何だか、藤塚の顔が耳まで真っ赤になってる

「えと、何を?ですか?」
「あぅう……、」
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